真似ることは恥ずかしいことではありません

「真似ることは学ぶこと」はよく耳にします。自分が始めたことであり、最初から最後まで自分のオリジナルだと言えないことには、人は後ろめたさや恥ずかしさを感じるものです。でも、社会のなかに生きながら、この世の中で本当に誰からも何からもきっかけや影響を受けていない、純粋培養のオリジナルなどありえるとも思えません。自分はあらゆる他者の融合によって作られた未完成品と思うのが素直な考え方だと思います。新しいことは実は古いこと、懐かしいことに支えられている。ずっと昔から人が求め続けてきたシンプルなことがベースにある。そう思って見回してみると、納得することが多いです。真似ることを恥ずかしがらず、真似たい気持ちと直感を信じてどっぷり浸かってみましょう。自分がこんなにも引き寄せられた、そのいちばんのエッセンスが信じるに足る美しさを放っているからだと確信できたとき、恥ずかしさが安心感や使命感に変わってくるはずです。

(今からできること)
※ファッションでもそうですが、コーディネイトなど真似ていると必ずその人の生き方の ポリシーやこだわりような深いところに行き着いてきます。真似るといっても不思議に 上辺で済まないようになっています。「真似る」が「学ぶ」に変わるポイントです。
※ファンションでも本でも音楽でも、大好きなもののなかには「心の師」がいます。
 「これがあれば私はきっと迷わない」となぜだか強く思えてきます。自分を育んできて くれた大好きなものたちを手に取って、シンプルなメッセージをもう一度受け取りま  しょう。受け取ったら、誰かに渡す役目を担うのです。よいことは留めておいてはいけ ません。
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# by zuzumiya | 2010-05-24 14:35 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

親子で楽しむ水栽培はいかが?

洗い物の際に手が滑って、グラスの縁が欠けてしまいました。縁だけなのでベランダの伸びすぎたポトスを切ってきて、そのグラスで水栽培を初めています。かれこれもう2週間以上は経っていると思いますが、茎から2カ所に白い根が生え、1本は3センチほども伸びています。流しの蛍光灯しか当たらない場所だったので生育が遅かったのかもしれませんが、根が出はじめるとぐんぐん伸びてくるのがうれしく、思わず「がんばれよ」と声をかけたくなります。あまりに暗いところでは可愛そうと今日から食卓の上に置くことにしました。このポトスは一日のほとんどが日陰だったにもかかわらず根を出してくれたのに対して、私の机の本棚にある一輪挿しのアイビーは明るいのに根が出てきません。ダメなのかなと思いながらも、ポトスの頑張りを思って待っています。暢気に、でも諦めず待ってみること、結果を急ぎすぎ、白黒つけたがりの私にはちょうどいいプチ修行なのかも。

(今からできること)
※ポトスもアイビーも水栽培が可能です。他にはミリオンバンブーもできるようです。
 グラスと水が清涼感を誘ってこの季節にぴったりです。大きな鉢植えじゃなくても300 円くらいのミニ鉢植えを買って来て、伸びたら切って水栽培にしてみましょう。
※子供部屋こそ水栽培のポトスを置いてあげましょう。
「喉が渇かないようにちゃんとお水をあげたいから、見守っていてね」「ここから白い  根っこが出てくるよ」と言っておきます。植物を育てるのに興味を持ったら、ジーン・ ジオンの絵本『はちうえはぼくにまかせて』を読んであげましょう。
※『100円グッズでとことん楽しむプチ・ガーデニング』(主婦と生活社)という本を図 書館で借りてみようと思っています。面白そうです。
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# by zuzumiya | 2010-05-22 08:21 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

今日はベランダ日和

家の中とも外とも言い切れない空に浮かんだ空間、ベランダ。私はベランダが好きです。まだPCを持っていなかった頃、ベランダの敷居に座布団を敷いて、子供の画板を借りて文章を書いていたほど。時には一人用のピクニックシートを敷いたり、すのこを敷いたり。昔、大工だった祖父もベランダが好きで、広いベランダに椅子とテーブルを持ち出して、ちょっとした作業場にしていました。鉢植えの花や植物は元気に日に照らされているし、空はすぐそこにあるし、洗い立ての洗濯物からしゃぼんのいい香りはするし、ゆるい風に風鈴が鳴ったり、鳥の声やヘリコプターの音、郵便屋さんのバイクの音も長閑です。まったくの外でないこと、部屋にすぐ引っ込めることが安心させてくれます。落ち込んで人に会いたくないとき、あるいは逆に一人でのんびりしたいとき、考え事をしたいとき、ベランダはいつでもやさしく迎え入れてくれます。ベランダを心の庭にしましょう。

(今からできること)
※ベランダも部屋の続きです。いらないものは処分して、水を撒いてデッキブラシで掃除 しましょう。水がキラキラ光って気持ちがいいです。
※すっきりしたところで、あなたのベランダライフ、何から始めますか? 
 グリーンカーテン作りに挑戦する? 大鉢にメダカを育てる? すのこを敷いて素足で 歩けるようにする? 読書のための椅子を調達してくる? 夕暮れにボサノバ&ビール もおすすめです。ベランダを自分らしく活用しましょう。
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# by zuzumiya | 2010-05-21 11:38 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

両親と義父母に会いに行っていますか?

最近、昔のことを思い出します。そして「あの時はああしてたっけ?」と誰かに尋ねてみたくても、気がつけば私の周りには私の幼い頃を知っている人が誰もいないのです。母はまだ生きていますが、私は母方の祖父母と三人で暮らしていたので、私の幼い頃の日常の暮らしの細かなことやエピソードなど何も知りません。祖父母が死んでしまっては確かめる術もなく、何より幼い頃の私の話を「そうそう」と相づちを打ちながら聞いて、笑い合える時がもう永遠にないのです。初めての本を書いたとき、この事実に気づいてとてもショックでした。あなたはどのくらいご両親に会いに行っていますか? 仕事が忙しいし、帰るとなるとお金もかかるからと盆暮れすら会いに行かずに、電話や手紙で済ませていませんか? 姑夫婦に会うのが面倒だからとご主人の帰省を渋っていませんか? 幼い頃の他愛もない思い出話を笑いながらできるのは幸せです。そして、やっぱり有限なのです。

(今からできること)
※今年の夏休みは帰省してみませんか。そして、アルバムを見ながら昔話をいっぱいして きましょう。きっとあなたの知らない(あるいは、忘れている)家族のエピソードはあ りますよ。ご両親が亡くなったら、もう聞けなくなることを忘れないで。
※ご主人の実家へ帰省する時も、同じ思いで行きましょう。ご主人の幼い頃の話を子供た ちにも聞かせてあげましょう。
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# by zuzumiya | 2010-05-20 17:45 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

付かず離れずのほどほどさ

以前の職場では、人の長所に目が行き「この人のここがいいなあ」と感じることがよくありました。そうなると自然に「いつかすんなりこの人の良さを伝えてあげたいなあ」と思うようになり、実際ひょんなことから「そこがいいところなんですよ」と本人を目の前に誉める機会に恵まれました。それが知り合う人ごとに続いて、いつの間にか私は「人の長所を見つけられる人ですね」と言われるようになっていました。今までずっと人間関係の悪い職場にいて、この職場でも1ヶ月は用心して仕事の質問以外は誰とも口をきかなったのですが、この職場のいちばんの良さは「付かず離れずのほどほどさ」でした。昨日のお昼は一緒に食べたけど、今日は食べない。さっきは一緒でも今は一人でいる。それが人の気持ちの自然であり自由であり、何ら深い意味はなく仕事とも関係ない。このサッパリ割り切った大人の社風が、私に人の見方を良い方へ変えさせた土台だったと思っています。

(今からできること)
※人の集団(特に女性の集団)でいちばん難しいのはこの「付かず離れずのほどほど   さ」でしょうか。私の場合はたまたま運が良かったのかもしれませんが、この「付かず 離れずのほどほどさ」を常に頭の隅において、悪しき習慣、しきたりには流されず、害 されないようにしましょう。
※休憩時間に上司の悪口や愚痴は言わないようにしましょう。場が暗くなります。楽しい 話、みんなが笑える話を積極的にしてくれた女性がいました。彼女のそばにはいつも笑 いと華やぎがありました。あの頃の彼女の「努力」をとても尊敬しています。
(でも、朝一人で珈琲を飲む時間も大切にしていました)
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# by zuzumiya | 2010-05-19 18:39 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

あなたの家の風鈴やウィンドーチャイム、うるさいかもしれません

何事も新しもの好きな私は、こどもの日の立夏に早速、風鈴を吊るしました。風鈴の澄んだ音が一年ぶりに懐かしく、いかにも夏が来たという風情にひとり満足していました。ところがこの立夏を過ぎる頃というのは、五月の薫風とも言われるように、風が強いのです。俳句ではこの頃から7月の頃までの万緑を揺るがす風に「青嵐」と季語があるほどです。窓辺の机で考え事をしていると、次第に風鈴の音がうるさく感じ始めました。吊るした本人がそうなのですから、マンションの上下左右の方はさぞや迷惑したのではないかと思いました。風鈴はかそけき風に「ちりん、ちりん」と一つ二つ鳴るのが粋です。青嵐のこの時期に吊るすのは風流どころかはた迷惑と恥じ入って、風鈴を外しました。良かれと思ってやったことでも、他人の身になればとんでもなく悪いことかもしれません。風鈴やウィンドーチャイムなど、うるさくないか他人の耳になって気にしてみる必要があります。

(今からできること)
※マンションのベランダ側を通ると、「ちりちりちりちり」もの凄い音で、風鈴の短冊が 風にちぎれんばかりにはためいているのを見かけたことがあります。生活サイクルの  違った方がもし、側で寝ていたら安眠妨害なのではと思いました。風鈴も音の鳴るもの なので、実は迷惑な騒音になります。風の強い日には外す心がけが必要です。
※風鈴は外ではなく、クーラーの送風口のそばで、ちょうどいい音が鳴るところを探して 吊るしてみるのもいいでしょう。
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# by zuzumiya | 2010-05-18 09:50 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

自宅の庭の外にもうひとつ、みんなの庭があります

先日、線路沿いの細い道を散歩していたのですが、家々の庭がとても綺麗に手入れされているのを見て感心しました。線路に向いている小さな庭や玄関の周りや道沿いにパンジーやサフィニア、マリーゴールドなどが彩りよく植えられています。線路端の土の部分には、どの家も茄子やトマトやいんげんなど支柱を立てて野菜を育てています。細い道でしたが周辺にゴミは落ちていず、雑草もきれいに抜かれて、この数軒の人々が協力して丁寧に花も野菜も育てている感じが伝わってきました。電車がひっきりなしに通るそんな悪条件の場所だからこそ、草花を植えて気持ちを和ませているのでしょう。反対に住宅街の道にはゴミや葉っぱや花がらなどが散らばっていました。自分の庭を花で綺麗にしても、その向こうの公道までは気が至らない、せめてもご近所でそれぞれ自分の家の周りを掃けばいいのにと思います。花好きとはいっても心の綺麗さの違いを見せられた気がしました。

(今からできること)
※門から内側が自分の家だと思っていませんか。街路樹の落ちた花びらも塀の際の雑草も 紙くずも自分の家の前ならば自分で掃除をしましょう。朝夕の庭の草花に水まきをする とき、家の前の掃除も日課にしましょう。
 マンションならば、ベランダにあるお隣さんとの境の排水溝の掃除は率先してやりま  しょう。
※街路樹の根元に桜草が植わっていて、その土が如雨露で水をかけられたのか、まあるく 黒く濡れているのを見ると、大切にしている人の存在を感じて、道行く時も心が和みま す。そういうゆとりを持って、行動に移せる人を目指しましょう。
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# by zuzumiya | 2010-05-17 13:18 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

今日は今日の自分で行く

以前、通勤の途中で、毎朝自転車に乗った女性に追い抜かれていました。ちょうど坂を上っていく所で、彼女の立ち漕ぎの背中に朝日が赤く射しているのを見たとき、ああ今、彼女の中に彼女だけの一日が始まっている、と思いました。朝日に祝福されているように感じたのです。そして、自分にもいかようにしてもいい一日が与えられていることに気づいて嬉しくなりました。思えば、自然は本当によくできています。一日が朝から始まって夕方になり夜になり、そしてまた朝が来ます。例えば今日、嫌なことがあっても一晩眠れば、また太陽が昇ってもう一度、新しい一日が始まります。この自然の「ご破算」の仕方は救いのようです。何度間違ってもまたやり直せる、傷ついても立ち直れる、自然そのものが手本になって教えてくれます。良い事も悪い事も昨日の自分は昨日で終わって、今日は今日の自分で行く。その気分の一新の仕方も試行錯誤もみな受け入れられているのです。

(今からできること)
※良い事も悪い事も、そのなかの昨日の自分も、朝がくればもう「終わったこと」です。
「なかったこと」ではありませんが、少なくとも「終わったこと」です。今日の新たな自 分との新たな時間を楽しみましょう。この「終わった感」、案外大事です。
※満足のいく一日などそんなにないように思えます。悪い事ばかりでもないし、いい事ば かりでもありません。アップダウンが激しいなと思っても、それは昇って落ちる太陽も 同じ。太陽がまた昇ってくるように、そのサイクルが必ず運もあなたも引き上げるので す。それが自然ということです。
※「昨日の我に飽きたり」…俳人、森川許六の言葉
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# by zuzumiya | 2010-05-14 16:52 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

「覚悟」を持てていますか

最近、人の「覚悟」に出会っています。随筆『自分の羽根』の中で庄野潤三は、娘との羽根つきから「私は自分の経験したことだけを書きたいと思う。(中略)つまり私は自分の前に飛んで来る羽根だけを打ち返したい。私の羽根でないものは、打たない」と書きました。それから、高村光太郎は「冬の言葉」という詩の中で「冬は鉄碪(かなしき)を打って又叫ぶ、一生を棒にふつて人生に関与せよと」と芸術への烈々たる信念を書いています。石灰工場の営業マンでもあった宮沢賢治は、手帖に「雨ニモマケズ」を書いて自分を鼓舞していました。「覚悟」の中には「決意」よりずっとシビアな、自分の弱さも甘さも状況も、全てを見極めた醒めた眼が見開いているように思います。そして「覚悟」に至った人にもうブレはなく、人も人生もただ美しく澄んでいきます。行き当たりばったりに「向上心」や「志」は持てても「覚悟」を持てた時こそ、望んだ真の人生が始まります。

(今からできること)
※人の覚悟ある文章に出会うと、衿を正す想いと強い憧れを感じませんか。高村光太郎の 詩のように、一生を棒にふってもいい覚悟があって何かをしたり、生きているかどう  か、時には考えるのもいいと思います。
※大きなこと、高邁なことでなくてもいいのです。一人で手帖にそっと記した宮沢賢治の ように「サウイフモノニ  ワタシハナリタイ」でいいのだと思うのです。
 今生のこの人生めいっぱいを使って、あなたはどんな人になりたいのでしょう。
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# by zuzumiya | 2010-05-13 13:25 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

新緑の季節。ミニボトルで水をこまめに飲んでいます

毎年、新緑の季節になるとなぜか水を飲みたくなります。人間の体の60パーセントは水分。モデルの女性が一日に2リットルの水を飲むのも聞いたことがあります。排泄物以外にも呼吸や皮膚から蒸気として水分は出ていき、データとしても、やはり水分として1日に2リットルは必要な量です。デスクワークであまり喉の渇きを感じないとか、珈琲やお茶を飲んでいるからではなく、なるべくなら水分は余分なものの入っていない水を摂った方がいいと思います。硬水、軟水にこだわらず、浄水器の水で十分なので、新緑の季節にふさわしく、水を飲みましょう。ただ、味のない水をお茶のペットボトルのようには飲めないので、サイズを小さくしてトライしています。エビアンの330ミリリットルのミニボトルを飲み切ったら、浄水を入れて冷蔵庫に冷やします。1時間位したら取り出して、また飲む。ちょうどよく飲みきれるので、繰り返すのが負担にならず長続きしています。
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# by zuzumiya | 2010-05-12 12:02 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


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