カテゴリ:日々のいろいろ( 673 )

今日の「拾う神」に感謝

某サイトで象さんバンドの新潟のセトリを見て、びっくり!
大好きなあの曲が演奏されてる。これはすごいツアーになりそうです。
そんなこんなで私もいきなり元気に!

今日、「お母さんが死んじゃった夢を見て号泣した。だいじょうぶ?」と娘が心配して、仕事中にメールを寄越しました。
たしかに昨日はふっと、投げやりな気持ちに(死ぬなんてことではなく)なっていました。娘はそれを遠くで察知してくれたのかもしれません。
最近では娘と待ち合わせて帰ることが多いです。
一人で電車に乗っているといろいろと考え込んで沈んでしまうので、娘と彼氏の恋バナを聞いてるだけで、とても心がホッとする。助けられてると思います。
今日も待ち合わせて一緒に帰り、娘は親孝行のつもりか、花の鉢植えと「おでん」を買ってくれました。
コンビニで後ろを振り向くと、娘がおばあさんのためにドアを押さえてあげている。
地震の時も、両親がいないなか、マンションのお年寄りの避難のためにひとりで奔走したという娘。あらためて、いいヤツなんだなあ、と思いました。

娘と商店街で焼き鳥を買ったり、たいやきを買っては、「ウマイ〜!」と笑い合う。
そんなちょっとしたことで、「ま、いっか」と心の靄が晴れる。
「ありがとね」と真剣に言うと、照れて、「そうそう甘えないでね」と冷たく返されますが、こうやって身近なところに「拾う神」がいてくれることがうれしいです。

その娘が言うには、象さんバンドを好きでいた頃の私の方がだんぜん元気だったらしい(苦笑)。だから、女同士は恐い。「また、コンサートに行けばいいのに」なんて、軽々しく言います。こういうところも勘がいい。
さあ、どうしたものか。
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by zuzumiya | 2011-04-03 23:43 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

4月になりました。

そろそろブログを再開しなくてはと焦っておりますが、どうにも気持ちに余裕がなく、正直なところポジティブな発信にもっていけません。
書いていなくてもいつでも一定の人数の方が見にきてくれて、うれしいのと同時に大変申し訳なく思っています。でも、みなさんへ明るい言葉がかけられないのです。
今のこの私に一体何が言えるんだろうという気持ちで塞がれて、言葉が出てきません。情けないです。歩いていればたんぽぽも見つけるし、見上げれば桜も咲きはじめて、季節は春らしくなってきたけれど、心は晴れぬまま。
でも、象さんバンドのツアーも今日、新潟から始まりました。頑張ってるんだな、と思うことで私も一日一日を乗り切ろうと思います。
いろんなこと、はやく吹っ切れて、毎日の暮らしの中から小さな喜びを見つけられるように、いつもの自分に戻りたいです。
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by zuzumiya | 2011-04-02 23:33 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

みなさん、大丈夫ですか?

こちらは全員、怪我もなく無事です。
いろいろ書きたいこともありますが、明日から停電も始まります。
しばらく、更新を休むことにします。
みなさん、元気を出して、頑張りましょう。
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by zuzumiya | 2011-03-13 21:25 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

静かな掌

休みの昨日、朝7時に母からの電話で起こされた。
おそらく最後の外泊なのだろう、医者から特別に許可を貰って、数日自宅に戻って来ていた母の連れ合いが、どうにもこうにも痛みに耐えられなくなって、これから救急車で病院に運ばれるという。私も慌てて家を出た。

母は被ったカツラが浮き上がるほど明らかに動揺しているくせに「これでもう4回目なんだよ」とふっと言い切る醒めたところがあって、過去の経験からか「あたしが救急車に乗ってったら帰りがタクシーになるから、あんたが乗って。あたしは車で行くから」などとしっかり計算していて、何にも病状経過のわからない私が流れで救急車に乗るはめになった。救急隊員も「どなたかが乗って頂かないと万一の場合もありますので」と言う。「その万一の場合に妻であるあんたが乗らなくてどうするよ」と心の中で思った。

救急車の中で「ご関係は?」と訊かれて、一瞬言葉が詰まり、「一応、父になるのかな。血は繋がってはいませんが」などと返してしまった。「知り合い」という言葉が浮かんだのだが、この場ではあまりに冷たすぎるような気がして、そう答えたのだった。今にして思えば「親戚」という便利な言葉があったのに、たぶん、本来母が乗るべきところに私がいることの体裁を瞬時に考えたのかもしれない。
痛い、痛いと騒ぎながらもそのやりとりを聞いていたのか、連れ合いの彼は母のフルネームと名字の違う私のフルネームを酸素マスクからはっきりと隊員に伝えた。気まずかった。

救急車の揺れが結構、身体に響くのは乗った者にしかわからない。正月に急性の腸閉塞で運ばれた自分を見ているようだった。揺れるたびに
「いたっ、痛い、痛いよぅ、もうダメだ、もういい、もうダメだ」
と声を出しながら、動けるほうの右足だけ立てたり伸ばしたりもじもじする。そのたびに
「痛いの、そうか、痛いよなあ、でもがんばれ、病院へ行くからね」とか
「痛い? 痛いなあ、あったま来ちゃうよなあ、病院へ行って、痛み止め打ってもらおうね、あとちょっとの辛抱だからね」などと精一杯、声をかける。
そして、痛みのために何かを握りたそうにして宙を舞う覚束ない手を思わず握った。
最初、ちょっとだけ握り返してきた感覚があったが、痛みが引いたのか、あとはとても静かな掌になった。気がつくと、体温も低い。この静かさと体温を意識したとたん、死が過って、私に雑念が入って来てしまった。

痛みと闘う人を目の前にして、たしかに私は懸命ではあるのだけれど、どこか私の心のなかですうーっと引いて行くもう一人の自分がいる。それを掌の肌をあわせてしまうことで、相手に伝わってしまうのではないか、と急に怖くなった。
「私なんかが手を握っていてこの人はほんとに救われるのだろうか」
「一度はひどく憎んだこともあるこの私に手を握られて、安心なんてできるのか」
「ここへきて血の繋がらない子供なんて言って、財産を狙ってるみたいじゃないか」
「死神の使いに見えやしないか」
などと考える。考えていると、また彼に痛みが襲ってきて、じっとしていられない彼の手は私の手をすっとすり抜けて、宙を舞い、痛みがしぼんでくると時に自分の手をじっと見ていたりする。おそらくは指先に挟まれた酸素計測器が邪魔で気になるのだろうが、私には自分の手が死神にでも冒されて黒くなってやしないか確認しているようにも見える。

そんな雑念が入ってきても、目の前で手が弱々しく挙がると何度も促されるように手を握った。握ってはみたものの、そののち、力が、想いが込められない。完全に形だけ握っているような気がする。私の肌が拒んでいる。弱気になっている。いつの間にか浮き出た血管から死がこちらへ向かって流れてくるのが怖くなっている。彼が私の持ってるエネルギーや運を吸い取ってしまうのではないか、と思う。頭のなかで「偽善者だ」「冷酷な奴め」という自分を揶揄する声がした。

これが自分の夫や子供の掌だったらどんなに楽だったろう。力を込めて、祈りを込めて、そう、「彼の痛みを私に分けて。彼の皮膚から私に送ってよこして」「私の命のエネルギーを子供にあげて。いくらでもあげて」と必死に懇願できたろう。肉親の「死」に直面すれば、その土壇場において怖くはない、脇目もふらず必死だ。絶対、最後まで闘おうとする気がする。だが、母の連れ合いの彼の「死」はなにか別物なのだ。どうしてものめり込めない、こちらにもあちらの彼にも、通いきれない何かがある。それが二人の掌の静けさだ。痛みや死を前にしたこの瀬戸際にも、隔たりと躊躇がある。藁をもすがるあの掴み合う、握り合う感じの必死さが互いの掌にない。

ひとことで言ってしまえば、それが信頼関係というものなのだろう。愛情というものなのだろう。父でもなく、母の連れ合いとしか思わず、ましてや母の身勝手さを正さないことで恨んでもきて、長年付き合いもなかったのだから、と自分を正当化してみる。それでも多くの他人の患者の手を握る看護婦を思えば、戦場で死に行く兵士の手を握る救護班を思えば、自分はやはり冷酷な人間なのかと思ったりする。不思議なものだ。「助けなきゃ」と促されて、びくんと体が弾んで思わず手を握りはするが、その善性はまぎれもなく善性なのに、続かない。頭が介入する余地があるなんて、と思う。そして、そのことを恥ずかしく思う自分もいる。私はいったいぜんたい、どういう人間なのだろう。複雑だった。
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by zuzumiya | 2011-03-08 12:32 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

情熱が運を引き寄せるのか、出会うべくして出会っているのか。

2日続けて休みが取れたので家のことをやりながらも精神的にすごく余裕が持てた。
やっぱり休みというのは大事なんだよなあ。
月並みな言い方だけど、自分らしさを取り戻すって感じ。
今日は地元の図書館に本を予約して、髪を染めてリフレッシュして、定期を買いがてら、今度移動になる新しい図書館をこっそり見に行った。
思った以上にこじんまりとして小さかった。なんか「こんなことはどうだろう」みたいな企画や夢ばかり描いてたから、ちょっと現実とのギャップに驚いてしまった。
でも、子供のコーナーは全面じゅうたん敷きなので和む。
外は雨模様で、子供はまだ一人しかいなかった。
ぺたんと座って絵本を見ていて、その姿にほっとした。
いいぞ、全面じゅうたん! ぜいたくじゃん!
雨の中、高田馬場で急に思い立って、映画を観に行くことにした。
今日は3月の1日。映画の日で1000円!
本屋で何十年ぶりに『ぴあ』を調べたら、新宿は時間的にもう無理。
食料品の買い出しが残っているので、あきらめて帰ることに…。
でも、乗り換えの駅について電車を見てたら、やっぱり諦めきれずに飛び乗った。
いちかばちかで行ったいつもの立川の映画館。最後の回の始まる10分前だった。
すごいよね。「○○したい」っていう情熱は引き寄せるんだよね、運を。
それとも、今日が出会うべき時と決められてて、出会うべくして出会っているのか。
館内で夫にメールを送った。
「夕飯の仕度はできていますので先に食べて下さい。
 お休みなので少し自由にさせてもらいます。よろしく〜。」
ほとんど人の入っていない映画館で、悠々と好きな映画を見られるこの至福。
独身にかえったようで、うれしくてしょうがなかった。
でも、観た映画は『毎日かあさん』。
面白くて、少しせつなくて、あったかかった。
気取らない、ありのままの、おおらかさ。
台詞がぴしっと決まる、西原漫画のいつものテイスト。
あのまねできないやさしい余韻。
映画が終わって、またまた思い立って、本屋で鴨志田穣さんの『酔いがさめたらうちに帰ろう』を買ってしまった。
それからあわててスーパーに飛び込んで、ひな祭りのちらし寿司の材料なんかを買って、バスに乗って鴨志田さんの本を読みながら帰ってきた。
休みの日はやりたいことやって元気に過ごすのがいちばん!
明日もまたいろいろあるんだろうけど、いいこともきっと起こるはず。
リフレッシュできたから、ちっちゃないいこと、この精神力なら見つけられると思うなー。
明日も頑張ろう。
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by zuzumiya | 2011-03-02 00:18 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

益田ミリ『どうしても嫌いな人』に溜飲を下げてもらう

ああ、今日はひさびさに休みっていう気がしたなあ。
とは言っても、実は健康診断で朝も早よから立川にいたんだけれど。
せっかくの立川なのにバリウム飲んでるから、映画も本屋も覗けなかった。
でもね、あんまり寒かったから、カフェみたいなとこじゃなくて、汁物が食べたくて、ひとりでラーメン屋に入った。カウンターでオッサンとアンチャンの間で堂々と餃子まで頼んじゃってさ。帰りはバスだっていうのに。
こんなとき、オバサンらしい図々しさがあるんだなあって、心の中で自分で笑っちゃった。仕事の時もこれくらい堂々としてられたらいいんだけどねえ。

この年で新人だから、若い子にときどき、ちくりちくりとやられる。
でも、仕事じゃ向こうの言うことがごもっともだし、入って1ヶ月じゃかなわないから、どうしても愛想笑い浮かべてへらへらしちゃう。向こうにしてみりゃ「笑ってる場合じゃないよ、わかってんのか、このオバサン!」なんだろうけど。

私ね、いつでも思うんだけど、若い子って仕事がテキパキできるのがそれがすべてって感じの価値観なんだよなあ。会社においてそれだけを求めてる。「それだけのどこが悪いんですか!会社って仕事をするための場所でしょう? 私はそれだけでいいです!」ってズバッと言い返されそうだ。いろんな人間がいて、いろんな想いを持って、いろんなペースで同じ時間を働いてるっていうことを忘れてしまうのかな。

以前にも書いたことがあったと思うけど、社内の世代間断絶ってあんまりいい事じゃない気がするんだよね。飲み会を誘っても若い子は平気で断るでしょ。まあ、若いんだから予定もあって無理にとは言わないけど、ほんとのところはウザイんだろうなあ。「仕事終わってまで、なんで上司の説教、聞かなきゃいけねえんだよ」「仕事とプライベートはきっちり分けたいんです」って思うんだと思う。

たしかに飲んで説教臭くなるのはまいっちゃうけど、なんでこの人こんなこと言い出すのかなあと思って、よくよく聞いてみると、そうねえって頷けるところも1つや2つはあるもんだ。誰かの話に耳を貸すってことはその人の「人となり」を知ろうとすることで、ちょっと大げさな言い方をすれば人間ってやつを、人生ってやつを少しでも知ろうとすることにつながる。そういう人間臭さはふだんの仕事ではなかなか見えづらい部分だろう。どんな人にも物語はあって、人生があって「頑張って生きて来たんだなあ」って思える根本の共感性って、一緒に何かを作り上げていく上で大事なことだと思うんだがなあ。
「そういうものに縛られると面倒だし、正直、効率が下がりません?」ってまたズバッと返されそうだな。

だから、私は飲めなくても誘われれば飲み会いに行く。みんながお酒でいい感じに酔っぱらって、ふだんでは言いそうもない爆弾発言をしたりして、ちらっと本音が見え隠れする。「この人、ほんとはこんなとこあったんだ」っていうのが、今まで知らずにかけていた自分の色眼鏡を外させてくれるかもしれない。仕事では見えづらかった、あるいは評価に至らなかった「その人の良さ」がわかるようになるかもしれない。お酒の力を借りて気が大きくなって、手を叩いて大いに笑って喜び合って、仲良くなれる。そういうひとときって、私は「よかった、よかった」って単純にうれしく思えるんだけどな。こういうの若い子は馴れ合いって言うのかな。

先日はあまりにも「なんだよ、その言い方」って思っちゃったから、たくさんの甘いお菓子と一緒に益田ミリの『どうしても嫌いな人』っていう本を買って帰った。そしたら共感しまくりで、いつもながら「ミリちゃん、いい味出してるなあ、うまいなあ」って思った。どこかのお偉い先生の人生訓とか心理学系の本とか読むより、友人にべったりくっついて愚痴をえんえん聞かせてしまうことより、益田ミリのコミックエッセイ(←ジャンル、合ってる?)の方がずうっと心に沁み込んでくる、「そうだ、そうだ」って溜飲が下がる。ここで紹介しようと付箋をつけてたらいつものとおり、いっぱいになっちゃったので、うんうんって思った箇所をもう限定で2カ所だけ引用しとく。

「キツく言ったら、キツく言われたことだけが残るんだ
 素直に直すなら優しく言えばいい
 上に立つ人間は面倒くさがってはいけないんだよ」

「嫌いな人のいいところを探したり、嫌いな人を好きになろうとがんばったり、
 それができないと自分が悪いみたいに思えて、また苦しくなる。
 逃げ場がないなら、その部屋にいてはダメなんだ(中略)
 あの人を嫌いなわたしも間違っていないって思ってもいいよね」

なんだそうです。
でもね、私の場合は入ったばっかだし、まだこれからだから、私が「日々のことづけ」でも書いてきたとおり、「人間関係において可能性を捨てないでおこう」と思う。ちゃんと相手のいい所もその都度、ピンっときてるし、探さなきゃ見えてこないというわけでもないので。こちらからガードを築くことだけはやめて、親しみをもって向き合おうと思う。

こんなふうに結論づけられたから、今日はやっぱり、いい一日だったよなあ。
明日も実はお休み。いろいろ勉強しようと思う。

それではみなさん、明日もいい日になるように頑張りましょう。
おやすみなさい。
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by zuzumiya | 2011-03-01 00:26 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

恨むということ、許すということ

今日はこれから母の連れ合いの見舞いに行く。
母の話によると彼はもう癌の末期を宣告されて、先は長くはないという。
父親でもなく、夫と5つしか違わない彼のことをいつでもどう接していいのかわからなかった。生きてきた世界も私たち夫婦とまるきし違って、会って話しても話題に困り、話も盛り上がったためしはなかった。ずいぶん長いこと目もまともに合わせられなかったように思う。結果、彼が家にいるときは自然に足が遠のいたし、彼が帰ってくると入れ替わりにそそくさと私が帰った。母が家柄のいい彼と周囲の反対を押し切って再婚する時(母は水商売のママさんで、9つも年上)に、当初私という子供の存在を隠していたというし、バレてからもそんな私がちょろちょろ現れては、財産目当てだと思われるのが心外だった。
今日だって正直に言えば、死に行く人に何て声をかけていいものかとても悩んでいる。ただ、今日はひとつのことをどうしても謝まらなくてはならないと思っている。

母が初婚の彼と結婚式を挙げようとしているとき、体裁を考えて祖父母に出席を頼もうと実家に電話がかかってきたことがあった。
当時小学生だったろうか、私は電話に出て、その話の内容に激怒した。母は私の父と離婚をして私を実家に置いて、再婚して種違いの妹まで作り、その幼い妹(まだ3歳だった)をまた捨て、再々婚の勝手を繰り返してきた。そんな母に対して「何が両親揃っての結婚式だ」「いまさら誰が幸せを祝えだ」と猛烈に腹を立てたのだった。
背後には子供心に祖母が毎日自分の食事を抑えてやりくりし、私を大学まで行かせようと苦労している事実を知っていたからでもある。母とは電話口で大げんかになった。何度かかってきても断固として私は電話を祖父母にとりつがなかった。その後、今度は連れ合いの彼から電話がかかってきた。新婦方の親類が少ない上に晴れの結婚式に両親ともに欠席というのは、あまりにも哀れと思ったのだろう。

私はいびつではあったが根は純な子供だったし、私を置いて養育費も払わずやりたい放題だった母だけが皆から祝福を受けて幸せになろうとするのがどうしても許せなくて、頑になっていた。何度も彼から祖母に電話を替わってほしいと頼まれてもその都度、ガチャンと電話を切った。込み上げてくる怒りと悔しさと悲しさを説明しようにも、子供の私にはうまく説明できず、育ってきたさまざまな想いを他人にわかってもらうには話が長過ぎた。大人にはいつでも「親があって今のあなたがいるのだから、感謝しなきゃ」としか言われなかったし、幼い私は産んでもらった命があるというだけでいつでも言いくるめられた。

私は泣きながら、祖父母に母の結婚式に出ないでほしいと懇願したが、結局、叔母たちの度重なる説得に応じて祖母は私に隠れて式に出た。そんな祖母を後から知り「結局おばあちゃんも母親なんだよなあ」と当時の私は呆れたが、面白いことにあのちゃらんぽらんのユニークな祖父だけは「かずみが可哀想だ」と最後まで言い張って頑として行かなかったという。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」のとおりに母への恨みつらみが連れ合いの彼へまで及んだこともあった。私の知るかぎり、子供を何人も置いてきた母を責めたてるまっとうな大人は誰もいなかったし、母のお金に魅せられて寄ってくる友人のように、連れ合いの彼も過ぎ去った過去は過去として見ようとはせず、人間として敢えて母に問うことも過ちに一緒に向き合うこともなかっただろう。それは私にとっては許せないことだった。今の彼が半身不随になったうえ、癌の末期を宣告されて、もうすぐ最期を迎えるようになるのも、もしかしたら私の幼い頃からの積年の恨みや他にいる姉や妹たちがいまだにどこかで母を恨んで、不幸にも自分の人生を生きえていないから、その恨みを彼が一身に受けてしまったのではないかと思えるときがある。母を庇う者や頼る者のいない一人に、孤独にしてしまうことこそほんとうの贖罪への道なのかもしれないのだから。

とにかく、あの幼い日の電話の件だけは謝っておきたいと思う。たしかに私は子供だったが、「母親が幸せになるのがそんなにも嫌なのか…」と沈んだ彼の頃が今も耳の奥に残っている。普通に育った彼には理解できないことだったろう。
今の私は人が幸せになるのを別に羨ましくも妬ましくも思わない。善人ぶってカッコつけるわけではないけれど、みながそれぞれに幸せになればそれでいいと思う。前にも書いたが、いろんなことが許せるようになってきた。カチンと一瞬くることはあっても、それが相手への憎しみや恨みになどにはつながらず、逆に獏たる哀しみや憐れみをつれてくる。人にキツイことを言ってのけれるこの人の背後は、生まれ育ちは、人生には何があったのか、今は果たして幸福なのだろうか、寂しい想いはしていないだろうか、ふっと考えてしまう。

昔は私も「一生恨んでやる」という言い方や思い方を母によくしたものだが、今それを誰かに言われても、憐れみの気持ちしかない。恨むという言葉のほんとうの重みを人生を何十年も費やして知っている私は、ひょいと口に出してしまうその人の軽やかさが哀れでしょうがない。きっと何か別のことでも人生がうまく運んでいないのだろう。でも、非常に憤慨しているということと恨むということの重さは全く違う。恨むということはそのことに対して人生の何かを犠牲にしてでも、極端でなく人生を棒に振ってでも思いを曲げず貫くことだ。年がら年中よくないことがあるたびに思い出し、そのせいにして、その都度激しく憎み、あらためて震えるほど怒り、自分は何も悪くはないのだと棚上げし、そこから反省も学びもせずいっさんに逃げさることだ。それほどまでして、自分と人生を何かに縛られ囚われてもいい覚悟があって、はじめて人に向けて言える言葉が「恨む」という言葉なのだと思っている。

私は肉親を恐ろしい勢いで恨んだり、それゆえに生まれてくる自己否定や自己嫌悪、自暴自棄で苦しんできた人生だっただけに、人を求める強さも人一倍あって、愛されたいと思い、どこかに一人くらいは自分を見捨てずに心を通わすことのできる、わかってくれる誰かがいるはずだと希望を持って信じてきた。それを生きるよすがとして小さな頃から諦めないでいた。それで出会えたのが戦友とも呼べる今の夫だったし、彼と家族とのこのささやかな暮らしのなかから、人生で重要なすべては今も学んでいるのだと思う。人はそんなに多くのことを学べないし、いくら難しい哲学書を読んでも人生訓をいくつ知っていても、自分で行動して得た実感として心に深く刻まれたものしか残らないのではないか。
天国の門のところで「お前は何を学んできたか」と訊かれて目を輝かせて答えたいと思っている最大のことは、だから私にとっては「許す」ということだ。幼い頃たしかに人を恨み、悲しい想いも苦しい想いもしたけれど、夫と家族と生きるささやかな日々のつらなりが結局は幸せというものであり、その繰り返しのうちに何もかもを許せるようになっていたという不思議に今とても感謝している、このことを幸福な人生だと伝えたいと思っている。

話がだいぶ逸れてしまった気がするが、母の連れ合いはいきなり謝る私にどう接するだろう。残された時間のうちには、彼もきっと母のことで私にあらためて話をしてくるだろうと思う。そのとき、ようやく今まで聞けずにいた彼の本心が聞けるような気がする。彼と何もかもとっぱらって、はじめて人として向き合える気がする。死ぬ間際なんて何と遅いことかと思う反面、これほどまでに時間が必要だったのだとも思う。
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by zuzumiya | 2011-02-21 23:43 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

みんなへの手紙1

こんばんは。おひさしぶりです。みなさんはお元気でしょうか?
私はもう、ほんとに仕事を憶えるのに大変で、毎日が慌ただしくて精神的にゆとりがありません。通勤電車の中ぐらいは何とか自分の時間にしようと思っているのですが、そして借りた本はみないい本なので読み切りたいと思っているのですが、ぜんぜん思うようになりません。
詩集なら読めるかと荒木スミシの『光集め』を持って乗り込むのですが、眠気が襲ってきて読めないんです。でもね、「私も同じこと考えてたよ!」とか「日々のことづけでそれを書いてたんだよ!」って、共感できてうれしくなる詩が多くてよかった。それだけで気持ちが勇気づけられてずいぶん明るくなりました。
ロイ・アンダーソンの「散歩する惑星」のDVDも最後まで見れていません。しかし、あの監督の撮る人物というか画面というか、白塗りの感じは何なんでしょうね。独特で面白い映像です。「毎日かあさん」も見てみたいな。
でも、こんな忙しい時に俳句の仕事も来てくれました。うれしいような悲しいような。もう週2日の休みもなくなりました。

私の働いているところは区立の図書館なんですが、図書館ってちょっと優雅な感じに見えるけど、本当はものすごく仕事量が多いんです。雨の日だって雪の日だって、お客様は来て下さるし(雪の日にわざわざ返却に来てくれたお客様には感激しました)、土日はまたファミリー層も多い。新人の研修の入ったカウンターはもうてんてこまい。
バックヤードの督促電話の仕事も緊張するし、予約本の処理の仕事も大変。本は重いし、返却ポストまで階段を駆け上がらなければならないし、意外と肉体労働だったりします。あらためて、いつも借りている地元の図書館の人にわがままを言ったりして、ほんとに感謝の気持ちを感じています。
もう少し、仕事がちゃんと憶えられたら、きっと心に余裕ができて、以前のようにいろんなこと感じたり、考えられるようになるでしょうけど。でも、ここ何日かのカウンターの修行とメモの整理と清書をして、何となく端末操作に掴めてきたなと思うところもあって、頑張れそうな気がしています。
そうそう、自分の本が働いている区内の図書館2館にあってくれたのですが、1つの図書館ではなんと「汚破損」となっていて、そんなに多くの方が手に取ってくれる本とは思えないので、また良からぬことを想像して、それだけでもちょっと落ち込みました。本は大切にしましょう(苦笑)。

身体の方は大丈夫。こんなに忙しいし、寝不足でもあるのに頭痛もしません。
今日の午前中にNHKで放送していた無縁社会の話に感動しました。
「小さな幸せはほんとうは大きな幸せなんだよ」っていう歌を教会で歌っていた自殺未遂の経験者。涙が出てしまいました。図書館で働きだしたくせに、実はいまNPOの仕事にいま、とても興味を持っています。自分にも何かできるんじゃないか。というより、何かしたくなっている自分がいて、何かがきっと近い将来始まるような予感もして、自分でも不思議です。
メールを下さった方々、返事が遅れていてすみません。これから書きます。
とにかく、毎日頑張っています。そんななかでも歌のように、小さな幸せを探して、それで「だいじょうぶなんだ」と笑って顔を上げられるように明日も生きてみましょう。
仕事を憶えているときに思うのは、昨日までわからなかったことが今日「ああそうか」とわかったりして、毎日少しずつでも進んでいるんだな、動いているんだなと思えることです。髪の毛だって、爪だって、一日数ミリずつ伸びています。細胞は日々生きようとして生まれ変わっていくんです。新鮮であろうとします。
みんなドカーンとは行きません。本来はみな小さな、ささやかなことばかり。そういうもののなかに生きている。
神は細部に宿るというじゃないですか。小さなささやかなことを見つけられる、それで良しとする生き方が結局は幸せに近いと思います。
明日も頑張りましょう。みっともなく情けなくじたばたしながら、何かをさがそうとしている人はここにもいます。ひとりじゃないです。
おやすみなさい。
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by zuzumiya | 2011-02-13 00:04 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

公共図書館のこれから

公共図書館のカウンターに立ってみて、しみじみ思うことがあります。毎日毎日、時には朝に夕に図書館に通ってきてくれる常連さんのおじいさんがいるのですが、いつでもカウンターの職員たちに笑って話しかけてくれます。毎日来てくれているのですから、会話は本のことというより他愛もない話だったりします。それから朝、寒いなか図書館の入口の前で開館を待っているお客様もいて、姿を見かけるたびに「失敗しても怒られても、今日も頑張らなくちゃいけないな」と胸が熱くなります。開館のチャイムが鳴るのと同時に、何人ものお客様がふうーっと息を吐きながら朝刊を手に、いつものテーブルのいつもの指定席にやってきます。電子書籍が広まったら、公共図書館の先行きはどうなるのかという不安もあるようですが、こういうお客様を見かけるたびに図書館の場の役割の重要性をひしひしと感じます。極端な話でなく、毎日の生活の一部に公共図書館がある、そのことの意味を考えます。孤独死や30代40代まで長引く引きこもり、虐待の事件の増加など、無縁社会と言われる中で、公共の施設である図書館も、もっともっと人と人との繋がりを創造する場になれると私は思っています。図書館もそういう視点から新たな試みをどんどん企画して、本や読書にかかわる情報提供だけでなく、人と人が巡り会い、暮らしの中で安心できる大切な居場所として定着できるよう、積極的に地域社会に働きかけて行くべきだと思います。もうすでに私のなかではいくつかのアイデアが浮かんでいます。
でも、まずは仕事をマスターしてからですね(笑)。
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by zuzumiya | 2011-02-08 21:37 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

日記のような近況

忙しくて精神的にあっぷあっぷ。毎日、本を扱っているせいか、楽しみとして本が読めない。やっぱりこうなると思った。地元の図書館から4冊も届いている。
みなどれもいい本。さらに日曜版で読みたい本『しづ子』(娼婦と呼ばれた俳人の鈴木しづ子の評伝)と写真集『散歩の収穫』(赤瀬川原平著)を見つける始末。ああ。
それでも絶対、井坂洋子の『はじめの穴終わりの口』と荒木スミシの『光集め』だけは読むつもりだ。
特に荒木スミシの詩集は最初のページにブライアン・イーノの「自分のこころのなかよりももっとよくなれる可能性のあるものをつくること」という言葉が載っていて、びっくり。不思議な縁を感じる。

ついにようやく金魚の水槽を洗った。それから仕事優先のため、髪を本格的にショートにした。
デキャンタで水栽培しているヒヤシンスから白い根が伸び始めて、ピンクの花が覗き始めた。うれしい。
夕飯は久しぶりに鍋。娘の大阪みやげのソース味のぬれ煎がおいしい。うれしい。
明日もまためげずに頑張ろう。
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by zuzumiya | 2011-02-08 00:46 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(2)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


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