暮らしのまなざし

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写真家のドキュメンタリー

a0158124_14172759.jpg結構、ドキュメンタリーが好きでよく見ています。
しかも、アーティストのやつ。今朝も休みで早く起きて、2本ドキュメンタリー映画を見てました。
今日は両方とも写真家。以前、アニー・リーボヴィッツを見たけど、今度はビル・カニンガムとレスリー・キー。
ビルは82歳の現役カメラマン。NYの街角に立って50年以上も街を行く女性たちのストリートファッションを撮ってきた。NYタイムズにファッションコラムも持っている。ドン小西みたいな人物じゃなく、自身はパリの清掃員と同じ上着をきて(カメラで擦れるから衣服は何でもいいんだって)、食には無関心、カーネギーホールの上のネガがいっぱい詰まったキャビネットに囲まれた小さな部屋に住んでる(今は引っ越したのかな)。
a0158124_1418972.jpgレスリーの方はシンガポール出身のカメラマン。孤児院育ちで、自身の写真が1歳から12歳までなくて、母親が13歳の誕生日にカメラを買ってくれたのが写真との最初の出会い。妹の写真を撮ってあげたい、そこから彼の愛ある写真人生は始まったのかな。80年代の日本の文化(音楽や雑誌の広告写真など)に憧れてバイトしてお金をためて日本の専門学校に入るんだけど、異国の地でもバイトしながら写真の勉強しながら、ものすごく努力した人。二人とも根底に人間への愛があるというか、撮ることにただもう突き動かされてる感じ。情熱家。笑顔がすこぶるいい。
見終わって、すごく気持ちが晴れ晴れした。いい仕事したいな、なんて久しぶりに思った。

漫画は「アンダー・カレント」を読了。評判通りのいい漫画。これから娘とデートです。
映画のタイトルは「ビル・カニンガム&ニューヨーク」と「アート・ドキュメンタリーLOVE 写真家レスリー・キーの世界」です。興味がある方はどうぞ。
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by zuzumiya | 2015-10-25 12:24 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

まったくいろいろあるよなあ

誕生日の今日、母から突然のメール。
娘がマンションから追い出されるらしい。またケンカしたのだろうか。きっとまた娘の言い分が合っている。それともロクでもない年下の男と情けなくも寄りを戻して、あの部屋を乗っ取られるのか。それにしても母は頭が狂っている。ああいう人が自分の母親なのかと思うとげんなりする。死んでくれと何度思ったことだろう。人をモノのように、「いらなきゃ捨てる」ように扱うのはいいかげんにしてほしい。4人の子供がすでに犠牲になって人生を費やしたというのに、孫にまでそういう態度で出るとは、さすが鬼畜だ。すごいと思う。
金が彼女にいつでもデカイ態度を取らせているが、金しか拠り所がなく、人の心まで金でなんとかなると信じているあたり、浅はかな人だ。心がなければ金をいくらもらっても最後のところではなびかないものだ。ほんとの信頼を得たいがために金を振りまいてきたんだろうが、あの気性では無理だ。その繰り返しをやっていることにいつまでたっても気がつかない。金を振りまくことでさも「いい人になった」と勘違いして満足しているあたり、愚かしい。

娘には家族がついているということを伝えよう。25日に会って家族で外食をする。
そのときにゆっくり今後のことを話すつもりだ。こういう絆はあの人の思う金では絶対買えない。
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by zuzumiya | 2015-10-20 00:10 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

築50年のわたし…

自分が50歳になるなんて、としみじみ思う。
なんとなく“50代になったら読む本”的なものをはじめて読みたくなってきた。
だって、まだ50代をどう捉えて、どう生きていけばいいのかまったくわからない。
建物にたとえたら築50年のわたし。すごいことだ。
これからは自分を大切に生きなきゃな、ということだけはわかる。
もうね、部屋もね、好きなものしか置かないとか、自分を心地よくするものにお金を出し惜しみしないとかね、行きたいところには迷わず行くとかね、考えてないでどんどん実行すればいいんだろう。

今日、テレビでアスペルガーの少年が描く絵が素晴らしくて、画集が出たというのを見た。
少年が幼い頃、多動で、お母さんがなんとか落ち着かせたい一心で紙とペンを渡したら、ひたすらペンを走らせて、13歳で画集が出るほどの芸術家になってしまったという。母親のこの藁をもすがる思いというのはやっぱりすごい。
こういうの見ると、うちの園はダメだなと思う。多動児だとは見抜けても、この母親のようにはしてやれないと思う。描画ができる紙も与えてないし、絵本も紙芝居も見せない、楽器もない。大人がピアノやギターを弾いてみせる機会もない。園なりの考えがあってのことだが、発達においてそれはやってもしょうがない、とかその段階ではないとか言ってないで、子どもが何かに触れるチャンスは、あらゆる可能性を考えて広く与えておくべきじゃないだろうか。図書館勤務で0歳からブックファーストを広めていた身としては、園とは全く逆の考え方なので絵本については今でも納得いかないでいる。担当制がほんとにベストだとも思えない。やはり保育に対する考え方が自分にはそぐわないのかな、と思う。どちらにせよ、母や娘との約束があるので年度末までの勤務だが、一日一日を無事に過ごしていければいいと思っている。
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by zuzumiya | 2015-10-18 22:25 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

グッバイ・アンド・ハローを繰り返すのが人生

a0158124_14234533.jpg今日は有給で、お休みでした。
お休みでも早く起きてしまう私。朝起きてすぐにアップルTVで映画を一本見ました。
以前、このブログでも書いたジェフ・バックリィの伝記映画「グッバイ・アンド・ハロー~父からの贈りもの~」です。最後のシーン。窓からライブ帰りの父親のティムが入ってきて、赤ん坊だったジェフと目が合い、父と子がそっと笑い合う真夜中のひととき。泣けました。この時間が永遠に続けばいいのに、と。誰しもこの世には愛がなくては生まれてはこないんだな、生まれてこのかた、一度も愛されなかった、なんてことはないんだろうなあと思った瞬間でした。でも、こういうことがわかるようになるまで何十年もたったひとりで闘い、人生を費やしてしまうんだけど…。涙を拭いて、さあ、病院に行こうと自転車で出かけると、今日は木曜日でみんな休診。
仕方がないので、足を伸ばして立川まで行ってきました。メガネ屋さんへ行って、またしても度が進んでしまった手元用メガネのレンズを替えてもらい、フレームの蝶番の調子を直してもらいました。ゾフの大きなまん丸のメガネ、可愛かったな。私のはアラーキーや永井荷風的な小さな丸メガネなんですが、今年の秋は大きな丸メガネがトレンドなんでしょうか。秋っぽい赤系のフレーム、良かったな。今思うと買っとけばよかったかな。
ひさびさに洋服やら雑貨やら本やらを見てまわり、ジーンズと詩人の吉野弘さんのエッセイ集『くらしとことば』を買いました。漫画もビレヴァンで気になるものがあったんですが、なにせ中身が見れないし、このところ漫画ばかり買っているのでやめにしました。メガネがよくなったから読書もすすみます。ちょっと洒落た本屋さんに自分が好きで買った本が“おすすめ”として並んでいるとうれしくなりますね。そうだろ、そうだろ、と。
来年のお正月のエレカシの国際フォーラムでしたっけ、一応当選しました。毎年、お正月はかかさず行こうと決めています。
今日から始まる「オトナ女子」のドラマも楽しみ。夜は疲れて眠たくなってしまい、映画が見られないんです。一時間のドラマぐらいでちょうどいい気分転換になります。

来週は誕生日。50代はどんなことが起こるんだろう。
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by zuzumiya | 2015-10-15 18:32 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

縁のない場所ってあると思う

やってもやっても報われないというか、評価につながらないような場所は、
たぶんきっと、“縁”のない場所なんだと思う。
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by zuzumiya | 2015-10-13 21:15 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

秋の陽射しは

年とともに自分の生まれた季節の秋が好きになっている。福山雅治はラジオで秋という季節をどう形容したらいいかわからなそうだったが、言葉にするのはたしかに難しい。でも、私に言わせれば、陽射しがどの季節にもない静けさ、時を封じ込めてしまうような静けさを湛えていると思う。秋の陽射しが、特に午後三時位の陽射しにそう感じるのだけど、何の気なしに見ている風景が、もう二度と見ることのできない戻ることのできない風景であることを思わせるのだ。懐かしいような、心温まる感じで少し切ない。
今生きていてこうして風景を眺めているのに、どこかでゆらゆら魂が身体から抜き出てしまって、もはや過去の自分とその世界を眺めているかのような遠い儚い気持ちになる。写真でいえば、白黒のきっぱりと一線を引いた過去じゃなく、セピアな感じ。白黒には事実しか写ってないけど、セピアには思いの名残りのような、もっと含みがあるでしょう。秋の陽射しは、タイムスリップできるというか、見ている風景がすべてこれから過去になる、そういう儚さを含んで世界はあることを暗示させる魔法のような力がある。これから厳しい冬へむかうという定めが陽射しのなかにもあるのかな。

そんなことを感じながら、ぼーっと二階から外を眺めていました。




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by zuzumiya | 2015-10-12 22:43 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

わたしはほんとうは…

おーなり由子さんの『365日のスプーン』みたいなことを私なりのエッセイでこのブログで目指していました。
心に余裕。例えば、シャワーじゃなくてお風呂に浸かるようなそのくらいの余裕。






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by zuzumiya | 2015-10-09 00:53 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

年をとってみると

もうすぐ50である。
年をとったら人生経験が豊かだから大抵のことは許せて、若い頃よりずっと気長になって、いろいろあっても右から左へ流せて、心底怒るなんてことはなくなっていくんじゃないかと漠然と思っていた。
ところが、実際はそうではない。
むしろ、年を取ると怒りが抑えられなくなって、ずーんと深くなっていく気がする。あ、これが更年期なのかもしれないが、今までいろいろと心に蓋をして抑え込んで生きてきたので、よほど溜っているんだろうと思う。
ニュースで年寄りが事件を起こしたりするのを見て、「年甲斐もない」と思っていたが、今はなんとなくわかる気がするから自分でもコワイ。すべての老人が年を重ねて好々爺になるわけじゃなく、頑固ジジイ、偏屈ジジイといういう言葉もあるわけだから、そういう悪い方向へ転ぶことだってあるんだろう。なんなんだろうな、その違いは。
想像するに、その人が孤独かいなかということじゃないか。
うちの母も、私の娘によればもの凄く怒りやすくなったそうだ(娘は以前のマンションに一人で住んでいて、私の母と上下で暮らしている)。先日も私のメールが要件だけで、母の身体や仕事を気遣う言葉がなかったことに何故か腹を立て、「親子の縁を切る!」「顔も見たくない!」ところまで至ってしまった。凄いことだ。
で、よくよく考えて「ああ、寂しかったんだな」と思うわけである。

今日、私は旦那の前でブチ切れた。
持ってた書類でバンッと食卓を叩き、「ああもうイヤだ!」と大声で叫んだ。
旦那とケンカしたわけじゃない。仕事で理不尽な目にあい、腹が立って腹が立って、帰宅して関係ない夫に話をしているうちにどんどん怒りがこみ上げてきて抑えられなくなって、爆発してしまったのだ。
そして、落ち込んだ。
この怒りは夫にぶちまけるものではなく、仕事の相手に向けなければならなかったのに、向けられなかった。
私は相手に上手に不満が言えない人なのである。辛抱に辛抱を重ねて最終的には泣くか、キレるかしかない。しかも、仕事は見栄っ張りでつい頑張ってしまう。周りに認められたい人でもあるからだ。
そういう歪な自分が情けない、馬鹿みたいで、大キライだ。そうやって自分から自分自身が離れた瞬間、人は孤独になる。孤独感が怒りを増長させる。
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by zuzumiya | 2015-10-05 23:33 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(2)

見たい映画は

岸辺の旅、ですかね。
夫婦で見にいくか、一人がいいか、迷ってます。
いいですよ、たぶん。小説は読んだ気がしますが。

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by zuzumiya | 2015-10-03 12:36 | Trackback | Comments(0)

10月に入りました。全国の天秤座諸君、頑張ってるかい?

いやぁ、仕事ばっかしてますね。保育士も学校の先生みたいに事務仕事、書類書きの仕事がワンサカあってですね、もちろんすべて保育中にはできないので、時間外労働になります。事務所のパソコンなんて数台しかないわけで、マウスはないし、結局家に持ち帰るんですね。深夜2時ぐらいまでやって朝の5時起きで早番とか。児童票なんかは個人情報のあれで持ち出しできませんから、園に残らざるを得なくてですね、残るわけなんですが、最高で10時ぐらいまで残りましたねぇ。先日はなんか同僚がクラスでひとり夜遅くまで残って仕事してたら、居るのわからなくて閉め出されちゃって、警備のアルソックがかかっちゃって、動く人影に警報がバンバン鳴っちゃって、大変だったらしいです。いやぁ、みんなもよく頑張ってるなと。え?、もちろん、残業代なんてつかないつかない(笑)。身体使った保育の後の事務仕事ってツライですよ、ヘトヘトです。
児童票をやっつける月はもう、土曜日なんてほとんどフルで出勤でしたね。休日出勤でもタイムカードなんて押しませんよ、幽霊です。やっぱり疲れますよ、保育士正職はね。なり手がないわけです、はい。
でね、最近分かったんですよ。分かったっていうか、やっぱりそうかって感じで腑におちたんですけどね。土曜も日曜もこう毎日仕事ばっかしてると、人生は仕事なんだなっていうね、単純なことなんですけど。毎日に何かしらこう、意識していいこと作らないと、人生ってやっぱりいいことないんだなぁってね。何だ、そんなことかと皆さん思ってるでしょうが、いや、これ、深いですよ。昔ね、CMとか雑誌の宣伝文句に「自分へのご褒美」とかなんとか、よく言ってたじゃないですか。ああいうの見てて「世の中、こんなにも自分を認めて褒めてもらいたい人ばかりなんだ」とか呆れて思ってたんですけど、わかりますねぇ、今は(笑)。だって、こんなにも毎日つらい、面倒くさいことばっかりでね、そんなのが当たり前、当たり前ですよぉ、当たり前のように過ぎて行くんですから。そういうのが人生で。自分ひとりくらい自分で褒めてなんとかしなきゃ、ってことなんですよね。いやぁ、考えてみれば健気な広告だ(笑)。
今日も仕事持ち帰ってますが、峠は越えてますんで、のんびり映画や漫画見ながらぼちぼちやろうかなと思ってます。
話が変わりますが、この10月で50になります。いやぁ、来ましたねぇ、ついに。
友人は吹っ切れたと言ってますが、そうでしょうねぇ。年を感じて生きてます(笑)。
だって、あれですよ、最近は寝起きに寝癖があっても、出掛ける頃には自然に直ってるんですから! 髪の毛も腰がなくなったってことですかねぇ。いつの頃だったか、気がついたら「脇の毛が生えてこないぞ」と思いまして(笑)。鼻毛とか眉毛とかにも白髪って出てくるんだな、とかね。詩人の誰だったか、風呂で下の毛に白髪を見つけてげんなりしたっていうような詩書いてましたが。スイマセン、50のオバサンが話すとリアル過ぎてよくないですね。病に伏すことを考えて逆算すれば、そろそろこれからは余生と思ってもいいのかな、と思っちゃったりしてですね、ああ、今日も生きて行こうと。はい、休みを大事に、って休みが嬉しくて早く起きちゃうところは小学生の頃とぜんぜん変わってないんですけど(笑)。仕事しつつも、今日を楽しみます。



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by zuzumiya | 2015-10-03 07:42 | Trackback | Comments(0)

ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?
by zuzumiya
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