もうすぐ新年度

新年度の各クラスの正職員配置は決まり、正職の足りない枠を非常勤が埋める方向で行くにしても、扶養内勤務の希望者が多く、曜日や時間数がまちまちで園長がクラスに振り分けるのに大変だという話は以前書いた。
ま、私自身も前園で正規を辞めてからは書類を一切書かない非常勤という我を貫いている。それでも早番遅番の時間帯には時給が跳ね上がるし、夏冬のボーナスが資格の有無に関わらず非常勤にも1ヶ月分ずつ支払われるので待遇のいい園ではある。今年度は年度末に全職員に処遇改善手当も出た。ありがたいことである。
正規へのお話は園長から年度末になるたびに受けてきたが断っている。正規でやるなら一斉は好まない。個別保育、自由保育で特徴のある園に入ってみたいという希望は胸のうちに変わらずある。
体の大きい力のある多動児にいい悪いを教えるために強い口調と時には手出し(友だちにしたことをわからせるために突き飛ばす等)の指導をした若い保育士が保護者からの名指しのクレームを受け、クラスを持ち上がらずに辞職した。保護者が子どもへの服薬をどうしても望まない上に怪我が多いだの、腕に人が掴んだ痕のような痣があるだの、日中の保育に原因があって夜泣きが始まっただの、食事は全部摂らせろだの要求が多く、障がいを心から認められずに皆と同じことをさせたいと強く望んでいたために保育士側と保護者との間に溝が出来てしまった。保護者も我が子の障がいを分かってはいるものの(毎日の送迎時に他児との比較を目の当たりにしていたはず)、なるべくなら服薬ではない環境整備の中で何とか園がうたっている統合保育をお願いしたいと思っていたんだろうが、実際はたまたま今年度はクラスにグレーゾーンを含めた障がい児があまりに多く、人手不足で加配の人数にも制限があり、また保育の質を考えずに「この人数でできるだろう」という従来の古く甘い見方を園長主任がしていたり、保護者があまりにうるさいので保護者対応慎重児として担任自らが関わらざるをえず、加配はいても加配として本来の意味で機能できていなかった。確かに書類を書かない私が人手不足で加配として入ってもその他雑用と化していくのは致し方なかったのかもしれない。そこへもってきて多動児が昼寝ができなかった。担任が書類書きを諦めて、1時間半かけて寝かせようとして頑張っても寝なかった。寝ないので午後はまた多動の傾向が一段と強まり、園庭を走り回る、怪我や痣を作る、保護者が不信がるの繰り返しであった。
今年度の最大のミスは園長主任の事務所側にある。これだけ障がい児の多いクラスなのだから、規定に拘らずもう一人正職を加え、何としても非常勤を連れてくるべきだった。前代未聞だと言われようが5人でも6人でもいいからクラスに入れればよかったのだ。若い保育士は担任としてそれでもいちばん多動児に関わり、保護者の批難の一切を受けて立った感がある。年度の途中からは「いいよ、私が悪者になる」と聞こえよがしに言っていた。一斉保育としてクラスを纏めあげ、口だけで子どもを動かすのが上手で、多動児が休みの時には私など必要ないとみなされて他クラスの応援に行かされたりもした。あれが若さというのか「私はデキる」とひとえに自信家であった。保育に正解はないので、多動児が突き飛ばされて泣いても他の担任も非常勤も誰も何も言えなかった。他の子どもと共にただ凍りついたように固まって見ていた。それでは、お前にあの子の問題行動が止められる力量があるのかと問えば、「ああするしかないのかなぁ、どうしたらいいんだろう」とそっちもうーんと固まってしまうしかない日々だった。ただ「ああいうの見たくないな」という思いがいつもあった。そのうち「あれが正解なら、私は先生というものに向かないな、なりたくないな」と思っていった。そういう気持ちは以心伝心するらしく、私は加配でも雑用とされ、彼女は保護者そっちのけで「私しかこの子をコントロールできないのよ」と言わんばかりに面倒を見て、よくやっている感を周りにアピールして行った。同じクラスにあっても4人の職員の連携は、保育について話し合う腹を割った本音の連携は、最後まで取れなかったように思う。で、結果、彼女は去り、来年度はもう一人の担任は3年もみたので乳児に行き、家の都合で非常勤だったベテラン保育士が正規になり(この方は長く主任経験者で今年度は非常勤も経験したため正規と非常勤の両方の立場や気持ちがわかる貴重な人材だ。非常勤の頃を忘れないでいてくれればいいのだが)持ち上がることになった。私は書類を書かないのでクラスをはなれ、キャリアの長い、障がい児も保育してきた見るからに落ち着いたしっかり者の非常勤が新たに入園し、もう一人の非常勤も来月には来てクラスは新体制となる。私はといえば、全てのクラスに入る全体フリーとなった。生活のために毎日8.5時間は働けるようにしてもらった。そしてなお且つ隔週で土曜日も働くことになった。頑張って働いて細々と暮らして行けば何とか食べていけるだろう。
若い保育士の自信満々の言動と保育に私も「保育ってなに?」と随分悩んで落ち込みもしたが、結局は保育士の人柄、人間性で、それでもって保育するしかないのである。私は私の保育しかできないと、それでいいんだと今は思っている。それは開き直りでも向上心がないでもなく、結局はこの世の中にはいろんな人がいて、そのいろんな人に出会っていろんな人と接して人や自分というものを知っていくことが生きていくことだからだ。

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by zuzumiya | 2018-03-31 10:26 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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