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ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


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猫から学ぶ。

いつもじゃれてはケンカばかりしてる二匹の猫が、毎朝、猫タワーのてっぺんに並んで両足を揃えてきちんと座り、木立の向こうから朝日が昇って来るのを微動だにせず静かに見つめている姿は、映画『シティ・オブ・エンジェル』の海辺に集まって太陽の調べを聴く天使たちのようで、なんだか神聖で崇高なものを感じる。猫って、こういうことするからすごい。
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by zuzumiya | 2016-12-29 07:08 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

小さな宇宙をまもれ

雲ひとつない澄み切った晴天。紙パックの野菜ジュースのストローを噛みながら、BLUES EXPLOSION!を朝っぱらから聞いている。ベランダの手すりと屋根瓦がまばゆい光を放っている。ヒヨドリが悲鳴のような声で鳴いて飛んで行った。
世間はクリスマスイヴ、だってさ。

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by zuzumiya | 2016-12-24 10:01 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

エレカシの宮本さんがテレビドラマに出るという。それも主役だ。しかもクリスマスの深夜。このニュースにほんとうにびっくりした。だって、音楽活動に専念することを理由にテレビの活動を控えていた時期があったから。でも、ファンとしては実は素直にうれしい。昔出演していたドラマ「フレンズ」をこっそりYouTubeで見ては、にんまりする女性ファンも多かったのではないか。ステージで歌う宮本さんは神がかっていてほんとうに手の届かないロックスター、雲の上の人だけど、演じている姿はそういう役どころなんだろうが、ごく普通の、生活感漂う人という感じがして、セリフを喋る宮本さんはまるで目の前にいる友人のようで不思議な親近感に包まれる。それはMVでもインタビューでさえも漂ってこないある種の“素のような空気”を孕んでいて、バカみたいだけど「こんなふうに喋って、こんなふうに歩いて、こんなふうに台所に立って、街の片隅でこんなふうに暮らしてるのかな」なんて、細かな仕草に乙女心が大いに刺激され錯覚してしまう。もちろん「扉の向こう」のような映像作品も見ているんだけど、あれはあくまでロックスターの音楽を作る上でのドキュメンタリーだから、纏ってる空気がまたちょっと違う。なんにせよ、50になっても怖じずにいろんなことに挑戦する姿をファンに見せつけてくれてありがたいし、励まされる。私の中の石のような諦念にも少しはヒビが入ってくれるかな。


※「俺のセンセイ」12月25日 25時~ フジテレビ


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by zuzumiya | 2016-12-17 11:39 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

たったひとりで、

音楽もかけ忘れた静かな部屋で、

ひたすら夕飯のポテトサラダの蒸したじゃがいもを、

木べらで細かくつぶしている。

なめらかになるように、

マヨネーズとよく混ざるように、

まんべんなくまんべんなく、

ひたすらつぶしてならしてる。

まだ誰も帰ってくるなよ、

ピンポン鳴るなよ、

ほら、はやくはやく、

あとこの一品でぜんぶ仕上がるんだから、

絶対間に合えよ、

帰ってくるなよ、

ドア開けるなよ、

味をなじませろ、

おいしくなれ、

ほらそこ、もっとつぶせ、

ボウルを押さえろ、しっかりと。

そんなとき、はっと気づく。

愛ってものが実はこんなものだったかと。

いきなり天から降ってきて、

またしてもこんな場面で、唐突に、わかってしまうなんて。

可笑しくなってくる。

家族のために、

おいしいと言ってもらうために、

いや、ただ笑ってもらうために、

「食べなよ、もっと」と言わなくてもがっついているのを、

そばで見ているそのために、

いや、そんな理由はいま考えてるからにすぎなくて、

ただもうひたすらに、ただただ夢中で、

おいしくなるように、間に合うようにで。

こんなことに、

こんなふうに、

こんなにも懸命になってるそのことが、

あの大それた、謎めいた、哲学めいた、愛だなんて。

もしかしたら、私はもうすぐ死ぬのか?なんて、

ふと手を止めて思ったりする。

神様や過去の名だたる賢人たちには申し訳なさすぎて、大きな声では言えません。

だって、ポテトサラダですよ。

あんまりにもカッコつかなくて、

ギャップがありすぎて、

それでも、愛ってそういういうもんですよね。

可笑しくてしょうがない夜。



※これもまた過去のブログの「家族の時間」のシリーズから見つけてきたもの。最近は自分が書いた過去の文章を読み返したくなっている。年だな。たしか「深夜の茹で玉子」とかいうタイトルで祖母の話を書いた記憶があるのだが、バックアップのディスクに見当たらず、もう一度書いてみようかと思っている。




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by zuzumiya | 2016-12-14 21:44 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

冬の音

夜、寝床に横になり本を読んでいると、はるか上空を飛行機が一機、静かに飛んで行く音がする。天井を透かして星空と機体の小さな赤い光が明滅するのさえ見えそうだ。
風呂場でひとり湯船に浸かっていると換気口から街道を行く車の音がゴーッと響いてくる。温まった魂が頭のてっぺんから湯気と共に換気口を抜けて音に何処かへ連れ去られてしまいそうだ。冬の冷たい空気と暗闇をかき分けて音が澄んで進んでいくのがわかると、まるで宇宙空間にひとり浮かんでいるような、孤独であることがひどく心地よい。
冬の寒夜は特別な音響装置。

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by zuzumiya | 2016-12-12 21:44 | 日々のいろいろ | Trackback(1) | Comments(0)