馴染んだものを捨てる時
4月の新年度のクラスと言ったら、もう、どこへ入ってもドタバタで、非常にストレスフルである。乳児クラスに入れば泣きに泣かれておんぶに抱っこ。幼児もまさかのオシッコ漏らし。3月の末まで出来ていたことが担任が変わる、クラスが変わるで途端に出来なくなってしまう。担任が変わるので昨年度までの身体に馴染んだやり方が、例えば机ひとつの向きからしたって、ガラリと変わるので非常勤で今度は全体フリーの私は大人にもやたらに気を使う。昨年度はこうしてましたよ、とか、こうするとスムーズに流れて行きませんか、などとは口が裂けても言えない。新担任の言う通りにモヤモヤしててもハイハイと動かざるをえない。面白いな、と思ったのは3歳児のクラスのやり方。昨年度は障がい児が多くて猫の手も借りたいクラスに専属でいたが、そのクラスではある程度の時間20から25分程度の時間で「ごちそうさまでした」をみんなで一緒にさせたが、今回の新担任は食べ終わった子どもから順に「ごちそうさま」をしてうがいをさせていた。早く食べ終わった子は玩具を出して遊んでいいのである。昨年度のやり方はとにかくみんなで一斉に「ごちそうさま」するので、多動の子さえ椅子に座り続けることを強く指導されていた。以前の先生なら、玩具なんてもってのほか、短い活動の合間ならせいぜいが絵本で「絵本だけ出していいよ」と言われていた。それに慣れていた非常勤のフリーらは「先生、おままごと出してていいんですか」なんて声が出た。新年度の始まりのまだパジャマにも着替えさせないこの時期だから、という理由もあるのだろうが、障がい児もいないただの3歳児クラス、その上に担任の保育観の違いも大きいように思える。慣れというのは恐ろしい。正職にくっついて懸命に働いているうちに、その先生の保育観ややり方に馴染んでしまい、いつの間にかそれが正解と思えてしまう。正解とは本心から思っていなかったはずなのに、新しい先生の新しいやり方にどことなく違和感を持つ。で、改めてはたと気づくのだ。どっちがより子どものためにいいか、子どもにとって自然なことかを。その意味では面倒でも担任が変わることはやはり大事なのである。4歳児クラスも担任が変わってクラスを1から作り直しているようだ。正職を含め障がい児に詳しい先生が二人いることで、昨年度の障がい児への加配が加配でいられなかった教訓を生かして、新任の非常勤が一人多動の子に付きっきりである。それで担任二人はリーダーとサブを回していこうとしている。昨年度までは強い指導、力で従わせていた多動児はおかげで人を試すタガがはずれたような振る舞いも見受けられるが、昨年度までは出来ていなかった机上でのお絵描きを楽しめるようにもなり、友だちともだいぶ遊べるようになってきた。子ども自身の成長もあるだろうが、たかが1ヶ月ほどの間である。これはやはり担任たちが作ろうとしているクラスの雰囲気というか、保育観の違いなのだろうと思われる。昨年度関わった者として、当時のクラスの保育が失敗やしくじりと印象づけられるのは遺憾だが、きちんと話し合いをしながら保育が出来ていなかったその連携のまずさにだけは今でも心残りである。大変なクラスだからこそたくさんたくさん話し合わなければいけなかったのである。
非常勤の全体フリーは全クラスの子どもの名前と特徴、担任の人柄、クラスのやり方等、細かいことまで覚えることがめいっぱいである。気も使う。正直、今はシンドイ。乳児のおんぶに抱っこがもう膝や腰に来ている。その上、土曜出勤も加わる。ああ、とため息が出る。でも、人が足りない。まだまだ休むわけには行かないのである。
by zuzumiya
| 2018-04-11 23:55
| 日々のいろいろ
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