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新人の返事

仕事で新人に指示を出したら、「うん、うん、ハイ」と相槌を打たれた。「そこは、ぜんぶ『ハイ』だろ、普通」ってイラッとした。
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by zuzumiya | 2014-05-24 11:22 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(0)

願いごと

遅刻しそうになって、心のなかで思わず「神様、」と言いかけて、やめる。
神様へのお願いはもっとずっと大事な場面にとっておこうと思って、すかさず「いや、自分でなんとかします!」と言い直して、頑張る。
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by zuzumiya | 2014-05-23 21:01 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(0)

家族でいよう

私が別居していても離婚しないのはなぜか。ひとえに何もかも失うのが怖い、からだ。
いろいろと考えてみたんだが、自分はこの人生において何もかもが中途半端で、何かひとつのことをやり続けること、やり遂げること(理想だった!)ができなかった。なぜだかわからん。性格が飽きっぽいのかもしれないし、チャンスはそれなりにあったとは思うが、ここぞという時の勇気や決断力やふんばりに欠けちゃったのかもしれない。で、そういう生半可な自分がそれでもひとつ、「やり遂げたのかもしれないな」と思えることは、結婚して子供を生んで育てて自分の家族を持ったことだ。「そんなの、みんなしてる。大したことじゃない」と思うだろうか。
人間には二つの側面がある。社会における自分と家庭における自分。社会的にはなんらカッコイイことはできなかったし、仕事といっても私じゃなくても代わりがきくような世界にいた。だけど、家族のなかでは唯一無二の頼れる母であり、妻であったと思う。
こういうところ、実に人生はうまくできているなと思う。社会的に成功しなくても、あんまりパッとしない人でも、家族がいれば、家族にとってその人は大事な、失いたくない、代わりのきかない唯一無二の愛しい存在でいられる。そういう存在感、特別な感じって、人生においてそうそう得られない、かけがえのないことだと思う。
家族を解体しちゃうのは、いちばん大事な自分の価値を自分で捨て去ること、立ってる足元が崩れていくようで、怖い。「家族だけは自分の味方」という最後の砦を壊して、ひとり荒野に立てるかというとやっぱり心細くてできないのだ。この怖さが実は、今まで家族にのほほんと守られていたということであり、幸福だったことの証なんだろう。
人生において、何かをして名をあげることももちろん凄くて立派だが、平凡だけどささやかなことかもしれないけど、家族を作って育んで、壊さないで、その結果、DNAとか思い出とか家訓とか美意識とか価値観とかもろもろを後世に繋いでいく、残していく、っていうこともよくよく考えれば凄いことなんだなと、今思えてる。
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by zuzumiya | 2014-05-22 16:11 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

太陽よ照らせ、私はまだ道の途中

「人の本質は変わらない」を信じて、変わっていく自分を許している。
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by zuzumiya | 2014-05-22 14:48 | 降ってきたコトバたち | Trackback | Comments(0)

雨が絵になる家に

雨のなか歩いていると、狭い売地のいちめんに貧乏草が咲いているのを見かけた。
どうして不動産屋の担当者は草むしりをしないのだろう。なんだかあれでは土地の価値が下がって見えてしまう。ここに家を建てても幸福にはほど遠いような感じ。疲れが増した。
自分がもし戸建ての家を持つなら(もう宝くじに当たらないかぎり無理だろうが)、リビングから続く床に四方をガラスばりにしたサンルームを持って、小さな植物園に仕立てようと思っている。見上げるとガラスの天井からさらさら雨が落ちて、雫が四方八方にひっきりなしにつーっと流れていく。そんな光景を猫と一緒に眺めていられたら、いいだろうなあ。
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by zuzumiya | 2014-05-21 10:34 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

ゆるぎないポイント

先週末、夫とふたりで上野の国立西洋美術館に行ってきた。
作家の平野啓一郎さんが「非日常からの呼び声」というテーマで選んだ絵画の展覧会とジャック・カロという西洋美術史を代表する17世紀の版画家の作品展。そのジャック・カロのエッチングなんだが、「なんでここまでやる?」と呆れるほどの緻密さで、会場には虫眼鏡の貸出があったし、画面を指で触れると虫眼鏡で拡大したように大きくなる仕組みのモニターもあって、ほんとにカロの仕事の徹底ぶりには文字通り瞠目した。特に当時の大博覧会のような人々が集まる広場の絵が多く、私は何度眼鏡を外して(老眼なので)「こまけー!」とつぶやいてまじまじ見たことか。
夫は遠近法で描かれた遠くの風景まで手を抜かず細かく線を描き込んだ絵を前にして、「このへん、グチャグチャってしたくならないのかな」とつぶやいた。細密画を前にして、この「グチャグチャってしたくなる感じ」が実によくわかって、私は吹き出し、もうそれだけで夫とここへ来てよかったと思えた。
そのうち、絵本の『ウォーリーを探せ』にならって、私と夫はモニターの前であらゆるところを拡大して「変な人探し」に興じた。ジャック・カロという人は当時の不具者や乞食をカリカチュアして描いていたブラックユーモアの人でもあるので、絶対にこの絵のどこかに一人ぐらいは「変な人」がこそっと居てもおかしくないと思ったのである。どんなに計算されて細密な絵の中にもそういうユーモアを入れ込んでくる遊び心のある人じゃないかと感じていた。そうしたら、いたのだ。たしか、ジプシーの絵だったか、木の幹の枝分かれしたところで尻をこちらに突き出してウンコしている男が。しかもそのウンコの形が漫画のようにねりねりと渦を巻いている!古今東西、同じ形に夫も私も吹き出した。
私と夫にかかれば、上品な美術館デートもこのありさまである。でも、久しぶりに思った。
男性との付き合いで何をいちばん重要視するか。食べ物の好みとか、趣味の一致とかいろいろあるだろうけど、私は間違いなく「笑うポイントが同じ」をあげる。
笑うポイントが同じな二人は、どんな時もどんな所でも笑いが吹き出る困った(?)二人である(葬式で笑い転げてしまった時にはさすがに参った)。が、楽しいのも事実である。

※「非日常」の方は、なんといっても平野さんが絵を選んだ理由を述べた文章が良かった。彼の言うようにその絵が見えてくるから不思議だ。ハンマースホイの絵がいちばん良かったという夫にひとまず安心。
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by zuzumiya | 2014-05-20 16:14 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

アラフィフ女のやさぐれランチ スパイシーな孤独添え

忙しい。あまりに忙しいのがもう1年以上も続いている。ときどき、泣きたくなってくる。
二人でやるところを一人でやって通常どおりの結果を残す。一人でできるならいいじゃん、と思われているのだろうか。大汗かいて小走りの大慌てでも…。
3月から5月の今までに、ワンフロアで9人は辞めた。信じられない。派遣は派遣法で仕方ないみたいだけど、パートも正職員すらも辞めていく。諸事情で「昇給がない」と決定されてから、われもわれもと皆バタバタと辞めていった。
先日は無断欠勤を4日続けた新入社員がクビを切られた。資格もないのに正社員として入れたというのだから、採る方も採る方だ。笑うしかない。今後はさらに1名辞めていく予定を「内緒で」聞いている。
辞めた穴をみんなでヒイヒイ言いながら埋めている。当然、忙しくて職場の雰囲気は荒れだした。一人一人はいい人なんだが、根はいい人なんだが、なにぶんにも忙しすぎてギスギスしている。私も今後を考えようかな。
ときどき、“ひとりランチ”をする。
ランチなどというと聞こえがいいが、そんなお洒落なものじゃない。今日も忙しくて疲れて「なんでこんな目に合わなければいけないのか」と情けなくなってきたので、スーパーの本屋で漫画を買ってから、そのままラーメンコーナーでひとり「五目焼きそば」を食べた。
ガラスの向こうにババチャリが並ぶ明るい窓辺のカウンターで、漫画を読みながら、ぼそぼそとひとり焼きそばを食べる。左手には中国人のオバチャンが二人、けたたましい声で話をしている。右手には老夫婦。おじいさんの一つのラーメンをおばあさんがお子様茶椀で取り分けて食べている。その姿に「貧乏なくせに、家に帰ればごはんあるくせに、自棄をおこして散財している」と、五目焼きそば590円の選択にちょっと後悔がまじる。
普段は家でだって、本を読みながらご飯を食べるなんてことはしないのだが、今日はヤサぐれているので、左手でページをめくりながら右手で焼きそばをかっ込むという「独身フリーター、男28歳彼女なし」みたいな行儀の悪さをわざとしてやった。あはは。
なんか、いいことないかなぁ。
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by zuzumiya | 2014-05-13 15:34 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

朝から更新したのはお知らせしたくって

今、とてつもない西洋の野鳥の王様みたいなのが一羽外にいるらしく、ジャングルの夜明けのようなけたたましさで鳴いている。何という鳥なのか、どうしてここにいるのか、どういうつもりで鳴いているのかはわからない。いつも聞こえてくるなじみの鳥の声、例えばムクドリやシジュウカラ、ヒヨドリ、メジロ(都立の大きな公園が近いので結構、野鳥が多いらしい)みたいなのが合間にちょこっと聞こえて、一層場違いな感じがする。こう書くと、実は自分も環境のいいところに住んでいるんだなと思う。

昨日書いた画家の齋藤芽生さんのことがどうしても気になって朝からネットで調べていました。そしたら、彼女のブログ『隠花微温室』が同じエキサイト内にあることがわかって、早速お気に入りに登録させて頂きました。皆様、是非、覗いてみてください。
最初の記事でご自身の展覧会での美術評論家の山下裕二さんとの対談の話が書いてあるんですが、山下さんに「ウルトラ・ドメスティック」と形容されたところ、その言葉に齋藤さんが「北新宿辺りの雨のアパートで繰り広げられるドメスティックバイオレンスっぽくて、いいですな」と書かれてあり、もうこの一文を読んだ瞬間に「ああ、この人、好きだ」とニヤつきました。ポイントは「北新宿辺り」とか「雨のアパート」です。このワードを選んでくる感覚(簡単に言えば、昭和の暗い淫靡な感じ)が好きなんです、とうれしくなりました。ところで齋藤さんのこの齋の細密な字、彼女の絵のようです(笑)。
齋藤芽生さんは小説も書かれる。絵もいいけど文章もいい。ブログの中に『香星群アルデヒド』という絵と短編小説のシリーズがあって、読んでみたらいいんですよ、コレが。
自分が好きな世界、惹かれる世界というのが絵も文章でもはっきりしている。「こういうのが好きなんです」と惜しみなくばーんと伝えようとしている、そこが“いい”ということです。それから「昭和紅蓮歌謡道」というコーナーがあって、ちあきなおみのことなんかも書かれてありました。昭和な人なんですねぇ。団地というのも齋藤さんを味わうときのキーワードなんでしょう。ということで、Amazonで早速『徒花図鑑』を注文しました。それから乃木坂のギャラリー・アートアンリミテッドにて5月24日まで「香星群アルデヒド」の展覧会があるそうなので、夫を誘って行ってこようと思います。また濃いのに誘っちゃうけど。
なんだか、齋藤芽生さんを知るごとに、勘なんですが、きっと椎名林檎さんも齋藤さんの絵や文章の世界を好きなんじゃないかなと思いました。昔、「娼婦俳人」と呼ばれた鈴木しづ子の句集の帯に推薦文を寄せていましたから、なんとなく(笑)。
生きていると、そして、ダメダメな時期でも、不貞腐れて諦めずにくんくん嗅ぎ回っていると、何かに突き当たるもんです。感謝。
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by zuzumiya | 2014-05-11 09:43 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

画集に救われる

今日はCDを受け取りに立川のHMVに行ってきた。母の日に娘がモリードレイクのCDを買ってくれたのだ。それから同じビルにあるオリオン書房を覗いた。
最近はほんとうに自分でもどうしたものかと悩んでいるのだけれど、本がまったく読みたくなくて、まあ、周期的にそうなるのだけれど、今回のはやけに長いし、小説もエッセイもダメで、ミステリーでさえも(ミステリーのジャンルはほんとに頭の休憩、娯楽なので)まったく読みたくなくて、頼みの綱の詩や俳句の方もダメで、ほとほと困惑している。
こういう時は気を入れて何かを書こうという気持ちにはならない(日記めいたこの程度のことは書けるんだけど)。つまり、生きているこの日常から何も見つけられない、受け取れないダメダメな時期で、もの凄く自己嫌悪で情けなくなる。
a0158124_142115.jpg例によって、「心ときめくものが何もない!」と愕然としながら、ひたすら売り場をウロウロして、最後に諦めて写真集や画集のコーナーに足を向けた。そうしたら、やっと心が動くものを見つけた。写実絵画の特集をしていて『小尾修画集 痕跡』や『聖なるもの 野田弘志画集』とか『池永康晟画集 君想ふ百夜の幸福』とかが置いてあって、小尾修さんの表紙の女性など最初は写真集かと思ったぐらいで。でも、写実で描かれた裸婦というのが自分は苦手なことがよくわかった。野田弘志さんの描く果物などの静物画が気に入った。
なんで人物より惹かれるのか、そこには何があるのか、今度図書館で画集を借りて(だって、画集って高いんですもん)じっくり考えてみたい。人間よりぽんと置かれた果物の方に静かな狂気を感じる。

a0158124_1423742.jpgいちばん面白いなと心が動いたのは『徒花図鑑 齋藤芽生(さいとう・めお)作品集』。これはもしかしたら図書館で借りたあと、注文しちゃうかもというぐらい、今興味がある。ネットで調べてみるとこの人は芸大の油画科の女性初の常勤講師だそう。発想が面白くて、絵の説明書きを読んだら、思わずムフッと笑ってしまった。
今はなんだか美術づいてるみたい。明日、早速図書館に行こうと思う。
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by zuzumiya | 2014-05-11 01:44 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

貧乏ならではのショック

夕飯を食べながらテレビを見ていた。さんまの「コンプレッくすっ杯」というバラエティーだった。子供の頃貧乏だったとか、おデブな容姿だとか田舎育ちだとか芸能人のコンプレックスを暴露して笑い飛ばそうという番組だったが、そのなかで何度もauWALLETのCMが流れたんだが、街中の人々が財布を捨てちゃうのである。ばんばんと。もう携帯があれば財布はいらないという意味なんだが、コンビニのレジ前や駅のエスカレーター脇のゴミ箱とか結構リアルな設定でぽんぽんと捨てちゃって、あれはほんとに何度見てもショッキングで、それはたぶん、私が貧乏だからで、番組じゃないが「これぞまさしく貧乏ならではじゃん」と可笑しくなった。
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by zuzumiya | 2014-05-09 20:52 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)


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