暮らしのまなざし

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イーノ好きが聞くシガー・ロス

a0158124_0514243.jpg思うことあって、シガー・ロスをひっぱり出してきて真夜中聞いている。
シガー・ロスは以前、友人にイーノが好きと言ったらすすめられたのだが、『Takk』というアルバムしか持っていない。シガー・ロスはたとえて言うなら、舞う雪が光に照らされて神々しい感じに煌いて降り注ぐ、そういうイメージ。静寂から始まっても、途中から壮大になってぶわーっと世界が広がって宇宙に手が届いちゃう感じがある。あれがミニマルなイーノ好きには時々、大げさに感じてしまう。「なんで急に、そんなに美しくドラマチックになっちゃうの?静かなままでいいじゃん!」と思えてしまって…。イマイチ系統が違うのか、そんなにはまらなかった。
でも、冬の夜中にひとり聞いていると、身体が透けてくる感じ、浄化される感じで気持ちいい。
たぶん、キーンと冷え込んだ冬の星空を見上げながら、ヘッドフォンで聞くとすごくいいんだろうな。

で、浄化つながりでなんだが、映画は『パージ』を見ました。こんなことが起きたら、マジ恐ろしい。
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by zuzumiya | 2015-11-30 00:53 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

クリスマスのハッピーな気分をあなたに

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もう11月も明日で終わり。早いものです。街はクリスマス一色ですね。
ああ、クリスマス。新しい家で迎えるはじめてのクリスマスなんですが、子供たちも成人したし、引越しでクリスマスツリーは処分してきてしまいました。これからは“大人のクリスマス”の演出に磨きをかけていこうと思っています。そんなとき、私は音楽から考えます。クリスマス気分を盛り上げるために音楽は重要。12月に入ると、休日にはクリスマスっぽい曲を家のリビングでかけます。子供たちが小さかった頃はオルゴールものやら、王道のウィーン少年合唱団の歌うクリスマスソングをかけていたり、もう少し大きくなるとスウェーデンの女性歌手オッターの歌う『北欧のクリスマス』をかけたり、ジャズのエディ・ヒギンズのピアノバージョンの『クリスマスソングズ』をかけたりしました。さらには、クリスマスに限らず“冬を楽しもう”という趣旨に変わっていき、もっとオシャレに大人のスパイスをきかせてAOR界からマイケル・フランクスの『ウォッチング・ザ・スノー』をかけたりしていました。
そして、今回、また素晴らしいアルバムを見つけました!クリス・スタンドリング&キャスリン・ショアの『センド・ミー・サム・スノウ』、歌詞の中に「クリスマス」「サンタークロス」とか入ってきますが、いわゆる王道のクリスマスソングや賛美歌ではなくて、クリスマスホリデーのハッピーな気分がポップなジャズタッチで歌われています。私としてはマイケル・フランクスの女性バージョン、彼のアルバムに次ぐ良い買い物だったと思っています。


今日はこのアルバムを聞きながら、12月生まれの子のお誕生日カードを作ります~!
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by zuzumiya | 2015-11-29 11:54 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

来年はどうなっているのかな

今いる園は自分らしさがなんだか出せずにここまできてしまった。やはり、“保育観がちがう”ってことはあるんだなと思う。つっ立って能面のような顔をして“見守る保育”はもうしたくない。あれじゃ、まるで“見てるだけ保育”だ。
今年度いっぱいで辞めて、娘と一緒に母の店を手伝うはずだったが、娘と母が折り合いが悪く、その話もなくなりそうなので、来年度はまた自分で仕事を見つけることになりそう。保育士を続けるにしても、今の園みたいな流派が変わったところはやめて、普通の一斉保育のところに行きたい。普通に絵本や紙芝居が読めるとこ、手遊びができるとこ。転職サイトの転職理由の代表例に“園長と合わない”“人間関係が良くなかった”とかみんな平気で書いてるのは保育の世界は先生同士のペアになるわけだから、そういうことがあるってことだ。普通はそういうことはこちらのマインドの弱さをさらしてしまうようで、隠しておくものだが…。
うちの若いリーダーなんて、2歳児のこどもの癇癪に、突き飛ばして尻餅はつかせる、頭を壁や床にごつんとぶつけさせるわで、親が見たら相当怒るんじゃないかという虐待めいた叱り方をするので、それがどうにも納得できない。そんなことしているのに「こどものためにならない」とかもっともらしい保育論をぶちかますから、聞いて呆れる。親や上司の前でもああいう叱り方ができるのかよ。あれでも保育士か。3年くらいしかやってないくせに、態度はデカイし、自分の失敗は笑ってごまかすし。
よくあんな子をリーダーにしてるぜ。って、12人クーデターで辞めたから仕方がないのか(笑)。
馬耳東風。右から左へで、流して行こう。あんなくだらない子の言うことなんか。


私らしくあれ。私が生きてきたそのすべてで接せよ。伝えられるものは、結局それしかない。
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by zuzumiya | 2015-11-25 23:15 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

我が家の愛猫、通称チビです。

a0158124_052268.jpgももちゃんは以前に紹介しましたので、今度は今年7月にやってきたチビ(ほんとの名前はベルといいます)を紹介します。7月の段階で3ヶ月でしたが、もう今はももより大きいです。ももは洋猫(アビシニアン)のミックスらしく、食べてもあんまり太りませんが、チビは純粋な和猫で、食い意地もはってて、ももの分まで食べているので、すごいデブになってます。毎晩、私の布団の中に入って寝る甘えん坊です。ももはとても敏感で利口な猫ですが、チビはどうもそんなに頭がよくないようで、いまだに名前を呼んでもどこ吹く風で来ません。
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by zuzumiya | 2015-11-25 00:05 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

ああ、またしても休みが終わっていく

a0158124_20341191.jpga0158124_20343419.jpgとはいえ、これでも映画三昧であったのだ。だが、『FOUJITA』はあろうことか、私、うとうとしてしまって、何がなんだかわからず終わってしまった。せっかく立川まで行ったのに。一般の料金で見たのに。って、結局はつまらなかったということだろうか。あんなに映像がきれいなのに。

アップルTVで最近見た映画で良かったもの。
『ファイ 悪魔に育てられた少年』(韓国映画)当時15歳という若手俳優ヨ・ジングの眼力は若き日の宮本浩次っぽい。『きっと、星のせいじゃない。』こっちは『(500)日のサマー』のスタッフだっていうから見た。セリフにいいのがあったね。傷つけられる相手は選べるとか。
fuluでドラマの『フジコ』を見てます。たしか小説は読んだはず。真梨幸子さんだったよね。フジコ役の尾野真千子さん、いいですね。舌なめずりとか、上手い演出。毎日一話ずつ見ようっと。

本は映画『あん』の原作本が読み終わる。佐藤愛子さんの『晩鐘』に行く。
映画も本ももっと見たいのに、時間が…。
50になったから、何か始めたいが、何にしよう。近くにウクレレ教えてくれるところができた。どうしよう。
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by zuzumiya | 2015-11-24 20:23 | わたしのお気に入り | Trackback(1) | Comments(0)

あなたがいてもいなくても

俳優の阿藤快さんが亡くなった。出棺される風景をテレビで見た。地元の人、ファンの人が涙を流しながら手を合わせていた。
こういう風景を見るたびに、いつかは私の想い人も多くのファンにそうやって見送られる日が来るのだなと思う。私とひとつ違いだから、私の方が先に逝くかもしれないが、私より彼の方が懸命に生きて、駆け抜けるように生きたから、いつでも生きたがっていたから、世の中の不公平を背負って旅立つのはきっと先のような気がする。こうやって人の死を見ながら、淡々と“その時”の準備をしているのかと思った。
ときどき、死というもの、別れというものを考える。
私は彼に一度しか触れたことがない。単なるファンの握手だった。一度、視線を合わせて、一度、言葉を交わし、一度笑みを交わした。
もうきっと記憶にはないだろう。当たり前の話だ。
触れたとか言葉を交わしたとか、そんなものはどうでもいい。何もなかったと同じでいい。
私が彼を知っている。知っているのは私が知りうるかぎりのことを知っている。それでいい。これも当たり前の話だ。人は一生かけても自分すらわからず、つかみかねて死んでいく。すべてなどわかりっこない。どんなに近しくても他人のことなど、どれほどわかるだろう。私は、彼でなくたって人を、私の知りうる限りで知っている、それが真実だ。
私の知りうるかぎりの彼を私はこうして好きでいる。そうやって生きてきた。
人が死んで、なぜ人は泣くのだろう。もう会えない、話せない、笑いもできないし、けんかもできない、触れられない、一緒に歩く未来がない…。
“ないないづくし”が絶望を呼んで、寂しくて、悲しくて、悔しくて、泣くのだろうか。
そう考えたとき、私にとって彼は生きていても、もはや死んでいるのと変わらないと思った。
よく老親を施設に預けて「生きてさえいてくれたらいい」と願ったりする。あれも違うように思える。「どこかで生きている」「今日も生きているはず」、そんなのは実は死んでしまったことと大差ない。
うまくは言えないが、私は彼が死んでしまっても、今日、今の今をどこかで生きていようとも、同じだと思う。“あなたがいてもいなくても”という言葉の深さがよくわかる。
何も変わらない。だから、きっと、私はあのように泣くこともないのだろうなと思う。
ただ、私が知りうる限りの彼が残した思い出と教えてくれた世界の見方で私の寿命を全うして、私なりに生きていくのだろう。ポジティブな言い方をすれば、人は生死に関わらず、生きているのだ、ずっと誰かの心の中で。思えばきっと、共にある。


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by zuzumiya | 2015-11-23 11:29 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

詩人の書くエッセイって好きだな。

【橋の手すりに身をのり出して、川の流れを見ているのも好きだった。
遠くから光りながら近づいてくるものが、何かと思いながら待つ時間が好き。
それが目の下にくれば、わらくず、緒の切れた下駄などだったりするが、目の下を過ぎ、遠く離れてゆくほどに、また、“光るもの”に変わっていく。
私は、私の今日までの日々も、いまはすべて、“光るもの”になっていることを思いながら、ベンチから立ち上がった。】
高田敏子『娘におくる言葉』より「川の流れ」

【「最も美しいものは、あなたの面前にある。つまり、あなたが最もよく知っているものがそれである」、これはロダンの言葉ですが、身近なものは見過ごしやすい、それに向かい合う時間をかけることで、そのものが何か大切なことを伝えて来てくれるのでしょう。】
高田敏子『娘におくる言葉』より「思い方の遊び」



これらの文章が好きで、詩人、高田敏子の詩集を注文した。明日届く。楽しみである。










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by zuzumiya | 2015-11-22 21:21 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

4連休にしたが

微妙に仕事ありで、今日も週案を持ってわざわざ園に見せに行く。
締切が早まって(うちのクラスだけか?)リーダーの性根の悪さに頭にくるが、もともと連休に仕事をしないわけではなかったからと自分に言い聞かせて、なんとか気持ちを落ち着かせる。
夫婦仲が悪いと子どもに影響するが、クラスの担任の仲がしっくりいってないのも同じことになるだろう。
保育士の資格はあってもなり手がいないのは、ほんとうに大変だからだ。皆、逃げていく。
金をほんとうによくしないと。いや、でも、もしかしたら資格などというものはいらないのかもしれない(大胆発言)。だって、園によってすこぶる保育がちがうのに、資格なんてもの、必要あるだろうか。その人の保育観なんて結局はその園の園風に染まるか染まらないかだろう。じゃなきゃ、どこでつく?
園風に染まるよう資格のない人、新卒で経験のない人を選んで好きなように育てればいいんじゃないか。育てるって、園の保育の信者にさせるってこと(笑)。それがいちばんてっとりばやい。変に経験のある人間はそれだけ気づきも多いから、もう取らないことだ。なんて、書いてないで仕事する。


親族が争う激しい夢を見た。私はこの家を追い出されることになった。その後は職場で頭痛になった。
テレビの遺産争続の見過ぎか(笑)。ストレスが多い。エレカシの「RAINBOW」は絶望の歌らしいが、人の絶望がカタルシスなんて…。
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by zuzumiya | 2015-11-21 10:18 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

「なからん」ヘビロテ、中毒な私。

a0158124_78993.jpg「RAINBOW」も「TEKUMAKUMAYAKON」も面白いけれど、やはり私が聞いた当初から惚れ込んでいるのは「なからん」。最初の始まったとたんのベースがもう「きたな」っていう感じで、こういう退廃さが好きでたまらない。メロディがとにかく素晴らしい。歌詞も好き。アルバム最高の曲に推す。「なからん」の退廃さ、甘い悩ましさ、陰鬱な中の美。ずーんと堕ちていくベース、すべてを掻き乱すギター、つむじ風のように吹きすさぶストリングス。中年になって「なからん」と同じ心境になったこともあり、歌詞もしみじみとくる。
「流れゆけひたすら 流れゆけ時よ」がもうね、たまらない。目を閉じてひたすら堕ちていく感じ。
こういうの生み出せるから、もう無条件に宮本浩次に心底惚れちゃうんだ。
私、この曲を映画で見た時「メランコリア」と歌っているように聞えた。ま、そのくらい、どうしようもないくらい暗い重い曲であってもそれはそれでいいと思ってた。沼に深くあたたかく沈み込んでいくような、ちょっと死のイメージもかするような。で、出来上がったアルバムの曲はあの時と比べてストリングスの力が強く出て、“美しく、壮大に”仕上がってた。個人的には映画で受けたひたすら陰鬱なイメージの方が好きなんだけど、でも、それでも「なからん」の真髄は退廃だから、私はひたすらこの曲を愛しています。

宮本浩次って男は、マジに“風が吹いている”という言葉とそこにのせるメロディの合致のさせ方がほんとにいつも上手い。いいよね、この「なからん」の“風が吹いている”の感じも。あと、“彷徨う”の歌詞とメロディの、魂のよろめきかげんも(笑)。アルバムを買うたびに大好きな一曲がはっきりとわかる。受け取れるこの幸福。
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by zuzumiya | 2015-11-20 22:21 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

なんでそこに立つ?

自転車に乗っていて、踏切で止まる。
すると、歩行者が後ろからトコトコ歩いてきて、私の自転車の前に立つ。
「なんでそこに立つんだよッ」と思う。
「あんたが先に行こうとしても、自転車の私が抜かすに決まっているのに、なんでわざわざ前に立ちふさがるか」こんなことで腹が立つのは、私だけだろうか。
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by zuzumiya | 2015-11-18 23:27 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(0)

ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?
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