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情緒たっぷり昭和レトロなジオラマ~山本高樹「昭和幻風景」展

a0158124_831927.jpg芸術の秋。文化の日に息子のマスタングで千葉の市川の方まで家族で展覧会に行った。
私よりひとつ年上の山本高樹(やまもとたかき)さんというジオラマ造形作家の「昭和幻風景」という作品展である。彼のジオラマ作品はNHKの朝の連続テレビ小説「梅ちゃん先生」のオープニングに使用されたり、雑誌『荷風!』の表紙にも使われていたので目にしたことのある人も多いかと思う。私の場合は夫と行った青梅の小旅行でたまたま「昭和幻燈館」という久世光彦さんが喜びそうな名前の薄暗い館に足を踏み入れて出会った。後にそこは山本さんが開設したギャラリーだとわかった。今回はその青梅から作品を持ってきているのか、25点ほどが集められ、その他にも旅をしながらのスケッチ(漫画家の滝田ゆう、つげ義春の影響を強く感じた)なども紹介されていた。
彼のジオラマは昭和の街とそこに住む人々のレトロな暮らしをリアルに再現というより、彼自身の想像や願望を加えたひとつの物語のような、心象風景のような情緒豊かな作品である。そこには失われてしまった過去への懐かしさだけでなく、クスッと笑いたくなるユーモアやのほほんとした人間味への愛おしさがよく表れている。そして、街中を案内してくれるのは、あの散歩の達人、永井荷風である。絵本『ウォーリーを探せ』のウォーリーのように必ず目印のように荷風は街のどこかにいて、探し出すのはいつも楽しい。
彼のジオラマ作品の特徴というか、最高の良さは情感と郷愁を掻き立てる「灯りの風情」だと私は思っているが、今回の市川の展示室では部屋全体の照明がやや明るすぎた感がある。一体一体違う顔の表情や壁に貼られたポスターなど細密な作りをきちんと見せようと配慮したのだろうがもったいなかった。「昭和幻燈館」の方は暗幕をかき分けて入って行った記憶があるので、ほんとうに中は暗くて、そこにジオラマの建物の小さな窓や路地の外灯や連なる提灯の灯りがぼうっと浮かんで見えて、まさに幻のような別世界に迷いこんだ心地がした。
「昭和幻燈館」を見てジオラマそのもののファンになった。小さな、愛おしい世界をそっと覗き込むあの感じ。かがんで人形と同じ目線になって見つめる先の風景。「ここに入って暮らしてみたい」という酔狂な思いがジワジワくる。私は巨人でも優しい巨人なのだ。世界は壊したくない。そしてジオラマといえば、私にとってはもう山本高樹の、昭和ジオラマなのである。題材の選び方、風景の切り取り方、灯りの使い方、妄想の勝手な育み方…もうどこをとっても私のツボ。大好きなのだ。でもって山本さんは「やりすぎだよ」と言うかもしれないが、できれば灯りのついた窓の幾つかに内側から薄黒く人影があってもいいかなと勝手に思っているんだが、保育士らしくやっぱり影絵か人形劇みたいか?
ぐるりと見て回って、最後に家族それぞれがマイベストを教え合うということになった。
夫は夫らしく緻密な軽井沢の旧駅舎の風景を推した。息子は意外にも、ひなびた長野飯山の大根干しの冬支度がいいと言う。私に言わせれば、緻密さやリアルさより、もっとこう、胸をぐっと突き上げてくるような情緒が欲しい。私は夢町楽天地のヌード劇場の舞台裏や墨東の色町向島のような、遊び心ある伸びやかなエロチックなものが実に昭和っぽくて好きだし、つげ義春も好みそうな隠れ里の温泉の男女も好きだし、不忍池や見世物小屋の縁日の連なる屋台の灯りや提灯に子供のようにワクワクしてしまうが、やはり山本高樹は抒情の人だと思う。
両側から庇が突き出る狭い階段をトントントンと下りていけば、玄関先にぽつんと井戸があり、石畳には浴衣姿の匂い立つような湯上りの女性。路地奥の井戸広場、本郷。いるのは荷風とその女性だけ。あとは二人を包む温かな家々の窓の灯り。最低限にして最高な完璧さとそれゆえ醸し出される情緒と詩情たっぷりな世界。私は彼のいちばんには本郷の路地奥の井戸広場を推す。
三人三様で見事に好みが分かれたが、息子も加えた家族三人で芸術鑑賞ができたことは我が家にとっては初めてであり、これもまたいい思い出になった。次は覗きつながりで是非ともスコープ作家の桑原弘明さんの展覧会に二人を連れていきたいと思う。

※市川市文学ミュージアム企画展「山本高樹 昭和幻風景 ジオラマ展」11月27日まで。市川は山本さんの出身地で永井荷風が最後に住んだ地です。
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by zuzumiya | 2016-11-06 08:42 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

ドラマ「ハンニバル」のクラシック音楽を探すには

a0158124_11591917.png人生は暇つぶしの連なりと思っていたが、ほんとに人って次から次へと暇つぶしのネタを探しだすものなのだ。今、私がハマっているものはアメリカのドラマ「ハンニバル」である。我が家はhuluに入っていてドラマも映画も月980円だかで(夫が支払っているから詳しくは知らない)見放題なんだが、どっかのテレビ番組でそのhuluのドラマでいちばん人気なのが「ハンニバル」というのを知ったのだ。アメリカのドラマの質が映画並みに高いのは知っていたが、飽きっぽいのでシーズンが続くとじきに付いていけなくなる。「プリズンブレイク」なんかはシーズン1は寝食を忘れて夢中になって見て、シナリオの巧さに夫と熱く舌戦を繰り広げたものだったが、シーズン2の途中かなんかで、たぶん3には達していないと思うが、どういうわけか急に見飽きてしまった。シリーズ化していくうちにドラマのどこか、制作側の心理かどうかわからないけど、上手に保っていた緊迫さがたるんでいくような、おそらくは「この辺でやめておけば」という頂点を視聴率への慢心や続ける使命が見失わさせ、迷いながら新たに始めた展開で前作にはない微かな違和感と冗長さがあり、ついていけなくなっていくんだと思う。そういうのが「ハンニバル」にあるのかないのかわからないが、飽きないうちは日々の娯楽、人生の暇つぶしとして存分に楽しんでいようと思う。
アンソニー・ホプキンスの「羊たちの沈黙」から既に私はどういうわけかハンニバル・レクター博士に惹かれていて、映画の方も3部作は全て見ている。私は世の女性の好みには大雑把に分けて、マッチョで野性的な狼男派と知的でハンサムな吸血鬼派とがあって、私は断然、吸血鬼派なんだが、レクター博士は吸血鬼派に属するだろう。孤高な外科医であり精神科医であり、すこぶるインテリで芸術に造詣が深く、美食家で貴族的な品のあるお方なのである。ただ食するその肉が人を殺めた人肉であり、人肉を自ら料り食することに最も生の愉悦を感じてしまうサイコパスなのだ。で、今回のドラマのレクター博士はマッツ・ミケルセンという金髪のデンマークの役者なんだが、この人の毎回のスーツ姿も惚れ惚れする(すべてオーダーメイドらしい)が、料する時のワイシャツ姿の腕まくりなんかはすこぶるセクシーで、その肉が人肉であることを忘れるほど見とれてしまう。博士は人知れず殺人を犯し、その人肉を使った料理で食事会を開き、時にFBIの捜査陣をも招くが、その際にかかるクラシック音楽が毎回素敵で、美しくて物憂い感じのピアノが低く流れる。レクター博士といえば映画でもバッハの「ゴルドベルグ変奏曲のアリア」が有名だが、ドラマではネットで調べてみるとバッハだけでなくモーツァルトやショパンもかかっているようだ。「この曲いいな」と思ってもクラシックに詳しくない私はタイトルに行き着けない。それで毎回とても悔しい思いをしてきた。特にシーズン2の第3話「八寸」の中の始まって37分だったか35分だったか、食事のシーンではないのだが、レクター博士やFBIの捜査官のジャックや囚われ身のウィルがそれぞれの場所で物思いに耽るシーンで流れるアンニュイなピアノ曲がとても好きでタイトルが知りたいが、いくらネットで調べてもそこまでオタッキーなものは出てこない。夫に相談するとスマホのアプリで「はなうた」というのがあって、鼻歌で歌えばその曲のタイトルを見つけて教えてくれる便利なものなのだそうだ。試しにそのシーンのテレビ画面にスマホを向けて音楽を流してみると、しばらく経って、曲のタイトルと収録されているアルバムの画像が出た! ショパンの「24の前奏曲(プレリュード)」の中の第4番ホ短調だということがわかった。わかったときはもう嬉しくて嬉しくて。早速、アマゾンでCDを検索し、試聴すると短調はどの曲もいい。購入を決めた。その際、ショパンのこの「24の前奏曲」がバッハの「平均律クラヴィーア曲集」に影響されていることを知り、YouTubeでバッハの方を聞いてみると、なんとバッハの方がより私好みだとわかり、そちらも買おうと思っている。こうやって、好みのドラマから好みの音楽へと行き着くのはとてつもない達成感がある。運命のようなものを信じたくなる。人生がたとえ壮大な暇つぶしであると分かっていてもこの深みにどっぷりハマることこそまやかしだろうと快楽なんだと、これぞまっとうな金の使い方なんだと思ってしまう。
レクター博士の部屋のしつらえも素晴らしい。特に白地に赤の太いラインのカーテンなど見る者に静かな恐怖を与える。ああ、こんなこと書いていられない、続きを見なくては。
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by zuzumiya | 2016-10-23 12:08 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

季節で遊ぶ

先日、はたちを過ぎた娘とひさびさに買い物に行って褒められた。
「お母さんは、絵本とか“おはなしのろうそく”とか読んでくれたり、菖蒲湯とかゆず湯とか季節の行事や習わしとか教えてくれて、お母さんらしいお母さんだったよね。友だちに聞いてみても、そういうことみんながしてもらってるわけじゃないんだってこの年になってわかった」のだそうである。
ま、当時から私が保育士だったということもあるが、もとより「蝉の声より虫の声が立ってきたなぁ」と季節の移り変わりの方に心が揺れるおセンチで、純和風の暮らしをしているわけではないけれど、昔ながらの行事や習わしを生活のいろどり、演出として楽しく暮らしの中に取り入れてきた。
我が家では玄関の下駄箱の上を“季節のスペース”として、季節感あふれる花や植物、オブジェを飾り付けている。教育的な目的で始めたのではなく、私のささやかな楽しみなのだ。
今日は十五夜。この日のために娘と一緒に吉祥寺に出かけて、“菊屋”ですすきと吾亦紅の造花や鈍色の花瓶を選び、東急の鳩居堂で月をバックにうさぎが跳ねているミニ色紙を買ってきたのだった。たてるお香は竜胆で決まり。実は客人も少ない玄関だが、外出から帰ってくるたび目に入ってちょっといい気分になる。それだけでも“豊かな暮らし”をしている気になってくる。十五夜飾りの前は金魚鉢を模した丸いガラス(手頃なサイズの金魚鉢がなかった)に“菊屋”で買ったガラス細工の赤い金魚と蛙を入れて、イミテーショングリーンの先っぽをちょん切って水草に見立てて置いておいた。
こうやってテーマを決めて「何をどう飾ろうか」と考えるのはまるでディスプレイアーティストになったみたいで実に楽しいものである。巷のスーパーではもうハロウィーン飾りのようだが、それでは少し先取りすぎている。そこまでの間にもうちょっと自分流にいろんな“秋”を飾ってみたい。季節で遊ぶこんな姿が娘に“子どもに季節感を抱かせるよいお母さん”として効果的に映っていたようだ。
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by zuzumiya | 2016-09-15 14:27 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

お香づいている私

a0158124_21135590.jpg観葉植物を買いに入ったホームセンターでスティックタイプのインドお香を発見した。
その中に「虫除け効果」の文字を見つけ買ってみることにした。最近、猫のしわざなのか何なのかわからないけど(猫は室内飼いでノミ・ダニ取りのフロントラインは済んでいる)、家族で私ばかりが身体を虫に刺されていて、ダニだったら嫌だなぁと思って対策を考えていたところなのだ。値段はなんと88円。嗅いでみるとスーッとしたメントール系のすっきりした中にまさしくインドっぽい、白檀のような独特のえぐみが混じっている。虫除けと言われれば納得がいく香りだ。私はこのお香を焚くわけではない。洋服タンスに入れて防虫剤の代わりにしょうと思っている。ちょうど衣服の柔軟剤も切れてしまったから、服にやんわりアジアンテイストの匂いがつくのもいい。
3本ずつ流しのネットのゴミ袋に入れてホチキスで止めたものを2セット作って、タンスの引き出しにいれていく。ふと表記の「CAMPHOR」の意味が気になってネットで調べたら、なんと「樟脳」のことであった。それなら防虫効果は望めるだろう。こんなふうにお香を使うのは初めてだけど、なんかいい気分だ。
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by zuzumiya | 2016-09-13 21:15 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

なんだか、お掃除したてのいい香り

a0158124_166250.jpgできれば、いい匂いのする部屋にいたい。猫が2匹いるので余計にそう思う。
空気が乾燥する冬はデフューザーにオイルを垂らしたアロマをその日の気分で楽しむ。
夏の今は蚊取り線香の流れを汲んで、お香なのである。
引越しでミニ仏壇を押入れにしまいこんでしまった。ぴったりの置き場がなかったというのもあるが「そもそも仏壇などなくてもいいのではないか」という気になった。本物のお位牌は母の家のでーんとした仏壇にあり、母によると私の家のミニ版はどうもニセモノらしい。ならば「いらぬ」と決めたが、仏壇を捨てるに捨てられず、ハンマー振り上げてやたら解体もできず、とりあえず、ということで押入れの奥にいて頂いている。
仏壇などなくとも洒落た小ぶりの写真立てに祖父母の写真や父の写真(ほんとうは父の生死はわからないのだが)を入れて本棚に置き、一輪ざしで楚々と花を飾り、先日買った和紙でできた可愛いお地蔵さんも置いて(保育士なので)毎朝、手を合わせている。ただ本棚なので、丈のあるお線香があげられない。で、お線香のかわりにお香というわけである。
今日は主任の手違いでたまたま有給休暇がとれた。マジよ。それならばと眼科の後に、かねてから欲しかったお香を買いに行った。
株)大香というところから出ている“りらく”のシリーズ。皆さん、ご存知か?コルクの蓋の細い瓶に6センチ程度のお香が15本入っている。値段は540円とお手頃なのである。香りはすずらん、すみれ、りんどう、らべんだー、ばら、ひのき、沈香、白檀、みんと、緑茶、ざくろ、じゃすみん、あじさい、すいれん、きんもくせい、さくら、しらうめ、ゆずの18種類もある(そうだ)。お香はアロマと違って、いぶすと結構きつく香りが出るので慎重に選ぶ必要がある。人によっては頭痛になるほどである。迷ったのがすずらん、りんどう、じゃすみん、みんとだったが、一番のお気に入りの上品で優しいがしっかり存在感のある香り、すずらんは売り切れだった。猫の匂いが強いのでイチかバチか“みんと”なんぞを購入して帰る。
早速、家でたくと、台風後の大風に乗って爽やかに匂い立った。
掃除もしていないのに部屋中の拭き掃除を今しがた終えたような清々しさが満ちた。これはいい。すごくいい。しかし、香りだしてから猫が2匹とも姿をくらましたが大丈夫か?
みんと、大いに気に入ったゾ。店主によると週末にはすずらんが入荷するという。楽しみが増えた。
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by zuzumiya | 2016-08-23 16:09 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

伝説のギタリスト、グユンに揺すられて

a0158124_613750.jpg昔は夏の夜といえばボサノバだったが、キューバのフィーリンのメロウな心地よさを知ってからというもの、毎年そればかり聴いている。不思議なもので、去年は濃すぎてスルーした本格女性ボーカルが今年は何故かグッとくる。フィーリンのこのむうっとした温みや艶っ気はどう表現したらいいだろう。リズムは骨盤に響き、メロディは毛穴から入る。部屋の灯りを落として、扇風機はわざとゆるめに。冷房のきいた部屋には似合わない音楽だと思う。愛猫は床に私はベッドにしどけなく。お酒が飲めない体質なのがちょっと恨めしくなる。
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by zuzumiya | 2016-07-31 06:17 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

素敵なメロディ

最近はブルーハーツを聞きながら、一緒に口ずさむ。
お気に入りは「手紙」。とても素敵なメロディだと思う。
今日は娘の店を手伝うので、カラオケで歌ってみようと思っている。
いつか宮本さんにも歌ってもらえたらいいな。
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by zuzumiya | 2016-06-24 13:08 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

戻れないけど進んでも行けるよ~ハナレグミ『深呼吸』

a0158124_14315381.jpg是枝監督の『海よりもまだ深く』の音楽を担当したハナレグミ。
シングルCD『深呼吸』が今日、届いた。
映画では最後のテロップが上ってくるなか、静かに流れてきてジーンときた。
メロディはもちろんのこと、歌詞がこの映画のテーマそのもので、まったく大人泣かせだ。
夢見てた頃の少年の「ぼく」と今の「ぼく」。
時が経ち、遠くかけ離れてしまった二人。
夢見ていた頃の「ぼく」から見たら今の「ぼく」はどんなふうに見えるだろう。
瞳を閉じて呼んでみる。「おーいおい」まだ君を覚えてるよ、忘れてなんかいないよ。
どんなに「ぼく」がぼく自身を信じきれない時があっても、
あの頃の「ぼく」だけは未来のこの「ぼく」をずっと信じ続けていてくれたんだよね。
手放すことなどできないから、あと一歩だけ前に進んでみるよ、もう一歩だけ。
そんな内容なんだけど、切なくて切なくて、「おーいおい」に心がふるえて泣きそうだ。
特に私が好きなのは、昔の自分だけは未来の自分を信じて生きていたんだというところ。
そうだよなぁ。夢って、未来って、そういうもんだったよなと思い出した。今よりずっと悪くなるなんてこれっぽっちも考えてなかったよな。おめでたいことに、いいことがいっぱい、楽しいことがいっぱい起こるんだろうなって漠然と思ってたよな。大人になれば今よりずっと自由で好き勝手できるんだと憧れてたんだよな。
あの頃の、子どもの頃の私にタイムマシンで会いにいけたら、何て言おうか?
たぶん。それでも、たぶん、こう言うんじゃないかな。
「生きてろよ」って。「いいことも嫌なことも起こっちゃうけど、大丈夫だよ。それなりに越えていけて、シアワセに面白くやってるから」



※映画のサイドストーリーになっているMVもとてもジーンときます。「戻れないけど進んでもいけるよ」というやさしい物語です。映画も音楽もMVも何から何まで好きすぎて困っちゃう。
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by zuzumiya | 2016-05-25 14:32 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

なりたい大人になれなかったけれど〜『海よりもまだ深く』

a0158124_22553173.jpg是枝裕和監督の最新作、『海よりもまだ深く』を見てきた。
すごく良かった。監督の作品の中でも『誰も知らない』に次いで好きな作品となった。なりたい大人になれなかった大人たちが、こんなはずじゃなかったという人生をそれでも懸命に生きていこうとする話。
阿部寛演じる15年前に文学賞をもらったきり、鳴かず飛ばずの自称作家という設定やら、ロケ地が当時別居状態の夫がひとりで住んでいたK市の公団団地という縁やら、音楽を好きなハナレグミが担当しているやらで、個人的に強い思い入れがあって公開後すぐに劇場に足を運んだ。
団地の部屋や外回りが映るシーンでは、撮影隊が来ると言ってはしゃいでいた一昨年の自分たち夫婦(当時は有給を夫の休みに合わせてとり、夫の家に泊まりに行っていた)が思い出され、物語の阿部寛と真木よう子演じる元夫婦と重なって切なくなった。台風の夜にたまたま元家族が樹木希林演じる祖母の住む団地で過ごすはめになって、台風一過と共に親子や夫婦や家族のいろんな思いが収まるべきところに収まっていくという筋書きになっている。
阿部の演じる良多という男は妻に見限られ離婚したにもかかわらず未練タラタラで、自分の状況は何も変わっていないのにやたらと家族の修復を望んでいて、でも妻の響子の方は新しい恋人もできて息子と共に新しい家庭を築いていこうと未来に目を向けている。そのどうにも噛み合わない男女の気持ちのずれが切なかったし、良多の母親である樹木希林演じる祖母が最後までダメな息子を思って夫婦の修復を願っていて、それら各々の気持ちの渦巻く感じが閉じ込められた台風の夜にあって、最後の情のぶつかり合いのような、確認のし合いのようなものが台風の雨風とともに流されて、晴天の翌朝には、それぞれがそれぞれの自分の日常に戻っていく。そこがうまく出来ているなと思った。
あの頃、私も夫とのこじれた関係をどうしたらいいものか、このまま別居を続けていたらその先にあるのは離婚なのだろうと漠然と思っていて、それで本当にいいのか自分の気持ちがわからなくて不安で、子どもたちの待つマンションに帰るためにバス停で団地を見上げる度に(バス停まで夫に見送ってもらうと余計悲しかった)、まるで映画のセリフのように「なんでこんなことになっちゃったのか」と思ったものだった。今では母の計らいで夫と離婚することなく母の買ってくれた一軒家にのうのうと住んでいるが、あの頃のあのやるせない気持ちを映画を見て思い出した。映画の夫婦は正式には離婚した元夫婦だったが、夫の方はそのことを未だ受け入れられず、迷い多く前へ向かいきれていないところが、なんだか当時の私に似ていた。私たちも離婚こそしていないが、思い描いた理想の夫婦像からかけ離れた意味で元夫婦だった。遠くにぼんやり離婚を見据えながら始まってしまった別居を続けて、うまくいかなかった結婚生活という哀しいしこりを胸にかかえて、結論を先延ばしにしながら仕方なく毎日をただ生きた。あの頃の私の切なさは、未来には何も描けないけれど、それだからこそ捨てきれない過去への慕情であって、良多のくすぶる思いや未練と何らかわりない。だからこの映画に惹かれるのだ。
希林の演じる祖母がもう夫婦の修復はありえないと嫁に聞いて分かった時点で、大事に持っていた孫のへその緒を返すシーンがあったが、年老いた母の思い描いた老後もまた叶えられずにあそこできっぱり終わってしまったんだなと涙が出そうになった。と同時に長野の義母のことも思い出した。きっとあんなふうに私たち夫婦の仲を最後まで(今でも)心配しつづけていたんだろう。
今のこの気持ちを3日もたてば生活の忙しさでまた忘れてしまうのだろう。どうして同居したのか、本当に夫と最後まで添い遂げるつもりなのか、そもそも愛しているのか愛されているのかとまた不毛にも悩み込んでしまう日々がくるだろう。でも、今日は、今日だけはあの頃のあの切なさを抱えた自分を覚えていたい。あの頃からたしかに人生は動いて、そして今があるのだけれど、この今でさえあの頃思い描いていた未来だったか分からないでいる。ただ、ふたりが離れていた時期のあの心の揺らぎだけは手放したくない尊いもののように感じている。
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by zuzumiya | 2016-05-22 22:56 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(1)

梅干しの種だったりカレーの匂いだったり

考えたら6年も前だった。バイトで一緒だった物知りのお姉さまに脚本家、木皿泉さんのことを教えて頂いた時、あの頃はそんなに心に響かなかった。人から「いいよ」と勧められるものに「そうやすやすと乗るのも癪だな」という天邪鬼はこうやって遠回りをして時間をロスするが、それでも人生においては損をしないようだ。
ドラマ『すいか』あっての『かもめ食堂』だったり、その後の一連のまったり系の小林聡美&もたいまさこ&市川実日子作品というか、フードスタイリスト飯島奈美作品というか、そういうムーブメントを生むきっかけになったんだから、やっぱり『すいか』の威力、貢献度はすごいんだろう。
木皿さんの脚本でいちばん好きだと思ったところ。
三億円横領の馬場ちゃんが下宿ハピネス三茶の台所に忍び込んだ時、朝食の茶碗の中に残った梅干しの種を見つけて、何気ない日常の暮らしの尊さにしみじみする話があった。しゃぶり終えた梅干しの種という視点は素晴らしかった。と同時に『寺内貫太郎一家』のドラマのなかで食を大事にした向田邦子さんのことを今更ながら偉大だったと思い出した。昨日の夜のカレーの残りを翌朝にご飯にかけるささやかなシアワセをドラマのなかに登場させたのは向田さんだったけど、木皿さんも『すいか』の初回で夕方に何処からともなく流れてくるカレーの匂いに触れている。カレーの匂いって、なんなんだろうね、やたら郷愁をそそる。夕方、自転車に乗っていてカレーの匂いがすると「ここん家、今夜カレーなんだ」と思うと、なんだかすこぶるホッとする。「帰ってきた感」がする。幸福感がせり上がってくる。煮物の匂いとか焼き魚とかよりグッとくる。不思議だな、インド人でもないのに。
そういうささやかで、でもいじましくて微笑ましくて愛おしい人の暮らしの機微を思い出させてくれるドラマって、やっぱりすごいな、ありがたいなと思う。毎日の暮らしを大事にしたくなる。マジに天国の向田さんに「しゃぶり終えた梅干しの種なんですよ!」と教えたい。
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by zuzumiya | 2016-05-15 07:29 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


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