暮らしのまなざし

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人生とは奇遇の連続である。

a0158124_9273691.jpg某古書店で早川義夫さんの『生きがいは愛しあうことだけ』の文庫本を見つけた。その中に2014年に亡くなられた音楽プロデューサー佐久間正英さんのことがたくさん書かれてあった。佐久間さんは葉山に住んでいたらしい。宮本さんが耳のことで鎌倉の海にいたというのはなんだかわかる気がする。とてもいい本なので、びっくりした。あんまり凄いので、心の中が浮ついて何も書けない。大事な時にびびって何も言えなくなる自分がちっぽけに思える。いや、こういう本を今この年で読んでいること、そういうアンテナを持てたこと、生きてきたことぜんぶ。ぜんぜん、ちっぽけじゃないのかも(笑)。これより前の『たましいの場所』も今日、届く。凄すぎる。どうしよう。
タイトルは佐久間さんのお言葉から。まさに!


これ絶対、読んだ方がいい。
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by zuzumiya | 2015-12-31 09:30 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

うれしいふゆごもり

以前にこのブログのお気に入りのコーナーで『たのしいふゆごもり』というタイトルの絵本を紹介したことがある。冬眠の準備をするくまの親子のお話なんだが、何が好きってこの「冬ごもり」という語感のもつ温みと安心!冬はやっぱり、暖かな部屋に「こもる」べきなのだ。子宮回帰の願望か、単になまくらな性分だからか。
私にとっての「冬ごもり」は読書につきる。「冬の本」の中で吉田篤弘さんが「すべての本は冬のためにある」と書いているが、すこぶる共感してしまった。

【本および書物と称される一切は、これすべて冬に属する。稀にひと夏の友となる白い帽子を被った少年のような一冊にめぐり合うこともあるが、夏のあいだにめくった頁は幻でしかなく、さて、読んだような読んでいないような、夏休みに知り合った少年の名がなんであったかどうしても思い出せないのと同じで、夏は常に淡い記憶の中にあって、冬の夜ふけの机上および安楽椅子の数時間に於いてようやく反芻されるものである。】
「すべての本は冬のためにある」吉田篤弘~「冬の本」より

このありがたい「冬の本」から仕入れた池田澄子の句集やら北川草子の歌集やらを新たにAmazonで頼んだ。不便なことに図書館も休みに入ってしまい、始まるのが仕事はじめの翌日だという。冬ごもりの間にじっくり読みたいと思って予約を頼んでも受け取るのが仕事はじめの翌日なら、もうほんとにどうしようもない。
野呂邦暢の随筆や上林暁、堀江敏幸の小説、早川義夫のエッセイ。これらの本の持つ趣はきっと仕事が始まってからのばたばたな日々では味わえないだろうと予想できる。買ってしまえばいいのだけれど、本ばかり増えるのもなぁ…。
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by zuzumiya | 2015-12-29 13:43 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

年末年始の準備

a0158124_16594191.jpg今日は年末年始に読む本を集めてきた。
「冬の本」「雪だるまの雪子ちゃん」「最果てアーケード」「家と庭と犬とねこ」「善き女の愛」「S先生の言葉」「東京百景」「ねことじいちゃん」(漫画)

季節に合わせた読書が好きで、今は冬が舞台の小説やエッセイを探して読んでいる。
だから冬の(あるいは冬っぽい)本の紹介本である「冬の本」は参考にしたい。私にとって冬の本は、今ぱっと思い浮かべると「絵かきの植田さん」「ぼくの小鳥ちゃん」かな。「つむじ風食堂の夜」って冬だったっけ?
その季節になると読みたくなる本って持っておくといいよね。

音楽はクリスマスが終わって、冬の暖かな部屋に合うJO MANGOのやさしい歌声が心地よい「MURMURATION」をかけっぱなし。
アロマは昼間はアフタヌーンティーの「ジャスミン&ライム」。夜はアロマブルームのオリジナルブレンドの「ナイト」か「ラブ」です。

映画も冬が舞台のを探して観ようかな。
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by zuzumiya | 2015-12-26 16:55 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

タイムトラベラーな一日

a0158124_21463050.jpg映画「アバウト・タイム~愛おしい時間について~」を見た。
タイムトラベルものは過去と現在を行ったり来たりするので時々、時間がわからなくなって苦手だったりするが、これは素敵なラブ・ストーリーだった。何が素敵って、エレカシじゃないけど「愛すべきは今日、この時」という着地の仕方がだ。
一日の終わりのベッドの中で、もう一度過去に戻れるなら、いい思い出のあの日じゃなく今日のこの日を一からやり直す。そうすれば忙しさで見落としていた美しいものが見えて、何気ない人の優しさに気づいて、今日という日がかけがいのない一日としてちゃんと輝いていることがわかる。その幸せ、その尊さに気づいて感謝したくなる。そうだよなぁ。
今日という日を未来から来た自分がもう一度あらためて味わいに来た過去だと思って生きたら、きっと大事に毎日を暮らしていけるんだ。いいお話だった。

タイムトラベルつながり(?)でエレカシの1998年の武道館のライブと岡村靖幸の2011年のライブ「エチケット」をたまたまアップルTVで見た。
私は過去は美しいものとは思ってないし、どんな過去にも戻りたくないと思っている方で、だから前に行くしかないっていうくらいの前向きなんだけど、そして31歳の宮本くんより49歳の今の彼の方がずっとずっと素敵だと思っている。岡村ちゃんとは同い年で、20代の頃eZを見て、ライブに行き、まさに原曲を聞いていたが、アレンジが素晴らしくてやはり彼は間違いなく天才だと思った。50近くにもなって“くまのキャラクター”はないだろうとか「セイシュン」を歌うのはキビシイと思ったが、彼特有の茶目っ気や母性本能をくすぐるような愛らしさには思わず頬がゆるむ。エッチな歌をどれだけ歌ってもなぜか可愛くて、50の彼の中身はものすごく真面目で純情で「レンアイ」に不器用でどうしようもなく臆する少年だって感じがする(すごい戦略?)。20代くらいの若いファンがごそっとついていてびっくりした。彼にはもっと正真正銘、オトナの恋愛の歌を歌ってほしいな。

明日はクリスマス・イブ。すべての人に幸せが感じられる日でありますように。
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by zuzumiya | 2015-12-23 21:46 | わたしのお気に入り | Trackback(1) | Comments(0)

神様のあたたかい企み

冬になるとよく片方だけ落ちている手袋に出会う。
先日も朝の通勤途中の歩道の金網に手袋が片方押し込められていた。
茶色い毛糸とツイードの上品な手袋。持ち主はどんな人だろう。でも、その形がおかしかった。まるで女の人が「待って」と言わんばかりに手指を広げた感じで道に突き出ていて、時間が止まって見えた。持ち主を「待って」なのか。それとも手袋の相方を「待って」なのか。ふと、手というのはなぜ二本あるのだろうと思った。たぶんそれは両手で物や道具を扱ったり、片手ではできないあらゆる動作をするためなんだろう。でも、きっとそれだけじゃない。手は道に突き出たあの手袋のように、誰かを「待って」いる。繋ぐことでつながる誰かを、そうすることではじめて満たされる安心を。保育園の子どもたちが友だちとうまく手をつなげた瞬間のうれしそうな笑顔を思い出した。そう考えたら、自分の手の片方は誰とでも繋がることができるんだと思った。誰かとつながるための手を持って生まれてきた。なんだか目の前がぱぁっと開けていくような気持ちになった。
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by zuzumiya | 2015-12-23 09:30 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

仮初の夢でもないよりはまし

こんなことを書くと後出しジャンケンのようだと思われるだろう。
でも、ほんとうのことなんだ。
小学生の頃、スーパーカーブームがあって、クラスの男子は車のカードを集めていた。私はその頃からランボルギーニなんかよりポルシェが好きだった。
それからやっぱり小学生の頃、よく行く駄菓子屋ではいつでも麩菓子を買っていた。風邪を引いて祖母に「何が食べたい?」と訊かれて答えたのも麩菓子だった。今でも時々、スーパーで買ってくるほどの好物だ。そして、なんとその麩菓子もポルシェも私の想い人が大好きなのである。先日なんて、自転車でポルシェとすれ違っただけで「あ、ポルシェだ」とハンドルがフラついてしまい、あやうく事故になりそうだった(笑)。
なんていうか、私はこんな自分を実に愛らしいと思っている。くすくす笑えるほどに。
去っていくポルシェの後ろ姿に「ああ、あの車に彼が乗っていたらなぁ」と思いながら、運転席の彼の横顔を頭でありありと想像しては、恋心をきゅんと切なく絞り上げている。
世の中で多くの彼のファンが同じ思いで「あ、ポルシェだ」「あ、麩菓子だ」とやっているのだとしたら、ほんとうに可愛すぎて、そんな想像だけでも心が温まらないか。
でもね、こんな些細な一致ですら、運命のように勝手に拠り所にして、毎日のハリとして生きているのだとしたら、どうだろう、愛らしいを越えて、健気だ(笑)。
たしかに乙女おばさんの私だが、恋に恋しているこの心のぬくもりというのも、実に人間らしく、ありがたいものと大事に思ったりする。
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by zuzumiya | 2015-12-19 20:48 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

「愛すべき今日」をありがとう!

今朝、洗濯物を干しながら、朝日の中でエレカシのCDを聞いていた。
今になって「愛すべき今日」という歌の愛らしさに気がついた。
宮本浩次は49で私が50。
ロックスターと名も無き一ファンの関係に過ぎないけれど、そして人生だって天と地ほどの差、違いがあるけれど、同世代感というか、人生は違っても中年の心情は分かり合える気がして、今までなんとか生きてきたよな、互いにいろいろあったよなという万感の思いが駆け抜けて、ふと笑みがもれた。
「ぶざまな日々にキッスを」とか「笑うなかれ そして時が過ぎて行くまま同じ場所ただひとり…」とか「涙こぼれろ、俺の日をたどるよ ただそれが当たり前の今日でも」なんかの歌詞から思わず笑みがこぼれて、言葉のひとつひとつに胸にくる愛しさがある。
若い娘が中年になってもカッコいい宮本浩次を見て、素敵とはしゃぐ気持ちもよくわかる。
でも、サラリと歌われた歌詞の深さを、選び取ったその言葉を、ほんとに人生を振り返りながら、こんなにも有り難く噛み締めることは彼女らにはまだできないだろう。同世代のヒーローが心に在って、いい時も悪い時も見つめながら、一緒に時代を生きてこられたその独特な絆はやっぱり、有難かったという言葉でしか語れない。生意気な顔をして写っていたファーストアルバムから夕日に照らされた最新作のレインボーまで、いろいろあっただろうに、よくぞここまで歩いてきたと思う。あの、宮本浩次の髪にも白いものが目立ってきた(笑)。それでも、いまだ“輝ける明日”を彼は見ようとしている。
「どんなときも歩くのさ おお ベイビー 雨の日も風の日も」
この言葉、「俺たちの明日」の時のように、有り難く受け取ったよ。
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by zuzumiya | 2015-12-16 10:41 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(3)

ひとりで立ち上がれ

ああ、今日も頭にくることだらけ。ムカつくことだらけ。なんでこんなに虐げられなければならないんだろう。
同僚や夫でもいいから、誰かに思いっきり愚痴りたい気分。
でも、そうしない。
だって、私の心のほんとのほんとの痛手は誰にもわからないだろうから。
それをわかってもらうために延々と愚痴と不満を相手にぶつけるには可哀想な話だ。
女性はよく愚痴を聞いてもらうのが優しさだとか友情だとか愛情だとかと勘違いしやすい。
でもそれはほんとうはエゴでしかない。
いや、エゴだとわかっていても、さらにそれでもそんな弱い自分を許して受け入れてほしいという依存的な気分になる時は、ある。でも、そこでそれを自分に許しちゃだめだ。
いちばん、いいのは馬鹿になること。右から左へ押しやって忘れることだ。
音楽でも映画でも、スイーツでもアロマでも、いい匂いの浴用剤のお風呂でも、なんでもいいから
どんな力でも借りて、たった一人で、立ち上がれ。もう一度。

大好きな映画「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」でも見てくる。


※「ブルー・ジャスミン」という映画の終わり方、自業自得というけれど、あれじゃ切ないな。
 本はクリスマスに向けて百田尚樹の「輝く夜」を読んでいる。
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by zuzumiya | 2015-12-14 23:17 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

エレカシ新春

エレカシの新春4日、チケット引換えてきました。席はまあまあ。
私、国際フォーラムって有明の方だとばかり思ってましたが、有楽町だったんですね。
当日は休みが取れず、三時半まで仕事してから行きます。でも、かわりに翌日は休みにしましたから、存分に楽しんでこようと思います。やはり、大人はホールがいいですね。声の響きもきっといいだろうし、座席があることの安心感が違います。新春だし、是非、アレンジ違いを期待したいです。


※先日、沢田研二さんの「時の時の過ぎゆくままに」聞きました。うれしかったです。

















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by zuzumiya | 2015-12-10 08:18 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

溝口肇さんのチェロ

a0158124_231623.jpgもうすぐ、ボーナス。実はすでにそれを見込んで自分へのクリスマスプレゼントが始まっている。一昨日は出窓に置くモザイクライトを買ってしまい、昨日はかねてから欲しかったチェリスト溝口肇さんのアルバム『FOR SLEEPLESS NIGHT 眠れない夜に聴く音楽』を買ってしまいました!ジャジャン!
私は断然インドア派で、休日でも平日でもアロマの香り漂う部屋で映画を見たり、音楽を聴いたり、読書したり、ブログを書いたり、くつろぐことがいちばん好き。だから日々、部屋で流す音楽はとても大事にしている。一日を通して、そして季節を選ばず、ピアノの曲はクラシックでもジャズでもうちではよくかけるのだけど、秋から冬にかけての夜といったら、同じ弦楽器でもなぜだか無性にチェロが聴きたくなる。チェロは単音がまるで煙のように尾を引いてたなびいていく感じで、時にそれが重すぎたり、暗すぎたり、よって切なすぎたりがあって、アルバム探しが難しいと思っていた。以前に江國香織さんの「東京タワー」の映画のサントラが溝口肇さんで、チェロとピアノのバランスがとても洗練されていて素敵だったので(溝口さんはピアノで作曲するらしい)、彼のアルバムをいつか買おうと思っていた。『眠れない夜に聴く音楽』というタイトルを見て即決したが、正解だった。

一日の終わりに、ゆったりとチェロの音に身をまかす。いいですよ。
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by zuzumiya | 2015-12-08 23:16 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?
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