リビングの目につく所に色鉛筆やクレヨン、マーカーを飾りましょう

仕事や趣味で使う人は別にして、大人になると手にしなくなるものに、色鉛筆やクレヨン、カラフルなマーカーや絵の具があります。おそらく小さい子どものいる家庭では、画用紙やお絵描き帳とともにリビングに置かれているでしょう。でも、子どもが大きくなるにつれて興味がゲームなどに移ってしまえば、それらはだんだんと子ども部屋の机の引き出しの奥へ追いやられて、図画や美術の授業の時にしか使われなくなってしまいます。最近はコンピューター上でも簡単に美しい絵が描けるので、ますます出番はなくなっています。それらが日常的に使われないということは、子どもも大人も黒のペンばかりで字や数字を書いて暮らしているということで、とても寂しい気がします。家族の集まるリビングの棚に色鉛筆やクレヨン、マーカーを可愛らしく飾ってみましょう。ふと手に取って誰かが何かを描き始めるかもしれません。部屋もそこからぱっと明るくなったように感じます。
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# by zuzumiya | 2010-02-13 00:27 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

「今あなたに知ってもらいたいこと」

a0158124_0214071.jpg「ジョンの場合には、あのジョンがやったんだとわかることもあるでしょうが、そんなに有名な人でなくとも、人類の歴史が進んでいく中のある一点で、その人がしたことが必ず意味を持ち、寄与しているはずです。
それは、どこかのパン屋さんが作ったクロワッサンであったり、畑で採れた野菜であるかもしれない。それを口にした人たちの命が救われたり、元気になっていることもあるでしょう。作ったものが自分の手から離れ、行く先々で働いている。そのことを作った本人は知ることができない。また、知らなくてもいいという、何か運命のおもしろさというものがあるのです。
ただ、何かを始めなければ、なんの力も働きません。
まずは「善意」を持って「始めて」ください。
グッドネス、善意、善性ということが、とても大事な時代になってきました。私たち一人ひとりのすることが、世界を変えていっているのだという明確な意識と善意を持って、世界に、宇宙に、よいバイブレーションを送りましょう。」
                        (「まずは始めてみること」より)


愛にあふれた多くの言葉があるなかで、ここにいちばん、励まされた。

自分はいま何をしているのか、これでいいのか、ほんとうは何がしたかったのか…。
考えれば疑問符だらけになる毎日で、いつでもやめようとするもう一人の自分がいる。
でも、ヨーコさんのこの言葉を読み返すたび、私はいつでも背中を押してもらえる。
以前に書いたバーガー屋さんのコーヒーマドラーに刻まれた言葉の話。
あのマドラーの棒切れで自分はまったく構わないと、いつだってそう思う。

この本はあまりにヨーコさんが素敵なので、お守りのように机の前に飾っている。
すべての人に「Bless you!」
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# by zuzumiya | 2010-02-13 00:22 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

「すみません」「お疲れさま」の言葉に頼っていませんか

先日、電車の中でサラリーマンの男性が「すいません。どうもありがとう」と言ったのを耳にしました。「すみません」の後に会釈でなく、「どうもありがとう」と続いたことが心に残りました。「すみません」は便利な言葉で、人に呼びかける時も謝る時も感謝する時にも使いますが、感謝の意味なら本来の「ありがとう」の方がしっくりと伝わります。またある時、小学生たちが信号で「緑のおじさん」に「さようなら」と手を振って横断歩道を渡っていくのを見かけました。どこか懐かしい気持ちになったのですが、後でそれは「さようなら」という言葉のせいだと気づきました。大人になると職場を離れてまでも「さようなら」が「お疲れさま」に替ってしまいます。日本語にはたくさんの言葉があって、ニュアンスが微妙に違います。できれば「すみません」のような便利な言葉に頼ってしまわずに、「お疲れさま」のような職場の言葉でふだんを済まさずに気をつけましょう。
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# by zuzumiya | 2010-02-12 08:37 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

すぐに結果を求めるのはやめましょう

焦りほど判断を歪めてしまうものはありません。そして、焦りは必ず自分と誰かを比べて出てくる劣等感の一つです。人生は宿題のドリルではないのです。丸バツも白黒もはっきりとつけがたく、結果がすぐに出ることの方が少ないのです。例えば女性の子育て。子どもがどうなることが親の子育ての「結果」になるのでしょうか。良い大学、良い企業に入って、金銭に不自由せず、大きな家に住むことでしょうか。それとも子どもが健康で、人様に迷惑をかけず暮らしていけることでしょうか。結果と言われても、実際はかけた愛情の見返りすら求めない世の母親たちは、どう答えていいのか困ってしまうと思います。結果など考えもせずにただひたすら懸命に行い、その過程こそ、かけがえのないものもあるのです。結果を求めて焦ったり、悩んだりするよりも、今、目の前のやるべきことに集中しましょう。続けてきた地道な努力に誇りを持ち、自分の良さをそこに認めましょう。

※「ライフワーク」や「生涯学習」という言葉があるのに励まされます。自分の細々と続けていることを「ライフワークだから」と笑って言ってのければいいのです。
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# by zuzumiya | 2010-02-11 12:02 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

「いつか眠りにつく前に」

a0158124_026072.jpg「いつか眠りにつく前に」という映画が良かった。
年をとって、愛だの恋だの言ってるやつは色キチガイだ、頭がおかしいんじゃないかって言う人がいるけど、その考え方はとても憐れな寂しいことだと思う。
年をとって、死というものが見えてくるからこそ、この世がどんなものであれ、もうすぐ終わってしまうことがわかってきたからこそ、愛にあふれて生きていたい、愛を信じて感じて生きていたい、この世のいたるところに愛は隠れていて、見つけ出して感じることが人生の最も素敵な瞬間で、それをいくつもやりとげて、あぁこの世は素晴らしいところだった、いい人生だったと安らかに死んでいきたいと願うのは、人間の魂としてとても健やかで正しくて美しいことなんじゃないか。
もちろん愛にはいろんな形がある。友だち同士にも、恋人や夫婦の間にも、師弟の間にも、親子の間にも、隣人同士にも、人間全体に対しても、動物や自然に対してだって、愛は向けられる。そばにいなくても、一緒に暮らさなくても、たとえ伝えられなくても、思うとおりに運ばなくても、愛は人の中に生まれてずっと育っていくものなんだ。
ラブソングを人間がずっと作り続けて、ずっと歌い続けて、ずっと愛し続けてきたことも
とても希望の持てることだし、アーティストが懸命にラブソングを歌う姿にみなが感動するのは、伝えたい魂が実に健やかで正しくて美しいからだ。そこに人としての真実の姿を感じるから、あんなにも熱く響いてくるんだと思う。
この映画では主人公がふたつ、素晴らしい歌を歌ってる。
ひとつは有名なジャズのスタンダードナンバーで「タイム・アフター・タイム(何度も何度も)」、もうひとつは賛美歌のような子守歌のような「I SEE THE MOON」。
どちらも歌詞もメロディもいい。
そして、この両方の歌に愛があふれてることが喜ばしい。

「何度も何度も」

言葉なんて何の意味があるかしら
私の心の想いを伝えてはくれない
どうか耳を傾けてほしい
言葉にしなかった想いに気づいてほしい
何度も何度も自分に言い聞かせるの
あなたを愛せる私はなんて幸運なのって
ものすごく幸運だわ
あなたは私の元に戻ってくる
毎日日が暮れて一日の終わりに私の元へ
私にはわかるの
この先長い年月が過ぎても
私の愛はみずみずしいまま
そして何度も何度も囁くわ
私はあなたを愛することができて
なんて幸運なの

「I SEE THE MOON」

私がお月様を見るとお月様も私を見る
あの人のことも見ているはず
神様はお月様と私を祝福してくださる
あの人のことも祝福してくださるわ
神様は天国から地上を見て
私のためにあの人を選んでくださった
大勢のなかから私ひとりのために
私が誰よりもあの人を愛しているから
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# by zuzumiya | 2010-02-11 00:28 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

人とはどこか一点で合えば、それで繋がっていけるものです。

昔、知人の旦那さまの口癖に「いろんな人がいるよねえ」というのがありました。年を経た最近になって、本当にそのとおりだとこの言葉の深さをしみじみ感じながら、よくは知り得なかった彼の人柄に思いを馳せています。「いろんな人がいるよねえ」の言葉には文字通りの「世の中にはいろいろな人がいる」という単純明快な事実と共に、人の様々な価値観に触れ、それらをたとえ自分のものと合わなくても、そういう物の考え方もあるんだと存在をまず認めている謙虚さと大らかな肯定を感じます。人の気持ちは複雑で時に相手を好きであればこそ、何もかもを同じに感じてほしいと思う傲慢さを持ってしまいます。でも、生きてきた道筋も抱えてきた物語も違うのが人です。人とはどこか一点で合いさえすれば、それで繋がっていけるのだと気楽に考えましょう。価値観の違いを隔たりと捉えずに認め合う寛大さを持って、その上で関係を続ける工夫を怠らないようにしましょう。
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# by zuzumiya | 2010-02-10 09:03 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

健やかなる人・石田千

a0158124_8494385.jpg石田千の随筆『店じまい』。
いつもながら彼女らしい風味のある、遊び心のある文体。つっかけで水たまりをひょいと飛び越えるような自由な比喩。選んでくる題材もいつだって日向の匂いのする懐かしいものばかり。それらが合わさって文章全体から彼女らしいおっとりした空気が漂う。でも、その穏やかさの底には芯の強さ、しっかりと育ってきた健やかな骨格みたいなものを感じる。
「文は人なり」というけれど、彼女の書く文章は彼女の風貌そっくりだ。
どちらかというと素朴であたたかみのある、恋人よりお母さんが似合いそうなこざっぱりとした顔立ち。手足が長く背も高く、よく笑い、よく歩き、よく食べる体育会系。
随筆の文章だけはどうやっても人柄が出てしまう。
あるがままの自分を自分で嫌いとか駄目だとか、そんな風にばかり思っていたら、物語が転んでいくような、登場人物がひとりでに語り出すような、そんな助けのこない随筆というジャンルは、シビアすぎて書けなくなってしまうだろう。
自分を好きでいること。大らかに認めて否定しないこと。信じてあげること。
そういうことが芯からゆるやかにできてるから、文章は書いていけるし、伸びやかな文体のまま行けるんだろう。そんなふうに自然に思わせるところが、実に健やかなんだよな。表現の世界では、きっと根の健やかな人だけが残っていけるんだろう。

a0158124_850593.jpg※千さん始めなら、『月と菓子パン』からどうぞ。
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# by zuzumiya | 2010-02-10 08:54 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

心の安定と充実のためにこそ、お金を使いましょう。

この世界はすべて自分の心のありようで見え方が変わってきます。そして、その心は瞬間ですぐに移ろってしまうほど儚いものです。その移ろいゆく心にすべてを任せれば、自分で自分を常に振り回すことになります。大切なお金を使うなら、その移ろいやすい心をなるべく安定に繋ぎ止めてくれるものに使う方がよいと思います。流行に左右されず、人間性を引き出してくれるシンプルな服。何度でも繰り返し味わうことのできる本や映画、画集や写真集や図鑑、アロマや音楽、生きている世界を直に教えてくれる旅。そして、いちばん良いのは自分から何かを創作したり、表現したりの面白味に気づくこと。着飾ったときの晴れ晴れしい自信も、いずれは服に飽きてしまうと同時に薄れてしまうし、変身を繰り返してみてもその実、あなたは一人なのです。ゆるぎない自信はやはり、あるがままの自分を見せられること。そして、そうなるために内面を安定させ、充実させることです。
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# by zuzumiya | 2010-02-09 09:59 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

出会うべきものにはきちんと出会うを自信にしましょう

例えば、自分の愛する音楽や本、絵画や映画や人物、身の回りのすべてものに思い巡らしてみると、あまたある情報や人間、物の中から、よくぞきちんと私に選ばれて私の元に来てくれたものだとあらためて驚きます。その私の選ぶ判断基準は、好き嫌いの源は何なのか、どうしてそうなったのか、結局のところよくわかりません。私と奇跡的な縁で結ばれているとしか言いようがないのです。「これが自分だ」と言葉で説明しきるのは不可能で、ただ言えることは、私という人間は選んだそれらから確実に滋養を得てできあがった複合物で、喜ばしいことに生きている限り可能性を秘めた未完成品だいうことです。愛する作家やアーティストの新作に出会うたび、込み上げてくる懐かしいほどの親しみ。家族や友人たちの中で受け入れられている安らぎ。出会うべきものには出会えてきたと確信し、人生そのままを肯定しましょう。そして、これからもまだあなたは出会えるのです。
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# by zuzumiya | 2010-02-08 08:50 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

愛する人に特別なことのできる特別な存在なのです。

大事なことですが、とても照れる話をします。夫はわりと子煩悩で、誘われるままゲームをしたり、こたつに入って娘と仲良く話込んだりしてくれます。子どもにジェラシーを感じているようで変ですが、ある日、あまりに自分だけが夫から放って置かれて少し寂しくもなったので、ふざけて夫にキスをしてみたのです。そのときにふと「ああ、自分だけがキスというものを自由にしてもいい存在なんだ」と気がつきました。考えてみると実はとても特別なことで、恵まれていて、尊いことなのだと思います。相手が生きていてそばにいてくれるからこそ、妻であるからこそ、気まぐれに笑ってしても許される行為なのです。他人にこうはいきません。欧米の文化ではないので、ともすると、キスや触れあいの大切さを忘れやすく軽んじやすくもなりますが、人は愛する誰かに、特別なことのできる特別な存在なのだということ、その恵みと誇りと喜びをきちんと憶えておきたいです。
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# by zuzumiya | 2010-02-07 12:39 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


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