ユーモアの風が舞い込んだ日

エレベーターで1階に着いて外へ出たら、雨が降っていてびっくり。傘を取りに戻りましたが、もう電車には間に合いません。公園をとぼとぼ歩いていると、ウォーキング中の老人二人連れに出会いました。「わしらはもう人間が乾いとるから、これくらいの湿り気がないとあかん」そう言って笑っていました。横断歩道の向かい側に不思議な恰好の人が立っています。背負ったリュックから紅い花のついた枝が2本高く突き出ています。あれこそボケの花じゃないか、と思ったとたん、吹き出しそうになりました。「ああ、この世はやっぱり捨てる神あれば拾う神ありだな」と実感しました。落ち込んだ気分をふっと逸らしたり、目を外に向けさせたりして、気持ちの立て直しに力を貸してくれる小さなきっかけがたくさん散らばっているのです。心に隙間風といわずに、隙間はいつでもあけておきましょう。誰かが起こしたユーモアの風がふわりと舞い込むこともあるのです。


※外国映画の特にアクションものなどを見ていると、どんな窮地に追い込まれても必ずジョークが飛び出して、見ているこちらをクスッと笑わせてくれます。決して不謹慎ではなく、一瞬で場を和まし、一致団結させ、希望へ向かう活力になっています。「ピンチの時こそ笑いを」の精神、見習いたいものです。
※物でもお金でもなく、今すぐにでも、そしていつだって、人にプレゼントできるものといったら、笑いしかありません。誰かを笑顔にさせてあげましょう。
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# by zuzumiya | 2010-04-08 11:13 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

心地よい眠りのための「入眠音楽」を持っていますか

今や日本人の5人に1人は不眠症だといいます。原因は精神的なものから、隠れた肉体の疾患によるものなど色々あるのでしょうが、薬に頼る前にまずは生活を見直してみましょう。寝る前にカフェインやお酒などの刺激物を多くとらない、脳に刺激を与えるパソコンやメールはやめる、など注意点が挙げられます。加えて、私は「自分なりの入眠儀式を持つこと」をお薦めします。好みのアロマを焚いたり(効用もありますが好みでいいと思います)、照明を落として静かな音楽を流したりして、この匂いとこの音楽が流れてきたら、もう眠る時間なんだと脳に条件反射的にわからせるのです。音楽はずっとブライアン・イーノのアンビエントのシリーズを好んで流しています。中でもお気に入りは『The Plateaux Of Mirror』のアルバムで、ピアノの音や余韻が素晴らしく美しいです。アルバム全部を聞いてしまう前にだいたい途中で眠ってしまいます。

※季節によって、入眠用の音楽を「川のせせらぎ」や「海の音」「虫の声」のCDにするのもいいのでしょう。
※イーノの実弟であり、一緒にアルバムも作っているロジャー・イーノは精神障害者のための音楽療法士でもありました。サティを敬愛している彼のアルバムも素晴らしいので特別に紹介させていただきます。『ビトウィーン・タイド』がお薦めです。
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# by zuzumiya | 2010-04-05 18:38 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

「いつか」で始まる曖昧な約束はやめましょう

去年、知り合いになった女性とメールを交換していたときのこと。私が「今度またいつか会いましょう」と書いて送ったら、彼女から返信が来て「ごめんなさい。私は友人と会おうとする時に『いつか』という言葉は使わないのです。4月中には会えませんか?」と書かれていました。私は彼女の強い調子に少し驚きましたが、彼女と会って何時間も話をした時に感じた正直で誠実な性格を思い出して、すぐに納得しました。そして、自分は今まで何と「曖昧な約束」を繰り返してきたのかと反省しました。「いつか○○しましょう」は確かに使い勝手がいい言葉です。具体的な日にちを決めてしっかりと約束したわけではないので、忘れてしまっても罪ではありません。社交辞令にも使えます。でも、その社交辞令にも使える曖昧さだからこそ、実は相手に対して失礼なのです。「いつか」や「今度」を使うような「曖昧な約束」はできるだけしないこと、私も気をつけようと思います。
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# by zuzumiya | 2010-04-03 21:39 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

小引出しと付箋をつけたホワイトボード

向田邦子さんの影響で、私も引出しを愛用しています。食いしん坊の向田さんは「う」と書かれたレターケースに全国各地の旨いもの情報を集めていました。私は100円ショップで3段の小引き出しを買って、そこに「映画」「音楽」「本」と書いたシールを貼り、新聞や雑誌の切り抜きを入れています。レンタルショップや図書館で借りるときに、ここから切り抜きを持っていけば済みます。それ以外にもデスクの前にホワイトボードを貼っています。そこには大小の付箋がたくさん付いていて、書名や曲名が書いてあったり、俳句が一つだけ書いてあったりします。メモ用紙に書いてもどこかへ失くしてしまいがちですが、付箋にすればホワイトボードにすぐに貼っておけるので失くすことはありません。いつでも目についているので、「今度はこれを借りねば」とすぐに行動に移せます。読んだものは「今年の読書ノート」に書き写すようにすると記録としても残ってくれます。
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# by zuzumiya | 2010-04-01 13:27 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

付箋を使って、自分なりの辞書を作りましょう

今までそれなりに本を読んで来たはずなのに、どういう内容の本だったか忘れてしまうことがよくあります。ある時、これでは情けない、本一冊も高い買い物になると気を入れ替えました。それからは読書の際に付箋をもって臨みました。気に入った比喩や表現、発想の感心したところに小さな付箋を貼付けておいて、後で「抜き書きノート」に書き込むのです。一冊読んで面白かった、ポイの読書習慣が変わって、しっかり読み込むようになりました。気が乗れば感想文も書いたりします。小さな付箋なので電車の中で読書する時にもポケットに入れておけば邪魔にならず、図書館で借りた本も汚さずにすみます。そして、知らない言葉、自分ではあまり使わない言い回しなどは五十音別のルーズリーフに書き写して、語彙を増やすための自分なりの辞書を作っておきます。言葉一つだけでなく、前後の文も書き写して用法をはっきりさせておくとわかりやすく、使う気が起こります。
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# by zuzumiya | 2010-03-31 12:28 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

ポストカードを貼って「模様替え」しませんか

季節が変わると部屋の模様替えがしたくなります。寒い冬が終わり、明るい陽光が差し込む春は心も体も身軽になって、「変わりたい」「新しくなりたい」願望が芽吹いてくるようです。家具の配置換えは無理でも、カーテンやクッションカバー、ラグマットやスリッパなら明るい色のものや可愛い柄物に挑戦したりもできると思います。でも「このご時世、あまりお金はかけられないわ」と言うのなら、小さなものからちょっとした冒険と気分転換をしてみてはいかがでしょう。私は先日、鳥の形の箸置きを買いました。綺麗なブルーと嘴が長いので、かわせみだと思います。それだけでもう春の食卓になりました。箸置きに合わせて今度はランチョンマットを探す楽しみを得ました。デスク前の壁にはワイヤー製のポストカード飾りを買って、自分のセンスで飾っています。ポストカードなら手軽ですし、部屋のアクセントになり、表情が変わるので、十分模様替えをした気分です。
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# by zuzumiya | 2010-03-30 13:49 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

お弁当箱がくれた私の「新生活」

春になると、お店の中に新社会人や新入学生のための売り場が設けられます。インテリアから小物、雑貨の種類までいろいろと取り揃えられ、「新生活」という言葉に心が浮き立ってきます。先日はカラフルなお弁当箱ばかりが並べられたコーナーに出くわし、主婦なのでお弁当箱は必要ないのですが、どうしても一つ欲しくて買ってきました。必要がないと思っていましたが、これが結構いい気分転換になっています。主婦のお昼といえば、昨夜の残り物でちゃちゃっと済ませることが定番でしょう。でも、ラップをかけたお皿から残り物を食べるのは残飯係のようで、正直味気ない。そこで、思い切ってお弁当箱に移し替えてみるとお昼が断然楽しくなりました。もう少し暖かくなったら、公園に「ひとり遠足」に行ってお花見をしながら食べようとか、図書館に午前中から午後まで通しで居ようとか、計画を練るのも楽しいです。お弁当箱がくれた私の「新生活」の始まりです。
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# by zuzumiya | 2010-03-29 10:53 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

花束の花の名前をみんな知っていますか

夫と散歩に行って、びっくりする庭を見つけました。丈が30センチばかりの紫の花が庭一面びっしりと隙間なく咲いているのです。あまりの花の勢いから、すぐにここは空き家だとわかりました。人間に邪魔されることなく、繁殖し放題の元気のいい花を微笑ましく思いました。家に帰って、2種類の図鑑とネットで花の名前を調べましたがわかりませんでした。おそらくは雑草の類いなのでしょう。あんなに見事に花を咲かせても、雑草という一括りにされて名前もわからないまま、直に忘れ去ってしまうのは少し可哀想な気がしました。久しぶりに図鑑を見て、地球上にはたくさんの花があり、種は違っても隣人であることを思い出しました。人間同士の自己紹介のように、まず名前を知ることは存在を確認しあうこと、そして親愛の情を深めるきっかけです。花屋さんで花束を買っても、何の花かわからないまま飾るのはやめにしましょう。まず名前を知ること、それが礼儀です。
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# by zuzumiya | 2010-03-28 18:02 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

春は詩歌を味わういい季節です

詩歌を読むのが好きです。読書というよりお菓子のバイキングのような感じです。たくさんのお菓子の中から自分の好きなものだけをぽんぽんお皿に乗せていく、そんな自由さ、ワクワクさがあります。特に句集は一句が短いので、まるで一口菓子。一瞬で好みの判断ができ、加速度的に楽しさも広がります。句集を読むことは、生理感覚を刺激されること。字を追っているだけで、どんどん体の内側からエネルギーが満ちあふれてきて、何だか溌剌として健康になれる気がします。作者独自の感覚的表現に対しても「今度、外へ出たとき体験してみよう」と思ったり、「どこがどうというのは説明しにくいけれど、不思議によくわかるんだよなあ」と深いところで共感ができて、その見事なシーンの切り取り方に唸ったり嬉しくなったりします。人生哲学を匂わすような句に会えば、しんみり物思いに耽ります。芽吹きと花の香りの漂う春こそ、詩歌を感覚で味ういいチャンスです。


※40代で俳句を始めた池田澄子さんの『現代俳句文庫 池田澄子句集』がお薦めです。  
 「滴りや分量同じ呼気吸気」
 「ピーマン切って中を明るくしてあげた」
 「育たなくなれば大人ぞ春のくれ」
 「生きるの大好き冬のはじめが春に似て」
 など、50代に入ってからの作品群のその瑞々しい感性には驚きます。口語体ならでは、そして女性としての生活実感や独特なアイロニーもあって面白いです。読んでみてはいかがでしょう。こちらの眠っていた感覚が目を覚ますようです。
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# by zuzumiya | 2010-03-17 01:47 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

躾の奥にあるもの

息子が卒業式で着るスーツを試着していた時のこと。試着室から出て来た息子はズボンをきちんと三つ折りにして両手に持って、会釈までして店員に返していました。こんな丁寧な行いを私は教えた憶えはないので驚くのと同時に嬉しくなりました。躾というのは不思議です。「こうしなさい」と教えたものがそのとおりに伝わって子どもの行動に出る場合と、きちんと教えたつもりはないのに、子どもが度重なる日常から自然と学んで行動に出す場合があります。ズボンの畳み方は洗濯物で目にしていたとしても、客の立場に甘えず目上の店員にきちんと畳んで返せた息子は、どうやら我が家の躾の大本にある「人にやさしくあれ」を身につけていてくれたようです。躾とはいちいちの振るまい方を教えるというより、その奥にある親の人間としての理想や信念を教えて行くことだと思います。その部分が伝われば、どんな場でも臨機応変にふさわしい行動がとれるような気がします。

※「こういうことをしたら、お母さんは悲しむだろうな」と子どもが思えるとき、お母さん像がすでにはっきりと子どものなかにあります。このイメージ作りが日頃の躾の目標なのだと思います。
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# by zuzumiya | 2010-03-11 15:46 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


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