自分の好きなものを手放してはいけません。生きる力はそこから貰えます

俳句に関わる仕事をしています。若者から90代の方まで多く方の作品に触れています。皆さん「俳句が生き甲斐」「生きた証を残せる」と頑張っています。技術の上手い下手よりも、自然や人との触れ合い、それぞれの暮らしの中から、五感を働かせて心揺さぶる素敵なものを懸命に探して生きている、そんな真摯な姿にいつでも頭が下がります。「より深く人生を生きるためにひたすら探す」という意味ではプロもアマも関係ありません。人生において大切なのは、俳句の良し悪しよりも、その生き方の方ではないかと気づかされました。「自分が愛するものを信頼しなさい。そして信頼しつづけること。そうしたら、それはちゃんとあなたを導いてくれる」と書いたのは『クリエイティブ・ライティング』の作者ナタリー・ゴールドバーグでした。好きゆえの苦労もありますが、それでも好きなものからこそ生きる意欲と力と幸福が得られることを、俳句の仕事から学んでいます。


※漫画家の水木しげるさんは売れるまでに大変な貧乏と苦労をしました。「それでも続けられたのは?」とインタビュアーに訊かれて単純に「好きだったから」と答えています。「天才というのは、好きが高じて狂ってるんです」とも言っていました。単純明快ですが、これしかない納得のいく答えです。狂えとまでは言いませんが、好きに素直になって向き合っているとき、なによりも幸せかなと思います。
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# by zuzumiya | 2010-05-11 10:57 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

「出会うべき時期」に「きちんと出会う」ということ

40になるかならないかの時期に漱石を読み出したという作家の庄野潤三さんは随筆の中で「生活が漱石の作品を受け入れるのに丁度いい状態であったからだ」と書いています。その庄野潤三さんの随筆を44の今になってあらためて読み出しています。庄野さんの、老夫婦を中心に家族の話を書かれた小説とも随筆ともいえる一連の作品群は大変良いと評判は聞いていましたが、最初に出会った当時30代の私にはどうしてもあの老夫婦のつつましい穏やかさが今一つつまらないものに思えて、手に取っても読み進めることができませんでした。最近になって小沼丹の随筆繋がりで試しに読んでみると、深く共鳴するものがあり、庄野さんの平易で滋味溢れる文章から大いに生きる励ましを貰っています。「人は出会うべきものにはきちんと出会う」とかねてから私は信じていますが、更にそこには時期も関係しているようです。正確には「出会うべき時期にきちんと出会う」なのです。
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# by zuzumiya | 2010-05-10 00:04 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

「The Fall 落下の王国」 万華鏡のような映像美

a0158124_2195552.jpg映画を見ながら、ひさびさにきゃあきゃあ騒いでしまい、一緒に見ていた夫に「うるさい、台詞が入ってこなかった」と一時停止、戻りボタンを何度も押させてしまった。
「The Fall 落下の王国」は、噂以上の素晴らしい映像美だった。監督はインド出身のターセム・シン。
調べてみると「ザ・セル」につぐ長編まだ2作目で、彼はもともとCMディレクターだったり、MTVの映像を作っていたらしい。第40回シッチェス・カタロニア国際映画祭でグランプリ(最優秀作品賞)、第38回カンヌ国際映画祭で芸術貢献賞を受賞しているそう(「芸術貢献賞」なんてぴったりな感じだ)。
衣装は日本の誇る石岡瑛子(アカデミーの衣装デザイン賞も獲っているほどの人)。
凄いのは13の世界遺産、24ヶ国以上でロケーション撮影されたということ。たしかに遺跡に宮殿に、砂漠、草原、湖、美しい珊瑚礁の海と凄かった。

ストーリーはたいしたことないが、もう最初の白黒場面からワンカットワンカットがびしっと美しい。写真集を捲っているかのように緻密に構図が計算されてる。
それから登場人物、すなわち6人の戦士がいい。石岡さんの衣装がまず素晴らしい。
個人的にはダーウィンの衣装、あの赤い派手な甲虫の柄のような毛皮、その下には「時計じかけのオレンジ」めいた白いシャツ。エジプトの壁画のような奴隷の黒人の角の被り物。6人並んだときの色合いのよさ。途中で出てくるお姫様のアジアンな蓮の精を思わせる衣装。特に仮面の戦士との結婚式のドレスの顔の前のジャラジャラ、それから結婚式の白いドレスのまわる舞踏の映像美。
階段がエッシャーの絵のようにやたらにある宮殿に黒の兵隊達が蟻のように群がって上って行くシーン。海の中を象が泳ぐ水中シーン(どうしてこんなこと考えつく? インド人だから?)。途中にちょこっと入る人形アニメーション。その前だったか後だったか、アレキサンドリアが棚から落ちて、片足を壊すイメージシーンのアンティークな西洋写真を思わせるテンポよい絵の数々。火事になる場面の火の赤さの美しさ。旗に血を染み上がらせるアイデア。小物の使い方も素晴らしい。おじいさんの入れ歯とかダーウィンのペットの猿とか、アレクサンドリアの持っている大事な木箱の中身の写真とか穴の開いた手紙とか。

昔、見ていてゾクゾクしたCMにサントリーのウィスキーの「ランボー、あんな男、ちょっといない」があったが(マーラー編の風神雷神のアニメも洒落ていた)、砂漠を歩いて行くランボーや大道芸人の火吹き男の、ああいう幻想的かつ退廃的美しさを思い出した(すみません、私自身がCM出身者なもので)。美しさのなかに退廃が滲まないと、びびっと来ないのです、わたしは。
とにかく、高校のときに初めてみたフェリーニの「カサノバ」を見たときと同じ興奮がよみがえってきた(なんというか、私好みの「芸術的に作り込んだ仕掛けの素晴らしい映像美を見た!」という感じが、当時を思い出させるのである)。
レンタルだったが、これはひさびさの「買い」のDVDではないかと思う。
持っておいて、なんども繰り返し再生し、誰かと「ここが圧巻」「ここが綺麗」「ここが大好き」と一時停止して、万華鏡のような映像美を褒めちぎりたくなる映画だ。
「アバター」とは違った意味で「人間の想像力って、すごいなあ」「CG技術があってくれてよかったなあ」と心から思えるのである。
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# by zuzumiya | 2010-05-08 02:33 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

歳時記、季寄せを読んでみませんか

家には歳時記と季寄せがあります。専ら仕事で使うのですが、読み物として面白いので一家に一冊をお薦めします。季寄せは歳時記のポケット版のような、作句のために季語を中心に纏められたものです。季節を春夏秋冬と新年に分け、さらに時候、天文、地理、生活、行事、動物、植物の項目で揃えています。捲ってみると、四季の移ろいの中で育まれた日本人の奥深い情緒や鋭い感性をあらためて誇らしく思えてきます。また、甘酒の季語が夏というように現代のイメージした季節と季語の季節とのズレも楽しめたり、「蛙の目借り時」「山笑う」「猫の恋」「亀鳴く」のようなユーモラスな季語や「蝌蚪(かと)」はお玉杓子、「ちちろ」は蟋蟀、「ふらここ」がブランコのように俳句独特の言葉遣いもあって面白いです。「一人静(ひとりしずか)」のような植物の名前や「花衣」「青嵐」「白雨」や「星月夜」「冬銀河」のようにロマンティックで美しい日本語にも出会えます。
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# by zuzumiya | 2010-05-07 15:14 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

照明でも「差し色」の冒険してみませんか

暦の上で立夏を迎え、季節が夏へ移り変わっていくのが実感できると、部屋の雰囲気も夏仕様にかえたくなってきます。先日、フランス映画で素敵な灯りを見つけました。ヨーロッパ映画に出てくる部屋はいくつもの間接照明がまさに「適光適所」に灯されて、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』をあらためて思い出します。映画の主人公の部屋には窓際にシンプルな真っ赤なシェードのフロアスタンドがありました。夕暮れ時の空が蒼くなった時間帯に灯された赤い灯りは、側にある観葉植物の深い緑と相まってとても品よく美しいものでした。赤い灯りはちょっと冒険ですが試してみると、エキゾチックにもアンティークにも感じられ、照明にも「差し色」があることに気がつきました。夕暮れ時はもちろん、雨の日も美しいのではないかと楽しみです。ガーデニングが通りを彩るように、部屋の照明は街の照明でもあります。窓辺にライトを置けば、道行く人の気持ちも和らぐと思います。
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# by zuzumiya | 2010-05-06 00:57 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

落ち込んだ日の常備薬を持っていますか

落ち込んだ時、自信がない時、笑わせてくれたり、勇気づけてくれたりするものを「落ち込んだ日の常備薬」としてたくさん持っていると、大人は一人でも何とか立ち上がれます。先日、またもそんな常備薬が増えました。『味写入門(あじしゃにゅうもん)』という写真集です。2004年から2008年に「ほぼ日刊イトイ新聞」に全国から寄せられた「味のある写真(味写)」の中から厳選した面白作品を収めたもの。日常の偶然や撮影ミスで苦笑を誘うような、アルバムには貼られることのないいわゆるボツ写真の数々ですが、それぞれに面白さを誘うようなコメントがついています。コメント次第で爆笑を誘えるものとなるので「写真を味わう遊び」でもあります。梅佳代さんの『うめめ』にも通じる面白さで、爆笑間違いなしです。笑いながらも、気取らない日常のゆるけた温かみと人間のおとぼけぶりにほっとしたりして、情けない自分が生きて行くことを大いに許せるのです。


※『パーマネント野ばら』(西原理恵子)という漫画も中年女性を大いに勇気づけてくれます。中年になって失う物事の多いなかで、むしろ薄幸ともいえるなかで、それでも生きて行こうと日々を豪快に笑い飛ばす主人公の女友達たちに元気を貰えます。
 「ええねん、わたしら若いときは世間さまの注文した女、ちゃんとやってきたんや、これからはわたしもあんたも好きにさせてもらお」「そばに好きがあったら人生毎日正月やで」など、女として生きて行くための心に沁みる台詞がいっぱいです。
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# by zuzumiya | 2010-05-05 20:56 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

わかっていることをもう一度わかること

谷郁雄さんの詩の中に「どんな一日にも/どこかしら/明るい側面があって」という言葉を見つけて、その通りと嬉しくなりました。ふと、共感するとは「わかっていることをもう一度わかること」だと気がつきました。人生は日々いろんなことが起こりすぎて、わかっていることはどんどん記憶の底へ沈められてしまいます。でも「わかっていること」はある時突然「そうか」と感じて掴んだ宝です。宝を持っていること、見つけられた自分であること、そういう人生を送ってきたこと。何かに共感するとはそこを思い出させてくれるのです。だから、共感の多い人生は肯定の多い人生です。肯定の多い人生はどんな場合でも幸せの多い人生です。そして、共感するとはその作り手と繋がること。仲間であること、一人でないこと。昔だってこれから先の未来だって、人は同じことを繰り返し見つけ、感じて、出会う時期はそれぞれずれても必ず共感で繋がっていく。そう信じています。
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# by zuzumiya | 2010-05-03 11:18 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

いつの間にかプレゼントを探してる、そんなお店知っていますか

そこへ行くと決まって誰かにプレゼントや手紙を送りたくなるような、自分のことより誰かの喜ぶ顔を想ってしまうような、そんなお店を持っておくと豊かな気持ちになれます。私にとってそれは青山にあるスパイラルの2階の生活雑貨のショップです。今日はポチ袋の4分の1ほどの小さい「たね袋」というものを見つけました。一瞬、植物の種を入れて贈るものかなと思いましたが、実は500円玉を入れて財布に入れておくと福が貯まるのだそうです。でも、私は読んで字の如く植物の種を入れたり、お香を折って文香として友人への手紙に入れるのがお洒落だと思います。それから和柄の燕の絵のポストカードは燕が渡って来ている今の季節にぴったりで、去年の今頃会った友人に出すのに最適です。アンティーク調の鳥の絵の描かれた札は本好きの友人への栞にしたら素敵でしょう。どれもこれも自分使いのものを探す時よりずっと気持ちがわくわくして、幸せな気分でした。
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# by zuzumiya | 2010-05-02 01:53 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

「人のチャレンジを妨げない」を頭の片隅に置きましょう

東京都にはチャレンジスクールという名の定時制高校が5校あるのをご存知でしょうか。入試に学力試験はなく、中学時代の内申書も要らない上、志望書と作文と面接に合格すれば入学できます。中学時代に不登校になってしまった子供たちにとっては、過去は水に流して出直せる、これから新たに前向きにチャレンジしていける大変ありがたい学校です。チャレンジ校の中に「人のチャレンジを妨げない」を理念に掲げていた学校があり、実に素晴らしい言葉だと感心しました。人と違うのは当然で、それぞれに唯一無二の個性があって、それを認め合いながら生かし合いながら励まし合いながら、集団と個人の夢や目標に向かう。高校の話に限らず、会社でも家庭でも今一度見直したい考え方ではないでしょうか。一概に「個性を伸ばす」「人を生かす」というけれど、実はこの「人のチャレンジを妨げない」寛やかで温かく節度ある土壌であってこそ実現できるのだと思います。
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# by zuzumiya | 2010-05-01 01:03 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

大人の私をきちんと怒ってくれるもの

大人になるときちんと怒られることがなくなってきたように思えます。怒られるというのは、例えば仕事で失敗をしてそれを怒られるというよりも、もっと内面的な、自分の弱さや甘えの部分、図星の箇所をしっかり突かれてはっきり怒られるということが少なくなってきたように思えるのです。人間関係の希薄さ、面倒さなのでしょうか。そんなふうに思ったのは、人ではなくて本から「怒られた」と実感することが多いからです。暮しの手帖の初代編集長の花森安治の言葉に「美しいものは、いつの世でもお金やヒマとは関係ない」があります。それから有名な茨木のり子の詩の「自分の感受性くらい/自分で守れ/ばかものよ」もあります。この二つは私にとってはショックな言葉でした。でも、紙に書いて持っておいたり、本を側に置いたりして、弱気になったとき、迷ったとき、いつでも頭を垂れてガツンと怒られようと思っています。そういう言葉、あなたにはありますか。


※花森安治の言葉です。
「美しいものは、いつの世でもお金やヒマとは関係ない。みがかれた感覚と、毎日の暮しへのしっかりした眼と、そして絶えず努力する手だけが、一番美しいものをいつも仕上げる」…お金とヒマのせいにしてしまいがちでしょう?
※茨木のり子の詩『自分の感受性くらい』、金子光晴の詩『おっとせい』なんかもガツンときます。読んでみて下さい。音楽では「エレファントカシマシ」の歌でしょうか。
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# by zuzumiya | 2010-04-30 00:56 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


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