付箋を使って、自分なりの辞書を作りましょう

今までそれなりに本を読んで来たはずなのに、どういう内容の本だったか忘れてしまうことがよくあります。ある時、これでは情けない、本一冊も高い買い物になると気を入れ替えました。それからは読書の際に付箋をもって臨みました。気に入った比喩や表現、発想の感心したところに小さな付箋を貼付けておいて、後で「抜き書きノート」に書き込むのです。一冊読んで面白かった、ポイの読書習慣が変わって、しっかり読み込むようになりました。気が乗れば感想文も書いたりします。小さな付箋なので電車の中で読書する時にもポケットに入れておけば邪魔にならず、図書館で借りた本も汚さずにすみます。そして、知らない言葉、自分ではあまり使わない言い回しなどは五十音別のルーズリーフに書き写して、語彙を増やすための自分なりの辞書を作っておきます。言葉一つだけでなく、前後の文も書き写して用法をはっきりさせておくとわかりやすく、使う気が起こります。
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# by zuzumiya | 2010-03-31 12:28 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

ポストカードを貼って「模様替え」しませんか

季節が変わると部屋の模様替えがしたくなります。寒い冬が終わり、明るい陽光が差し込む春は心も体も身軽になって、「変わりたい」「新しくなりたい」願望が芽吹いてくるようです。家具の配置換えは無理でも、カーテンやクッションカバー、ラグマットやスリッパなら明るい色のものや可愛い柄物に挑戦したりもできると思います。でも「このご時世、あまりお金はかけられないわ」と言うのなら、小さなものからちょっとした冒険と気分転換をしてみてはいかがでしょう。私は先日、鳥の形の箸置きを買いました。綺麗なブルーと嘴が長いので、かわせみだと思います。それだけでもう春の食卓になりました。箸置きに合わせて今度はランチョンマットを探す楽しみを得ました。デスク前の壁にはワイヤー製のポストカード飾りを買って、自分のセンスで飾っています。ポストカードなら手軽ですし、部屋のアクセントになり、表情が変わるので、十分模様替えをした気分です。
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# by zuzumiya | 2010-03-30 13:49 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

お弁当箱がくれた私の「新生活」

春になると、お店の中に新社会人や新入学生のための売り場が設けられます。インテリアから小物、雑貨の種類までいろいろと取り揃えられ、「新生活」という言葉に心が浮き立ってきます。先日はカラフルなお弁当箱ばかりが並べられたコーナーに出くわし、主婦なのでお弁当箱は必要ないのですが、どうしても一つ欲しくて買ってきました。必要がないと思っていましたが、これが結構いい気分転換になっています。主婦のお昼といえば、昨夜の残り物でちゃちゃっと済ませることが定番でしょう。でも、ラップをかけたお皿から残り物を食べるのは残飯係のようで、正直味気ない。そこで、思い切ってお弁当箱に移し替えてみるとお昼が断然楽しくなりました。もう少し暖かくなったら、公園に「ひとり遠足」に行ってお花見をしながら食べようとか、図書館に午前中から午後まで通しで居ようとか、計画を練るのも楽しいです。お弁当箱がくれた私の「新生活」の始まりです。
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# by zuzumiya | 2010-03-29 10:53 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

花束の花の名前をみんな知っていますか

夫と散歩に行って、びっくりする庭を見つけました。丈が30センチばかりの紫の花が庭一面びっしりと隙間なく咲いているのです。あまりの花の勢いから、すぐにここは空き家だとわかりました。人間に邪魔されることなく、繁殖し放題の元気のいい花を微笑ましく思いました。家に帰って、2種類の図鑑とネットで花の名前を調べましたがわかりませんでした。おそらくは雑草の類いなのでしょう。あんなに見事に花を咲かせても、雑草という一括りにされて名前もわからないまま、直に忘れ去ってしまうのは少し可哀想な気がしました。久しぶりに図鑑を見て、地球上にはたくさんの花があり、種は違っても隣人であることを思い出しました。人間同士の自己紹介のように、まず名前を知ることは存在を確認しあうこと、そして親愛の情を深めるきっかけです。花屋さんで花束を買っても、何の花かわからないまま飾るのはやめにしましょう。まず名前を知ること、それが礼儀です。
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# by zuzumiya | 2010-03-28 18:02 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

春は詩歌を味わういい季節です

詩歌を読むのが好きです。読書というよりお菓子のバイキングのような感じです。たくさんのお菓子の中から自分の好きなものだけをぽんぽんお皿に乗せていく、そんな自由さ、ワクワクさがあります。特に句集は一句が短いので、まるで一口菓子。一瞬で好みの判断ができ、加速度的に楽しさも広がります。句集を読むことは、生理感覚を刺激されること。字を追っているだけで、どんどん体の内側からエネルギーが満ちあふれてきて、何だか溌剌として健康になれる気がします。作者独自の感覚的表現に対しても「今度、外へ出たとき体験してみよう」と思ったり、「どこがどうというのは説明しにくいけれど、不思議によくわかるんだよなあ」と深いところで共感ができて、その見事なシーンの切り取り方に唸ったり嬉しくなったりします。人生哲学を匂わすような句に会えば、しんみり物思いに耽ります。芽吹きと花の香りの漂う春こそ、詩歌を感覚で味ういいチャンスです。


※40代で俳句を始めた池田澄子さんの『現代俳句文庫 池田澄子句集』がお薦めです。  
 「滴りや分量同じ呼気吸気」
 「ピーマン切って中を明るくしてあげた」
 「育たなくなれば大人ぞ春のくれ」
 「生きるの大好き冬のはじめが春に似て」
 など、50代に入ってからの作品群のその瑞々しい感性には驚きます。口語体ならでは、そして女性としての生活実感や独特なアイロニーもあって面白いです。読んでみてはいかがでしょう。こちらの眠っていた感覚が目を覚ますようです。
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# by zuzumiya | 2010-03-17 01:47 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

躾の奥にあるもの

息子が卒業式で着るスーツを試着していた時のこと。試着室から出て来た息子はズボンをきちんと三つ折りにして両手に持って、会釈までして店員に返していました。こんな丁寧な行いを私は教えた憶えはないので驚くのと同時に嬉しくなりました。躾というのは不思議です。「こうしなさい」と教えたものがそのとおりに伝わって子どもの行動に出る場合と、きちんと教えたつもりはないのに、子どもが度重なる日常から自然と学んで行動に出す場合があります。ズボンの畳み方は洗濯物で目にしていたとしても、客の立場に甘えず目上の店員にきちんと畳んで返せた息子は、どうやら我が家の躾の大本にある「人にやさしくあれ」を身につけていてくれたようです。躾とはいちいちの振るまい方を教えるというより、その奥にある親の人間としての理想や信念を教えて行くことだと思います。その部分が伝われば、どんな場でも臨機応変にふさわしい行動がとれるような気がします。

※「こういうことをしたら、お母さんは悲しむだろうな」と子どもが思えるとき、お母さん像がすでにはっきりと子どものなかにあります。このイメージ作りが日頃の躾の目標なのだと思います。
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# by zuzumiya | 2010-03-11 15:46 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

義母が詰めたポケットティッシュ

一人暮らしをするための息子の荷造りを手伝っています。行った先で困らないよう、あれもこれもと段ボールに詰め込むので息子に苦笑されています。我が家には毎年、夫の田舎の両親から季節の荷物が届きます。秋には葡萄、冬には林檎、暮れにはお正月のお餅や栗や干し柿。それ以外にもよくお米が届きます。嬉しいのはそんな荷物の中にお菓子や生活の品が入ってくることです。お菓子は毎回夫の好物のチョコレートですが、いつだったか荷物の隙間を埋めるようにたくさんのポケットティッシュが差し込まれていたことがありました。少しでも役立つものを詰めてやりたいという親の情を感じて、お菓子以上に感激しました。今日、息子の荷物の隙間にポケットティッシュを差し込む時、義母の顔が浮かんで、自分も親として義母に一歩近づけたうれしい気がしました。姑との関係も、時には苦労を重ねた母親の先輩として捉えてみると新鮮です。素直な学びができるものです。
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# by zuzumiya | 2010-03-10 11:35 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

「ありがとう」にもうひとつ+αをしませんか

新聞の投書欄に仲睦まじい老夫婦の話を見つけました。旦那さんに頼まれて奥さんが髪を切ってあげて、そのかわりに旦那さんが奥さんの肩を揉んであげる習慣があるというのです。この話を読んだとき、はっとしました。おそらく旦那さんは奥さんに「ありがとう」を言ったはずです。でもそれに加えてさらに「今度は肩を揉んであげよう」と動けるところが実に偉いなあ、素敵だなあと思いました。「ありがとう」と言うことはできても、さらに「そのかわりに○○をしよう」という行為までは、なかなか思いつかないものではないでしょうか。「ありがとう」「どういたしまして」でも、充分にこやかに事は済んでしまうのですから。互いの体の厄介な老いを分かり合い、健康に暮らせるありがたみやその有限さを感じている老夫婦ならではの気持ちの表し方でしょうか。想像するに、一事が万事のような気がします。「ありがとう」に「+αな行為」、心がけたいと思います。


※まずきちんと相手に向かって「ありがとう」を言いましょう。それからたとえば「お茶でもいれようか?」のような、すんなりできる小さなお返しをしてみましょう。
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# by zuzumiya | 2010-03-09 00:29 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

年配の方の書いた文章に触れましょう

最近は年配の方の書いた随筆を好んで読み返しています。幸田文さん、岡部伊都子さん、沢村貞子さん。40代の私が図書館へ行ってもシニアコーナーと書かれた書棚の前に立って、近藤富枝さんの『美しい日本の暮し』や小沼丹さんの『小さな手袋/珈琲挽き』を手に取っています。年配の方の文章には静けさと芯の強さがあり、世の中を見つめる目のじたばたしない動じなさが品の良さやまろみを生んで、読者の心をとても落ち着かせます。想像するに、若さを失うことの自覚からくる「しなければならない諦め」がやがて「分をわきまえる」や「足るを知る」を引き寄せ、欲望も心配も身のうちにしっくり収めて、今ここに自分として在ることの覚悟や心地よさへ到達しているからでしょうか。現代は特に情報においての「足るを知る」は必要で、最も心穏やかに暮らせるコツだと思います。先に挙げた随筆の書かれた時代は古くとも、内容に古さがないのもそれを証明しています。

※今ではあまり使われなくなった昔言葉、言いまわしをメモに書き出して、積極的に使ってみましょう。粋なもの洒落たものが多いです。
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# by zuzumiya | 2010-03-08 13:51 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

春風に自転車を漕ぎだせば小さな旅になります

冷たい雨が続いて恨めしく身を細めていると、突然、梅や桃の蕾を炙るような季節外れの陽気に恵まれたりで、弥生の月の天気はなかなか定まりません。ただ、よく晴れた風のない日はどうやら家の中の日陰に縮こまっているより、外の日向にいる方がだんぜん暖かいとわかってくる月でもあります。足元の暖房を潔く切って、窓の外の明るい景色の中に出かけて行きましょう。今日はひと月も先走りの陽気だったので、少し遠くの図書館を選んで自転車を漕いで行きました。陽射しは強く、雨上がりの世界の何もかもがこざっぱりとして眩しくて、サングラスが欲しいくらいでした。心地よいスピードで思うさま住宅地の角を曲がれば、いきなりの陽気に驚いて庭の梅が匂いたち、畑の脇ではトラクターに掘り起こされたばかりの黒土が懐かしく匂いました。少し遠い所まで自転車を漕いでいくだけでも私には小さな旅。そよ風のなか自然の匂いを全身で浴びるうれしい旅になりました。
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# by zuzumiya | 2010-03-07 00:25 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


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