今がすべてで

保坂和志さんの短編集『ハレルヤ』を読んでいて、こんな文章があった。

【ジミ・ヘンドリックスもジョン・レノンも著作権継承者が彼らの音楽の使用、肖像の使用にうるさいが本人が生きていたら、
「好きに使ってくれ。」
と言うだろう、そしてきっと、
「どうせ、もうその写真は俺じゃない。」
と言うだろう。】

この部分を読んだ時、宮本浩次を思い出した。本人が本当にこう言うかはさて置いて、私にとっては宮本さんはそういう感覚の人なのだ。今だけを生きる人で、今がすべてで昔の、いや、ほんの数週間前の写真でも宮本さんはもうそこに居ないという気がする。いつでもファンは彼の抜け殻だけを後生大事に胸に抱いている、そんなイメージ。

[PR]
# by zuzumiya | 2018-08-12 16:07 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

上流か下流か

夏のイベントによく見かける流しそうめん。
竹の中を流れる水に乗ってやって来るそうめんを人々がそこここに立って自らの箸でひょいと掬って食べる。清涼感と日本情緒たっぷりの食べ方である。うまく掬えないとそよそよと流れていってしまう軽やかなスリルも楽しいらしい。
だが、私はあれが苦手だ。
まず、第一に竹の中を流れる水が川を想起させ、よって上流と下流とを意識してしまう。なんだか上流の方が流れる水もそうめんも新鮮で清潔感があるように思える。多くの人々の箸に突かれ、絡まって落とされ、捕まり損ねた残骸が水を含んで下流の方に流れてくるようで嫌なのだ。それでは自分の立ち位置を上流の方に陣取ればいいかというとあらたに別の問題が浮上する。下流でそうめんを待つ人々のために、自分はどの程度掬ってどの程度流すかという食欲と体面の問題である。腹が減っているのでごそっと掬い取ってしまいたいが、下流で箸をカチカチさせて今か今かとこちらを見上げて待っている人々がいるとそうそう勝手なこともできない。彼らのために幾らかは取り損ねたていで「流れちゃった」と流してやらねばならない。その辺の自由度や量の按配が面倒くさいのだ。そう書くと竹の川の上流と下流がそのまま階級意識に重なって、上流階級たるものあくまで上品に、知性的に、下々に良心的に、なんて体面や見栄を考えて箸を離さねばならないからやたら面倒だ。食べた気がしないではないか。
なんでみんなあんな不自由な食べ方に喜んで参加したがるのか、ほんとに不思議である。

[PR]
# by zuzumiya | 2018-08-11 21:28 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(0)

ニチニチ草の葉陰に

猛暑の続く中、一回の水やりを忘れたために玄関脇にあったワイヤープランツが全枯れしてしまった。空いた鉢に今度は花でも植えようとホームセンターを見て回った。ここ何年かはポピュラーなニチニチ草とペチュニアを交代に植えてきた。しかし、夏といえば、やはりニチニチ草だろう。容赦ない直射日光と少々の水やり忘れでも耐え抜くしぶとさがある。育てやすさはダントツなのである。ペチュニアはしなやかで、か弱そうな外見にもかかわらず、放っておくとやたら丈を伸ばしてアフロ頭のようにだらしなくぼうぼうになる。剪定すればまた新たに茎が伸び、再び花を付けるのだが、そういう面倒さを強いてくるのが嫌だ。萎れた花を取ろうと伸びたアフロヘアの中に手を入れると、いかにも「ペチュニア」というクチュクチュした音らしい、なんだか粘っこい液が付いてくる。そんなところも嫌いである。その点、ニチニチ草は潔い。花はしぼまず、パラソルのように開いたままポイッと落ちる。その名の通り、一日咲いたらポイッなのである。ニチニチ草のその潔い捨てっぷりは過去をくよくよ振り返らず、明日は明日の風が吹くさという非常に前向きな人生訓を想起させる。掃除のしやすいところも助かる。
で、ニチニチ草の赤とピンクを購入し植えたのである。翌日、水やりの時に鉢を見ると葉っぱの上に4センチくらいの子どものカマキリがいた。そいつはワイヤープランツが植わっていた時に一度姿を見せたやつである。ワイヤーがそいつの巣で、今までこんもりとした葉の茂みに守られ、ここまで細々と一匹で育ってきたのだった。それにしても何を食べて生きてきたのか、ずいぶんと大きくなった。ワイヤーが全枯れして庭に捨てられた時には門柱の裏にでも避難していたのだろうか。雫の残ったニチニチ草の葉にしっかりつかまって揺れている。しかし、私はカマキリが好きではない。だいいち、あの顔。三角形の細い顎に大きな目。いかにも狡猾、意地悪そうな顔。怒った時のカマの振り上げ方、中国人の武闘家のような一丁前の動き、燕尾服のような裾広がりの羽の広げ方、ぷくりと膨らんだ腹。どこもかしこも嫌いだ。なのに、毎朝毎夕の水やりの時につい「今日もまだいるかなぁ」と重なる葉っぱの陰にその姿を探してしまう。見つけると「おはよう、今日も暑くなるぞ、気ィつけろな」と心で呼びかけ、姿が見えないと「死んだのか」「ついにどっかに行っちゃったか」と心は乱れる。うちの植木鉢で育った、うちに居ついた、ただそれだけだが、すでに情のようなものが湧いてきてしまったらしい。居たものが居なくなるのはちょっと寂しい。不思議なことに大嫌いなカマキリでさえそう感じることに驚いている。


[PR]
# by zuzumiya | 2018-08-11 18:03 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

これからだ

離婚の財産分与的な話し合いが済んだ。大きな家電は持って行かれないで済んだ。アイロンもホットカーペットも手放さずに済んだ。電子レンジだけは購入せねばならない。細々とした日用品を幾つか手放すがまあまあ譲歩できた。出て行く期限も決まった。今度は10月末だ。昔のスケジュール帳を引っ張り出して見てみたが、6年前の10月に元夫と別居していたことがわかった。10月はそういう月なのか。でも、私の53歳の誕生日がある。53歳は良いことがいっぱい、でなくてもいいから、今年よりはあってほしい。健康に気をつけて新たな人生を楽しみたい。
明日は母と映画デートだ。お互い連れ合いがいなくなって母とようやく水入らずの時間が持てるようになった。これからだ、と期待する。

[PR]
# by zuzumiya | 2018-08-05 00:35 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

真夏の出来事

昨日、凄いものを見た。
小学生の男の子、たぶん高学年だと思うが、ジャイアンみたいな太った大きな子が猛暑に灼けるアスファルトの坂を半袖短パン姿で手足を伸ばして寝転がりながら落ちてきた。ビックリした。事故かと思ったが、ジャイアンは「アッチイ、アッチイ」と言いながら落ちていくし、坂の上にはもう一人男の子がいて「バーカ」と言ってゲラゲラ笑っている。私の姿を見て、慌ててジャイアンのかばんを抱えて逃げるように坂を下りていった。暇に任せてなーにやってんだ、ガキどもは。



でも、実際、すんごく熱かったろうな。

[PR]
# by zuzumiya | 2018-08-04 10:17 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

離婚ってキツいっス。

元夫の引越しの荷物の仕分け、ある意味、財産分与的な話し合いを娘の仲介で明日執り行う。現金での財産分与はないために、この家電家具はどちらの所有とするか、というチェックを細々と鍋釜までしていく。ここまで話がこぎつけたのはひとえに娘の尽力のおかげだが、子どもであるから当然、夫婦どちらの味方もしない。どんなに相手の悪さを訴えても「どちらがいい悪いじゃなくてうまく行かなかったんだよ、あんたがた夫婦は」で返される。精神衛生上良くないから、早く二人を離れさせ、元夫を出て行かせなきゃいけないとそればかりを優先したために、いわゆる心のフォローまで気が回らないのだ。親の心のフォローを子どもにせいというのは情けないし、酷なことだが、なにせ私ら元夫婦は同じ屋根の下に住んではいるが全く口をきかない。挨拶もしない。よって娘を真ん中にケンカしてきたようなものだ。どうにも私から金が出ないとわかって、鍋釜、トイレットペーパーひとつまで持って行こうとする。持っていけない外の物置の金額まで請求された。さんざん私の母に世話になり、母に私が買ってもらった家に住み、母に買ってもらった車を運転し、離婚してからも母に家賃も払わず無断で家にのうのうと住んできて、離婚の財産分与まで請求してくる。これまで甲斐性なしでずいぶんと私が働いて苦労してきて、最後までこの私からふんだくって行くのかと思うとハラワタが煮えくりかえる。夫として男として、実に厚顔でセコイやつだった。今は憎しみしかない。明日はどうなるやら。
[PR]
# by zuzumiya | 2018-08-04 00:35 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

網戸のごしの声

連日の猛暑からようやく抜け出て、扇風機だけで冷房をつけなくてもいい夜を過ごしている。月がきれいだ。網戸の家は我が家だけではないようで、さっきから家族でワハハと楽しげに笑う声がする。テレビでも見ているのか、あるいは夏休みで遊びに来ている孫の一挙手一投足が可愛くて可笑しいのか、老若男女の賑やかな団欒の声に「そんなにも楽しいことがあるのか」と妙に感心して「そんなことが昔は我が家にもあったんだろうなぁ」と静かに思っている。なんというか、寂しくもなく懐かしくもなく羨ましくもなく、ああ、時が流れた、という感慨。
[PR]
# by zuzumiya | 2018-07-26 21:55 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

驚愕のトイレ

帰宅して2階のトイレに座ったら、暖房便座かっ!っていうほど便座が熱かった。
尻も私も驚いた。熱中症になるわけだ。
しかし、一日中冷房三昧じゃ経済的にも大変なことになるので、夜の8時からの9時頃は部屋の冷房をいったん切って、外の風を入れている。すると、何処からかひっそりと虫の声が。いいものだ。蝉じゃなくて鈴虫やコオロギなんかの虫の声。冷房をかけてたら全く聞こえなかっただろう。












[PR]
# by zuzumiya | 2018-07-23 21:37 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

かき氷のイチゴは思い出の味

かき氷のイチゴの話で思い出した。
昔、私がまだ小学生だった頃、ケチンボの祖母にどやされて呑気な祖父は昔大工だった杵柄を活かし、しぶしぶシルバー人材センターに登録させられ働かされていた。孫を何とか大学に入れて一人前に育てなければと意気込んでいた祖母だったから、自分のおかずを毎晩メザシ一本、タラコひと腹で我慢して、たまに叔母たちが外食に連れて行っても水しか飲まず、「何か注文しなよ」と言われると「それなら金を貰った方がいい」とのたまって座を白けさせたりする相当な倹約家だったが、全ては可愛い、そして母親に置いて行かれた可哀想な孫である私のためだった。今思えば、こんなふうに跡取りを放棄して、52歳で離婚するようなバカ娘になってしまって、ほんとにすみません、だ。
祖父は鼠年で庭を朝から晩までチョロチョロしては家とアパートの其処此処を直してみたり、さほど必要でもないものを作ったりしてたから、「孫のために遊んでるなら働け」と尻を叩かれたんだろう。祖父は毎朝、赤ん坊の頭ほどの巨大な、海苔をぐるぐる巻きにした梅の握り飯をひとつ祖母に作って貰って仕事に出かけた。子ども心におかずがないのが不憫で仕方がなかった。
あの日は現場が家から近所で、小学校から帰って友達と遊んで夕方ばいばいしてから、祖父が働いてる現場を覗きに行ったのだった。現場の先の郵便ポストを曲がった先に駄菓子屋が二軒あって、最初の駄菓子屋の方が店の造りが小綺麗だが、店のおばあさんが子どもの私にも分かる祖母や母の悪口を言うのであまり好きじゃなかった。奥の駄菓子屋は駄菓子屋らしく店の中は狭く薄暗く品数が多いんだが、ガラス棚に並んだ食べ物はみな不潔そうな気がした。おばあさんが「いくら持ってんの?まだ買えるじゃん」と子どもにせっつくのが強欲そうで嫌だった。そのくせ隙が多く、イタズラ坊主らによく万引きされていた。アイスぐらいなら奥の駄菓子屋まで行かずとも最初の店でよく買った。あの日もその店で赤城しぐれのイチゴのカップのかき氷を二つ買ったのだった。ひとつは私の、もうひとつは働いてる祖父のために買った。大人に囲まれて育った私は子ども心にこうすれば大人はきっと喜ぶという勘所が分かっていて、あの日も祖母に頼んで小銭を貰い、仕事終わりを見計らうように祖父にかき氷を差し入れたのだ。
二人で西陽の当たった材木に腰掛けて耳をつんざく蟬しぐれに囲まれて、木さじでシャリシャリやりながらカップのかき氷を無言で食べた。良いことをしている自分、いい孫を演じている自分、祖父と二人きりでいる自分がものすごく照れくさかった。思えば、あの頃からかき氷はイチゴ、それも赤城しぐれのカップのやつと動かし難く決まってしまった。人の味覚は思い出が作っていく。「あん時のアレ」をたくさん持ってる人生は幸福だ。夏は祖父母がともに亡くなった季節。今年の墓参りには言いにくい報告もせにゃならんなぁ。あーあ。



[PR]
# by zuzumiya | 2018-07-22 19:13 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

背中合わせで歩み寄る

離婚してもうすぐ元夫が出て行く期限の月末が来る。1月のある晩、離婚をするに至って元夫は自ら指を折って数えて考え、今月の月末に出て行くと皆に約束し宣言した。なのに、3月末で派遣の首切りにあい、ショックでかいきなり網膜剥離が始まって入院手術し、5月に退院したものの世界はぼやけて回復するまで働けなくなり、ついに出て行くと約束した今月の4日になってようやく就職先が決まったのである。しかも都内の保育園の用務員だという。何でまた私と職場が被るかね〜。ふふん。あのトンカチなど握ったこともない細長い指で建具なんか直せるのかね〜。鋸引かせりゃ、びよよよんと波打って楽器になっちゃうあの不器用が桜の枝を切れるかね〜。パソコン睨む無愛想な顔が毎朝毎夕「おはようございます。おはよう、〇〇ちゃん」と保護者と子どもにイイ人ぶって作り笑いしているのかね〜。「おはよう、〇〇せんせい」と呼ばれてその‘せんせい’という響きにニヤついてんじゃねえだろうかね〜。まあいい。暑い中でも頑張っている保育士の姿を見ても、それがちゃんねーってだけで元妻の頑張る姿にはどうやったって結びつかないカチコチの石頭だからね。で、失業保険やら年金基金の金と還付金も入ったらしいし、保険金も降りたろうし、職を得て毎月の給料があるってことで、間に入った娘の説得や顔をたてて、出て行くつもりになっているという。世界がぼやけて職もなく離婚されてこの先コマッタコマッタの時期は、離婚は成立してるのにもかかわらず何としても私からなけなしの金を奪い取ろうと企んでいたらしいが、こちとらだって息子も娘も産んで育てたはずなのに当てにはならぬと悟った52の独り身オバサン、猫に看取られ孤独死もアリと定めを背負う覚悟の身、金は私が来る日も来る日も作り笑いし、汗水たらして赤子の世話して作った金、絶対渡すものかと目尻に涙を浮かべて仲介人の娘に抗議した。そしたら用務員の元夫、家具を貰って行ければ金はいらないと譲歩した。ぬぬぬ。別居した際は我が母に50万パンッと出して貰って出て行って、その金で家具家電を揃えたくせに、それを自分で稼いで買ったがごとき返せという言いっぷり。あの男は我が母が私を育てなかった罪悪感から出す金で毎度毎度助けて貰い、父親としての顔を立て、いい思いをしてきたくせに最後の最後までおんぶに抱っこの図々しい厚顔なまでの甲斐性無し。ああ。頭にきてイヤだと騒いだら、仲介人の娘がそれでは振り出しに戻る、裁判する?と怒り出す。私には「お母さんの気持ちがわかるよ」と言って、元夫には「お母さんの性格がアレだからね」とでも言ってんだろう。別居先から持ってきた家電家具はまあいい、「くれてやらあ」だが、仲介人の娘によれば息子と私と夫で金を出し合って買ったものもくれと主張しているらしい。ふざけるな!である。どこまで情けない奴なんだ。この家のおおよそのものは私の当時の夏のボーナス30万すべてを使って買い揃えた。だが、何を私が買って何をみんなで買ったか経済に疎く新生活に浮かれていた私はほぼ忘れてしまった。覚えているのはその当時も押入れにレシートをコソコソと溜め込んでいた夫の姿である。引っ越してきた当初からまさか夫はゆく先の離婚を視野に入れて、新生活にかかった費用を振り分け、いつか動かぬ証拠として私に突き付けようと準備していたんだろうか。目下、衣類乾燥機は私が買ったのか、みんなで買ったのか、どちらだか覚えがなく非常に心配である。息子にラインしても「わかんない」で、まあほんとにまったくつくづくことごとく子どもは当てにならない。まず洗濯機と電子レンジ、エアコン一機は持って行かれる。と思うとやたらに洗濯機のメンテに気を配ってカビ取りしていた夫がまたもやもしやと思ってしまう。元夫を出て行かせるための金は出さないが家電は買わなきゃならないわけで出費はある。忌々しい。クソ喰らえ、だ。エアコンだって何だって持って行ってもいいが、後の壁の修復だけはキチンとやって貰おうと思う。元夫は2階の猫が猫タワーから飛び降りたり暴れたりがうるさいと天井を突っ張り棒で突いたら、ベキッと穴を開けてしまったことがある。夫婦でいるうちはニコニコして「もう〜」なんて見逃してやっていたが、そうだ、アレを修復していってもらおうじゃないか。え、用務員さんよぅ。


[PR]
# by zuzumiya | 2018-07-22 14:13 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


by zuzumiya

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

※このブログの無断な転載はご遠慮願います。

最新の記事

今がすべてで
at 2018-08-12 16:07
上流か下流か
at 2018-08-11 21:28
ニチニチ草の葉陰に
at 2018-08-11 18:03
これからだ
at 2018-08-05 00:35
真夏の出来事
at 2018-08-04 10:17

最新のコメント

検索

ブログジャンル

画像一覧