音楽と詩

a0158124_044811.jpg今朝、引出しからふと手に取った一枚のCD。
フランスの夫婦デュオで「クリンペライ」の『トリステ』というアルバム。
いつ買ったのだか思い出せない。
「トリステ」の意味はたしか、哀しみだったかしら、と頭を傾げる。

ジャンルはトイ・ミュージック(玩具音楽)。
ほとんどがインストゥルメンタルで、
たまにハミングのような、鼻歌のようなものが入るけれど、
ピアニカやハモニカ、アコーディオン、トイピアノやたて笛やギター、タンバリンに
鉄琴、木琴のような素朴な楽器で演奏されている。
2分程度の、時にはもっと唐突に短い曲が、全部で41も入っている。
まるで、音楽の玉手箱。色とりどりのウィスキーボンボン。
それらの音楽は、たとえば、
街角の人形劇の小さな恋物語のような、
大道芸人の作った愛らしい風船の犬のような、
手品師の細長い指の間の嗤うジョーカーのような、
ささやかな影のようなドラマをもう孕んでいる。
アンビエント・ミュージックよりもはっきりと舞台が設えてあって、
音楽がそこに主人公とシナリオを求めて待っている感じがする。

a0158124_2253037.jpgそんな音楽に誘われて、一冊の詩画集を手にした。
私の好きな漫画家、やまだ紫の詩画集『樹のうえで、猫がみている』。
詩の一編ずつに淡白な、風のような人物と、
やけに存在感のある濃い猫の挿絵が描かれてある。
音楽が流れる。
目で文字を追う。
頭の中で静かに女の声が語りだす。




「うすあかり」

腕枕をし
好きな男が眠っている
わたしは嬉しくて眠れない
あっちやこっちへ寝返りをする
天井の豆電球を見つめてたりする

男がよく眠っていると
その胸に手を当てて心臓のリズムを読む
耳をつけて音を聴く
足をからませたり
横顔を見ていたり
くたびれて眠くなるのを待つ
こんなわずかな灯が欲しかっただけだ

その昔 わたしは
極寒の暗くて何も見えない憎しみばかりつのる
どろどろした沼の中で生きていたことがある




寝転がった猫が伸びをする。目が合う。
不思議なことに黙読するペースと一曲分がちょうどぴったりだった。
そして、面白いと、ひとり微笑んだ。
ページを捲る。
音楽もついてくる。
文字を目で追う。
再び、女が淡々と語りだす。




「くだもの」

くだものはたいてい
食べる気のおこらない固い皮をしている
皮を剥ぎ 小さく切り 幼い子に与える
くだものの味を覚えた子は
次からくだものの固い皮を見て欲しがる

男友達は くだものは
女が切り分けてくれるものと信じて
つま楊枝をもって待っている

好いてもいない相手に
子供のようにくだものを切るのは
不貞のようで腹立たしい

男友達は腹立たしい実を
またたく間にたいらげた




日差しが陰る。ふいに甘い匂いが増してくる。
音楽をかけながら、こうして詩を読むのも悪くないな、と思う。
どうして気がつかなかったのだろう。
音楽と詩。


(※「うすあかり」「くだもの」/やまだ紫『樹のうえで、猫がみている』より)
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# by zuzumiya | 2010-04-15 00:08 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

試聴音楽で世界をぐるり

本屋さんで本を探すように、ネットの中で好みの音楽を探してみるのも、ひとしきり楽しい旅だと思います。好きなアーティストから同じ系列のアーティストへ、もしくは「この商品を購入した人はこちらも購入しています」へと辿っていきます。試聴ができるものはどんどんしましょう。一つ、二つ、必ず興味を引くものが見つかります。普段は聞かないジャンルのものから始めてみれば、旅先もぐんと広がり、新鮮な出会いがあるかもしれません。今日はいつのまにか「玩具音楽」のサイトへ行き着きました。そこで素晴らしい発見をしたのです。「子供たちが歌うシャンソンの特集」をしていて、どれもこれも試聴ができました。フランス語で歌う昔からの童謡、素朴な手遊び歌。舌ったらずなモゴモゴとした発音で、弾むように懸命に歌う幼い声にいっぺんに魅了されてしまいました。生活の中にフランスの絵本のような、映画のワンシーンのような風がふわっと流れ込みました。


※映画でも「不思議の国のアリス」が話題ですが、この摩訶不思議で愉快な物語をシュールに音楽に仕立てたものがあります。フランスの玩具音楽のデュオ、Klimperei(クリンペライ)の『ALICE IN WONDERLAND』です。クリンペライはまるで人形アニメーションにつけた音楽のような不思議で愛らしい趣の作品をもう何十年も作りだしてきました。例えて言えば、サーカスのテントの幕が翻って一瞬中が見えてしまったかのような、古いオルゴールを開けたときのような、生活のなかに突然ぽんっと物語が始まる、白昼夢のような危うい面白さが味わえます。
※いろんなジャンルの音楽でもって、あなた自身と生活を豊かに演出しましょう。文中で紹介した「子供の歌うシャンソン」は「NOVEL CELL POEM ,INC 」のオンラインショップで試聴できます。
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# by zuzumiya | 2010-04-14 13:26 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

今日は「おばあさんの日」それとも「女の子の日」?

ラジオで若い頃好きだったバンドが解散するらしい話を聞きました。ふと懐かしくなってその頃好きだった音楽のCDをごそっと出して来て、順に聞いてみました。音楽にはいろんな思い出が寄り添っています。イントロから一瞬にして風景がガラリと変わり、そのうちに懐かしい顔も現れ、思い出にひたりながら「長い時間が経ったのだな」としみじみ感じました。いつの間にかボーカルの入らない静かなジャズやクラシックのピアノに好みが転じた私には、今聞いてみるとサビの部分は少々世界が明るすぎて眩しすぎて、あの頃の若さのようにはしゃいで力強く、青空の向こうに希望が通じているばかりの清々しい広がり方です。でも、聞いているうちにメロディに合わせて体を揺らしていました。好きだったよなあ、と自然に笑みが浮かんできます。たまには、自分の10代後半から20代の頃好きだったCDを聞いてみるのもいいものです。忘れていた女の子パワーが漲ってきます。


※女性には極端ですが「おばあさんの日」と「女の子の日」が一定のサイクルで訪れるような気がします。おばあさんのように来し方にゆとりを持って微笑むような、日だまりのような静かな日。そして、少女のような夢と希望にあふれて、何でも挑戦したくなる好奇心にあふれた、心でスキップしたくなるような勇敢な日。若い頃の好きだった音楽を聞くと一瞬で今日が「女の子の日」になるような気がします。
※旦那様と若い頃好きだった音楽を交換して聞いてみてはいかが?
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# by zuzumiya | 2010-04-13 13:49 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

本屋さんで「美術館ごっこ」をしませんか

お金をかけない休日の過ごし方に「大きな本屋さんへ行く」というのがあります。私はバスに乗って行きますが、このバスというのもポイントです。ちょっとした遠足気分を味わえるのです。晴れた日にぶおおん、ぶおおんと巨体を振るわせ、おばあさん達の会話に微笑みながらのんびりと行くバスの心地よさ。本屋さんに着いてからは、すぐにアート関係の書籍のところに行きます。そしてここで腰が痛くなってギブアップするまで、片っ端から立ち読みをして過ごします。写真集に画集、イラスト集、デザイン集、ビジュアルブック…。気に入ったものはすぐさま携帯にメモして、後でもう一度図書館で借りてじっくり見ます。情報収集が本来の目的なのですが、3時間もいてページを捲っていれば、まるで美術館にでもいたような気分になって、お気に入りも見つかります。本屋さんに併設されたラウンジで珈琲を飲んで休憩するときは、「いい一日だったなあ」と満足しています。
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# by zuzumiya | 2010-04-12 12:20 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

「写真デート」に出かけませんか

写真は見るのも撮るのも好きです。活字の気分ではない時、日常で何か気分転換したい時、手に取るのは写真集だったりします。好きな写真の傾向は実にはっきりしていて、写真家が自分の家族や恋人を撮った写真が何より好きです。被写体である家族や恋人のまなざしや仕草がとても自然で温かくて、カメラという機械を通してでも両者のさりげない幸せな関係が伝わってきます。どんな時も互いが愛しい人を見つめる目をしている。本当はカメラなど放って、すぐさま抱きしめたくなる何か温かいものが仕草から立ち上っている。そういう瞬間が切り取られていて、ページを捲るこちらがいつしか写真家の目になり、全くの他人であるはずの家族や恋人を慈しんで見つめてしまうのです。出かけた折りに記念に写真を撮るのではなくて、たまには「家族や恋人の写真を撮るのが目的の日」があってもいいと思います。愛しい人のいい表情、いい仕草はあなたにしか撮れません。


※うちでは季節ごとに自然のなかで夫婦で写真を撮り合っています。「著者近影ごっこ」と名付けて楽しんでいますが、一種の「写真デート」です。お互い口に出しては言いませんが「いい写真があればお葬式に使ってもらおう」が本音でしょうか(笑)。
※撮ってきた写真をテレビにつないでスライドショーにすれば、家族みんなが見られて楽しいものです。合間に入る何気ない風景や植物のショットも趣を添えてくれます。
家族や恋人の「いちばんいい瞬間を」という気持ちは、不思議にきちんと写真に出るものです。
※<お薦めの写真集>
荒木経惟『荒木経惟写真全集3 陽子』
藤代冥砂『もう家へ帰ろう』
上田義彦『at Home』
植田正治『僕のアルバム』
吉場正和『あき』
中村泰介『妻を撮ること』
森友治『ダカフェ日記』
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# by zuzumiya | 2010-04-11 00:57 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

「親の巣立ち」「親の羽化」の発想を忘れないでいましょう

人の成長に関する言葉に「巣立つ」や「殻を破る」というのがあります。先日、長男が自立して家を出て行った後、どうしたことか物寂しくなって、力が抜けていくのがわかりました。もう一人下に娘がいるので「空の巣症候群」というわけではないのですが、やがては「空の巣」になることがわかって、しみじみとしてしまったのではないかと思います。考えてみるに、子供が巣立つ時というのは同時に親の巣立つ時でもあるのです。役割が終わった古巣に座っている必要はありません。あるいはまた、子供を育てているというのはある種の蛹の状態で、子供が自立したら、そこから殻を破って本来の自分の羽が初々しく伸びて空へ飛び立っていくということも考えられます。大事なのは親の巣立ち、親の羽化という発想を忘れないことでしょう。その目標を持って子育てに心身ともに忙殺され尽くさないことです。その時が来て飛び立つ意欲と場所をしっかりと持っていたいものです。

※夢は年齢と共に変わっていくものです。「社会的に認められ成功する」といった狭義なものからより生き方の根本に結びついてきて「どう生きたいか」というような広義なものへと変わっていくのです。夢の解釈が広くなればなるほど、選択の余地も広くなるという意味で、だから年齢が高くなるにつれて「楽になる」「自由になる」発言が聞こえてくるのです。人生の高い経験値をもってしていろんなことに挑戦できる楽しい意味なのです。どんなに子育てで時間を食ったとしても、だから大丈夫なのです。
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# by zuzumiya | 2010-04-09 17:42 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

ユーモアの風が舞い込んだ日

エレベーターで1階に着いて外へ出たら、雨が降っていてびっくり。傘を取りに戻りましたが、もう電車には間に合いません。公園をとぼとぼ歩いていると、ウォーキング中の老人二人連れに出会いました。「わしらはもう人間が乾いとるから、これくらいの湿り気がないとあかん」そう言って笑っていました。横断歩道の向かい側に不思議な恰好の人が立っています。背負ったリュックから紅い花のついた枝が2本高く突き出ています。あれこそボケの花じゃないか、と思ったとたん、吹き出しそうになりました。「ああ、この世はやっぱり捨てる神あれば拾う神ありだな」と実感しました。落ち込んだ気分をふっと逸らしたり、目を外に向けさせたりして、気持ちの立て直しに力を貸してくれる小さなきっかけがたくさん散らばっているのです。心に隙間風といわずに、隙間はいつでもあけておきましょう。誰かが起こしたユーモアの風がふわりと舞い込むこともあるのです。


※外国映画の特にアクションものなどを見ていると、どんな窮地に追い込まれても必ずジョークが飛び出して、見ているこちらをクスッと笑わせてくれます。決して不謹慎ではなく、一瞬で場を和まし、一致団結させ、希望へ向かう活力になっています。「ピンチの時こそ笑いを」の精神、見習いたいものです。
※物でもお金でもなく、今すぐにでも、そしていつだって、人にプレゼントできるものといったら、笑いしかありません。誰かを笑顔にさせてあげましょう。
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# by zuzumiya | 2010-04-08 11:13 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

心地よい眠りのための「入眠音楽」を持っていますか

今や日本人の5人に1人は不眠症だといいます。原因は精神的なものから、隠れた肉体の疾患によるものなど色々あるのでしょうが、薬に頼る前にまずは生活を見直してみましょう。寝る前にカフェインやお酒などの刺激物を多くとらない、脳に刺激を与えるパソコンやメールはやめる、など注意点が挙げられます。加えて、私は「自分なりの入眠儀式を持つこと」をお薦めします。好みのアロマを焚いたり(効用もありますが好みでいいと思います)、照明を落として静かな音楽を流したりして、この匂いとこの音楽が流れてきたら、もう眠る時間なんだと脳に条件反射的にわからせるのです。音楽はずっとブライアン・イーノのアンビエントのシリーズを好んで流しています。中でもお気に入りは『The Plateaux Of Mirror』のアルバムで、ピアノの音や余韻が素晴らしく美しいです。アルバム全部を聞いてしまう前にだいたい途中で眠ってしまいます。

※季節によって、入眠用の音楽を「川のせせらぎ」や「海の音」「虫の声」のCDにするのもいいのでしょう。
※イーノの実弟であり、一緒にアルバムも作っているロジャー・イーノは精神障害者のための音楽療法士でもありました。サティを敬愛している彼のアルバムも素晴らしいので特別に紹介させていただきます。『ビトウィーン・タイド』がお薦めです。
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# by zuzumiya | 2010-04-05 18:38 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

「いつか」で始まる曖昧な約束はやめましょう

去年、知り合いになった女性とメールを交換していたときのこと。私が「今度またいつか会いましょう」と書いて送ったら、彼女から返信が来て「ごめんなさい。私は友人と会おうとする時に『いつか』という言葉は使わないのです。4月中には会えませんか?」と書かれていました。私は彼女の強い調子に少し驚きましたが、彼女と会って何時間も話をした時に感じた正直で誠実な性格を思い出して、すぐに納得しました。そして、自分は今まで何と「曖昧な約束」を繰り返してきたのかと反省しました。「いつか○○しましょう」は確かに使い勝手がいい言葉です。具体的な日にちを決めてしっかりと約束したわけではないので、忘れてしまっても罪ではありません。社交辞令にも使えます。でも、その社交辞令にも使える曖昧さだからこそ、実は相手に対して失礼なのです。「いつか」や「今度」を使うような「曖昧な約束」はできるだけしないこと、私も気をつけようと思います。
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# by zuzumiya | 2010-04-03 21:39 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

小引出しと付箋をつけたホワイトボード

向田邦子さんの影響で、私も引出しを愛用しています。食いしん坊の向田さんは「う」と書かれたレターケースに全国各地の旨いもの情報を集めていました。私は100円ショップで3段の小引き出しを買って、そこに「映画」「音楽」「本」と書いたシールを貼り、新聞や雑誌の切り抜きを入れています。レンタルショップや図書館で借りるときに、ここから切り抜きを持っていけば済みます。それ以外にもデスクの前にホワイトボードを貼っています。そこには大小の付箋がたくさん付いていて、書名や曲名が書いてあったり、俳句が一つだけ書いてあったりします。メモ用紙に書いてもどこかへ失くしてしまいがちですが、付箋にすればホワイトボードにすぐに貼っておけるので失くすことはありません。いつでも目についているので、「今度はこれを借りねば」とすぐに行動に移せます。読んだものは「今年の読書ノート」に書き写すようにすると記録としても残ってくれます。
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# by zuzumiya | 2010-04-01 13:27 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


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