好きなおもちゃで自由に遊べない

今日、こんなことがあった。
早番で、ある子ども(2歳児クラスのすでに3歳になっている男の子)がミニカーで遊びたいと言い出した。早番でのクラスは最初に幼児も乳児も3歳児クラスに集合し、しばらく遊んで乳児が増えてくるとその後、幼児と乳児に分かれて保育する。乳児の早番は1歳児クラスに移動となる。玩具は当然のことながら1歳児用のものしかない。絵本、井形ブロック、レゴブロックなどである。ミニカーはあるがトミカのようなものではなくプラスティックの大きめのはしご車やらトラックやらで赤ちゃんぽいものである。
男の子は最初の3歳児クラスで遊んでいたトミカでもっと遊びたいのであった。
3歳児クラス以外には一時保育の部屋にそのトミカがあった。どうして彼がそれを知っているのかといえば、遅番に限って2歳児クラスは一時保育の部屋に玩具を借りに行っているのである。トミカだったり、プラレールだったり、トーマスだったり。私は最初、彼にパトカーが欲しいとねだられた時、てっきり3歳児クラスのトミカだと思っていた。それに、彼が早番時に乳児クラスに移動になる際に、お気に入りのパトカーを手離さない時には「持ってっていいから。あとで返してね」という対応をして泣かずに行かせてきた。彼の「ミニカー欲しい」にはこういう背景がある。
で、ここのところ、毎日早番時にミニカーで遊びたいと主張して、遊べるなら泣かずにすんなり母親とも離れられ、ねだられている私は毎回、早番の正職の先生に「ミニカー持ってきてもいいですかねぇ」とお伺いをたてていた。先生によっては「いいよ。〇〇クラス(一時保育)のミニカー持ってこよう」とすんなりなり、子どもにねだられていた手前、ほっと胸をなでおろしていた。ミニカーがあるため、彼だけでなく他の子もうまく親と離れられ、朝の機嫌も良く、さほどのケンカもなく遊べていた。
で、今日。いつものように彼がミニカー欲しいと言い出し、早番担当にもOKを貰い、一時保育の部屋にトミカを取りに行った先の廊下で2歳児クラスの担任にばったり出くわした。担任は「えッ?早番の時も借りに行ってるの?そんなの知らなかった」と驚いた様子。早番の先生に承諾を得ている旨を説明しても不服な顔をして「トミカは〇〇組のおもちゃだよ。なんでお部屋のおもちゃで遊ばないの!」と怒り出した。当然の事ながら彼は泣き出してしまった。私が「とりあえず、今回はOK貰っているので持っていくって事で、毎回じゃないことはもう〇〇先生(早番の先生)と約束してきましたからすみません」ととりなしてトミカを持って行った。
部屋に着いて、彼が泣いてる件の話を早番の先生に伝えると「担任の〇〇先生には私からも言っておくからね、大丈夫だよ」と彼は慰められ、早速トミカで遊びだした。ところが、いつも彼とトミカを走らせたり、ブロックで駐車場を作ったりして遊ぶ私が今日に限って他の子に膝に乗られ絵本を何冊も読まなければならなかった。そのうち彼と友だちたちは自分のTシャツにトミカをたくさん入れて持ち運ぶ遊びをやり出して、その姿をたまたま見かけた先ほどの担任が「そんな遊び方は違うでしょ。走らせたり、駐車場作ったりするんじゃないの?そんなことしてるんなら、トミカ返してくるから」と怒った。早番も「ごめんごめん。先生、そういう遊び方してたとは知らなかった。〇〇先生の言うとおりだわ。ハイ、トミカしまって」と同調した。そして大人2人によって決められた事は絶対で、有無を言わさず片付けとなった。今度は涙も出ていない。
このやりとり、保育士だったり、保育補助だったり、保育の学生だったり、はたまた保護者だったりのそれぞれの立場でどう思うか聞いてみたい。私は正直、彼が可哀想になった。好きなおもちゃを部屋に持ってくるまでにも文句を言われ、ようやく遊べたと思ったら今度は遊び方が違うと言われ、結局、取り上げられる。一緒に遊んでいた他の子どもたちもとばっちりをくっている。遅番で使っていて、どうして早番には使ってはいけないのか。その違いは何なのか、子どもにキチンと説明できるのだろうか。2歳児クラスだが本人はもう3歳児の発達段階の子が早番クラスの1歳児のおもちゃで、しかも毎日同じもので遊べというのはどうなんだろう。大人の私だってマンネリで、ブロックで何か新しい刺激的なものができないかと毎日頭を悩ませているのに。これまで幼児クラスで遊んでいたことやパトカーを持たせて対応されてきた背景だってある。それにおもちゃでどう遊ぼうが子どもの勝手じゃないのか。シャツで何台包んで持てるか、それだって彼が発見した遊びであり学びである。子どもの遊びはどんどん変わる。その後の遊びで先生お望みの駐車場作りが出てくるかもしれない。
もちろん、正職2人がガチッとスクラム組んでおもちゃを取り上げにかかれば、非常勤の私が「それってあんまりじゃないですか」とは言えない。燻りながらも従わざるをえなかった。何となく気のせいか、子どもに言われるがままにトミカを持ってきた私が考えなしというような空気が漂ってすごく嫌だった。私には彼がわがままなのではなく、大人の場当たり的な判断と大人の都合としか考えられなかった。保育っていろんな意味でホント難しい。




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# by zuzumiya | 2018-09-13 23:53 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(3)

子どもの何を育てたいか

仕事のことはあんまり書きたくはないんだけれど、どういうわけか読者にはよく読まれているらしい。乗せられて今日はちょっと書く。
保育士の先生が子どもの興味をぐいっと引っ張る一斉保育の素晴らしさは見事なものだ。先生がマイバックをゴソゴソしながら「お話読むよ〜」と叫べば、一斉に1歳児が集まる。それも「ちょっと前に来すぎ〜」と先生から文句が出るほど食いつくように見ているのである。1歳児が、である。もちろん、絵本選びも読みもうまい先生なのであるが、この集中、いつも惚れ惚れしてしまう。ああ、こうやって先生の話は面白いもんだ、先生の話を聞いてみようと自然に調教していくわけか、と納得する。
例えば、保育士の夏休みでいつもより人手がちょっと足りない時、そういう先生は自由遊びを選ばない。「お話読むよ〜」とひと声かける。自分一人で一気に子どもを引きつけて、その隙に他の先生に雑事をやらせてやる。自由遊びだと必ず喧嘩があちこちで始まり、一人では見きれないからだ。この判断、確かにうまい保育だと思う。と同時に、いかにも先生ありきの一斉保育らしいと思う。

私が昨年から引き続き、メインでいるクラスは3歳児。今度の担任は一斉保育の園には珍しく遊びを中心に考えてくれる保育士である。もっと言えば、躾より遊びの充実を優先するタイプである。普通の、というか昨年度の担任なら、椅子を子どもたちがワンサカ出して遊ぼうもんなら、危ないとか出す数の制限にかかるとこだが、やりたいようにやらせている。食事の後もパジャマに着替えさすことより遊ばせる。食事の後片付けでどんなに大変でも子どもは布切れをヒラヒラさせて呑気に「せんせい、マントして〜」と来る。内心、マントじゃねえだろ、パジャマだろと思っても、担任はパジャマを着せるを選ばずに自由に遊ばせるのである。自由遊びであるから気づくとマントもあれば、ままごともパズルもブロックも出ていてクラスはオモチャでひっちゃらけている。これが昨年度の先生だったら、ひと声「絵本だけにして」で済んでいた。この違い。
確かに片付けている大人からしたら、片付けたそばからで椅子を再び出されて電車ごっこで並べられるのは徒労感ハンパない。でも、よくよく考えてみれば絵本だけという遊びの制限をかけるのは大人の都合なのである。子ども本来の姿ではない。担任が夏休みで休んだ時に他クラスの先生が手伝いに来て「すごいわね、このクラス」と半ば呆れた顔をしていた。パートも「オモチャまた出していいの?」と驚いている。
統制がとれない、ヒッチャカメッチャカのクラスに見えるかもしれない。しかし、ままごとの流し台の向きを変えて、水道を電車の運転レバーに見立てて絵本を運行表に見立てて遊ぶ発想を見せてくれたのは今のクラスの子どもだけである。「これはおままごとの水道だからおままごとで使って」などと言っていたら、絶対出てこない発想である。やりたい遊びのためなら、イメージの実現のためなら机の裏面だって椅子だってなんだって使おうとする、大人に机を出してもらう時間も惜しいまま床でどんどんパズルを始めちゃう。つまりはやりたい遊びと実現の欲求に忠実で、何としてもそれをやり遂げようと自ら考え動く力がガンガンに養われているということなのだと思う。やりたいことを今やりとげたいという欲求の強さは子どもといえど逞しさがある。躾の面ではパズルは机について椅子に座って、と言いたいところだが、そんなことお構いなしに始める姿は実に子どもらしく無条件に輝いている。見方の問題なのだろうが、もともとは躾意識の強い一斉保育の園なのでこういう自由遊びに重きを置く変わり種の先生がいても面白いんじゃないかと思って見ている。彼女に対して「〇〇先生は怒らないから」と批判めいたことを言う経験3年目の保育士がいるが、ここで道を間違えてほしくないなと思う。やりたい遊びをやり遂げようとするあのがむしゃらなパワー、そこから生まれる発想力、創造力。大人の自分たちにも欲しい力じゃないか。躾として先生の怒号一発でその萌芽を摘んでしまうことは実は容易なのである。子どもの何を育てたいか、今の担任にはそれがはっきり見えているのだろう。そう理解する。
最初は違いに驚いて担任の指導によってこうも子どもが変わるのかと思ったが、今は大変だけれど、発想力のある頭の柔軟な面白い子どもたちに尊い魅力を感じている。

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# by zuzumiya | 2018-09-09 23:10 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

夜を描いたいい絵本

みやこしあきこさんと言えば木炭で描いた絵本『もりのおくのおちゃかいへ』が有名だけど『よるのかえりみち』っていう絵本を見つけて、これがまたすんばらしいの!
「私、こういうの探してたのよ」と思わずつぶやいたもん。うさぎの坊やがね、母さんの背中におぶられて、夜の帰り道を歩きながら通りの家々の窓を覗いていくのよ。その窓からいろんな暮らしが一瞬垣間見えるわけ。そういう窓の外側から額縁のように切り取られた暮らしを見るって、どうにもこうにも幸せしか見えないのよねぇ。
時々、夜歩いてて、網戸越しに蛍光灯の煌々とついた窓からテレビの野球中継かなんかチラリと見えてさ、テレビの反対側にはやっぱりっていう感じでランニング姿のおじいちゃんがのんびり座ってたりしてんのが見えて「ああ、ここにも小さな幸せがあるなぁ」なんて思いながら、他人事なのにしみじみいい気分になったりしたことある。ああいうの、窓の内側にいると日常だからさほど気づかなくて、窓の外側から客観的にあらためて見ると不思議とどの家だって幸福そうに見えちゃうんだよね。本当はいろいろ問題も抱えているのにさ。そういう窓の外側から見つめる、想像する日々の暮らしっていうコンセプトがもう本当によくて、私好みなのよね。ほら、エッセイを絵本にしたようなのが好きなの。あんまり事件のない、日々の暮らしをありがとうってやつ。Amazonのコメント欄にひとりだけ動物じゃない方がもっと共感できるって書いてた人がいて、私もその意見には同感で、その人がすすめた絵本にイブライスの『おやすみなさい』というのがあって即買いした。絶版で市内の図書館になく中身を点検できなかったけど賭けてみた。たぶん、いい絵本だろう。今から楽しみだ。


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# by zuzumiya | 2018-09-08 19:00 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

手研ぎ男、保育園に現る

今日、園庭遊びの追いかけっこで手研ぎ男になってみた。
手研ぎ男とは私の本『夫婦いとしい時間』の中で元夫が子供たちと戦いごっこをする時に登場させた片手が鋭く長い刃物の怪人である。
子供たちを追いかけ、ジャングルジムに追い込む。ジャングルジムの升目を障子の升目に見立てて手研ぎ男の鋭いナイフがグサッと刺していく。グサッ、ズボッとやるたび子供たちが奥の方に尻込みしながら「きゃあああ」と嬉しいんだか怖いんだかわからない悲鳴をあげる。そのうち、勇気のあるのが一人、出口から逃げ出す。「シャキーン」と言いながら手研ぎ男がナイフの手をこれ見よがしに研ぎながら追いかけていく。「ザッ、ザバッ」途中で空を切るアクションも忘れない。子供はぎゃあぎゃあ言いながら必死に逃げていく。カマキリの鎌のように片腕を振り上げては逃げていく子供に切りつける。必死に走って子供はまたジャングルジムに逃げ込む。逃げ込むたびにジャングルジムの横棒におでこを2度もぶつけているが泣いてる暇はない。

「そんなこんなですんげー疲れた。でも子供にはウケるよ」
と元夫に笑って言ってやりたかったが、言えなかった。深い意味などないのだけれど。






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# by zuzumiya | 2018-09-06 21:45 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

今が聞き時、旬なアルバム

雨と休日さんからCDが届いた。これがまたいい感じ。カーテンを揺する晩夏の夜風と虫の声とそこに滑らかで艶やかなギターとゆったりしたオルガンの音色がふうわり溶けていく。柔らかな灯りに包まれて揺り椅子に凭れて読書する極上のひとりの時間よ。やっぱり、寺田さんっていいセレクトしてるよなぁ。ほんとにこの人が居てくれてありがたい。頼りきってるもん。

※今回購入したアルバムはジャマイカが誇る国宝級ギタリストのアーネスト・ラングリンのインストルメンタルアルバムの復刻版『Softly with RANGLIN』です。今の季節にぴったり。これより暑いと冷房の部屋でいい塩梅に外の虫の声が聞こえないし、どっちかっていうとキューバのフィーリンの方が合う。これより涼しいと秋っぽくなりすぎて、ギターの音色が夏の気配を引きずり過ぎてて浮いてしまう。晩夏の今だよ、最高な聞き時は。そういうジャストフィット感、寺田さん凄い!ボヤッと灯るネオンのような音色のエレキギターのトレモロがまたいい。


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# by zuzumiya | 2018-09-05 20:15 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

最近の悩み事

ああ、悩ましい。
ここのところ、ずーっと部屋に飾る絵のポスターのことで悩みに悩んでいる。
最終的には今の私の部屋が寝室のみになる予定なので、穏やかな絵がいいかなと思ってピカソの『夢』かオディロン・ルドンの『目を閉じて』に絞られている。ピカソはメジャー過ぎてへそ曲がりの私はちょっと嫌なのだが、椅子に座って居眠りしている絵がなんとも穏やかでいい。ネットでこのクッションカバーを見つけてから気に入っている(残念ながら素材が麻で、購入を断念した)。赤を主体にした色合いもパンチが効いてて茶系の部屋に彩りを加えてくれる。ただ、ほんとうに、有名なピカソの有名な絵を飾っているという一点でどことなくダサくて迷いに迷っているのである。
その点ルドンはピカソよりかはメジャーでない。ただ『目を閉じて』は水面のような場所から女性の首が出ていて、そっと目を閉じているという絵で、実に穏やかで静謐な絵なのだが口の悪いうちの娘が遊びに来たら絶対「あれ、幽霊みたいじゃん」か「死体みたいで気持ちわるーい」と言うだろう。そういうナンクセが付くともうそうとしか見えなくなるのが私の芯の弱さで、情けないのだがこちらも迷っているのである。ピカソは額装でも6000円台、ルドンは大きいのにしたいので14000円以上になる。たったそれだけの金額を迷ってしまうのは、元夫が出て行き、模様替えを済ませてから購入した方が物の場所が決まるからいいのではという思いもあるからだ(理性がちゃんと残っている)。早く欲しいという物欲と模様替えで絶対に買わなきゃいけない優先物(電子レンジとかカーテンとか猫タワーとかテーブルとか)の出費とのせめぎ合いなのだ。絵のポスターはいわば贅沢品である。だからこそ躊躇する。今月は絵本も本もCDもすでに買ってある。出費は抑えなければ。今日、京都の恵文社から届いた『庄野潤三の本 山の上の家』やら先日買った『日本の小さな本屋さん』を開くと、素敵なインテリアに部屋を飾りたくなり、テレビで医学番組や保険のCMをみれば、老後のためにできるだけお金を貯めておかねばと堅実的になる。ああ、今夜もネットの購入するボタンの手前で指が振るえ、止まる。ああビンボー人ってこれだからいやよね、なんてひとりごちるが、さっきから台風の大風で家がバキバキ言ってるし、微妙に揺れている時もある。んなこと呑気に悩んでたらこの木造家屋が倒壊して、無一文になるやもしれぬ。ごめんなさい、神様。現実をみます。


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# by zuzumiya | 2018-09-04 21:30 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

楽しみな模様替え

10月の末には元夫がようやく出て行き、念願のひとり暮らしになる。
家全体が自分だけのものになり、大掛かりな模様替えができるので今からどうしようか考えてワクワクしている。
1階の元夫が使っていた6畳間に本棚を全て置いて図書室にしようかと思っている。そうすれば地震が起きても本棚の本につぶされずに寝ていられる。2階の私の部屋は寝室にしよう。ずいぶん広くなる。読書用の一人椅子もサイドテーブルもスタンドライトも下に持っていく。揺り椅子はそのまま2階の寝室に置いてもいいな。キャットタワーも天井に突っ張るタイプのシンプルなものにかえたい。食堂のテーブルは丸テーブルにかえる。今部屋に飾ってある額装のイラストは静岡にあるカフェの、珈琲をドリップしている女性の絵なのでこれを機に食堂の壁に移そうと思う。空いたところにもっとアートっぽい絵を飾ろうと思う。マグリットかホッパーの絵なんかどうかとネットのポスター店を見て回っている。マグリットの、読書している女性が目をひんむいてギョッとしている絵を見つけたのだが(タイトルは分からない)、とても面白くて気に入った。読書好きの私にぴったりなのだが、この絵は寝室より図書室にふさわしい気する。「山高帽の男」や「複製禁止」は気に入ってるが、上も下もマグリットにしてしまうのはつまらない。寝室として使うと決めたからには寝室に合う絵にしなくては…。悩ましいがこういう悩みはすごく楽しい。



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# by zuzumiya | 2018-08-30 23:13 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

『荒地の恋』から始まって本2冊

以前、ねじめ正一さんの『荒地の恋』を読んだことがある。いい歳をした大人の、有名な荒地派詩人たちの恋愛沙汰である。昔から芸術家にはミューズの存在が欠かせないが、田村隆一さんの奥さんである田村和子さんもそういうことか。隆一さんの同級生で友人であった詩人の北村太郎さんと恋に落ち、北村さんは妻子を捨て、隆一さんの方は若い女性と暮らすために出て行き、その夫のいない家に今度は北村さんと住み、あろうことか隆一さんが女と別れて帰ってくると今度は北村さんが出て行くというすったもんだ。最後には隆一さんと北村さんの狭間で精神を病む。その様子を北村さん側で静かに見守っていたのが橋口幸子さん。和子さんのいた鎌倉の家に間借りして、北村さんと西と東にわかれて住んでいた時期がある。その頃の北村さんの日々の姿を淡々と綴ったのが『珈琲とエクレアと詩人』というエッセイ。題名が洒落てて思わず購入し、昨日読了した。著者の北村さんを見つめる目線がとても優しい。縁側で日向ぼっこしているような穏やかな気持ちになる。自分の妻子を捨ててまでの激しい情熱家とは思えない。改めて『荒地の恋』を読み返したくなり、図書館に今日受け取りに行く。来週の土曜日あたり、ミューズであった田村和子さんの方を同じ橋口さんが綴った『いちべついらい 田村和子さんのこと』が届く予定だ。北村さんの苦悩と孤独を見つめていた橋口さんがその原因を作ってきた和子さんをどう書いているのか、楽しみ。
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# by zuzumiya | 2018-08-26 10:52 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

絵本もいろいろ

正職じゃないので子どもを集めてマイ絵本を読み聞かせするということはない。若い頃に一斉保育の現場で使っていた仕事用の絵本や自分の子どもの子育てに使った絵本は子どもの成長や引越しを機に古本屋に売ってしまった。図書館の児童書担当の頃には絵本の情報はあってももう集めようとは思わなかった。自分で好きなように企画でき、棚を作れたことで満足していた。
しかしいま、もうすぐ53になるこの頃、ふっとまた絵本を集めてみようかな、と思い始めている。歌人で文筆家で絵本の収集家でもある大好きな穂村弘さんの影響とも言える。大人で、今の私の感性で、いいなぁと、大事に何度も読んで持っていたいなと思える私らしい絵本だけを細々と毎月の給料の中から趣味的に集めていこうかな、と思うのである。小説やエッセイ、写真集や画集に雑誌、詩集や句集と私らしいセレクトで本棚は埋め尽くされているけれど、絵本も少ないが残してあるものはある。このブログでも紹介してきた。
実は我が町には絵本専門の洒落たお店があってくれて、今日は病院に行きがてら(保育士はいつも喉をやられる)そこへ寄ってきた。絵本専門だが店内にはジャズが流れ、外国の玩具や置物、可愛らしい文房具や雑貨や大人の読み物もあったりする。こういう本屋さんなのに文房具やら雑貨の置いてあるお店が大好きなのだ。本も生活の一部、暮らしを彩るものだから、雑貨と一緒に置いてあってもいいと私も考える。そういう空間は生きること、日々暮らすことを丸ごと楽しく豊かにしてくれそうだ。
そこで今日は6000円も使ってしまった。ブックオフのオンラインで買えば安く済むのに、山小屋のようなお店の洒落たあたたかい雰囲気が財布の紐を緩ませた。ポストカードや猫の置物まで買ってしまったのだ。
最近は月がきれいだから荒井良二さんの『きょうはそらにまるいつき』を狙っていた。「みんながそれぞれの場所で月をふっと見上げる感じ、この癒しの瞬間が好きなんですよねぇ」と店主に本の感想を述べて、こういう感じの月の絵本、夜の絵本を探していると伝えておいた。そろそろ秋に向けてそういった本の棚を作るだろうから、また覗きに来ます、と。
気になったのは『よるのおと』。たむらしげるさんの「たむらブルー」と呼びたくなる美しい青が印象的な、夜の音だけを取り上げた繊細な本だ。コンセプトはすごくいい。内容もいい。でも、一時期たむらさんの絵はCMに使われてしまって、それで一気に私の中ではチープになってしまった。そこが引っかかって購入に至らなかった。この手の本は大人ウケするだろう。大人が自分のために買いたくなる絵本。実際に大勢の子どもに読み聞かせするには内容が繊細すぎて、仕事では使えない類の本だ。仕事では子どもとのやりとりを楽しめる参加型と呼ばれるジャンルの絵本がよく使われる。そういう絵本はとにかく大勢の集中と興味を引きつけ、盛り上がるのである。でもそういうタイプはあくまで仕事や子育て中だけのもので、いわば子どもと一緒に遊ぶ絵本であって、大人が大人の感性でその絵本の持っている豊かさに気づき、しっとり味わえるというものではないので、子どもの成長や離職でまんまと古本屋に売られてしまうのである。
私は店主に保育士ではあるがその辺のことを伝えて、仕事と離れて自分で楽しみたいための絵本を探していると付け加えておいた。来月の給料日過ぎにまたふらりとお店を訪れてみようと思う。どんな棚になっているか、新しい発見はあるか。



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# by zuzumiya | 2018-08-25 15:18 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

金曜日の夕焼け

自転車を押して帰る坂道で見上げた空に夕焼けの雲。
金曜日の夕焼けって、なんて清々しいんだろう。なんて愛おしんだろう。





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# by zuzumiya | 2018-08-24 20:36 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


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