暮らしのまなざし

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もらい笑い

仕事と家事の忙しさで一日の時間が過ぎていき、気がつけばパソコンの前に座ることもなくなっていました。近所の老人ホームへ昼食と夕食の食事介護の仕事に出かけて、もうすぐひと月になります。
入居しているお年寄りやスタッフの名前、仕事の手はずや勘所も憶えて、ようやく少しだけ気持ちに余裕が持てるようになり、こうして今日は机に向かっています。
私が通っている館はありがたいことにとても職場の雰囲気が良く、スタッフ同士の連携や仲の良さが伝わってくるところです。私が入ってすぐの頃、娘と同じ年で、ヘルパーの免許も持っている一ヶ月先輩の女の子が一枚の紙切れを持っていました。聞くと、「アンケートみたいなんだけど、スタッフ全員でそれぞれの良いところだけを書き出すんだって」と教えてくれました。定期的に行っているのでしょうか、とても良い習慣だと思いました。もともと人の良さを見つけることの得意な私ですが、それを聞いて以来、スタッフの顔と名前を憶える際に、一緒に良いところも探して心に刻みました。
たしかに仕事をしていても自然と笑顔になることが多いです。
まずは、痴呆のお年寄りたちが食堂に一同に会した際の、それぞれの痴呆のなせる賑やかさ。食事はまだかと「おーい!」とスタッフに向かって大声を出している方がいれば、それをいきなり「うるさいよッ!」と激しい剣幕で怒鳴り散らす方、目を閉じて一人で妄想の誰かと喋っては相槌を打っている方、伏せていた顔を突然上げ、何かを必死に懇願してはまた顔を伏せてしまう方、そして、痴呆なのか正気なのかわからないくらい、歯に衣着せぬ物言いでスタッフの悪口を軽く言ってのける方、奇抜で突飛な妄想のおしゃべりが止まらない方…。ほんとにいろんな方がいて、まぁ賑やかです。それに対して、勝手知ったるスタッフたちのあたたかい、ユーモアあふれる受けこたえの微笑ましさ。
先日、耳にした会話で面白かったのは、「○○さん(スタッフの名前)がダンナの持ってきた油揚げをみーんな食べちゃったんだよ」と言ってのけるおばあちゃまに、「また私が悪者なの~? 私、キツネじゃないんだから油揚げなんて食べてないもん」と返しているのが面白くて、「なんで、油揚げ?」と食事の介助をしながら私も肩を震わせて笑ってしまいました。
でも、笑いというのは素晴らしいものです。たとえ、話している内容がわからなくとも、目の前でスタッフみんなが笑っている、介助している私も笑っている、ただそのことがうれしくて、食事をしているおばあちゃまが“もらい笑い”をすることがよくあります。
そんな時、「みんなが笑ってると楽しいねぇ。よかったねぇ」と声をかけて、しみじみとおばあちゃまの手をさすってしまいます。
家庭のような楽しい雰囲気で食事をする。食事時間を楽しむ。お腹と心でしあわせを感じる。「機械的に食べ物をきちんと摂取させること=食事」ではないことをここのスタッフは分かっている、そのことがお年寄りの身内でなくともありがたく、頼もしいことと思えてなりません。
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by zuzumiya | 2013-01-31 15:30 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

ご飯の温かみと一緒に記憶されているもの

老人ホームで食事介助の仕事を始めています。
私の配属されたところは比較的痴呆が進んでいて、介助を要する方が多いところです。
ヘルパーの免許はなく、保育士の免許と乳児保育の経験しかありませんが、痴呆があって子供返りしているおばあちゃまのお世話なので、「○○ちゃん、大きなお口あけて」「あ~んして」と下の名前で呼んでは(ご家族の許可を得ているそうです)、手を握ったり話しかけたりして、笑顔で介助ができています。
老人福祉については知識がまるでないのですが、いろんな痴呆のタイプがあるようで、いつも何かに怒って文句をぶつぶつ言っている方、赤ちゃんの人形を大事そうに抱きしめている方、幼い頃に返って子供のように髪留めをして可愛らしく着飾っている方、食べることが大好きでいつまでもお茶碗を握りしめて舐めている方、ほんとうにいろいろです。
私がこれから向かう先は果たしてどのタイプなのだろうと考えてしまいます。
痴呆が進んでいる方でも、私が雑巾でテーブルを拭こうと近づくと、「すみませんね」「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げて感謝の言葉をかけてくれるのには驚きました。それから、ほとんど目も開いていないような姿で、ただただ何かを口の中でぶつぶつとつぶやいているおばあちゃまが、口の端からこぼれた分をエプロン越しの指先で、まるでナプキンでのマナーのように口元をそっと拭った仕草を見かけたときには、この方の若かりし頃の品の良さ、育ちの良さが伺い知れて、人間って、そういうものかと静かに感動しました。
あるとき、食事中に「おかあさ~ん!」と叫んだおばあちゃまがいて、思わず胸にぐっと来ました。スプーンで「あ~ん」と促されて口を開き、温かな粥がのどを伝わって腑に落ちていくその満足に、思わず、つぶった目の中に母親の顔が浮かんできたのでしょう。
ご飯の温かみと一緒に記憶されている母親というもの。勤めている女性職員の多くは家族持ちの主婦ですから、みな心の中に何とも言えないせつなくて温かなものが満ちてきたのじゃないかと思います。
赤ちゃん人形を抱きしめ、愛おしそうに頬ずりしているおばあちゃまも見ていて微笑ましいです。人形は自分の子供なのか、それとも自分が子供になって人形として宝物なのかわかりません。でも、母親としてでも、少女としてでも、女性というものはいくつになっても、たとえ痴呆となっても、育み守る性なのだ、それで安らぐものなのだということが微笑ましいのです。
これから、まだまだいろんなことが見えてきて、いろんなことに気がついていくでしょう。
痴呆のお年寄りだからこそ、教えられることがきっとたくさんありそうです。
仕事と仕事の合間に家事もして、予想通りまた時間に追われています。でも、一緒に入った仕事仲間とメールで互いに励まし合っているので、なんとかやれそうです。
頑張ります。

お正月の休みからたくさんの映画を見ています。
『サンサジの樹の下で』は今さっき見て泣いてました。園子温監督の『冷たい熱帯魚』はものすごく怖かった。『アジョシ』はカッコよかったし、いいお話でもありました。最近、韓国映画の出来の良さにはビックリしています。他にも『アンノウン』や『ロシアン・ルーレット』『ストーカー』韓国版『黒い家』『スマグラー』『ゴーストライター』『チェイサー』『バトルシップ』などなど、いろいろ見てますが、感想は昔のようにいちいち書けなくなってしまいましたが、備忘録として書いておきます。すみません。
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by zuzumiya | 2013-01-10 16:46 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

あけましておめでとうございます。

ブログ内の一昨年の暮れの記事を読んでいて、「ああ、この年は夫婦二人きりでおせちも用意しなかったんだな」なんて思い出していました。
今年は家族全員が揃って、そして猫のももちゃんも加わり、賑やかで愉快なお正月を過ごしています。やはり、家族が一緒にいるって楽しいものです。
昔、神社へのお参りの帰り道で、元旦にもかかわらず、家々のベランダには所狭しと布団やら洗濯物やらが干されてあるのを見たとき、主婦の忙しい暮らしは何ひとつ変わらずに続いているんだってことが、とても微笑ましく平和に思えたことを思い出します。
家族が揃っていて、みんなでご飯を食べたり、映画やテレビを見たり、冗談を言って笑い合ったりすることが、ものすごく大事で幸せなことに今、思えています。
大きな病気をしたわけでも、何かを失って気がついたわけでもありません。しいて言えば娘の「この家族でいられる時間は少なくなっていく」という言葉が家族というものをもう一度見つめ直すきっかけになったと思います。すべてのことに期限がある、すなわち別れがあると思えば、ほんとうに今という時間の愛しさは深く濃くなるばかりです。
今年は仕事もまた始めることになりますが、何よりもまず家庭を大事に、育み守るよいお母さんでいようと思っています。暮らしのなかから見つけたささやかなお話をまたここで書いていこうと思います。
どうぞ今年もよろしくお願いします。
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by zuzumiya | 2013-01-02 01:07 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(2)

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