暮らしのまなざし

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行ってみたい展覧会

a0158124_17481791.jpg朝の日曜美術館で『種村季弘の眼 迷宮の美術家たち』という展覧会が板橋区立美術館でやっていることを知る。10月19日まで。10月に休みをとってあるので、行かねば、と思う。桑原弘明さんのスコープも出品されているらしい。夫にスコープを覗かせてやりたい気もするが、一人で行くべきなんだろうな。いいかげん、自分の趣味を相手に押し付けるのもなぁ。
出かける前に図書館で『雨の日はソファで散歩』(最後のエッセイ)を借りて読んでおくか。
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by zuzumiya | 2014-09-28 17:51 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

大人は毎日をこうやって乗り切る!?

昨日食べたすももがあまりに甘くて美味しかったので、夕方、散歩がてら八百屋へ買いに行く。
実は私は大のすもも好き。外が青くて中が赤いの、外が赤くて中が蜜色なの、名前は知らないけど何でもござれ。洗って冷蔵庫に冷やしておいては、扉を開けるたびにひとつつまんでその場でカプリ。冷たい皮を前歯で噛めば、弾ける酸味。それから「おおっ」と驚くほどの果肉のジューシーな甘さ。噛むごとに口内で酸味と甘味が混じり合って、これぞフルーティ!という至福がたまらない。中がべちょっとした熟れたやつは甘いけれど、皮と果肉の歯ざわりの差が激しくて私は好きじゃない。なぜだか、皮だけベロッと残してしまう。果物は甘いだけじゃなく、口内の触感も大事なんだと思い知る。だから、八百屋のおじさんには「熟れすぎてないやつを」と、ひと言添える。ひと山7個入りで500円。昨日の今日で褒めちぎったせいか、おじさんはひとつおまけしてくれた。
八百屋の通りを隔てて向かいは保育園。夕方のこの時間は仕事帰りのお母さんたちが自転車に子供を乗せて、あるいは子供の手を引いて門からわさわさ出てくる。私は夕方の帰っていく親子の姿を見るのが好き。先日はスーツ姿のお母さんが子供と何やら会話をしながら信号待ちをしていて、その姿になんだか和んでしまった。「お母さん、お疲れさま」って心でつぶやいた。自転車こいで急いで帰っていくお母さんの「これから夕御飯の支度だ~」って張り詰めた横顔も、子供と手を繋いでのんびり歩いているお母さんの「やれやれ、終わったぁ」というほどけた後ろ姿も、みんな微笑ましくて好き。
夜風に乗って、待ちに待った金木犀の香りがかすかに漂ってくる。草むらからは虫の声。
休日ってだけで特別なことがあったわけじゃないけど、なんかいい気分なのは、すももと頑張るお母さんのおかげ? 
でも、毎日って、こういうちょっといいコトでじゅうぶん支えられる。どんなに仕事で疲れて、「悔しいな」「腹立つなぁ」とか思っても、私は“オランジーナ”(オレンジの果汁入り炭酸)か“クーリッシュ”(口でちゅうちゅう吸うアイス)で、もう完全復活できる。クーリッシュちゅうちゅうしながら自転車こいで、「中学生かよ」って自分ツッコミしながら笑って、もう嫌なこと忘れてる。お風呂に入って、ゆったりした音楽聞きながら、いい香りのするボディークリームなんか塗って足のマッサージすれば、じゅうぶん「いい一日だった」と素直に思える(笑)。こういうの小さい器なんだか大きい器なんだか、わからない。でも、ひとつわかるのは大人になったってことか。
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by zuzumiya | 2014-09-26 19:47 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

またしても

正規職員が辞める。家庭の事情らしいが、ほんとにそうか今となっては疑わしい。
沈みかかった船から逃げて行く鼠のよう。と何の気なしに書いてるが、鼠は何処へ逃げるのか(笑)。ほんとうに介護の現場は驚くほど人が辞めて行く。そして残った人間に負担が重くのしかかる。どうなっちゃうんだろ、長寿国日本。私もそろそろ考えなきゃ。

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by zuzumiya | 2014-09-24 15:31 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

押しつぶされていく胸。そして、衝動買い

市から乳がん検査のクーポン券が送られてきていて、それが超音波じゃなくてあの恐ろしく痛いマンモグラフィーなので、ほんとうに嫌で嫌で落ち込んだが、逃げていてもしょうがないので今日、検査に行ってきた。
ただでさえ薄い胸を男性技師に引っ張り出されて、肋骨ギリギリの皮膚ごと検査板が圧をかけながらぎゅいんと押しつぶしていく。ああ…、思い出しただけで涙が出る。
あまりのことに気分転換に本屋に寄った。読む本はときどき嗜好が巡ってくる澁澤龍彦を二冊図書館に予約してあるし、現在はようやく原田マハの『太陽の棘』が到着して読み始めたところだし、アンドリュー・ワイエスのヘルガの画集も届いているし、じゅうぶん間に合っているのだが、衝動買いをしてしまった。
a0158124_15345318.png『優雅なのかどうか、わからない』松家仁之(まついえ・まさし)著、マガジンハウスから出ている単行本。表紙のショートカットの外人女性の美しさに、それから帯の「48歳、再び独身。」の太字につい、手にとってしまった。
もう少し帯から引用すると「20余年の結婚生活を解消、井の頭公園に接して建つ、築50年以上の一軒家を自分好みに改装し、新しい生活を始めた匡だったが…。欲しいのは家なのか、家族なのか。ひとりで生きるのは、ほんとうに大変なのか。」だそうで…(笑)。
カーサ・ブルータスの連載小説だったらしい。つまりは、匡という48歳の男が20余年連れ添った妻と離婚して、再び一人暮らしを始めたという話。優雅なのかどうなのか、ほんとに読んでみなくてはわからない(笑)。
私と同じ年に離婚。結婚年数も同じ20余年。ま、私はまだ離婚はしていないが、なかなかに境遇が似ていそうだ。興味がある。離婚した男性の心のうちとひとりで生きる日常をちょっと覗いてみたい。
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by zuzumiya | 2014-09-22 15:37 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

ドラマのセットの中に住みたいな

a0158124_1220517.jpgドラマや映画を見る面白さのひとつとして、舞台セット&美術(ロケ現場を含む)があります。
最近では、TBSの『おやじの背中』シリーズの記念すべき第一話、田村正和さんと松たか子さん主演の「圭さんと瞳子さん」で使われた家のインテリア、あれが見事でした。ああいう落ち着いた家に住みたい。理想ですね。
国分寺でロケということもあって、ネットでうろうろ探していたら、見つかったんです。
築40年の日本家屋に北欧家具、特にデンマーク家具が置かれているとのことで、実にマッチしていて、ほんとに渋くて、温かくて素敵です。家具屋さんのサイトに内装の写真がアップされていますから、興味のある方、私と趣味の似ている方、どうぞ、ご覧下さい。銀座にお店のあるLuca Scandinaviaという会社です。(www.luca-inc.com/information/)
ドラマや映画の舞台(セット)美術を専門の写真集にしてくれたら、買うんだけどな(笑)。
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by zuzumiya | 2014-09-22 12:22 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

男の弱さ、許せますか? ドラマ『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』を見て

a0158124_230789.jpg『白い巨塔』をはじめ山崎豊子作品とか『半沢直樹』みたいなビジネスマンの出世ものとか、『北の国から』みたいな国民的家族愛ものじゃない限り、ドラマというのは男性視聴者を呼び込める作品はまず少なく、メインターゲットは女性である。だから、セリフはどうしてもテレビの前の女性が喜ぶ、あるいは女性が「よくぞ、言ってくれた!」と溜飲を下げるようなものになりがちだ。「今のセリフをうちの旦那にも聞かせてやりたいわ!」と息まいても、当の旦那は飲み屋で飲んだくれていたり、のんびり湯船に浸かっていたりする。女性から見て「セリフがいい」と称賛される作品はなにか脚本家のそういう狙いや思惑にまんまと引っかかって喜んでいるみたいで、実はあまりいい気がしない。いつもテレビの前で「またまた、そんなこと言わせて、主婦が喜ぶとでも思ってる?」なんて、天邪鬼な私はついつぶやいてしまう。
もちろん、ドラマ『昼顔』にも今までその手の女性ウケするセリフはあった。昼顔妻の利佳子の言った「女は冷蔵庫じゃない」みたいなやつだ。でも、そこは腕の確かな脚本家、井上由美子さん。それだけを売り物にしていない。女性がメインターゲットならば、その女性たちに向かってヒヤッとするような男性の本音を言わせるという作戦で挑んできた。
例えば、今回の第10話の、不倫がバレて裕一郎がその妻、乃里子に責められるシーン。

乃里子「ねえ、どこがいいの?紗和さんってすごく美人というわけ
     でもないし、特別な才能を持ってるわけでもない。わかるように言って」
裕一郎「どこが好きかなんて、わからない」
乃里子「じゃ、どうして?もしかして“魔性”っていうやつ?
     女にはわからない色気をふりまいているのかしら」
裕一郎「ごめん、ノリ。そんな似合わないこと言わせて…。
     彼女といると自信が湧いてくる。僕を必要とし、僕の言葉を必死に受け止めてくれる。
     なんか、体の奥で『もっとがんばろう』って、無限の力が湧いてくる…」
乃里子「要するに、年上の研究者が相手だとコンプレックスに感じるけど、パートのおばさんなら優越感で
     自信が出るってわけ。小さっ…」

ここのセリフ、ものすごく私にはツボだった。
まず、乃里子の同性を見る目、すなわち、美人か才能があるか(才能なんて言葉、普通の女は頭に浮かびもしないだろう)それ以外は箸にも棒にもかからないという価値基準。それを平気で、常識のごとく言ってのける乃里子。研究者であり、大学の准教授であるという頭脳派で、プライドが高く我が強く、その分どこか冷淡なところのある乃里子の人物像をよく表している。色気だけの魔性の女とは正反対のところに位置し、そういう女性を同性として見下し軽蔑するタイプであることを夫もわかっているから、「ごめん、似合わないことを言わせて」なんて謝らせている。このあたりのセリフも上手い。
哀しいのは、「どこが好きだかわからない」ほど、もう相手をぜんぶ好きであるという事実。それから、「彼女といると自信が湧いてくる」「もっとがんばろうって無限の力が湧いてくる」という言葉。相手の容姿だとか性格だとか、長所なんてものじゃなくて、どこがいいとあえて言うこともできない彼女の存在ぜんぶが自分に自信を与える、生きる力になっているなんて聞かされた時には、もう乃里子じゃなくてもショックで言葉を失ってしまわないか。乃里子にとっては一生懸命寝る間も惜しんで論文を書き、大学という古い男社会で努力し戦ってきたのに、片や何の努力も必要のなくありのままの存在で好きだと言われる女性がいるなんて、もうこれ以上ない屈辱だろう。アイデンティティを揺るがす。

昔、白石一文の『ほかならぬ人へ』という小説を読んだとき、「この世界の問題の多くは、何が必要で何が不必要かではなく、単なる組み合わせと配分の誤りによって生まれているだけではないだろうか」という一文があって、今でも事あるごとにその言葉を思い出す。人と人との仲や男女の仲のこじれも、組み合わせと愛情配分の誤りに尽きると私もそう思う。この裕一郎と乃里子の夫婦も哀しいかな、組み合わせと配分の誤りだ。
准教授になった乃里子にとって裕一郎は“あげちん”で、裕一郎にとって乃里子は、自分が必要とされていると思えないほど自尊感情を削られる“さげまん”だったということになる。妻の乃里子が仕事で頑張って成功すればするほど、夫裕一郎は自分に自信をなくしていく。そして、妻の成功を手放しで喜んであげられない自分の器の小ささに心を悩めていく。でも、乃里子にとっては裕一郎という無条件で頼れる存在があったからこそ、安心して伸び伸びと仕事に打ち込めたのだ。裕一郎は自分の絶対の“理解者”だと信じていたに違いない。この“理解者”であるという甘えを彼女は愛情と捉えていたんだろう。
では、裕一郎に妻への愛情はなかったのかといえばそんなこともない。妻が仕事に打ち込んで生き生きとし、「いつもありがとう。あなたがいてくれるからよ」と喜んでくれれば、夫として人間として、役に立っているという自負と満足感はある。自分が彼女にしてあげられることは仕事に打ち込めるようにフォローすること、彼女が求めていることをしたいようにやらせてあげられること、言ってみればそれが彼女への愛情だと認識していたと思う。きっと心のどこかで、そういう男こそ器のデカイ本物の男と思っていたかもしれない。
でも、そこにあるのはまず乃里子ありき、最優先、主導権は常に乃里子の関係性だ。裕一郎の乃里子に対する甘えとは何だったんだろう。たしか年下の夫という設定だが、今までの話を見る限り、そもそも裕一郎に自分というものをありのまま出せて主張できる甘えなど許されていなかったように感じる。やはり、乃里子にとってはこれ以上なく心地よく、裕一郎にとってはどこか歪で窮屈な関係だったのか。ああ、すべて、組み合わせと配分の誤り、切ないけれどそれに尽きる。

私はたぶん、乃里子タイプの女なのだと思う。だからこそ、この回のこのセリフにこんなにも感じるものがあるのだろう。自分が何かに一生懸命になっているうちに気がつけば大事な男の自信を奪い、頑張る意欲を失わせていたなんて、女として、というより人間として、何かものすごく情けないというか、至らないというか、この巡りあわせの不運にしみじみとせつなくなる。でも、井上由美子さんの書くように図らずもこういった関係に陥ることはあるのだろう。昔、夫の仕事がうまく行かなかったときに「どうしてもっと家族のために死に物狂いで頑張れないの?」と迫ったことがある。私もきっと長年連れ添うなかで、どういうわけか彼の自信を奪い、頑張る意欲を失わせてしまっていたのだろうな、と思ったりする。
男の本音、もっと言えば男の弱さに対して、私たち女はどれぐらい敏感でいられるだろう。そして、どれぐらいそれを許せるのだろう。そんな問いかけを今回、井上由美子さんから貰った気がする。
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by zuzumiya | 2014-09-20 02:43 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

今日の出来事から学んだこと

今日、派遣の子が無断欠勤した。本人と連絡もとれず、派遣会社も本人と連絡がとれないようで、その後の話ではなんと派遣会社が家を訪問するという。事故や事件性も疑ってのことらしい。少し前にも一人、新入社員として入ってきた子が夜勤を無断欠勤して、やっぱり本人と連絡がとれず、クビになったばかりだったので、職場は「ほれ、みたことか」「やっぱりそうきたか」「(以前クビにした子と)同じ空気を感じてた」などと悪口が飛び交い、騒然となった。
たしかに無断欠勤は悪い。社会人としても、人間としても、救いようがなく庇う余地はない。ただ、気になるのは無断欠勤した本人たちが悪い、運悪くデキの悪い人間に当たっちまったと、皆で人のせいにして終わらせてしまってほんとにいいものだろうかということだ。
こんなふうに直近で二人も無断欠勤のような、投げやりな、捨て身の“不服申し立て”のような方法で去られたということ、それから、そうでなくとも職員が、パートでなく、割と他の職場に比べて手当や時間や待遇のいい職員すらもが何人も辞めていくという事実を、個人の問題じゃなく、職場の問題としてもう少し冷静になって考えてみる必要があるんじゃないかと思う。
辞めていくというのは「ここに残りたいか残りたくないか」の二択としたら、「残りたくない」を選択したことなのである。残りたくなるほどの職場じゃなかった、引き止められるほど職場に魅力がなかった、という厳然たる事実をもっと受け止めるべきだ。いつも個人の話で終止しがちだが(そうだよね、去られた自分たちのせいにはしたくないもの)、ほんとに個人の人格、資質にだけ原因があるのか。職場として魅力ある職場だったか、迎い入れる我々の対応は、準備はあれでよかったのか、もっと何かできなかったのか、声掛けは、笑顔は、励ましは、教え方は…、反省点は全くないと言えるのか。
私は今まで二つの会社の面接で男性上司にこんなふうに訊かれたことがある。
「女性ばかりの職場なんですが、人間関係などいろいろ面倒なこともあると思いますが、大丈夫ですか?」あるいはまた、「女性ばかりの職場ですが、例えば、気の強い口調の激しい人に何か文句を言われたら、あなたならどうします?」。
これまでこう訊かれた職場は二つとも見事に、年配のお局がいたり、複雑な女子の派閥があったりして人間関係のひどく悪い環境だった。仕事を得たくて合格したいがために「大丈夫です」と笑顔でハキハキ答えて合格してきたのだが、今思えば、こんなバカな面接はなかった。
今なら私はこう言い返す。
「ということは、こちらの職場では女性のそういうややこしい問題に今まさに直面しているということですよね?」
「それなら、なぜ、そのおおもとの元凶が誰なのか実態を調査把握して、その元凶たる女性を辞めさせるか厳重注意しないで、やりたい放題の野放しにしておくんでしょう?」
「女どうしの問題は面倒だからと野放しにしておいて、その女性とトラブルを起こさないような控えめで、間違ったことでも何でも言うことをきくコントロールしやすい女性を入れたいとは、上層部として何たる怠慢でしょうか」
「そうやって、新入りの女性が辞めてはまた募集をかけて雇い直しを繰り返してきたのなら、私たちはまるで消耗品ですよね。人材を人の宝“人財”とみないで、消耗品としてこの会社では見ていると解釈してよろしいのでしょうか?」
たぶん、ここまで言い切ったら、私は間違いなく面接を落とされるだろう。でも、今までの経験上、落とされた方がいいのだ。所詮、こういうところは合格して中へ入っても仕事は何ら問題はなくても、人間関係で嫌な目を見て、上司は肩書きだけで何の助けにもならず、結局長くは続かない。
私は今まで、こういう職場で長く働けないのは自分の精神力のせいだと思ってきた。なぜなら、なぜか辞めずに居残れる人もいるから。自分が精神的にタフじゃないから、お局の日常的な誰かを叱る声や嫌味や皮肉や、お局に取り入ろうとする腰巾着の表裏のある態度や、彼女の傲慢さを見て見ぬ振りして許してしまう男性上司らが鼻について仕方がないんだと思ってきた。もっと精神的にタフであれば、どんなにお局が幅をきかそうと、声を荒らげようと右から左に流せたんだろうと思ってきた。すべて自分が不器用でうまく適応できない、辛抱できない弱い人間だからだと自分を責めてきた。
でも、ある時、とても人間関係のいい、居心地のいい職場に巡り合って「あれ?これってもしかして、自分の精神力とか適応能力とかの問題じゃなくて、単にいい人が集まっているだけ?」と思った。その時から、私は自分自身をだめだと思わないようにした。辛抱できない自分が悪いんじゃなくて、職場の方がどうしようもなく悪い場合だってあるんじゃないか。自分の人を見る感性、職場の善し悪しを判断する感性はそんなに間違っていないんだと思うようになった。
そうこうしているうちに世の中も“ブラック企業”という言葉が現れて、“石の上にも三年”とは言うけれど、頑張れない、辛抱できない自分が果たしてほんとうに弱いのか、悪い環境をそのままにして人を使い捨てにする会社側こそ悪いという風潮が出始め、「ほらね、やっぱり」と思うようになった。
今、昔の私のように辛抱できない自分の弱さだと自分自身を責めている人がいるのなら、「ほんとにそう?」と私は問いかけたい。へんな人、性格がひん曲がってる人、意地の悪い人、ちょっとどうかと人間性を疑うような人は確かにいる。その人の言動が職場環境を明らかに悪くしているなら、それをよしと思えない、それに耐えられない自分はだめでも悪いわけでもない。問題はあなたじゃなく、その相手、それからその人を野放しにしている会社側にある。そこをはき違えて、自分はどこへ行っても何をやっても続かない、だめな人間なんだと落ち込む必要はない。
でも、今日ひとつ思ったのは、どんな職場でも必ず“掃き溜めに鶴”のようないい人がいてくれるということ。毎日、気をつけていれば、というかめげずに頑張って前を向こうとしていれば、必ず誰か何か(人とは限らず自然でも)がそんな心の扉をノックしてくれる。ああ、この人に、この花に今日は救われたぁ、という瞬間がくる。ちなみに私は今日、炊事場のおばちゃんの笑顔と「ありがとう」という言葉ひとつに救われた。気持ちがぱあーっと明るくなった。いい人に支えられて、その心根にその消えぬ存在感に励まされて、私はこうやって今の今まで社会で働いて生きてこられた。神様の、その気づきを与えるための見事な配合?に感謝しなくてはいけないのかも…。
そして、大切なのは、いい人に出会えたからこそ、人のいい面を見ようという気になれたことだ。今書いていて、もう一度、ここは自分も反省しなくてはと思った。最近は忙しすぎてイライラして、人の悪い面ばかりが心に残って、自分の気持ちも荒んでいた。そう、人の短所ばかりを見つめているとなぜか自分の心も荒むし、人の長所を見つめていれば、晴れやかないい気持ちになる。そして、そんな晴れやかな自分はきっと誰かの目に「いいな」と映っていることを願いたい。さあ、明日も頑張らなきゃ。最後は晴れやかに追われてヨカッタ。
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by zuzumiya | 2014-09-19 00:56 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

ももよ

a0158124_2315070.jpg猫のもも、です。画像では、たぶん、はじめまして、です。
ももは私のことを飼い主以上に母猫と思っているんじゃないかと思っている。
いつでもどこへいくにも私についてくる。トイレに行けばトイレのドアの前に座り、風呂に入ればやっぱり風呂場のドアの前に座って私が出てくるのを待つ。
机に座れば、最初はだっこをせがみ、しばらく肩に乗っけて抱いてやると気が済んで、ノートパソコンの左側の定位置に寝そべって、ラジカセから流れる静かなピアノ曲に目を細める。邪魔をしてはいけない時間とよくわかっているみたいだ。ご飯を食べるときはテーブルの隅っこに横たわって、「くれ」とも言わず、人間の食事の風景をじいっと見つめている。本を持ってベッドに横たわれば、ベッドにぴょんと飛び乗り、本の角っこで顔をスリスリしてから、いつも眠る時の定位置、私の枕の右隣にきて腰を落とす。日に三度ある仕事のときは「仕事に行ってくるよ」あるいは「ももの餌代稼いでくるから、待っててね」と声をかけるので、仕方がないと諦めがつくのか、不思議に追ってはこないのだ。この写真は今日の昼寝の様子。久しぶりに暑かったせいか、ずいぶん長々と伸びている(笑)。

私は、ももを見て思う。
ももが私を母猫と思ってくれるように、私はももを自分の子供のように感じている。
たしかにこの世にももをぷつんと産み落とし、ももを覆っている血のついた薄いピンクの膜を自ら歯で喰いちぎり、濡れている全身の毛を懸命に何度も何度も舐めてやったような気さえする。
そんなふうに飼い猫に感じてしまうなんて、思ってもみなかった。
ペットのエッセイだけは書くまい、と昔思っていた自分が愚かしい。
ももよ、もも。いとおしい、もも。
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by zuzumiya | 2014-09-16 23:04 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

私と金木犀

はやく金木犀の香りがしてこないかな、と待っている。
金木犀は、例えばベランダに足を踏み入れたその瞬間、玄関の扉を開けたその瞬間、通りの角を曲がったその瞬間、いつでも突然、すんと香り出す。私の鼻はいつだって、どこだって、その香りを探し出せる。
なぜなら、私が生まれたその日に町に漂っていた香りだから。
母が赤ん坊の私を連れて微笑みながら産院の扉を開けた瞬間、たぶん私が嗅いだ最初の外の空気に、きっと金木犀が香っていたから。
金木犀の香る数週間だけは私は最高にハッピー、無敵になる。
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by zuzumiya | 2014-09-15 14:31 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

白粉花

今日は敬老の日。お昼の仕事はたまたまお休みだったのですが、ホームでは紅白幕がはられ、敬老行事が無事行われたことでしょう。昔、祖父が亡くなる前に、私も幼い娘を連れて、母と一緒にその敬老行事に参加したことがあります。そのときのエッセイを自分が読みたくなって、夫に言って昔のデータから引っ張り出してもらい、メールで送ってもらいました。「白粉花」といいます。へたくそですが、家族のことを書いたものは嫌いになれません。今でも夕方に白粉花が咲いてるのを見ると、あの時の祖父の姿と電車の中の自分を思い出します。そして、今はそんな自分がホームで働いているという縁を不思議に、でも微笑ましく、思うのです。今日もこれから夕食の仕事が控えています。頑張ってこようと思います。

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白粉花

敬老の日のお祝いに娘と母と一緒に祖父のいる老人ホームへ行った。
祖父は幾つかのホームを転々としたのち、母の住居にいちばん近いこのホームに落ち着くことができた。そして、今年米寿を迎えていた。
母によると、すでに午前中には市の敬老の日を祝う式典があり、祖父がホームを代表して市長からお祝いの色紙を頂いており、私たちの着いた午後からはまた別の式典があるという。普段と違って人の出入りも多く、職員たちのばたばたとした動きもあって、「おめでとう」の声が飛ぶこの日は祖父にとっても、他のお年寄りにとっても、特別にぎやかで心せわしい一日だろう。

これまで母は一人で祖父の面倒を見てきた。ほぼ毎日このホームに通っている。洗濯物を取り替えたり、カボチャの煮つぶしをタッパに入れて持ってきたり、甘いものが好きな祖父のためにお彼岸にはおはぎを、夏の盛りには水ようかんを買ってきて食べさせたりしてきた。今まで何度か喪服を吊す危機もあったが、祖父はなんとか奇跡的に持ちかえし、そのたびに母がこういった細かな世話を繰り返し続けてきた。
遠く離れて何もできない私は母に申し訳ないと思う反面、母が幼い私を祖父母に預けて育ててこなかったのだから、祖父への恩返しは当然だと思ってもいる。

そういう私であるから、母の苦労も頭ではわかっているつもりだが、実際母を目の前にすると、祖父の口にスプーンを入れるそのやり方が事務的でぞんざいだとか、派手な格好が若作りしていて恥ずかしいとか、心の中で難癖をつけてしまう。それはきっと、母が祖父の面倒を見ているといっても、所詮は老人ホームに預けているわけで、私の中では母が全部を引き受けてないような、上手に逃げているような気がするからだ。しかし、一方では車椅子とおむつの呆け老人を身内であるというだけで、素人が家で面倒を見るより、ヘルパーさんや看護婦さんがいて、救急病院と連携態勢のあるこういう施設できちんと世話してもらった方が、本人も家族も実は幸せなのだということもわかっている。

母の開き直りのような伸びやかさは「もうどうしようもない」と自らの限界をきっぱり認めた上の潔さであり、こういうかたちでも毎日面倒を見ているんだという純粋な自負の表れなのだろう。実際の世話も経済的な援助も何もしていないのに、母の格好ややり方の粗探しをしている私は、身内というより、その日一日限りの見舞客にすぎないのだと思った。ぞんざいだとか振る舞いが優しくないと見るのではなく、祖父と母との間には私が知らないうちに出来上がったやりとりのこなれた呼吸があると捉えるべきなのだろう。スプーンで掬って口に入れてやるのでさえ、おどおどする私の方がずっと美味しくない介助をしているのかもしれない。

実際、ホームではヘルパーさんたちがびっくりするほど大きな声で、はきはき話す。最初の頃はそれがつっけんどんできつく聞こえて嫌な気がしたが、ある時ふと、耳の遠いお年寄りに対しての心遣いであることに気づいた。手をかけすぎるのも足腰を弱めることになるので、口で励ましてなるべく自分たちでやらせて、その上で褒める。年寄りをいつの間にか病人と勘違いして、優しさの意味をはき違えてしまうことは多い。だが、そばにいて一緒にやっていく人なら、決してそんな間違えはしないのだ。私は情けないが、やはり何もわかっていない傍観者、部外者なのだと思った。

部屋に入ると祖父はワイシャツに赤いネクタイ、黒のベストを着て横になっていた。前日に母が家から持ってきたものだ。
「おじいちゃん、いい男になったねえ」と声をかけると目が輝いた。ヘルパーさんがすかさず私たちのところへ寄ってきて、「午前中の式典でおとうさん、いいこと言ってくださったのよ。『私はいろんな所を回ってきましたが、ここが一番いいです』って言ってくれて、みんなで嬉しいねえって」と笑って話してくれた。祖父も照れたような笑顔を見せた。

式典が始まる前、母が知り合いの女性に声をかけられた。その方は自分の母親らしき老婆の車椅子の傍らで、母に向かって「こんなの見たってわかりゃしないんだから」と軽口を叩いた。それから老婆に「私、だ~れだ」と自分の顔を指さしてみせた。
おそらくその母親は呆けてしまったのだろう、何も答えない。ちょっと見、びっくりするような不謹慎で意地悪な態度だが、ほんとうに意地が悪ければ今日のこの場に来ていないはずなのだ。そう思って見れば、情のある、微笑ましい悪たれ口である。ホームにはこういう“変化球の愛情”がいっぱいあって、ハッと驚くが、やがて笑顔になる。

会場には紅白幕がはられ、ざっと五六十人のお年寄りたちが車椅子に座って並んでいた。祖父の姿を探すと一番前で背筋を伸ばしてしゃっきりとしているので、まるで入学式で息子を見つけた時みたいに可笑しくなった。祖父以外はみんな小さな白髪頭をうなだれて式典に次ぐ式典での疲れを滲ませていた。
突然、母が私の耳元で「おしっこ臭くない?」と囁いた。私はさっきの親子の姿に胸の温まる思いでいたので、「そんなことぐらいで何よ」と叱った。しかし、時間が経つにつれ、アンモニア臭ははっきりときつくなった。母に叱ったものの、微かに鼻をヒクヒクさせてつきとめた老人の後ろ姿を私は式典の間中、じいっと見つめるはめになった。

お祝いの色紙贈呈の段になり、ホーム最年長の九十九歳の老婆が受け取り、マイクを向けられ、感想を求められた。「長生きして、申し訳ございません」か細い声で老婆はそう言うと頭を下げた。一同やんわりほころんだが、私はこの言葉に深く感じ入った。
医学の進歩と暮らしやすさで、こんなに長くは望んでいなかったのに、あの世から呼ばれることもなく生きてしまった。皆さんがよくしてくれるので、皆さんが言うように一日一日を生きていたら、ここまでになってしまった。他人様の手を借りて生かせていただき、ほんとうに申し訳なく、そして感謝の気持ちでいっぱいでございます。
こんなふうに私には響いた。

そんなに長く生きていると、朝、目が開くときにどんなふうに景色が見えるのか、そしてどんな思いで夜、目を閉じるのか。老婆の心情の深みを私など想像もつかないが、なにか自分の運命をじたばたせずにそのままに受け入れて、心静かにおさめている、そんな印象を受けた。きっとホームにいるほとんどのお年寄り達が同じ気持ちであろうし、そしてヘルパーさんも家族もみんな“天寿”というものを全うすることにただ寄り添っていくことで、心をおさめているのだと思う。

部屋に戻って祖父をベットに寝かせると、ほっとしたのか、式典が終わって私たちが帰るのがわかるのか、私の娘の名を呼んで「おじいちゃんの家が近けりゃなあ、いつでも遊びに来れるのによう」と涙ぐんだ。「おじいちゃんな、今度、女子大学をつくるんだ」いつもの呆けの突拍子のない話が始まった。
笑って話を合わせていると、それでもふいに祖父の話がどこから来たものか、何を思い出して喋っているのかがわかる瞬間がある。母でもない、娘でもない、長年一緒に暮らしたこの私にだけはわかるのだった。すると急にこちらの胸も懐かしさで湿ってきて、つい手を握り「おじいちゃんの作ってくれたプールも覚えているからね」などと突拍子のないことを潤んだ目で言い出してしまう。
わざわざ祖父の心を振るわせ涙を流させることもないのに、何でそんなことを言い出してしまうのか。でも、祖父との思い出話が私はなぜかやめられない。祖母が死んで住んでいた家もなくなり、その上祖父が死ぬのなら、私にはもう幼い頃のあの日々を分かち合える人が誰一人いなくなってしまう。それがあまりにせつないから、私は祖父が生きているうちはどんな話でもしておきたいと思うのだ。
正月に一緒に熱海に行くことを約束して部屋を出た。夫や子供の了承を取り付ける前にその場のノリで決めてしまったけれど、泣かせてしまった祖父に何か楽しみを残して去りたかった。

娘とふたり帰る電車の中で、何気なく娘の肩を引き寄せたら、髪の毛から、ふわりとあの式典の時のおしっこの匂いがした。自分も肩の辺りをそれとなく嗅いでみると、確かに匂う。隣の女性の妙な咳払いも、もしかしてと思うと、急に恥ずかしくなった。でもどうすることもできない。そのまま私は娘に身を寄せるようにして固まった。
しばらくして、自分の心の変わりようにはっとした。ホームでの式典の間はおしっこ臭さを訴えた母に「これくらい我慢しないでどうする」と内心憤っていたが、他人と一緒になる電車の中では、自分の身についた尿臭さを恥ずかしいと思って身を縮めているのである。祖父のおむつも替えたことがない私はこの匂いを甘んじて引き受けなければならないのに、恥ずかしいなんて、許されないことに思われた。

そしてまたこの匂いはなんと心痛むものだろう。老人ホームにはいつも独特な匂いが漂う。どこかすえたような匂い、温気のようなやわらかな匂い、はっきりとメニューのわからないおぼろげに漂う食事の匂い、消毒の匂いと負けずに立つ糞尿の匂い。それらが混ざりあった生暖かい空気に満ちている。
ホームの独特な匂いはしばらくいれば鼻には慣れるが、全身にからみついてしまう。身について染み込んだまま、今我が家へ帰ろうとしているその時になって、「祖父を置きざりにした」と言わんばかりにゆるゆると立って、私を揺さぶるのだ。誤魔化しようのない、振り払えないその匂いの中で私は痛む心をおさえて、ただ身を置くしかなかった。

暮れた道を娘と帰ると、線路の端に赤や黄色の白粉花がたくさん咲いていた。
「ちょっと待って」娘はそう言って種を取りはじめた。立ち止まってかがむと白粉花にいい匂いがした。白粉花はよく見かけるのに、こんなに匂い立つ花だとは知らなかった。老人ホームから帰った、へんに敏感な鼻だからこそ気づけた匂いだった。

娘の種取りに合わせて、漂う白粉花の匂いの中をゆっくりと歩いた。娘は片手に握れるだけの種を取って満足げに見せにきた。いつもは娘から貰った種をいつのまにやらどこかへ失くしてしまう私だが、なぜか今日は大事にしなくては、と思った。
「明日、いっしょに植えようか」
「うん」
私の家のベランダでも暮れ時に咲いて、きっといい匂いを漂わせてくれるのだろう。
そしてそんなとき、私は祖父と今日のこの日をきっと思い出すのだ。
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by zuzumiya | 2014-09-15 14:05 | わたしみたいなあなたへ | Trackback | Comments(0)

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