エプロン一枚で
昔『玉葱の味噌汁』という文章のなかで書いたコウちゃんがいつのまにか再婚していた。
女性連れのところを私にちょくちょく目撃されていて、挨拶をするたびに照れくさそうに笑っていたし、いつだったかエレベーターにコウちゃんと二人で乗り合わせた時は、「相手の事情」で今は一緒には住めないことをさらりと話してくれてもいた。
コウちゃんと彼女が連れ立って歩いている時、コウちゃんの陰から彼女も私にそっと微笑んで会釈してくれていた。きっとコウちゃんは私のことも話してあるから、そういうちょっと親しみの込められた笑みのような気がした。
私とそんなに年のかわらない、つまりは前妻のゆみちゃんともかわらない年の女性だった。離婚の原因が彼女の存在だったかどうかはわからないけれど、難しい年頃の子供もいて離婚するぐらいなら、何となく若くてとびきり美人な女性をゲットしたような気がしていて、実はそうでもなかったのは「ふーん」という感じだった。お酒が好きで、冗談を言って楽しいけれど、姉御肌のちょっと気の強かったゆみちゃんとは違う何かが彼女にはあるんだろう。
エレベーターホールからはコウちゃん家のベランダが見える。離婚して独身に戻った頃のゴミ置き場のような荒れ具合から、どんどんきれいに片付けられ、プランターに花が植えられたり、夕暮れ時には早くも灯りがついていたり、天気のいい日に布団がちゃんと干されてあったりして、女手によって暮らしがどんどん整えられていく様子に、他人事ながら「コウちゃん、よかったね」と思ったものだった。
ある時、廊下でコウちゃん家の玄関から高校生ぐらいの男の子が出てきたのを見かけた。
瞬間、「一緒に住めない事情はこれだったのか」とわかった。
コウちゃんには前妻ゆみちゃんとの間にうちの息子よりひとつ年上の息子シュンくんがいる。「またもやコウちゃん、息子の父か!」と思った。
実の息子のシュンくんはようやく高校を終えて、大学へ進学したのか、就職したのかは知らないけれど、再婚相手が連れてきた新たな息子のためにコウちゃんはまたもや頑張って学費を稼がなきゃならなくなった。
コウちゃんは新しい家族を前に今度はどんな父親をやっているのだろう。お酒もあんまり飲まなくなったらしいから、仕事熱心で真面目な父親をやっているのだろうか。幼い頃から運動が得意のシュンくんには絶対言わなかったような「勉強しなさい」なんてセリフ、時には言っているのだろうか。それとも昔のように陽気でお茶目な面白い父親のままだろうか。
先日、エレベーターで下に降りる時、コウちゃんの新しい奥さんと一緒になった。
奥さんはエプロンをかけていた。ゆみちゃんはエプロンをかけて料理をしない人だったので、何となくほんとにもう、新しい家庭が始まっているんだなと思った。
エプロン一枚でそれを実感した。
コウちゃんとゆみちゃんの知り合いでなかったら、同じ階のご近所さんで年も近いのだから、もっと気軽に話せただろう。ここへ引越してきても、コウちゃんの再婚相手という目で周りに見られるのだから、知り合いもできていないのではないか。そう思ったら、この奥さんもちょっと気の毒なような気がしてきた。
そんな気持ちで奥さんの行方を見ていたら、マンションの前の自家栽培の野菜売り場で楽しそうにオバサンと笑って話していた。
何の事情も知らない話し相手がひとりここに居てくれたか、と思った。
働いて帰ってくるコウちゃんと息子のために、新しい家族で囲む食卓のために、「今度こそ」の幸せのために、もう一品作ろうとしているのかもしれないな、なんて想像したら、微笑ましくなって、エプロン姿の彼女をしばらく眺めていた。
女性連れのところを私にちょくちょく目撃されていて、挨拶をするたびに照れくさそうに笑っていたし、いつだったかエレベーターにコウちゃんと二人で乗り合わせた時は、「相手の事情」で今は一緒には住めないことをさらりと話してくれてもいた。
コウちゃんと彼女が連れ立って歩いている時、コウちゃんの陰から彼女も私にそっと微笑んで会釈してくれていた。きっとコウちゃんは私のことも話してあるから、そういうちょっと親しみの込められた笑みのような気がした。
私とそんなに年のかわらない、つまりは前妻のゆみちゃんともかわらない年の女性だった。離婚の原因が彼女の存在だったかどうかはわからないけれど、難しい年頃の子供もいて離婚するぐらいなら、何となく若くてとびきり美人な女性をゲットしたような気がしていて、実はそうでもなかったのは「ふーん」という感じだった。お酒が好きで、冗談を言って楽しいけれど、姉御肌のちょっと気の強かったゆみちゃんとは違う何かが彼女にはあるんだろう。
エレベーターホールからはコウちゃん家のベランダが見える。離婚して独身に戻った頃のゴミ置き場のような荒れ具合から、どんどんきれいに片付けられ、プランターに花が植えられたり、夕暮れ時には早くも灯りがついていたり、天気のいい日に布団がちゃんと干されてあったりして、女手によって暮らしがどんどん整えられていく様子に、他人事ながら「コウちゃん、よかったね」と思ったものだった。
ある時、廊下でコウちゃん家の玄関から高校生ぐらいの男の子が出てきたのを見かけた。
瞬間、「一緒に住めない事情はこれだったのか」とわかった。
コウちゃんには前妻ゆみちゃんとの間にうちの息子よりひとつ年上の息子シュンくんがいる。「またもやコウちゃん、息子の父か!」と思った。
実の息子のシュンくんはようやく高校を終えて、大学へ進学したのか、就職したのかは知らないけれど、再婚相手が連れてきた新たな息子のためにコウちゃんはまたもや頑張って学費を稼がなきゃならなくなった。
コウちゃんは新しい家族を前に今度はどんな父親をやっているのだろう。お酒もあんまり飲まなくなったらしいから、仕事熱心で真面目な父親をやっているのだろうか。幼い頃から運動が得意のシュンくんには絶対言わなかったような「勉強しなさい」なんてセリフ、時には言っているのだろうか。それとも昔のように陽気でお茶目な面白い父親のままだろうか。
先日、エレベーターで下に降りる時、コウちゃんの新しい奥さんと一緒になった。
奥さんはエプロンをかけていた。ゆみちゃんはエプロンをかけて料理をしない人だったので、何となくほんとにもう、新しい家庭が始まっているんだなと思った。
エプロン一枚でそれを実感した。
コウちゃんとゆみちゃんの知り合いでなかったら、同じ階のご近所さんで年も近いのだから、もっと気軽に話せただろう。ここへ引越してきても、コウちゃんの再婚相手という目で周りに見られるのだから、知り合いもできていないのではないか。そう思ったら、この奥さんもちょっと気の毒なような気がしてきた。
そんな気持ちで奥さんの行方を見ていたら、マンションの前の自家栽培の野菜売り場で楽しそうにオバサンと笑って話していた。
何の事情も知らない話し相手がひとりここに居てくれたか、と思った。
働いて帰ってくるコウちゃんと息子のために、新しい家族で囲む食卓のために、「今度こそ」の幸せのために、もう一品作ろうとしているのかもしれないな、なんて想像したら、微笑ましくなって、エプロン姿の彼女をしばらく眺めていた。
by zuzumiya
| 2011-06-13 09:54
| 日々のいろいろ
|
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by zuzumiya
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