暮らしのまなざし

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もはや人種も国籍も超え、人間を超えたクリーチャーへ

娘の読んでる雑誌を見つけてびっくりした。
『小悪魔ageha』という、娘いわくコスメ雑誌(メイクの仕方を教えてくれる雑誌)なんだが、表紙の女の子二人の顔がもう凄い。
アイラインとつけまつげ、瞳がふたまわりほど大きく見える外輪の入った茶色のコンタクトでフル装備した目に、笑った口元が真っピンクに塗られ、裂けたように大きさが1.5倍に見える唇、その下から覗く純白に輝くきれいすぎる歯並び。明るい茶髪もホクロひとつない肌も、人形のようにのっぺりと一様で顔全体がCGで合成&修正されたような人工美である。いつから日本の若い女の子は人間を超えたのか。
ページを捲っていくと出てくるわ、出てくるわ。目元口元をくっきりと強調した人造人間、レプリカントのような完璧な美を誇る女の子たち。
すましていても、すがるような目つきをしていても、笑うと牙がミキッと生え出てくるようなヴァンパイア顔は、彼女たちが好んでつけているくっきりとした外輪とカラーの入ったコンタクトのせい。私はこの種のコンタクトを“ヴァンパイア・コンタクト”と命名する。
黒髪黒目で彫りが浅くて目の離れた黄色人種の私たちは、若い頃、茶髪にブロンド、目がぱっちりした二重の、白い肌で鼻のスーッと高い“ガイジン”に憧れたものだった。
でも、今は髪の色も瞳の色も自由自在に変えられる。テレビの情報番組で今の10代は昔に比べて膝下が長いと言っていたが、同じように統計をとったら、肌の色だって、日焼けどめやホワイトニング化粧品の影響で、黄色人種とはいえ、マイケル・ジャクソンのようにどんどん白っぽくなってやしないだろうか。アニメのコスプレに興じる今の若い子たちが憧れているのは、もはや“ガイジン”の美なんぞではなく、人間らしからぬ完璧な美のクリーチャーだ。
ページを捲っていると、どこに焦点を合わせたらいいのかわからないヴァンパイアの瞳に見つめられて、なんだか酔ったように頭がクラクラしてくる。


※プリクラにある、あの“目を大きくする機能”というのもおかしい。あんな目のバランスでは顔は不気味なだけで可愛いわけがないのに、本人たちは平気でいる。あれもアニメの影響なのか。
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by zuzumiya | 2014-03-31 11:33 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

正しいことより思い出になる方を

職場の近くに保育所があって、夕方の仕事が始まる前や終わる時間には保育所から出てくる親子連れによく会う。夕方はおじいさんと孫娘、仕事が終わった7時過ぎにはノッポのお母さんと双子の女の子を探してしまう。どうしてかというと、どちらの子供たちも迎えに来たおじいさんやノッポのお母さんからちょっとのお菓子をもらって、食べながらうれしそうに帰っていくから。子供たち、さぞやうれしいだろうなぁ、と思って見ている。
先日は小さな孫娘の口から細い棒が突き出ていたので、棒付きキャンディーを貰ったのだろう。荷物を持ったおじいさんを家来のように後ろに従えてずんずん上機嫌で歩いていた。
道端で立ち止まって揉めているところに出くわすこともある。小さな紙パックジュースを持って困り顔のおじいさんを前に孫娘が「アイスがいい~」なんて大泣きしていたりする。「おじいちゃんも大変だねぇ」と心で同情するが、そんな揉めてる二人を見るのもまた可愛らしくて、私は好きだ。
ノッポのお母さんと双子の女の子は、まるでその風貌が童話の“やまんばとその娘”みたいなんだが、冬のまあるい外灯の下でちょっと立ち止まり、お母さんのバックから紙に包んだ飴玉がキャラメルのようなものを口に入れてもらい、三人が並んでのんびりぶらぶら歩いていくのを見て、いっぺんに気に入ってしまった。
保育の先生からすれば、お菓子やジュースで簡単に子供の機嫌をとることや、夕飯の前に甘いお菓子を口にするのはいかがなものかとか、食べ歩きはお行儀が良くないし、虫歯にも注意しなきゃいけないし、うがいも手洗いもなく不衛生である、とかなんとかまっとうなことを仰るのだろうが、私はぜんぜんそんなこと気にしない。たぶん、私が保育の先生をしててもそんなことは絶対に言わないだろう。
子供たちが待ちに待ってるお迎えにちょっとの甘いお菓子を持ってきて、それをお母さんと子供が一緒に口に放り込んで、「今日もお互いよくがんばりましたねぇ。ごほうびですねぇ」なんて笑いながら、そこからほっこりしてお喋りしながら、のんびり夜道を帰っていく時間がすごくいい思い出になると私は考えてしまう方だからだ。娘さんたちが大きくなってから「あの頃、お母さんが迎えにきてくれるのはうれしかったし、今日はバックから何が出てくるのかなっていつも楽しみだった。出てくるのはたいてい飴玉ひとつなんだけどね」なんて笑って思い出すのはすごく素敵なことだと思う。
昔、息子が小学生だった頃、友達に毎週金曜日には一家で“宴を開く”という子がいた。「宴ってなにするの?」と息子に訊くと、明日が休みの金曜日の夜だけお菓子やジュースをめいっぱい買って、家族みんなで好きなだけお菓子を食べてゲームをしたり、映画を見たりしてハメを外すのだそうだ。
「いいじゃん!宴」って私は思った。それ以来、我が家も金曜日はよく真似をして宴を開いた。
「親は正しいことを教えるものだ」に拘っていたら、こういう楽しい思い出は残せないだろう。思えば私はいつだって思い出の方を優先してきた。楽しい思い出になる方を直感で「よし!」として選んできたと思う。今振り返れば、それでほんとうによかったと思う。
“いいお母さん”は自分の子供にとってであって、世間様にとってではない。そもそも子供にとっては自分のお母さんはみんな“いいお母さん”なんだし。
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by zuzumiya | 2014-03-31 00:16 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

善意が見えなくさせたデリカシー

AさんとBさんの会話。
A「バンドやっててさ、実はCD出したんだよ」
B「へえ、すごいじゃん。それじゃ、そのCD1枚買うよ」
その話を後日、AさんとBさんを前にCさんも知って、
C「わたしもそのCD、聞いてみたいな」
B「それじゃ、差しあげますよ」
Aさんの目の前でそう交わされた会話。
この時のAさんの複雑な心情をBさんはきちんと忖度できたろうか。
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by zuzumiya | 2014-03-26 14:53 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

無敵な長靴

女性たちの間でお洒落な長靴(「レインブーツ」とも言う)が流行り始めた頃に飛びついて買った長靴は、丈は膝下までで、グレーの地に水色の小花模様という可愛らしいデザインだったが、出始めというのはまだいろいろと改良がなされていず、やたらにゴムが厚くて、履いていてどうにも重くて疲れた。
結局、さほど履かずに玄関の棚に置かれ、新たに丈が短くて軽いタイプを買うはめになった。
売り場の棚には雨の日用の長靴なのに、晴れの日にでも街に履いて行けるようなブーツっぽいお洒落な長靴がたくさん並んでいた。丈の短いものは材質さえ除けばまるでショートブーツだ。ジーンズに合わせたらかっこいいワークブーツのタイプもあった。
でも、実際私が合わせるのはジャージである。雨の中、歩いて20分ほどの職場へ行くために、いちばん大事なのはお洒落さより軽さである。ということで購入したのが、ほんとうにシンプルで何の飾りもない、つま先がつるんとしたおでこのように丸い、ただの短い長靴だった。
あの、2歳か3歳ぐらいの幼児が雨の日だろうが晴れの日だろうが、公園に履いて出る、子持ちの家の玄関に必ず片足がぺろんと倒れているような、あの短い長靴と言えばわかってもらえるだろうか。それの、色は一応、大人らしく茶色のを買ったのである。
それで、実際、雨の日に履いて出ると、足元だけ子供に戻ったみたいになった。
まずは音。長靴らしく踵を引きずるたびにズコッズコッと腑抜けた音がする。それと共に足の甲やら土踏まずから生あたたかい空気が動いて、くるぶしの薄いゴムを震わせて外へと抜けていく。その感じがあまりに懐かしいのでつい、うれしくなる。足元を見ると、並んだ丸いおでこにうずうずとした幼い愛嬌があって、年齢不詳の他人の足を眺めているように不思議だった。
憂鬱な雨の日のはずなのに、「これさえあればどこへでも歩いて行ける」と思う。
実際、大の大人がニカッと笑いながら、わざわざ水たまりに足を入れて歩いたりする。
そうして「ああ、そうだった、そうだった」と思い出す。子供の頃の、お気に入りの黄色い長靴を履いて歩いた時の、あの万能感を。世界に対峙する時の揺るぎない勇気を。
子供の頃は自然に触れて、自然と遊んで、自然がもっと近かった。雨の日には池のような大きな水たまりに、雪の日には雪そのものに、台風の日にはおちょこになった間抜けな傘と体が浮いてさらわれそうな大風に、楽しみを見出して興奮したものだった。いつだって長靴を履いていれば無敵で(だからこそ、長靴から水が侵入することはしおしおとうなだれてしまうくらい完全敗北で)自然の厳しさから守られて、その厳しさをぜんぶ遊びに変えてくれた。長靴が自然との仲を取りもってくれたのだった。
大人になるとかなりの雨の日でもみな意地になってヒールや革靴を履いて、通勤の迷惑だとしかめっ面をして歩く。長靴を履かない大人は、自然になぶられてバカみたいに弱い。
そんなことを歩きながら考えている私は足元だけじゃなく、心まで子供がえりしていた。
あの時、売り場で「レインブーツ」と呼べるようなお洒落な長靴を買っていたらどうだったろう。気持ちはお洒落に引っ張られて、ウインドーに自分の姿なんか映しちゃって、雨のなかを大人らしくスマートにすまして歩いていただけだろう。ここまで心が無邪気に子供がえりしていなかったんじゃないか。こんなふうに世界を味方につけて、水たまりに入っていくことなんてしなかったんじゃないか。
おでこの丸い長靴を選んで、実に私らしく正解だった。下駄箱を開けるたび思う。
大丈夫。世界はまだ私のものだ。やったるでー、と。
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by zuzumiya | 2014-03-23 07:32 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

フェミニンじゃなく、あくまでもアンニュイな

美容院で髪型を指示するのが苦手である。
なので、いつでもこちらのイメージしたようには仕上がらず、美容師との信頼関係がイマイチできずに、やがてはその美容院に行くのをやめてしまう。それを繰り返す自分を昔は“美容院ボヘミアン”と呼んでいた。そんな私がここ三年ばかりは同じ美容院に通っている。
私の髪をやってくれるのはその店の女店長さんだが、こちらの言うことをわかってくれる、気持ちを汲んでくれる、そういう意思疎通がわりとスムーズに行くのでそこのお店に落ち着いたというわけである。
たとえば、私は彼女になら「洗剤のアリエール(※現在のではなくひとつ前)のCMの生田斗真の髪型にしたいんだよね」と言えるのである。すると、彼女はニコッと笑って、iPadですぐに「アリエール、生田斗真」と検索をかけて、指でびよ~んと拡大してみせて、「ふむふむ、これはですね、おそらく後ろはあんまりカットしてませんね。パーマで外に跳ねさせてるだけですね」なんて、真剣に説明してくれるのである。
腹の中でどう思っているかは知らない。「生田斗真だと?コラァ」と思っていたとしても、おくびにも出さず、生田斗真を口に出した私のなけなしの勇気をちゃんと受け止めてくれるのだ。
それでもすかざず私は“生田斗真”に拘っているわけじゃないと「そうなの? でもイメージとしては、こう、フランスの男の子みたいに首を出して、全体的にシナシナしたゆるいパーマをかけて、俯いて前髪がふっと垂れると、実にアンニュイな雰囲気が漂うようにしたいんだよなぁ」とか、またしても言ってのける。この“アンニュイ”というワードも、普通ならやんわり顔が赤らむ種類のものだろうが、彼女になら堂々と言えるのである。
「アンニュイねえ…」
「そう、アンニュイ」
「人によって、アンニュイの捉え方が違いますよねぇ」
「そうねぇ。日本語で言うならば、物憂げな感じ?」
「ふんふん、物憂げねぇ。フェミニンじゃなく、あくまでも物憂げなのね」
「そう。フェミニンだと甘すぎる感じ。なんて、オバサンの私が“物憂げ”をやったら、単に“陰気くさい”だけかもしれないけど」
と笑って、自虐ネタにした私の髪を彼女はふわふわと指先で触りながら、長さをチェックする。そして、
「承知しました。後ろだけ切って、前は残しておきます。いいですか、ここの髪の毛が顎のラインにまで伸びるまで、絶対切っちゃダメです。今日から私が責任を持って髪の毛を管理します。切るなら後ろだけです。伸びるのが早い方だから、たぶん、6月ぐらいには“アンニュイな生田斗真”になれますよ」
と、鏡越しに私を見てニコッと笑った。
いつのまにか「アリエールの生田斗真」が「アンニュイな生田斗真」になったが、こういう大胆な提案をしても、彼女はちゃんと真摯に応えてくれようとする。しかも、「髪の毛を管理する」なんて、なんだか専属のヘアスタイリストがついたみたいでまんざらでもない。
というわけで、私の髪型は今はまだ完成形じゃない。伸ばしている途中である。何でもそうだが、“途中”というものを評価してはいけない。6月には前髪がはらりと落ちて、爪を噛むのさえアンニュイに決まる髪型を披露できるはずだ。とはいえ、そんなことを周りにいちいち説明してまわるわけにもいかず、職場の同僚の男性には「いつも頭がボサボサじゃん」と笑われている。こういう奴はオダジョーや浅野忠信の頬に流れる髪の一筋や髭面のなんともいえない色気が分からんのだろう。
「あのね、ここの髪が顎まで伸びたら、全体的にパーマをかけ直してアンニュイな感じに変化するんだってば!」と言いたいが、「なんだそれ」とまた笑われそうな気がするので言えずにいる。
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by zuzumiya | 2014-03-22 11:43 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

人生についてまわる音

例えば、引っ越すたびになぜか川のそばに住んでいたり、坂道があったり、公園の近所だったり、どんなに移動しても人生についてまわるものがある。
私の場合は、それが電車の音で、もともと生まれた家からして線路端にあって、目の前を小田急線やロマンスカーが走っていた。同棲時代は世田谷線の線路のそば。結婚してからは田園都市線、今は西武線。先日、夫の住む家のトイレに座っていたら、風に乗って遠く武蔵野線の電車の音が響いてきた。そういう引っ越しにまつわる不思議な縁にふと気づいたのは、深夜の風呂場でだった。
浴用剤の白濁した湯から膝小僧の小山をぷっくり出して、私は静かに湯船に浸かっている。頭に浮かんでくるのは今日一日の出来事の断片、人の顔。湯の中でほとびてうねっていく昆布のようになって、ぼんやり風呂場の壁を見つめている。そんな時、聞こえてくるのが遠くを走っていく電車の音。天井の換気口からゴーッと音が来て、ゴーッと音が去っていく。その移動していく音の、次第に遠く細くたなびいていく感じが、深夜の風呂場に響いて、私は一層、しみじみと静寂を感じる。そして目をつぶり、うっとりする。
見えてくるのは夜の闇に切り込んでいく白い窓の連なり。車体は黒く闇に溶けている。
ほんとは西武線の通勤電車なんかじゃなくて、夜汽車がいい。昔の東海道線のように向き合う座席の、人はまばらで、みんなじっと目を閉じ眠っているような夜汽車。そこに私はぽつんと一人座って、頬杖をついて窓の外の闇を見ている。外灯が時折、迷い蛍のように流れていく。私はどこへ運ばれて行くのだろう。やっぱり夜汽車だから、北だろうなぁ。なんて、湯船に浸かりながらやんわり夢想する。
ノスタルジー。これが、電車の走る音の中で育ち、どこへ引っ越しても辺りが静かになる夜になればかすかに聞こえてくる電車の音を枕に眠ってきた私のノスタルジーかと思ったりする。
遠くを走る電車の音。それを耳を澄まして夜に聞く。理由などなく、そこに圧倒的な安らぎを感じる。
次に引っ越すとしても、私はきっと電車の音が聞こえてくる場所に住むのだろう。そう人生に約束されてる気がする。
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by zuzumiya | 2014-03-22 11:10 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

あなたならその時、どうする?

昨日、初めてスーパーで万引きを見た。
私のすぐ目の前にはショッピングカートを押してヨーグルトを物色している70代後半ぐらいのおばあさんがいた。何の気なしに見ていたら、おばあさんはヨーグルトをひとつ掴むと、カートにぶら下げた白い手提げの中にひょいと入れた。
「え、まさか万引き?」と即座に思ったが、「いやいや、カゴじゃなく手提げの中身を出して最後に精算するのかも」なんて思って(今思えばそんな精算の仕方ってないだろと笑えるんだけど、その時はとにかくそう思って←人間の脳ってビビると良い方に解釈するんだね、面白いよね)、後ろからそのまま様子を見ていると、おばあさんはもう一度売り場にかがんでヨーグルトを掴むと、今度はちゃんとカートの中のカゴに入れたのだ。
「じゃ、さっきのは万引きじゃん!」と思ったが、なにしろおばあさんの動きにはまったくよどみがなく、実に堂々として、というか、いたって普通だったので、ほんとに私が見たのは万引きだったのか、何か別のちゃんとした理由があっての行動なのか、自信がなくなった。
周りを見たが、店員はいない。
よくテレビでやってる“万引きGメン”らしき女性はいるかと探したが、それらしき人はいない。「あれは万引きが続いていて、困ってる店が雇うんだった」なんて考える。
振り向くと驚いたことにレジは結構近かった。レジの店員は当然ながらレジ打ちに集中していて下ばかりを向いている。誰も気づいてない。実に大胆な犯行である。
と同時に、やたらにドキドキしてきた。
「どうしよう、見つけたのは私だけだ。店員さんに言うべきか」
「でも、何て言おう、『あの人万引きしてますよ』? いや、『万引きしてるかもしれません、調べてください』か?」
「でも、私が間違っていたら、ゴメンナサイどころの騒ぎじゃないぞ」
頭の中では、店長が控え室の机に白い手提げの中身をぶちまけて、たしかにヨーグルトは出てくるが、よく調べると他の店で買ったシールが付いていて、店長と私が凍りつく映像が浮かぶ。
どうしていいかわからなくなった。
当のおばあさんは、カートをすいすい押して、余裕の横顔で角を曲がっていく。
「いいや、忘れよう。不確かなんだから、見なかったことにしよう」
気の弱い私はそう結論した。
だが、心臓のバクバクは依然として治らない。テレビでは孤独な独居老人が人の気を引きたいがために病的に万引きを繰り返していた。ならば、あのおばあさんも心の病なのか。そんな弱ってる風には見えなかったが…。
仕方なく私も買い物をはじめる。でも、あまりのショックで何を買うんだったか思い出せない。陳列された商品をただ目で追いながら、頭の中ではヨーグルトを手提げに入れた瞬間のおばあさんの映像ばかりが繰り返される。顔を上げたら、通路の先のレジにおばあさんの背中が見えた。別段、キョロキョロしている風もない。テレビでは、出口を出た瞬間に“万引きGメン”らが駆けつけて捕まえることになっていたが、「ここじゃ、そんな大層な事件めいたことは、絶対起きないよなぁ」と弱気になる。
結局、次に見たときは袋詰めの所で、持ってきた白い手提げにカゴの中身をぜんぶ入れ終わった後だった。なんだかんだ言って、まるで私が“万引きGメン女”のようにおばあさんの行動を遠巻きにじっと見ていたが、考えてみれば、私の方がろくすっぽ買い物もせず(カゴはほとんど空)、陳列棚に身を寄せて何かを伺うような怪しい行動をとっていたわけで、もし、ほんとうに“Gメン女”がいたら、おばあさんではなく、私こそ疑われるだろうと想像して可笑しくなった。
少ない買い物を終え(気もそぞろで必要なものは何ひとつ買えてなかった)、外へ出てみると自転車置き場にまだおばあさんがいた。一度だけ、ほんの一瞬だけ、おばあさんと目が合った。じろりと見られて、気のせいか、やけに冷ややかな目だった。
でも、すぐに目は逸らされ、おばあさんは自転車を押して前を向いた。知り合いのおばあさんが歩いてきたようで、声をかけた。おばあさん二人は立ち話をして笑っている。そこへもうひとり、おじいさんが歩いてきた。例のおばあさんがおじいさんにも声をかける。おじいさんはにこやかに挨拶を返した。
私にはその様子が「あんたが思うような悪人じゃないんだから、私にはこんなにも知り合いが多いんだから」と見せつけているかのように思えた。あるいは、「今日もうまくいった」と達成感から内心ほくそ笑んで、上機嫌であるかのように。
私は昔、その“万引きGメン”番組を見る前までは、万引きというのはまったくお金のない人がお金に困ってやるものだと思っていた。でも、実際はそういうケースより、多少でも何かを買うお金を持っていて、買い物をカモフラージュにしてさらに万引きをするという巧妙な手口が多いらしい。例のおばあさんも買うお金は持っていて、わざわざレジにも並んで、でも、たったひとつのヨーグルトを買わずに盗んだ。買えないなら我慢するか、何か他の商品を取りやめるかすればいいものを。いやらしい、と思う。
しかし、はっきりこの目で見たのに、何も言えずに結局は見なかったことにした私は、自分でもひどく情けなかった。
でもね、万引きって実際目の前で見ると、「まさか!」って感じで取り乱して、ほんとうにこっちがドキドキしちゃって、何にもできないんだよ。
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by zuzumiya | 2014-03-18 22:33 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

そのことの幸福と不幸

ひさびさにエレカシライブのDVDを見た。
宮本浩次。この男以外に好きだと思える男が出てこない。
すべての男が色褪せて見える。


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by zuzumiya | 2014-03-17 23:00 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

別居婚というじたばた

別居婚をしてみて半年足らずだが、いちばん思うのは関係性や意味を明らかにしないまま生きていた方がラクだったということである。離れてみると離れた意味を考え、またくっつこうとするとくっつく意味をひどく考えてしまう。意味なくしては行動が何も始められない。「なぜ、○○するのか?」が行く手をすぐに阻んで、慎重にも自問自答を促してくる。同じ屋根の下で生きていたらそれほどまで意味を考えることはなかったろう。たとえ考えたにしても日常に押し流され、そう考えてもいられずに、うやむやになっていったように思う。これが別居婚となると、互いが一人だから、えんえんと考えることもできるのだ。
やはり一緒に住んでいること、というのは大きなことみたいだ。一緒に住んでいるからこそ、些細なことで衝突は避けられないものだが、「ここにしか居場所がないから、いたしかたない」と諦めることが互いの短所にちょっと目をつぶり、相手を許容することへと繋がる。それぞれが別に居場所を持ててたら「けんかしてまで一緒にいる意味がない」と、そこで“意味”なんてものが立ち現れて、とっとと互いの安らかな居場所へ逃げ帰ってしまうだけだ。「折り合い」「許し合い」なんていうのは居を同じくしててこそ育つもので、そうしなきゃ生きていけないという生きる知恵のようなもので、今思えばそれが自然に、いつものこととしてできているのが“家庭生活”だったんだなと懐かしんでいる。
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by zuzumiya | 2014-03-16 15:59 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

私のなかの和歌~角田光代著『私のなかの彼女』を読んで(ネタバレ注意)~

a0158124_14142691.png角田光代さんの新作『私のなかの彼女』を読んだ。
私にとっては思い当たることが多すぎて、読んでいて精神的にはかなりキツイ内容だった。
主人公、和歌は大学で知り合ったひとつ年上の恋人、仙太郎が在学中に書いたイラストでメディアにもてはやされ、バブル期の寵児のように有名になっていくのを憧れと羨望のまなざしで見つめる。東京育ちで、ルックスも洋服のセンスもよく、食べ物や酒の趣味から、注目すべき文学、映画、演劇、音楽の知識まで、なんでも先んじて知っている仙太郎は和歌にとって、出来すぎた恋人であり、同時に未知の世界への“扉”。仙太郎が華やかに多忙になっていく傍らで、和歌は、いかに自分が田舎者で、仙太郎とは比べものにならないくらいセンスのない、芸術に疎い、無知で劣った人間かと劣等感ばかりを募らせていく。ほんとうは「仙太郎のお嫁さんになりたい」というしおらしい願望をひた隠しにして、どんどん先へ行く仙太郎の眩しい背中を追うように、対等になるべく、少しでも仙太郎に対等に見てもらえるよう、生きていこうとする。そんな中、取り壊し予定の実家の蔵から祖母が書いたらしい小説が見つかる。「男と張り合おうとするな。みごとに潰されるから」そんな言葉を残して、書くことをやめてしまった祖母への興味に駆りたてられて、仙太郎の背中を追いかけるべく、和歌はいつしか自分も小説を書いていくようになる。

この仙太郎、おそらく昔流行ったあのイラストレーター、「ミツル」だったか?を思い出しながら読んだ。私も大学が芸術学部だったから、在学中から活躍する先輩が多数いて、すごく羨ましかったし、自分と比べては妙に落ち込んだり、焦ったりした。だから、この大学時代の仙太郎と和歌の話、何げに二人の間にできてしまった上下関係、優劣の関係は実によくわかる。あの頃は「○○を知っている」「○○が好き」ということが人を判断するすべてで、明らかにそれで人種を分けていた。

やがてフリーランスのアーティストと会社員兼新人作家になった仙太郎と和歌は一緒に暮らすようになる。本来なら同じ作り手どうし、互いに創作活動を優先してうまくやっていくはずだが、実際は違った。明らかに先を行く者、それを追う者の精神的な格差(和歌が一方的に感じる劣等感)が既にできあがってしまった二人の力関係を秘めたまま、一緒に暮らしていくことの日常、そこで翻弄される和歌の心理描写がこの小説のなかでいちばん面白く、また、深く考えさせられるところだ。
多くの読者はおそらくこれが作家の角田さんの日常、あるいは過去の新人時代の日常だったんじゃないかと推測するだろう。作家の知られざる創作現場の姿だと。たしかにそのように読むのも楽しいが、この二人の暮らしぶりの描写は、創作のような仕事に限らず、女性が仕事を持つこと、その仕事に本気で打ち込めば打ち込むほど、男女の関係がこじれていき、どういうわけか女性の側にだけ後ろめたさや板挟みのジレンマがのしかかるものなのだという現実をよく表している。

<今までは、部屋に帰ってかんたんな食事をすませ、それから書いていた。けれど仙太郎と食卓を囲み、話が弾めば食卓を去りがたくなった。ビールを飲んでしまえばそれだけで書く気は失せる。週末にまとめて書こうと決意していても、仙太郎が洗濯をしていたり掃除をしていたりすると、自分も何かしなくては申し訳ない気持ちになる。>
(『私のなかの彼女』本文より引用)

仙太郎はこの同棲初期の時期、どうやって仕事をしていたかというと、

<「和歌が帰ってくる前にはいつも終えるようにしてるよ。だって、気、遣わせるだろ。ドア締め切ってかりかりなんか描いてたら」
なるほど、そのように自分に課しているのかと感心し、
「え」感心したあとで疑問がわき上がる。「ってことは、私が部屋にこもって仕事していたら仙ちゃんが気を遣うってことだよね? じゃあいつ私は仕事をすればいいわけ?」だって会社から帰ってくれば仙太郎はいつも部屋にいるのだ。
あ?と訊き返すような声を出したあとで、
「べつにぼくは気を遣わないからやればいいじゃん。和歌に気を遣わせたくない、って話だよ。それに自分の仕事の時間配分を、なんでぼくに決めさせるのさ」
仙太郎は呆れたように言った。意志の弱さを、買いものや家事や、酒や仙太郎のせいにしている自分に気づき、和歌は恥じる。>(本文より)

このセリフの引用だけでも十分、仙太郎と和歌の精神的な力関係がわかると思う。自分より早くに大学時代から仕事をこなしていた仙太郎の言い分は常にまっとうでスマートで隙がなく、それゆえ和歌がどれほど自分を幼く感じて恥じて、仙太郎に従っていたか。

それでも何とか和歌は書き続け、やがて権威ある新人賞候補になる。それを機に会社を辞め、本格的に筆一本で食べていく覚悟を決める。仙太郎は仕事場を外に持った。結局はその文学賞は獲れなかったが、同世代の作家たちと知りあう機会を得て、その交友を通じて、和歌は仙太郎に対して初めて自分だけの“秘密の部屋”を持ったと感じる。すなわち、仙太郎から教えてもらった世界じゃないもの、自分自身の手でも世界は広げられるということを初めて知る。

仙太郎が仕事場を外に持ったこの時期からが同棲の後期になるのだろうが、和歌は初めこそ仙太郎の言う“家事逃避”をして書けずにいたが、やがて時代はワープロからパソコンに変わり、関西では14歳の少年が前代未聞の殺人事件を起こした。時代感覚の鋭い仙太郎はその少年を取材してノンフィクションを書きたいと和歌に語る(この会話がもとで、後にアイデアの盗作と仙太郎に誤解されるはめになる)。和歌の方はパソコンの操作ができるようになると同時に、新たな小説のアイデアも浮かんで、かつてないほど猛烈に書くことにのめり込んでいく。

和歌は一切の家事を放棄する。荒れていく部屋のありさま、食事も摂らずトイレも我慢するほどの激しいのめり込み、反対に、家事を一手に引き受け、一人背を丸めて和歌の下着をたたむ仙太郎の姿など、この辺の疾走感あふれる生き生きとした描写は作者の角田さんの身に実際に起きたことじゃないかと勘ぐりたくなるほどのリアルさだ。仙太郎が作っておいた料理、仙太郎がたたんだ洗濯物、家事をしてくれている仙太郎の姿を思うたび強烈に襲ってくる罪悪感も、「書きたい」という欲望の焼け石には一滴の水のごとく瞬時に消え去ってしまう。作家とは、書くことにノっている時の作家とは、これほど盲目で、ジコチューなのかと驚くだろう。

私は今、再びこの辺りを読み返してみて、実はこんなことは本のどこにも書いていないのだけれど、和歌が貪り書いていたこの時期、仙太郎は仕事をしているといってもさほどに忙しくない、あるいはさほどに難しくない、どちらかというと細々としたチンケな仕事(後に和歌の言う「隙間の仕事」)をこなしていたのではないかと勝手に想像している。なぜなら、和歌に仙太郎が「そういうときってゲームしてるより酒飲んでるより、たのしいよな。トリップしたみたいに」と、ぼそっとつぶやく場面があるからだ。
そして、そうつぶやいた夜に限って、和歌との性交を今まで拒否していたはずの仙太郎が珍しく和歌を求めてきたということもある。こういう気の変わり方もやはり私に言わせば、仙太郎が弱気になっていると、おそらくその原因はたぶん仕事で、自分とは正反対に仕事にノっている和歌を見るたび、家事を全面的に引き受けた(引き受けられるほどの仕事しかしていない?)仙太郎は彼なりに危機感や引け目を感じていたのかもしれず、小説に夢中になって自分からどこか遠くに離れていく和歌を自分の元に引き寄せたいがために、男という力でもってねじ伏せたい=抱きたくなったのではないか、などと想像してみる。仙太郎の心をこの時占めていた感情は、おそらくはジェラシーというよりむしろ、遠くなる和歌への漠然とした不安や疎外感だったのではないか。

この気まぐれに抱かれた一夜のために和歌は妊娠してしまうが、どうしても完成させたい小説のために和歌の気はお腹の子から逸れていく。妊娠していても仕事を優先し、仙太郎から自覚を持つようにと注意されていたにもかかわらず、書くことに打ち込みすぎてお腹にいる子の存在を忘れ、何ら生活を改善しなかった和歌は、直接の原因は染色体異常だったにせよ、流産してしまう。この流産が引き金となって、仙太郎との関係は大きくこじれていく。

仙太郎という男は学生時代の早くから大人のなかで仕事をして、バブルのような華やかな時代にもてはやされたが、その分、自分が安っぽく“流行りもの”として扱われているにすぎないことや業界人の移り気もわかっていて、だからこそ、真逆の“地に足のついた”家庭生活に人間として信じるに足るまっとうさを感じていたのではないか。流行に敏感で、それなりの審美眼も選択眼もアレンジ力もあって、いわゆる“器用な人”だったのだろうが、仙太郎が和歌に言ってきたように、本当は仙太郎の方こそ、和歌以上に創作を支えるバックボーンがないまま、走ってきたのではないかと思う。

おそらく仕事の量はあっても“質”がだんだんと落ちていくにつれ、反対に妊娠していても貪り書くように熱中している和歌を目にするたび、仙太郎の内面には自然に「女は子育てに喜びと生きがいを見出すもの」という古風な男の面が次第に頭をもたげてきたのかもしれない。そして、和歌のように女が家事や子育てと関係ないところで全力を注ぐようなことをしていると、意識的というよりもっと生物的、本能的な部分で、男は何か「このままではいけない」という危機を察するものだと思う。なんていうか、漠然と自分の種や城を守るべく、実に本能的な力が働き「女は女でいてもらわなくては困る」という抑圧の意識が働くのだ。

ある日、ついに仙太郎は和歌に期限のない旅に出ることを告げる。すなわち、和歌は別れを切り出されたのだ。「二人で好きなことやって、家がゴミ屋敷みたいになって、コンビニ飯で腹を満たして、やっていけるのかな」「気がついたほうがやればいいと思ってたけど、気がつくのがひとりだけだったら、そっちは家政婦みたいにせこせこ家のことするしか、ないもんな」という仙太郎に、和歌は「今だけ忙しいだけだから」「そのうち仕事のバランスの取り方ができるようになるから」と必死に抗弁するが、仙太郎は口元に薄い笑みを浮かべて、さらにこう言い放つ。

<「きみは、ずっとこうなんじゃないかな。仕事をしようとすれば、それだけになる。自分の時間を自分のために使うことしかできなくて、他人を思いやる想像力を持てなくて、自分の汚した皿を自分で洗うのも、だれかにそうさせられているって思っていやいや洗う、そういうことしか、できないんじゃないかな」>

<「それはしょうがないと思う。だから、それでいいんだと思う。でもぼくはさ、そういう人に、だれかの心に届くようなものが書けるとは思わない。生活を放棄している人に、人の営みが書けるとは思わない。」>

<仙太郎が泣いている。
「どうしても思い出すんだ。あんなもののために殺された子のことを」
鼻水をすすって仙太郎は苦しげに言う。
「それでもきみはまだわからない。人のアイデアを奪ってすら、力もないのにまだ書こうとしてる。賞もらったら、その先どうするつもりだったの? 書くことで、殺した自分を正当化しようとしてる」>
(<>内は本文より)

仙太郎のこの一連のセリフは、小説の中でもいちばん強く深く、私の心を抉った。子殺し云々の件は別にしても、もしかしたら角田さんは過去にこのようなことを誰かにそのまま言われたのではないかと邪推したくなるが、仙太郎の言葉はまさにその通りと有無を言わさぬ正当な響きがある。でも、実際は日常生活、家庭生活がハチャメチャな無頼派のような作家たちもいて、彼らが作品で人間を描けていないとは言えないし、書いている作品がみな人の心に全く届かないというわけでもない。そんなことは仙太郎なら百も承知のはずだ。しかし、彼はそれを自分の恋人には当てはめたくないのだ。そんなふうになってほしくないのだ、自分の女には。この手の仙太郎のような男は実は多いんじゃないかと思う。というより、男とは本来そういう生き物だという気さえする。そして、そういう男たちの傍らで自分の仕事に打ち込む女たちはいつだって、男の望む女性像を突きつけられ、唖然とし、やりたい仕事との狭間でひとり思い苦しむのだ。
先日、永瀬清子の詩を読んでいたら、「黙っている人よ 藍色の靄よ」という詩にこんな件を見つけた。

詩を書く私はいつも自分一人になり切ろうとして
 ほかのことは何も考えられなかったから
 あなたはきっと とても淋しかったわ
(中略)
悪い妻 心なしの私は
できるだけあなたに尽くしたいとは思っても
つい遠い夢の方へ心がいったわ

でも世の中の男の人は
どんなに大きな岩みたいな仕事を彫りあげても
そのため妻に不在を詫びようとは思わないのに
 
私はただ柔かな身近な泥をこねていただけなのに
 なぜこうも可愛想でたまらないの
 あなたの方ばかりに私が向いていなかったことが

これはおそらく亡き夫に捧げた詩なのだろう。詩作に没頭するあまり、自分は良き妻ではなかったと反省しつつも、でも、懸命に仕事をすることで、なぜ女たちばかりがこんなにも“詫びの気持ち”を抱え込まなければならないのかという悩ましさもあって、複雑な心境が吐露されている。好きな仕事に没頭する女はいずれも同じ定めで、どこかやるべき本業から逸れている罪悪感を抱き、どんなに頑張っても男からの手放しの安らぎは貰えないものなのかと、ため息が出る。

仙太郎が旅に出ている間、和歌はコラムやインタビュー、映画評や書評のような細々とした仕事をし、いつしか長い小説が書けなくなっていた。仙太郎の捨てゼリフにひどく傷ついたからだ。やがて、突然、帰国した仙太郎は和歌との別居を申し出る。なすすべもない和歌は、仙太郎の不在を他の男で紛らわそうとする。やがて、仙太郎への思いまでもが歪んでいき、自分を書けなくさせた仙太郎に激しい怒りを覚えるようになる。取り憑かれたように本屋に行っては、仙太郎の本を探しまわる和歌。自分の祖母が師事した作家に恋をし、弄ばれ、男の言うなりに振り回されていくその姿に、仙太郎と自分を重ねて悶々と妄想する日々。和歌の書く小説のテーマである“妄想のなかで生きることと現実を暮らすことは矛盾しない”をまさに和歌は体現していた。

この“妄想のなかで生きることと現実を暮らすことは矛盾しない”はこの小説のもうひとつのテーマであるように感じた。祖母タエとその師、鉄治との関係、タエと和歌との関係、和歌と仙太郎との関係、それぞれはこの小説の語り手である和歌の、和歌自身が考えているひとつの妄想でもあるといえるからだ。和歌と仙太郎との関係も、実は和歌が学生時代からの劣等感から仙太郎を勝手に尊敬し、崇拝して、和歌のなかで実際の仙太郎とは違う“自分の思う仙太郎像”を形作ってきたにすぎないのかもしれない。結婚や家庭なんぞ仙太郎は望んでいないはずと決めてかかっていた和歌が、妊娠を告げた時の仙太郎の喜びように戸惑ったように。いつだって仙太郎にバカにされないように、低く見られないように、仙太郎の発する言葉の裏に自分を非難する何かが隠れていないか身構えるような和歌だったのだから、“こうあるべき仙太郎像”という妄想で自分自身を縛っていたともいえるのだ。人を好きになる、人に執着するということは、自分と相手との妄想を生み出し、そのなかに生きていくことでもある。そして、いつしか人はその妄想に現実の日常の方を合わせていけるものなのだ。自分の中で作った妄想と現実をうまくミクスチャーした世界を私たちは世界と見て、のうのうと生きているに過ぎないのかもしれない。

和歌はある日偶然、何年かぶりに仙太郎に会う。仙太郎は既に結婚をし、会社勤めをし、二人の子供の父親になっていた。別れた理由を改めて問う和歌に「きみが仕事をとったんじゃない。ぼくじゃなくて」という言葉が返ってくる。仙太郎の言葉はもはや和歌を傷つけなかった。そしてこれをきっかけに、自分に重なる祖母タエの書かなくなった人生に新たな結末を思いつく。

祖母はきっと愛する男のために文学をやめた。愛したからこそ、書かないことを選んだのではないか。そして、どんな形でも祖母は自分で自分の人生を選び取って生きたのだと和歌には思えた。そう思えることで、ようやく和歌は心の中の仙太郎を手放したと感じる。これは仙太郎という妄想の呪縛から自らを解き放ったということ。たしかに、「愛したからこそ、書かない」という選択は、女には、女にだけは、あり得る。そしてその選択こそ、いちばん腑に落ち、いちばん幸福な、誰も傷つかない結論だったのではないかとなぜか私にも思える。

エジプトへの取材旅行で、和歌は気づく。
仙太郎との恋愛によってたしかに自分は歪んだし、自らも歪むがままにしていたと。人と親しくなることは、どこへ連れて行かれるかわからない怖さもあれば、どんなふうに自分が歪んでしまうかもわからない。仙太郎との長年にわたる関係で、人と関わることが恐ろしいくせに、それでも人の暮らしの近くにありたいと和歌は願う。この和歌の抱える矛盾こそ、私は書くこと、書きたいと願うことに強く繋がっているような気がしてならない。この矛盾こそ、和歌を支えるほんとうのバックボーンじゃないかと私は思う。

そして、和歌は立ち寄った店で、壁に飾ってある凛とした佇まいの女性作家の写真に釘づけになる。彼女がまとう、ぞっとするような孤独。でも同時にその孤独に強烈に惹きつけられている。いつかは自分の矛盾がそのような孤独に姿を変えればいい、と和歌は思う。これはすなわち、彼女のひとつの決意なんだろうと私は受け取った。書くことを選んだ和歌の、我が身に引き受けなければいけない孤独だと。でも、きっと長い時間の果てにはそのような孤独も彼女のように美しい何かに変わっていってほしいと。
結局、女がこの社会の中で何かを成すには、男にも増して孤独を引き受けなければならないのだろう。
たとえ、そうならなくても、女が前を向いてすっくと立つには、その“覚悟”が何よりも大事なのだろう。
和歌の心にはもう“秘密の部屋”はない。和歌自身の大切な部屋があるだけだ。
そこには誰も立ち入ることはできない。それを和歌と付き合う男性が永瀬清子の夫のように孤独と感じる日も来るかもしれない。入れてやれないことを和歌自身が孤独と感じるかもしない。でも、きっと和歌はその部屋をなくさない。タエのように鍵もかけないだろう。そして、私は、と立ち止まる。和歌の抱える矛盾がバックボーンになり得るなら、きっと私も同じ。私もその部屋を持ち続けて、鍵はかけたくない。だからこそ、この物語は堪え、今もなおこんなに堪えている。私のなかの和歌に。
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by zuzumiya | 2014-03-16 09:37 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(1)

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