暮らしのまなざし

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人に愚痴を言うことは

会うたびに仕事の愚痴しか言わない人がいる。
「今日も怒られちゃったよ」と半分沈んで半分は怒って、「聞いて聞いてー」とせっついた調子で話し出す内容は、聞けば確かに注意されたといっても、あまりにつっけんどんな物言いをされていて「何もそんな言い方しなくてもいいのになあ」「どうしてそんな事いうのかねえ」と思わず同情する話なのだが、さらに聞いていけば「パートだからって馬鹿にして、下に見てるのよ。『お疲れ様でした』の挨拶もないんだよ」とか「事務所だって『○○さん、もう慣れましたか』のひと言も言ってこないし」とか「お菓子食べて休んでばかりいて、あれは一体どういう休憩のシステムなんだろう。こっちは水分補給も気が引けてできないでいるのに~」とか「週に3日じゃ覚えられないわよ」とか、矢継ぎ早に弾丸トークで出るのは怒りの込められた愚痴ばかり。
こちらもノリに合わせて愚痴のひとつも披露すれば、ほとんど上の空の軽い相槌で、いかにも「そんなのより、私の話を聞いて」と言わんばかりのせっつく勢いで、「それでね」とまたしても自分の話を始める。
こりゃ、負けた~と苦笑して相槌を打ってはいたが、時にまじまじと彼女の顔を見てしまった。
「ああ、ここにも夫と家族に見放された孤独な主婦がひとりか…」と哀れに思う。
家に帰って夫にこの手の愚痴話をしても、適当に聞き流されて親身には聞いてはもらえてないだろう。年頃の息子や娘も自分のことに精一杯で「うるさい母親だなあ」と取り合わないに決まっている。きっと、家でもこんなふうに一方的に「大変だ~」「疲れた~」と愚痴ってばかりなんだろうなあと、つい想像してしまう。知らないだけで、夫も大変、子供たちも大変、みんなそれぞれに鬱屈を抱えて生きているから、ひとりで何とかせねばとは思わないのかな。
素敵な大型マンションに住んで、ずうっと専業主婦で、ようやく社会復帰と就いた仕事は週に3日、しかも4時間の雑務。私にしてみれば、稼ぎのいい夫に大事に養われ守られた温室育ちの奥様だ。
「週に3日とか言ってないで週5日出れば、覚えられるんじゃないの?」と私が冗談っぽく言えば、「そんなにやったら、倒れちゃうもん」とか(私は週に5日出てるし、前の図書館の仕事はほとんど休みなく家でも働いていましたが)。仕事が覚えられないなんて覚えようと頭を下げて訊いたり、メモしたり、整理したり、陰で努力してるのだろうか、とか考えてしまう。何より、そんなに仕事が嫌なら辞めりゃいいのに、ほんとは十分食べていけるんでしょ?と思ってしまう。
おそらくは彼女のふくよかでほわ~んとした柔和な容貌(私はそれは彼女のいいところだと思うし、何より彼女が家族に守られて生きてきたことの証拠だと思う)やちょっとスローモーでルーズな感じ(面接日に遅刻し、その後の打ち合わせにも何と15分遅刻した)など、周りに「このおばさん、まるっきし主婦然としてるけどマジに働く気あんの?大丈夫?」と思わせる何かがあるんだろうなあ、とは思う。よく女の世界にはありがちだが、のほほんとしてる彼女に向かって「社会ってね、思いのほか厳しいもんなんだよ」と苦労しているみんながぶつけたくてしょうがないんだろう。苦労はしないに越したことはないんだが、少々キツイ言い方かもしれないが、自分の愚痴ばかりを吐き出して、浴びせられた方の身になることがこれっぽっちも想像できないくらい人に飢えて人に甘えてること、その恥ずかしさをどうしたら気づくのかな。
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by zuzumiya | 2013-05-30 00:13 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

ご無沙汰しておりました

実はちょっと前まで『ロスト・ケア』の読後の影響で介護と死についての本を読んでいました。例えば『日本人の死に時~そんなに長生きしたいですか?~』とか『「平穏死」という選択』とか。映画も周防監督の『終の信託』を見ていました。
特養で働いていると、目の前にさまざまな認知症のお年寄りがいて、百歳を超えている方も結構いて、いろいろと暗いことを考えてしまうのです。長生きが果たしてどれだけ幸せなことなのかとか、特養で死んでいった祖父のことや母のこれからのことや、自分の老後のこととか。
食事介助していても、問題を抱えた方が多くいて、いつでも複雑な気持ちです。スプーンを持っていくとなぜか口をギュッと結んでしまい、なかなか開けてくれない方、眠りがちで口に食べ物を含んだままウトウトして飲み込んでくれない方、ヨーグルト味の流動食のようなものをスプーンであげていると、いきなり前ぶれもなく嘔吐してしまう方、とにかくむせやすい方など、いろいろです。
逆に、スプーンを持っていくと自動的に口を開けてしまい、いつも出されたものは完食してしまう方もいます。認知症のせいで「今日はあまり食欲がない」「これは好きじゃないから、食べたくない」と言葉にして意思表示ができないのでしょう。私の担当のおばあさんもよく食べてくれる方ですが、時折、眉間に皺を寄せて口を開けていたり、舌でスプーンを押し気味だったりするので、そういう時は「あまり食欲がないのかな」「これは好きじゃないのかな」と思い、そう口に出しますが、反応も言葉もイマイチ分からず、結局はそのまま完食させてしまったりします。
生きるために食べる。生の根源にこんなにも関わっているのに、仕事でもあるし、はたまた資格もない単なるパートでもあるし、自分のやっていることが大事なことのはずなのに「こんなんでいいのだろうか」と思ったり、でもスタッフの一員として何も教えてくれない、言ってくれない職場だから「それならそれでいいや」だったり、とにかく複雑です。
食事のあとはテレビを見るわけでもお喋りするわけでもなく、ただその場でじっと目を閉じ、車椅子にもたれて居眠りしているだけのお年寄りを見ると、なんだかなあ~という気になります。
それでも介護士たちは懸命に動き、今目の前にあるひとつひとつの仕事をこなしています。私もおそらくは多くの介護士たちと同じような気持ちのカーブをたどっているのでしょう。
デビューしてすぐに、老いること、特にこの国で老いることに愕然とし、がっくりときて、その希望のなさに落ち込むものの、ある時期からは将来を憂いていても始まらない、つまらない、あくまで仕事として、ルーティンワークとして、実に客観的に冷静に他人事として処理し、なるべく余計なことは考えないようにして、現実問題だけを順序よくパッパとクリアしていく姿勢に切り替えて生きる。今はようやくそうなりましたが、ちょっと前まではずっと落ち込んでいて、パソコンに向かう気にもなれず、文章を書く気にもなれず、ブログの更新もしていませんでした。
「老いながら、この国であと40年近くも生きていくのか」「老いて生きていく希望は何だろう」と考えては、よく分からず、ただ精神的に疲れてしまいました。本はミステリーを読んだり、ハリウッドの娯楽映画を見たりして、現実逃避をしていました。いつものように考えることや落ち込むことに脳みそが飽きてきて、ようやく今に至ります。結局は、その時がくるまで生きてみないと分からないのでしょう。悪いことばかり想像していても今がつまらなくなるばかりです。仕方がありません。
そうそう、『ユッカ・エスコラ・オルケスタ・ボッサ』というボサノバのCDを予約しました。これからの季節、ボサノバでもかけて、素敵な宵を楽しみます。

※具体的に事細かに職場や仕事のことが書けないのも、ひとつのストレスなのかもしれませんね。
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by zuzumiya | 2013-05-18 17:06 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

石崎ひゅーいってばさ。

久しぶりの更新です。今さっき、Mステで「石崎ひゅーい」というシンガーを知りました。尾崎豊のプロデュースをしていた須藤晃さんという方が「出会ってきた天才の中でもいちばん叙情的なロックシンガー」と評価していたようです。叙情的というからには放っておけません。ひゅーいというのは本名で、母親がデヴィッド・ボウイのファンで、息子のゾウイという名をヒントにつけたといいます。黒いもしゃもしゃヘアー、白いシャツに黒の細身のジーンズ、コードのついたマイクでステージを所狭しと動いて熱唱する姿、しかもシャイでちょっと髪をいじったりします。エピックからデビューだし、エレカシのファンは「あれれ?」と思ったのではないでしょうか。声はどちらかというと吉井和哉さんに似た感じかな。業界がイチオシらしいんですが、なんだかなあー。エレカシファンはどう見るのだろう。
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by zuzumiya | 2013-05-17 21:53 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

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