暮らしのまなざし

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本と映画と怠け者

この週末はいっさい家を出ずに本と映画を見ていた。
お腹にくる風邪の次にまたしても喉風邪にやられている。声がガラガラで咳も少し出てきた。本はYaccoさんをようやく読み終わり、荻原魚雷さんの『本と怠け者』を今日一日で読んでしまった。早川義夫さんのエッセイに巡り会った時のようなすがすがしさがある。正直に誠実に戸惑う、悩む、分からなくなることのすがすがしさ、いつでも自分自身であろうとするすがすがしさ、とでも言おうか。本の中に自分のモヤモヤを助けてくれる何かがあると信じて、そういう本を作家の言葉を生き方を探さずにはいられない熱情に思わず微笑んでしまう。いわゆる“古本もの”は初めてだが、私の好きな作家さんの知らなかったエピソードや未読の随筆など、読んだことはないが興味を持った作家さん(神吉拓郎など)増えて、図書館にガンガン予約している。これからは井伏鱒二と尾崎一雄に行く。
映画は『シングストリート』が良かった。自分も80年代、ロックのミュージックビデオに憧れて日芸の放送学科に入ったことを懐かしく思い出した。

※荻原魚雷さんのブログ「文壇高円寺」もどうぞ。





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by zuzumiya | 2017-01-29 22:41 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(2)

お疲れ様、誰かさん

毎晩、帰宅して自分の部屋の雨戸を閉める時、家々の軒の間から坂下のアパートの二階の窓のひとつが煌々と輝いて見える。もちろん、住人は知らない。見たこともない。ただ、私の想像のなかでは年若い女の子の一人暮らしのような気がしている。そして、いつも心のうちで「ああ、あなたもまた帰ってきたのね。お疲れ様でした」とその見ず知らずの誰かに向かってやさしく労う言葉をかける。こういうのが、一日の終わりのこれから数時間を過ごす自分への温かな励みのようなものになっている。




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by zuzumiya | 2017-01-29 19:10 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

のんびりというささやかな贅沢

先日、読み終わった川本三郎さんの随筆『あのエッセイこの随筆』のあとがきで川本さんはこんなことを書いている。

<随筆はのんびりしていればいるほどいい。
政治や経済、社会的な大事件といったなまの現実からは少し遠去かる。天下国家を論じることはないし、流行を追うこともしない。大仰に自分を主張することもないし、たけだけしく他者を難じたりもしない。
「不易流行」という。コラムというものが「流行」を題材にするとすれば、随筆は「不易」を語る。変化する時代にあって相も変わらぬ日常の小さな出来事、事実を大事にする。
随筆は、いわば日なたぼっこや、散歩のようなものである。無為の時間のなかに心を遊ばせる。日々の暮しのなかに、日だまりのような時間を見つける。(中略)
「夏炉冬扇」という。「夏の炉と冬の扇」つまりは、あまり役に立たないもののこと。随筆のいいものは、たいていは「夏炉冬扇」の精神を持っている。現実社会のなかではあまり役に立たないものをひそかに大事にする。
あれはどこの古書展のポスターだったか、いつも古本と猫を組み合わせた写真が使われているものがある。のんびりとしていていい。あのポスターの良さは、随筆の良さと通じ合うものがある。>

なるほど、本文の中にも鶯亭金升(おうていきんしょう)という明治から昭和にかけて活躍したジャーナリストのことを“「ひまダネ」をよく書いた文人、粋人”とし、その随筆『明治のおもかげ』は「時間の流れがゆったりとして一気に読み終えてしまうのが本に対してもったいない」と書いて絶賛している。川本さんといえば散歩好きの永井荷風ファンだから、もともと随筆についてはそういう心根(「のんびりというささやかな贅沢がある」と書かれている)を持ち合わせていたんだろう。
実はこの川本さんと真逆のことを以前、松浦弥太郎さんから言われたことがある。あの頃の松浦さんは暮しの手帖の編集長になったばかりだったせいか「随筆は実用である」と言い切っていた。「ああ、そうか。私の文章は何の役にも立たないという意味か」とひどく落ち込んだ。『くちぶえサンドイッチ』が好きだったのに、その後、彼はどんどん書くものが啓蒙チックで実用書っぽく傾いていった。彼にそう言われても、自分では好きな随筆・エッセイというものが日々の暮らしの中で見つけられる些事で、今昔問わず、どちらかというとおっとり、ゆったりしているテイストのものばかりなのでどうにも仕方がなかった。でもそういう松浦さんだって、ライフワークバランスを大事に考え「日々の暮らしを丁寧に」と主張していたのに、著書『正直』のなかでは堂々と「日々とは仕事である」と真逆のことを言い出したりするので、ま、そうそう落ち込むこともなかったかと今では思える。今回、川本さんのこのあとがきを読んで、心強い味方を得たとうれしくなった。
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by zuzumiya | 2017-01-28 22:18 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

見守る気持ち

テレビを見ている時、読書をしている時、台所で立ち働いている時、パソコンに向かっている時、ふと、視線を感じて顔を上げると飼い猫のももと目が合う。ももは、私のいろんな時を座ってじっと見つめている。なぜだかはわからない。でも、人間でも誰かが誰かをじっと見つめている時というのは、何かしら気持ちがこもっているものだ。
私は思う。愛しいものだから、ただじっと、いつも、見つめていたい。そんな気持ちをももが私に持ってくれているんじゃないかと。私はそう願いながら、微笑んでももを見つめ返す。ももよ、いつも見守ってくれてありがとう。

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by zuzumiya | 2017-01-28 11:13 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

Eテレが攻めていく

教育テレビ(Eテレ)を見る率が高い。美術番組やら園芸番組、料理番組、ドキュメンタリー、ベニシアさんもそうだし、文芸紹介などの教養?番組。先日、たまたま番宣で目にした「趣味どきっ! 幸せになる暮らしの道具の使い方」のテキストの表紙の感じが松浦弥太郎さん時代の暮しの手帖社から出ていた「暮らしのヒント集」に似ていて、あれれ?と気を引いた。表紙の雰囲気もそうだが、テーマの方も「暮らしの道具の使い方」ときている。なんかテレビの番組が雑誌の真似事をしはじめた、と思った。で「そうか!」と感じるものがあったので見てみることにした。
そしたら番組の進行が、モデルで女優で自らも雑誌の編集をしている菊池亜希子ちゃんがなんと「ライフスタイルマガジンの編集部員」という設定で出てくるのである。まんま、である。内容も映像の撮り方もまるで「クウネル」や「アルネ」の世界である。
ふーん。雑誌で今まで受けた(受けている)ことを映像化するだけでそのまま番組になっちゃうんだ、これからはと思った。雑誌は近年ほんとに売れなくなってしまったらしいが、ならば同じテーマ、内容のものを媒体をこえて映像でやってしまえば新たな番組企画になるとテレビ側が気づいちゃったらしい。テレビが雑誌を追いかけて喰っていこうとしている。今のEテレの実力ならなんとか上手に出来てしまうようだ。「美の壺」なんて番組も考えてみれば実はすごく雑誌っぽいのである。
ならば「カーサブルータス」や「Pen」みたいな雑誌のお洒落なインテリア、お宅拝見的な番組も作って欲しい。乙女が喜ぶ雑貨屋さんとか、カフェでなく純喫茶を巡る東京のお店発見や街歩き番組、大人の男のための下町居酒屋巡りの番組とか、個人的には絵本紹介の番組があったらいいなと思う。雑誌の企画になりそうなものをテレビがどんどんやっちゃう。Eテレならやれちゃう気がする。




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by zuzumiya | 2017-01-22 22:45 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

冬のお楽しみ

土日のうち、明日が仕事という日曜くらいは何処にも出かけずにいたいものだ。
先日、感染性胃腸炎でダウンしてからは、夫が「週一日でいいので本気で運動してみませんか」などとメールを寄越したため、日曜の今日はそんなに急ぎでなくともよかったが図書館に行く用を拵えて、夫と二人で散歩に出ることにした。歩いたことがない道を選んで随分と遠回りをして、ようやく辿り着いた図書館で本の受け渡しをし、休憩のつもりで久しぶりに座席に座って雑誌を読んだ。図書館からは井伏鱒二や永井龍男の随筆、尾崎一雄の短編集に、いま新宿で仕事展をやっている日本のスタイリスト第一号、高橋靖子さんのエッセイを借りる。ヤッコさんの展覧会にはこの本を読んでから臨もうと思っている。散歩にも何かお楽しみがないとつまらない私は図書館近くのショボいスーパーで一個45円のどら焼きを二つ買って、夫とふたり住宅街をくねくね歩いて食べながら帰った。家に帰ってもまだ4時。夕飯の支度にはまだ少し早い。スキマの時間だ。台所の石油ストーブに火を点け、アルミホイルに包んださつま芋を二つ乗っける。そうしてからポットに湯を沸かし、珈琲をいれる。準備は整い、借りてきた本の頁をどれどれと捲る。これがほんとに冬の楽しみ。ストーブの上の煮込み料理、あるいは焼き芋と、読書。本の頁の白にじんわり黄味が差してくる。電灯の光が強まったように感じて顔をあげると、出窓の外はもうすっかり薄墨色だ。

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by zuzumiya | 2017-01-22 17:35 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

働くゾンビ、食欲なくす。

離れて暮らす娘がパートナーと共にインフルエンザで倒れているとメールで知り、ミネストローネと鳥雑炊の手料理を届けたのが日曜日。張り切って料理を作ったから、夕食の焼き餃子も晩酌の焼き鳥もさほど食べれず、食欲がないのかと思ったが、夜間に胃がキリキリと痛み出して眠れない。明日は仕事だからと焦った気持ちで、しばしの間、うつらうつらで見る夢は保育の夢。先日、子どもを背負う時に痛めた腰の筋もここぞとばかりにカッカと痛みを増している。翌朝、いつもの時間に起き、支度をしたが食欲は全くなく、痛みを伴ってお腹も壊す。体も頭もフラフラで、これでは保育はできないと休みの連絡を入れた。少し寝てから近くのかかりつけ医へ。お腹に来る風邪とのこと。絶食を言い渡される。もちろん、食べたくもない。この働くゾンビの私が、である。水分だけをこまめに摂りながら寝ている。微熱が続き、腰と頭が痛んだ。午後、園に病院での報告をして、食事が摂れていないのでもう一日休ませてもらう。そして今朝、お腹の感じが軽く、いつものように正常に戻っている気がして飲むゼリー(夫が昨夜、重い思いをしてビタミンドリンクと一緒に買ってきてくれたもの)立て続けに二個頂く。
昼は白米のレトルトのお粥(これも夫が買ってきてくれた)に梅干しを入れたのと、娘に作ってやったミネストローネの残りを頂く。テレビで録画した中原中也を見る。窓の外にはいつものメジロのつがいとシジュウカラが来ている。喧嘩もせずに順番を守ってよく啄ばむ。先日足してやった餌団子がもう崩れて小さくなっている。階下に住む夫によるとひっきりなしに我が家に来ているというが、ほんとにその通りだ。窓際に寝そべる飼い猫のチビに対してもへっちゃらである。これほどの食欲なのだから、昨冬などどうしていたものかと思ってしまう。ヒヨドリは我が家のりんごが切れてからは来ないようだ。でも、うちのそばに広大なみかん畑(柚子や夏みかんなどもある)があり、毎朝その道を通ると食べ散らかしたクズがあちらこちらに落ちているので、食べ物には困っていないようだ。冷蔵庫に残り物の餃子と焼き鳥を見つけて目が欲しくなり、食べてしまう。が、今のところ腹痛はない。この目が欲しいというところが重要で、食欲のしるしである。午後、明日は行けると園に連絡を入れた。家族へ心配かけたお礼に家中の暖房に灯油を入れてやる。何度か階段を上り下がりしただけで疲れてしまう。時計を見るたびに明日の自分の働く動きが浮かんで、大丈夫だろうかと心配になる。うれしいことひとつ。飼い猫のももが私に元気が戻ったと思ったのか、オモチャを咥えてきて足元にポトンと落とした。ももにも心配をかけた。





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by zuzumiya | 2017-01-17 17:28 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

節分かざり

a0158124_22252527.jpgお正月の次はひな祭り、とお店ではそういう順番になっているようだが、みんな節分を忘れている。我が家の季節の玄関飾りはきちんと節分を取り入れていく。
外国人が浅草なんかでお土産に買って行きそうな手のひらサイズの鬼のお面とお多福のお面を購入。後は豆を入れてディスプレイする枡を買い忘れたのでスーパーで売ってるかなぁ? 今年は新年からタペストリーとして、竹久夢二の紅白のつなぎ団子の柄の小風呂敷を飾ったが、おめでたい感じがすこぶるいいのでそのまま節分も外さずにいく。今年は庭に鳥たちが来ているので「鬼は外!」と盛大に豆を撒いてしまいそう。節分を終えたら立春。そしたら、タペストリーの柄も春物にかえ、ひな人形の出番だ。


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by zuzumiya | 2017-01-15 08:24 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

灯油代金、なんでこんなに違うんだろう

寒くて灯油の減りがハンパない。毎週末、赤い灯油タンクを1缶(18ℓ入り)車のトランクに入れて買い物に出る。行先は近場のガソリンスタンドだが、これがおかしなことにスタンドによって値段が大いに違うのである。今、車で玄関先に灯油を売りにくる場合の値段は18ℓで1580円である。ガソリンスタンドでは普通、配達の手間賃がないからこれより安いはずだ。ところが、うちの近くのコスモ石油のスタンドでは、なんと1620円とデカデカと電光掲示板に出ている。「こりゃ、高い!」と別のスタンドを探すと、大きな街道沿いのエネオスでは1512円。しかし、その反対側のエッソでは1368円。「それならもっと安いところがあるかも」と欲を出して車を走らせると、あったあった!さきほどのエッソの近く、二つの街道の交わる角に同じくエッソの看板があって、灯油の値段はなんと1332円であった。今まで見て回ったガソリンスタンドで最も安い。昨年暮れのジョイフル本田の980円は驚異的な安さだったが(現在は1278円)、ガソリンスタンドでは最安値である。しかし、スタンドの距離的にはそう変わらないのに、なんでこうも値段の幅が生じるのだろうか。このからくりを知っている人がいたら教えて欲しい。
夫はあまりの安さに興奮して手が震え、1000円札を機械にうまく入れられず、機械の音声がそのたびに「お金を、お金を、お金を、入れてください」と繰り返し、「安いからって、がっつくな」と機械を叱っていたので笑ってしまった。後で「“お金”、“お金”って卑しいだろ? ふつう、“料金”だよな」と言うので、その通りだとまた笑ってしまった。
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by zuzumiya | 2017-01-14 23:26 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(0)

階下のクシャミ

さすがに寒中だ。日本列島全体を非常に強い寒波が覆っているという。日本海側はもちろん、名古屋など近畿地方でも雪が降っているらしい。東京も朝方は晴れていたが午後になってどんよりと曇ってきてしまった。日差しがないだけで寒さがずいぶん違う。
昨日から少し喉が痛んでいる。保育士の職業病か喉からまずやられる。離れて住む娘からはインフルエンザのB型になってしまったとメールが来た。午前中に駅前の眼科と図書館から帰ってきてからは電気毛布を仕込んだベッドに横になり、ファンヒーターをがんがんつけて静かなピアノ曲を流しながら、休日のお楽しみの本を読んでいる。川本三郎の『あのエッセイこの随筆』が面白い。永井荷風が焚き火を好んだとか、大佛次郎が生涯に猫を500匹飼ったというのを見つけてニンマリする。さっき立て続けにクシャミが5回も出た。どうやら本格的に風邪を引き込んだようだ。そのあと面白いことにしばらくたって、今度は階下の夫の部屋の隅からやっぱりクシャミが立て続けに3回、くぐもった音で聞こえてきた。窓の外は曇り空。ガラスの下半分の結露が朝からまだ乾かずにある。洗濯物が揺れているから外は風も吹いてますます寒そうだ。久しぶりの冬の曇天の薄暗さのなかにいて、階下の家人のクシャミの、そのくぐもった音に妙に冬らしい人の温みをのどかに感じている。

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by zuzumiya | 2017-01-14 13:34 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?
by zuzumiya
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