うれしいな

春の朝のまっすぐな日差しに机の上のアロマと珈琲の湯気が白い渦を巻く。
控えめにピアノがほろほろ鳴って、手には読みかけの本。
休日の朝。


たくさん読みたい本があって、どんどん読んでいきますぞ。

[PR]
# by zuzumiya | 2018-03-17 07:52 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

あと何回会えるのだろう。

中学時代の友人に10年ぶりぐらいに会ってきた。花粉症のマスクの上の目元にくっきりとシワがあって、開口一番、「年とったねぇ」と言ってしまった。
スタバで珈琲のおかわりをしてオバちゃん同士、えんえんと話した。「そんなことがあったんだ」話しても話しても話したりない、聞きたりない。彼女は職を失い、私は結婚生活を失っていた。二人ともが緑内障になってしまっていた。途中でトイレに立って鏡を見れば、「こっちこそ年とったなぁ」と苦笑した。珈琲でぽかんぽかんの腹を抱えて、駅ビルで二人の名前のイニシャルのKのキーホルダーを記念に買った。「何かあってもこれ見て頑張ろうね」と互いに頷きあった。
新宿の雑踏の中で「じゃあね、バイバイ」と互いに手を振って別れる。瞬間、中学の制服を着たあの頃の彼女がだぶって、ものすごく寂しくなった。こうやって何度も通学路で別れてきたんだよなぁ。時間は本当に取り戻せないんだなぁ。中学のあの頃から遥か遠くに歩いてきてしまったんだなぁとしみじみ思った。歩きながら、あと何回私たちはこうして会えるんだろうと、ふと思った。大病もしないで、大きな怪我もしないで、元気で、それほど不幸な出来事にもあわずに、こうしてまた笑って会えるだろうか、と考える年にいつの間にかなってしまった。
人付き合いは年と共にどんどん億劫になるだろう。でも、「毎年会おうね」とメールした。「これからも、よろしく」と。

[PR]
# by zuzumiya | 2018-03-11 22:32 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

本が楽しくてしょうがない

何の本がきっかけだったんだっけ。『狂うひと』はまだ読み切ってないし…。
とにかく今は小説やエッセイなんかよりノンフィクションやルポの面白さに目覚めてどんどん本を読んでいる。今手元にあるのは
『自死は、向き合える』、『死刑でいいです』、『長生き地獄』、『発達障害』、『息子が人を殺しました』、『誰も書かなかった老人ホーム』、『ひとりで死ぬのだって大丈夫』、『おひとりさまでもだいじょうぶ。』、あ、思いだした、最初に読んだのは『安楽死を遂げるまで』だった!←面白かったのよ、この本。橋田壽賀子さんが安楽死を望んでいるという話もこの本で知った。スイスのライフサークルっていう自殺幇助の団体に日本人の会員もいるらしい。金持ちなら会員になりゃいいじゃないの。私は貧乏人だから孤独死だろうと思ってる。覚悟まではいかないけど、病院だろうと介護施設だろうと自宅の床だろうと死ぬ時きゃひとりだとは思ってる。痛い苦しいはいちばん嫌で、末期がんになるとモルヒネすら効かなくなる時期が来る、なんていうのを読むとビビって本当に死に方が悩ましいんだけど、スイスの自殺幇助なんか毒薬入れて5分もしないで眠るように死んじゃうんだって。羨ましいね。この眠るように死ぬを選びたいねぇ。
話が逸れた。で、今日は保育士らしく『本当は怖い小学一年生』を図書館に予約し、ノンフィクションやルポじゃないけど、離婚私小説ということで私の大好きな夏石鈴子さんがペンネームを打ち捨てて鈴木マキコさんとなって書いた本『おめでたい女』と、アスペルガー症候群との違いを知りたくて『サイコパス』を一緒にたった今ネットで注文したところ。『おめでたい女』は私もバツイチなんですんごく楽しみ!
あまのじゃくだから世間の流行に知ってて乗らず、後になってひっそり読むのが多い私。漫画の『あなたのことはそれほど』も面白かった。元ダンがテレビのある階下に陣取っているため、いまだに何も見られないので読書ばかりしています。


[PR]
# by zuzumiya | 2018-03-10 21:32 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

いろいろと考えてました

ブログを非公開にしてみましたが、どうやら無意味らしいことがわかりました。そういうところ、分かっているつもりでしたがネットはやはり怖いですね。先生という立場の人が私に確認しにきたり、謝罪もないのはどうかと思いますが(だって、知らないところでネタにされて勉強会だか議論され、当の私の詳しい話は何も聞いてこないんですよ、誰だって嫌じゃありませんか?)、あまりに一方的で、これでは仕事の悩みや話は今後書きづらくなるなと思っています。
私は元保育士じゃなく、現在も仕事を続けているのであんまり騒がれるのも困りものなのです。
確かに現在の保育業界は問題だらけですが、よくよく考えてみると保育園がいい悪いじゃなく、園の先にある学校教育の世界や価値観が変わらない限りはダメなんだろうな、なんて最近は考えるようになりました。ってまた書いてますけど、一斉保育、設定保育をしている園の目指すところは結局は何だかんだ言っても「小学校へ行ってはみださないように、困らないように」だからで、小学校がまさに時間割が決まった教科を一斉に教えるところだからです。給食もみんなで揃って一斉に「いただきます」だからです。そう思えば、運動会での一糸乱れぬ行進や発表会での合奏に必死な形相でハッパをかけ怒り出す保育士も「ああ、そうか」と思えます。
では、先に小学校が控えているにも関わらず一斉を選んでいない園があるのは何故なんでしょうね。私が思うに、一つは保育園は「生活をする場所だ」という所を大事に忘れずにいようとしているのではないでしょうか。毎日朝は園が開く7時から、閉まる夜の7時まで週5で来ている子どももいます。その子にとって園はもう生活の場、暮らしの場ですよね。家より園にいる方が長い。以前にこのブログにも書いたと思いますが、園の床に寝転がって遊んでいる子どもに「ここは保育園なんだから、お家じゃないんだから、寝転がらないで起きなさい。座って遊んで」と注意した保育士がいて、最近では「正職が言ってたから」と何も考えずに真似をして言っているパートもいてびっくりしました。こういう言葉がけはないと思うんですよね。せめて「寝転んでるとお友達が通った時につまづいて両方が怪我しちゃうよ」くらいにしてほしい、せめてよ、せめて。私の一斉保育の好きじゃない点はこのしつけ意識の強い方へ傾きがちになるところです。保育所保育指針にも書いてあると思いますが、保育園はその子の家の代わりになる場所でくつろげる場所でなきゃいけないはずなんです。そのために環境整備してなきゃならない。できてないなら、せめてもっと共感性のある言葉を選んで言葉がけぐらいはしてほしいと思いますね。おっと、言葉がけも環境整備か(笑)。話が逸れそうですが、保育園に養護より教育の視点が強く入って来て以来、園がどんどん小学校を目指したプレスクール化して、本来の「もう一つの家としての暮らしの場」の意味合いが薄くなっているように思えます。保育士が長時間労働で疲れているように「遊んでいるけど目の前のこの子だって長い時間預けられてて疲れてるんだろうな」という共感性があれば、もしかしたら「疲れてるなら、あっちの隅にならゴロンとしててもいいよ」などとかける言葉が変わってくるかもしれません。
私が考える一斉を選ばない園があるもう一つの理由は、本当の意味での「個性を大事に」の実践でしょうか。お題目としてみんな唱えていても一斉ではやれるはずがありませんよね。いくら統合保育をやっています、といっても20数人の中に発達に障害のある子どもが混じっていて、先生の話を聞いている設定で、まず立ち上がってフラフラしだしたら「他の子の集中の邪魔になる」という理由で教室から出されます。自閉児が教室の隅で玩具で遊んでいても音がちょっとでも出るものは取り上げられます。多動児に対してもみんなで「ごちそうさま」を言うまで椅子に座っていることを強いられます。「みんなで一緒に」の一斉保育には常に子どもをまとめることで精一杯だという印象を私は受けます。それについて来られない子どもはゆくゆく小学校に行ってからも困るだろうから、と強い口調で𠮟られ厳しく躾けられるのです。知的な遅れはないものの、すごくマイペースでみんなと一緒にすぐに動けない、でも自立はしているのんびり屋さんの女の子がいます。ADHDののび太くんタイプかもしれないのですが、このタイプは障害なのかこの子の個性なのか判断が難しいような気がしています。どちらにせよ大きな括りで特性や個性といったものが際立っていますが、正式に障害と名がつかない限り、のんびり屋の彼女は一斉の保育士にはだいたい早く早くと急かされて怒られてしまうんじゃないでしょうか。「みんなと同じように早くやる」を良しとして、そればかりに意識を持っていかれると子どもの特性や個性といったものを悪いもの、厄介なものと捉えることになりかねません。
書かないと言いつついろいろと書いてきてしまいましたが、日本ではほとんどの園が一斉保育なんですから国民性というのもありますよね。それに働くお母さんの第一希望は保育内容より自宅から近い場所ですからね。よほど変なことをしない限りは預かってくれればいいという声も聞きます。ただ、自分の育児経験も含めて「将来の子どもの学資のため、家のためで頑張って働いているんだろうけど、今目の前の子どもといっぱい触れ合っておかないと学資もローンも結局は無駄になる事態になるよ」と思ったりします。脅かすつもりはないんですけど(笑)。保育園の頃ってすごく大事なんだな、と最近しみじみ思います。そこに関わっている自分への自省も込めて。長くなりました。それでは、また。

[PR]
# by zuzumiya | 2018-03-10 11:13 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

それでも先生と人は呼ぶ

ここのところ、ある記事への度を越した閲覧数があって、下さったコメントを追って調べたところ、なんとある有名な方のツイッターに私の記事が紹介されているのが判明した。私自身はツイッターをやってないのでよくわからないのだが、アカウントやらを持つ知人に調べて貰ったら、私の記事を問題提議にして賛否両論の議論がツイッター上で展開されているという。このブログにはもちろん、著作権があり、私の同意がなければ転載は許されない。そう明記されている。有名な方で私なんぞに比べてはるかに地位と権力をお持ちであろうが、何故にひと言申し出てくれなかったのだろう。そういう感覚、忘れてしまわれたか。残念ながら礼儀に欠けてると思わざるをえない。実に不愉快で哀しい気持ちだ。
[PR]
# by zuzumiya | 2018-02-20 00:06 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

人生は選択の連続で

おそらくは今日のイベントが終わった後の職員会議で、私の「家庭の事情で」姓が変わったことが園長より発表されたことと思う。小声で囁きあう「これって、熟年離婚?」の驚いた顔が目に浮かぶ。そして「何歳よ?」「たしか、園長とあんまり変わらないとか言ってたから52とかじゃない?」「すごいねぇ、どうすんの?これから?」と一瞬ざわつくかもしれない。呆れる顔、同情する顔、マジ〜?と面白がる顔、いろいろだろう。ああ、明後日からは面倒だが、それらひとつひとつから放たれる好奇の視線に晒されるのだ。でも、生きていかなくちゃいけないので「一人身なんで、自分で稼がなきゃならないんで、今までどおり頑張らせて頂きます!」とでも笑っておこう。
さて私、本当にここのところ出費で貯金が崩れていく。風邪など引いて休んでいる場合じゃないが、無理もきかなくなっていることは書いた。手取りを考えて、やはり今と同じ長時間働くしかないかな、と思い始めている。明後日、園長に相談に行くことにしよう。それとも小規模の乳児だらけの園にでも移って、正職をやるかだな。


[PR]
# by zuzumiya | 2018-02-17 19:45 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

休んで病院へ

夕方からの微熱と一度始まるとなかなか止まらない激しい咳のため、睡眠がとれずにさすがに今日は仕事を休んだ。パートの皆に「今度はインフルAじゃないのぉ?」「こっち来ないでぇ」と冗談ぽく避けられ、「ハイハイ、どうせ私は病原菌ですよ」とふざけていても、Bばかり60人以上も出した園に初めてAを持ち込むことになったらどうしようと内心、不安であった。検査の結果は、白。ただの風邪であった。身の潔白を証明できてよかったが、クラスにはB罹患後に私と同じように咳に苦しむ子どもらもいて、子どもゆえに高熱も出て、実は「検査の結果Aだった」となるかもしれない。
確実に身体が弱くなっているのを感じている。年のせいか、更年期なのか、年々無理がきかなくなっている。たとえ微熱でも保育なんぞできるわけがない。体当たりで保育士に体を預けてくる(それも複数で)子どもらの生命の安全を確保しなきゃならないのだ。ウザったいなどと顔と態度に出せない。頭も感覚もぼんやりできない。体が本調子でない保育は隙ができ、子どもを危険に晒す。だから休むことは必ずしも我儘なことじゃない。それにしても正職の担任は休まないなぁ。精神的にも肉体的にも疲れているだろうに、ちょっとやそっとで休めないという強い意志が支えているのだろう。パートになって「パートなんだもの」という甘えがタガをゆるめてしまったか。
何となく気持ちが寂しくなって母に電話した。卒婚を慰めて貰いたかった。「いざという時には私もいるから」の言葉を内心聞きたかったのだが、出てきた言葉は「自分の子供に頼りなさい。こんな年寄りにおんぶに抱っこされても…」というものだった。金の無心じゃないのに。母には腐れ縁のような男がいて、そっちとうまくやっているから私がどうなろうと別段、関係ないのだ。私がせっかく一人身になったのに、頼ろうともしない。男がいると便利だの、利用しているだのそういう言い方をして、本当は惚れてるくせに親として見栄を張っているのだろう。それとも色ボケと言われた祖父と同じと思われたくないのだろうか。つくづく「子どもより男」の人生の人だったなぁと思う。話の流れでセコムの緊急連絡先の話、それから母が倒れた場合の動かせるお金の話や遺産相続の話になった。父違いの娘が四人もいるからきちんとしておいてもらわないと困るというただそれだけなのだが、最終的にお金の話になってしまい「違う、本当は違うのになぁ」という思いのまま軌道修正できず電話を切った。いつもいつでも互いの真意は伝わらない親と子だなぁとしんみりしてしまう。きっと母とは平行線のままなんだろう。『友達以上、不倫未満』読了。いずれ感想は書く。たまってた「anone」を観る。
道路に立つミラーがアスファルトに作る光の輪。自転車でそこを通ると頭の中にファンファーレが流れて、レベルアップすることに勝手にしている。それだけで、ちょっと楽しい。






[PR]
# by zuzumiya | 2018-02-15 20:45 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

日常の沼

このブログに書くべきことではないだろうし、一度たりとも私の本を読んでくれた方々にどう書けばいいのか、申し訳ない気持ちもあり、しかしこれが人というものでもあり、変わらないものなどないなどと心の中は乱れている。平日はいい。仕事に追われているし、仕事上の悩みだってある。ただこのように休日が続くと時間と自由を持て余し、考えなくてもいいことを考えてしまう。読んでいる本もいけない。「死の棘」の島尾ミホの評伝である。私もミホのように問い質したいことはいくらもあり、その歪んだ欲望とその無意味さに暗く沈んでいく。ああ、早く出て行って欲しい。そうしなければ私の新しい出発はない。この家に住まわせてあげているのは私の温情、ただひとえにそれだけある。彼は何も悪くないと開き直っているだろうが、明らかに妻であるこの私を傷つけたことに謝りの言葉もなかった。ここに居られることは婚姻関係が終わったのだから、権利でもなく何でもなく、ただの占拠である。ありがたいと感謝されてもいいはずだし、自分が男として情けないはずだ。これがあと半年も続くのかと思うとこちらの精神の安定が心配である。ミホのように気がふれるわけにはいかない。ただ心のなかに暗い沼があって、そのヘドロのなかに入りたくないはずなのに何故か自分から近づいて行って足を取られそうだ、とも思う。
午前中、近くのホームセンターでアイビーとシュガーバインの苗と、ガラスの細い一輪挿しを二本購入。水栽培で綺麗な窓辺が出来上がったはいいが、「だから何?」という気になる。日常のいろいろを忘れたくてジタバタするのも金を使うのも致し方ないと自分を許しているが、気持ちのアップダウンに身体まで引きづられるように少し体調が悪くなってきた。これでは相手の思うツボではないか、とまたしてもそういう気になる。インフルエンザAではないように。ネットばかり見ているので「友達以上、不倫未満」などという本を見つけてしまう。セカンドパートナーだと。暗い気分になる。



[PR]
# by zuzumiya | 2018-02-12 17:15 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

ちょっとずつ楽しくなれ

卒婚に関わる苗字の変更で役所や銀行、保険、年金、携帯、ライフライン関係、墓地などありとあらゆるものの手続きを行っている。これが結構、大変だった。手続きのため、今しばらく健康保険証なしに過ごさなくてはならない。風邪もひけない。旧姓に戻らなくともいい選択肢はあるのだが、籍が抜けたのだから相手の苗字のままになっている(同じ苗字だが全く別の戸籍となる)のはなんとなく結婚生活を引きずっている気がして嫌だった。旧姓とはいえ結婚まえの娘時代の感覚ではなくて、もう母でも妻でもなく、誰のものでもない自分だけの新たな人生を最後に送りたい、ただそれだけだ。後は車の処分とそのお金で夏までとは言わずなるべく早く元ダンが家を出て行ってくれることを望んでいる。手続きの話でさっき元ダンの部屋を覗いたら、床に書類やら食べ物の袋なんかがとっ散らかっていて、足の踏み場もなかった。派遣の契約が3月末に切られるというから、精神的にもかなり荒んでいるのかもしれない。薄気味悪かった。でも、正直、憐れみはない。私だってこの年で女のひとり暮らしになるのだ。以前書いた小さな砂時計も抱えている。こっちだって相当大変なのだ。
今日は国分寺へ行く用があって、昼にはひとりで蕎麦屋に入って鴨南うどんを食べた。蕎麦屋のオヤジさんが魚屋のように威勢のいい声で「いらっしゃい」と言うのが妙ちきりんだった。その声で奥で「鴨南蕎麦?、え、うどんなのぉ?」とやられ、「悪いかよ、今日はうどんの気分なのっ!」とひとりごちた。花屋でヒヤシンスの球根を見つけた。水栽培用にあらかじめ深皿に張った水に浸けてあり、白い根が長く伸びている。球根を買いそびれていたのでうれしかった。家に帰って早速、ガラスのデキャンタに乗せた。春になると光がきれいに感じられるので、土物より窓辺にガラスの瓶や器を並べて水栽培がしたくなる。ポトスやアイビー、シュガーバインなんかはとっても簡単。そうだ、明日、天気が良くなったら、アイビーとシュガーバインを買いに行こう。こんなふうに毎日、ちょっとずつ楽しくあればいい。





[PR]
# by zuzumiya | 2018-02-10 23:30 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

発表会

前にも書いたが、私のいる3歳児クラスには今年度どういうわけか多動や自閉などの発達障がい児やグレーが多く、特別な配慮の必要な子どもが26名中、7、8名はいる。なのに担任2人と非常勤のパート2人で保育をしている。ただでさえ手のかかる3歳児なのに人手不足の昨今、事務所側も「4人でやれ」と譲らない。
時は発表会のシーズンである。カナータイプで知的遅れもある自閉の子どもははなから参加は無理。周りも求めていない。問題は多動児の方である。音楽や歌や絵本のお話が決して嫌いではない子だが、ステージの上での練習を日によって皆と一緒にやれたり、やれなかったりがある。自閉児は教室で自閉児なりに好きな遊びをしてその時間は過ごすことを許されている。多動児はそこへホールから出される形で(騒がしくしてしまったり、走ったりしてしまうのだろう)入ってくる。自閉児を教室で見ている私は多動児の興奮(棚の上に上ったり奇声をあげたりする)を鎮めるためにオモチャを出したり遊びに誘い込む。その方法で多動児とマンツー的に遊んでいることが多かった。それについて、担任から小言やこうしてほしい的な発言はなかったのである。
ところが明日は発表会の総練習。発表会当日に向けての様々な段取りを確認し合う日である。残念ながら多動児の親と担任の折り合いは最初からうまく行ってない。そういうところにもってきて発表会というハレの舞台に親が見ている前でどういうタイミングで多動児を(言い方が悪いが)引っ込めるかが心配の種であった。最近もいろんな誤解や曲解で担任たちは親対応にほとほと疲れ果て、対応は園長がするようになった。そんななか、担任や園長や主任らがどうするかを話し合ったとは思う。今日、改めて練習日当日の多動児の対応について担任から私に話があった。
「本来はやれる力がある子ども」という理由と「知的な遅れはないので、教室に行けば先生が好きな遊びで楽しく遊んでくれることが分かってしまうズル賢さがある」ため、私の対応はいつもとは真逆のものを求められてしまった。すなわち、「今は発表会の練習の時間なのだから、教室に来ても先生はあなたとは遊べません」と毅然とした態度で跳ねつけろとの指示である。いつもは楽しく遊んでいて、である。つまり、そのいつもというのは言うなれば、健常児の練習をクラスとしてきちんとまとめ上げたいという気持ちが担任に優先順序として先にあって、その和を乱す者はとりあえず出て行って、ということで教室に戻されていたにすぎないのだと思う。何とかクラスを見栄えよくまとめ上げた今になってようやく、戻された多動児の対応の方に気が向いたのであろう。多動児に対するいつもの対応とは全く真逆を、遊んでくれてた先生が遊ばないと言い切るいささか冷淡な対応を急にせよというのだから、私も多動児も混乱するのは目に見えている。嫌だなぁと思う。それなら最初からそういう風に指導すべきだったのではないか。「主導権を子どもに譲らない」とは担任のよく口にする言葉であるが、私もここのところはいつも迷うところである。自由保育出身の私には何となくどこかが違うような気がする。でも、まだうまく反論できない。多動児といっても多動に包まれた独特な我儘さがある子どもだとは思う。すべての問題行動を多動のせいにできない、という気はする。大人が言うなりになってはいけないのはようく分かっている、納得できる。その反面、発表会のハレの姿を作り出そうと躍起になるあまり(それは担任の指導力の見せ場でもある)またいつものように一斉保育の「みんなと一緒に早く同じようにする」の悪い癖が出てしまっていないか、とも思うのだ。本当なら障がい児を受け入れ、奇声を発しようと歩き回ろうと統合保育を胸を張って実践しているのなら、親も子もこれもしょうがないことと思って見守る必要がある。どこかに無理強いはしないと表向きはしつつも、和を乱す者は隠せ的な気持ちがあるような気がしないでもない。
親がたくさん見にくる発表会。園としても見せ場であることは充分に分かっている。こんな中途半端な気持ちでは憂鬱なばかりだ。


[PR]
# by zuzumiya | 2018-02-08 21:06 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


by zuzumiya

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

※このブログの無断な転載はご遠慮願います。

最新の記事

最近のお買い物から。
at 2018-05-16 21:56
サービスってやつは。
at 2018-05-10 21:49
保育格差ってあるよね
at 2018-05-08 23:03
キュアな戦士
at 2018-05-06 21:02
「子どもなんて」
at 2018-05-06 18:27

最新のコメント

検索

ブログジャンル

画像一覧