暮らしのまなざし

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よくわからないんだけど、なんか違う、という気だけはする。

そして自分はやっぱり、保育士には向いていないと思える。
私だけ見ている方角が違うような、ズレてるような気がしてしまう。
「していいこと悪いことはきっぱり伝えていくこと」はもちろん大事である。それはわかる、なるほどそうだろう。児童票を見ると0歳児の頃からずーっとそのスタンスで毎日毎回、繰り返し注意され続けてきた衝動的で粗暴な子がいる。先生方は毎日叱って毎日注意ばかりしてきた。それこそ、“毎分”のノリである。
でも、変わらない。ずーっと変わらずにきた。なぜだろう。
園でのその子に対する先輩たちの保育を見てきたが、どうやら、「していいこと悪いことをきっぱり伝えていく」だけのことを毎日毎回くりかえしやってその場を“教育的に”済ませてきただけなんじゃないかと思う。言うべきことは言うのスタンスは先生としては結構だが、フォローというか、どうしてその子がそこまで繰り返すのか、同じ方法ばかりでのれんに腕押しでどうも何か違うんじゃないかとか、母親との関係や情緒面や行動の背景についてもっと考察すべきところがあるんじゃないかとか、違う方法論はやってみたのか、担任どうしがその子のためにいかにタッグを組んで協力できるか、とか考えるべきことは他にたくさんあったと思うのだ。叱って注意して「わかった?」「わかった」の繰り返しで、そこでいったん事は終了してしまい「やるべきことはやった」気になって、でも、また同じことを繰り返されて「伝わらない、話が入らない」と言うのはやっぱりオカシイ。話が入るように説明できなきゃいけないし、そもそも情緒の面で受け入れられない何かがあるからこそ話が入らないのだろう。見ていると確かに叱りっぱなしとも違うんだが、あきらかに叱る率が高い上に、それに勝る濃さでその子と向き合えていない気がする。わざわざ叱られる方法を選んでまでも大人の注目が欲しい愛着障害っぽい子だとわかっているくせに、遊びでは“見守る保育”が邪魔をして、その子が求める大人とのつながりができていない。ぼんやりとそんな気がしている。この“見守る保育”というのが曲者で、この保育について正確に「こういうこと」ときちんと説明するのは非常に難しいように思う。言葉が一人歩きをしていそうだ。かかわる保育士の個人レベルで解釈が違い、曲解や誤解に満ちていると思う。必要以上に遊んでいる子どもに話しかけず、遊びを子ども自らの発想で子どもどうしのチカラで展開していくのをできるだけ大人は見守り、遊具・道具などの環境や空間を整える。あるいは、トラブル等の介入が必要な“ここぞの時”にこそじっくり子どもと向き合う。みたいなことを主任に説明されたように思うが、そんなのは子どもの持ってる愛情を求める器がそれぞれ違うから通用しないように思う。叱るとかこれが正しいと言うべきことを言うだけが先生じゃないのに、どうも世の中の“先生”という人種は教育的に考えすぎる。クラス全員をコントロール、大人の操縦可能な“支配下”に置くことを目指しがちで、それができている先生が“デキる先生”と賞賛されている。どうも1歳や2歳の乳児においてでさえそれが“いいこと”とされていて、なんか違うんじゃないかなぁとひとり思うのだ。うまく言えないが、大人の顔色を覗う子どもばかり生産しちゃっていいのかなぁと。羊の群れを柵にいかに短時間で入れ込むかをやってるんじゃないし。それに私が先生ともてはやされてこなかった異業種から来てるせいもあるし、子育てを終了して孫みたいなものだから「今、ここで言わなきゃダメなんだよ」と教育的に近視眼的に焦るというより、「そういう繰り返しでこの子のいい面がいずれ削られてしまうのはもったいないな」と鷹揚に思えるせいなのかもしれない。たぶん、保育士としては失格なんだろう。きっと誰ひとり、私の言わんとするこの思いをわかってくれないだろう。この国の子どもの個性は先生方が口先で「素晴らしいです」と褒めながらクラス運営上、面倒なもの、厄介なものとして平らかにならし、つぶしちゃってるんじゃないのだろうか。
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by zuzumiya | 2016-02-26 21:44 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(2)

なんか豊かになるはずが失われている。

この土日は久々にあんまり仕事をせずにのんびりした。家で読書と映画を3本見た。
たまにはいいかなぁと恋愛ものを見た。『ピース・オブ・ケイク』。綾野剛が気になって(笑)。
しかし、見ていてぜんぜんつまんなくて、困った。
ああいう若い頃の恋愛のすったもんだは、もうまるきし共感できない、懐かしくもない、もっというと覚えてない。
と同時に、もうこの先自分は恋愛なんてものはしないのかなぁと思った。ああいった誰かをすごくすごく好きになって、たまらん、抱きしめたい、どうしよう、今すぐ逢いたいなんていう、人に対して注がれる激烈な熱情。っていうか、人だけじゃなく何に対してもなんだけど、そんなふうに心震わす乱痴気騒ぎに巡り会えるのだろうかと思うのだ。何だかそんなこともうありそうもなくて、っていうか、そういう感情の一部がもう失われていることに、ああ、心ってやつも老化するんだったと今更ながら気がついた。ショックとは違うが、年をとるということをまたひとつわかった気がした。
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by zuzumiya | 2016-02-21 23:51 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

幸福はコツコツ自分で作り出せ!

某有名アイスクリームのCMで、お風呂の湯船のなかでアイスクリームを食べているのがあってびっくり!落ち込んだ私が自分へのご褒美として湯船でアイスクリームを食べたと以前、記事に書いていたのだ。しかもコメントへの返事に「CMとかドラマのワンシーンに使えると思う」とまで書いた記憶もあって。現役でプランナーやれてたらなぁ、採用だったのにとちょっと悔しかった。

インフルの予後があんまりよくなくて、喘息からの咳の出しすぎによる声枯れになってしまった。医者は「あんまり声は出すな」と言うが、保育士にはとうてい無理な話。ハスキーボイスで叱っている。それでも叱りが足らないとクラスのリーダーに嫌味を言われている。なんなんだ!もう少しで終わりだ、ゴールが見えてきたと毎日、思いながら仕事をしている。街道脇の祠にいるお地蔵さまにも「無事故、無傷」しか願わなくなった。産休代替の保育士が来ないために現場はキツキツでギスギスしている。人を見つけてくることが仕事なのだから、園長にはきちんと皆に謝ってもらいたい。

毎日、何かしら自分へのご褒美をあげて一日を終えている。
甘いお菓子だったり、映画やドラマだったり、面白いミステリー小説だったり、素敵な音楽だったり、いい匂いのする浴用剤だったり…。
幸福は自然に向こうからやってくるものじゃなく、自分でコツコツ作り出すものと実感している。
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by zuzumiya | 2016-02-12 22:51 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(0)

流れゆけ、ひたすら

岡村ちゃんの『幸福』の売れ行きが絶好調らしい。喜ばしいかぎりだ。
がしかし、岡村ちゃんの明るくハッピーな曲調も確かに毎日の生活に”一曲分”の弾みをもたらしてくれるんだが、私はあくまでエレカシファンなのだ。それが、久々に聞いたアルバム『RAINBOW』の「なからん」の暗さでよーくわかった。やっぱり、「なからん」のあのメロディ、そしてあの悲痛な叫び、あれはほんとうに胸にくる。まさに深く深く堕ちていく音楽、だ。私の毎日もなぜか「流れゆけ、ひたすら」「流れゆけ、時よ」なのである。ただひたすらに、前へ先へ、みんな過ぎ去ってしまえ、もう楽しい時など、心から笑える日々などなからんの気分。毎日のほとんどをそんな気持ちで過ごしている。この「なからん」を聞くと岡村ちゃんのアルバムがチープでパッパラパーの能天気に聞こえる(笑)。私の好みの男の振れ幅もマジに凄い。

4月になったら、胃カメラ・大腸カメラの検査に、遠近両用のメガネに慣れること、母との話し合いなど、長期休暇にしかできないことをやるつもりである。1ヶ月はプーをして、心身ともに休もうと思う。インフルになって「ああ、これで堂々と休める」と心底思えたほど、心は病んでいた。
これからの50代、どういうふうに生きていこうか。出会いを求めて、とにかく前へ先へ、だ。
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by zuzumiya | 2016-02-08 22:05 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

人ってわからないよなぁ…

インフルで休んでいるさなかの職員会議で今年度で辞める職員たちの発表があった。
あとで聞いたところによると、辞めると騒いでいた人の名前がそこに入っていなかった。
園長やリーダーたちの度重なる引き止め作戦にあって、何度も面談したのち、どうにも辞めれなくなったようだ。しかし、私たち新人同僚数人と飲み会をした時には、その人は辞めると宣言した私に向かって「んなこと言ってて、実際は辞めないんじゃないのぉ?」とか軽口叩いてたのだ。私が「○○さんこそ、もう1年やればいいんじゃない? 1年で辞めるっていうのはよっぽどのことだよ」と言ったら、「いや、時間のムダ!」とはっきり言い捨てたくせに、今日、昼休みに会ったら、「もう園長も○○さんも土下座せんばかりなんだもん、とても辞められないよ。でもね、これから人が辞めてからはきっとこの園もよくなると思う」「あと1年いるなら、ずーっといるつもり」だって。呆れてものが言えなかった。どの口が言う?だ。それに辞める私がいる前で、「人が辞めてからは良くなる」って、辞める人間がガンみたいじゃん。あまりにひどくないか?
お金でも積まれたのか。それとも、みんなに辞めないでと引き止められて、自分の優秀さにのぼせあがっているのだろうか。そもそも最初の面談(10月頃)に辞める気持ちがあったくせにきっぱり言い出しもしないで、「来年そうそう、言い出すつもり」なんて悠長なこと言ってて、そんなの園にしたら寝耳に水だから、そっちの方がひどいし、慌てて引き止めにかかるに決まってるのに。彼女流の巧みな交渉術だったのかと今になっては思う。口を開けば「こういうところがこの園のよくないところなんだよ」ともっともなことを人前で堂々と言ってたくせに。人を信じやすい私はほんとにショックだ。人がわからなくなる。
そういう二枚舌の人が保育の現場で先生ぶって保護者に物申しているのだから、なんだかなあ。そういう人とペアになってうまくクラス運営やって行かなきゃならないなんて、ほんと、ごめんだよ。
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by zuzumiya | 2016-02-02 00:36 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(0)

頑張ります!

インフルエンザから復活して、今日、出勤します。
休み中は角田光代さんの『坂の途中の家』を読んで、そこから派生して今は東野圭吾さんの『人魚の眠る家』を読んでいます。両方ともとても面白い。
仕事が始まるともう休みのようには読めなくなるので病気で身体は辛かったけど、精神的には充実もした。
また、今日から頑張ります。














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by zuzumiya | 2016-02-01 08:48 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?
by zuzumiya
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