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子育てのご褒美

仕事を辞めてから専業主婦に戻ると、子供たちが待ってましたとばかりに私に甘えてきました。「7時に起こして」「あのお弁当飽きちゃった」「チョコレート買ってきてくれた?」「セーター洗濯しておいてね」などなど、毎日いろんな注文がきます。時にはあまりのわがままにちょっとカチンときて「お母さんだっていろいろ家事があって大変なのよ」と文句を言うと、娘は「よそに仕事に行く方がずっと大変でしょ?」と言い返してきます。彼女は美容院で7時間立ちっぱなしのアルバイトを始めて、先日初めてのお給料を頂いてきました。学校ではなく社会で他人と折り合って仕事をすることの大変さがひしひしとわかってきた娘です。そう思えば、まあ許してやるかと親バカが顔を出してしまいます。
深夜になるとゲーム制作会社に勤めている息子が帰ってきます。作品の締切期限が近づいていて、今年入ったばかりの新入社員なのに、残業と休日出勤で仕事三昧の日々です。忙しくて使いようがないというお給料から4万円も食費として家にお金を入れてくれているのに、家で食事ができるのは土日のみという具合。そんな彼に私のできることは仕事での愚痴を聞いてあげること、それから「日本だけじゃなく全世界レベルで、子供と家族の笑顔を作るんだから、すごい仕事してるんだよ」と励ましてあげることぐらいです。
先日、二人の子供たちの出勤時間が重なり、朝一緒に出かけたことがありました。
「行ってらっしゃい」と玄関から送り出し、マンションの廊下を二人前後して歩いていくその背中を見た時に、何とも言えない喜ばしさで胸がいっぱいになりました。子供たちは遊びにいくのでなしに、今日一日世の中の誰かのために働いて尽くしに行くのだと思うと、その背中が見られただけで私の子育ては成功したんだ、とはっきり思えました。うれしいやら、誇らしいやら、ようやくここまで来たか、と思いました。子育てのその時々のさまざまな苦労は、この一瞬のこの晴れやかさのために、与えられていたのだと思えました。
幼いお子さんをお持ちで子育てにてんてこ舞いのお母さん方に、思春期のお子さんに毎日頭を悩ませているお母さん方に、子育ての先にはこんなご褒美も待っているものよ、とちょっとお知らせしたくてこれを書きました。
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by zuzumiya | 2012-11-30 15:23 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

最近の読書から

井上荒野 『結婚』 角川書店
詐欺師の宝石商の男と不倫関係になり、夫と別れたるり子。今は男の気持ちが離れたにもかかわらず、腐れ縁のように女を次々と紹介しては詐欺の片棒を担いでいる。彼女の愉しみは朝食後に読む新聞の投書欄や生活面の素人エッセイ。

「ひとは嘘しか書かない。るり子はそう確信している。だから投稿エッセイを添削する。きれいごとの向こうにあるものを引きずり出す。この手の文章を守っている嘘は卵の殻みたいに脆いから、ちょっとつつけば事実がとろりとこぼれ出てくる。
(中略:ここでるり子は具体的にエッセイの嘘と思える箇所を挙げてみるが、それはそもそもるり子の想像でしかない)
そんなふうに考え巡らしていると、あっという間に中野駅に着く。満足感といくらかの自己嫌悪を携えて、るり子はアーケード街を通り抜けた。」 (本文より)

このるり子の他人のエッセイへの心情を読んで、少し複雑になった。
「エッセイは所詮、自慢話だ」と書いたのは誰だったか。
るり子に倣って今朝の朝刊を開いてみると、あるある。60代の老女が綴った短いエッセイ。ここに転載することはできないが、いつもと変わらぬ一日の終わりに、夫と並んだ布団の中で過ぎていたことに気づいた41年目の結婚記念日。
たしかにその文章には平凡で慎ましやかで、でも穏やかで安らかで、といった夫婦の日常が見えてくる。お日様の香りのする布団、結婚してからずっと夫に切ってもらっている髪、近くの温泉でのんびり手足を伸ばしたこと、結婚以来続いている夫の作った無農薬野菜で作る弁当など、幸せのキーワードがこれでもかといわんばかりに、短い文章の中にいくつも散りばめられている。あまりにまばゆく幸せすぎて、なるほど、るり子のように“嘘”を暴きたくもなる。
でも、と書き手でもある私は思う。
写真だってそもそもいい時しか撮らないではないか。喧嘩しているときに家族の写真など撮ろうとも思わない。心に触れたいい時を残しておきたくなる、エッセイもそういうもんじゃないか、と。自己満足。書き手はそれで貫いてもいい。
だが、読み手にとって、時に他人の文章は鏡のように予期せぬ自分というものを強烈に映し出す。読み手は、嘘だの何だのアラを探さずに自分の中に湧き上がってきた心情こそ直視すべきなのだと思う。るり子のように、幸せのどこかに隠れている嘘を暴こうとして得た満足感といくらかの自己嫌悪の両方を味わっている今の自分というものを…。
私もこのるり子の話と新聞の老女のエッセイを読んで、心の中の奥底に澱となって沈んでいた不安がほんの少しばかりかき乱されたような気がする。
それがどんな不安であるかはわかっている。けれど、私の中でどうすべきかの答えは出ていない。うやむやにしたまま、もう何年も心の奥底に沈めていた。
「ひとは嘘しか書かない」の言葉がまたよみがえる。私の書いてきたものは果たして何なのだろう。何を書いて、何を書かずに呑み込んできたか。呑み込んだものは果たして死ぬまで呑み込んでい続けられるものだろうか。嘘とは何だろう。希望かも、あるべき理想かもしれないと思うと、ぞっとした。
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by zuzumiya | 2012-11-26 22:25 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

私のキャッチ&リリース

年をとってよかったなと思うことのひとつに、嫌なことに対するキャッチ&リリースが上手くなったことが挙げられます。キャッチの部分はこれはもう性格ですから、仕方がありません。大事なのはリリースの部分。若い頃はなかなかできなくて、暗い気持ちや辛い想いを大事に抱え込んだまま何日もネチネチ反芻しながら生きていました。反芻というのは、ただ思い浮かべるだけじゃなく、愚痴として人に話すことです。人に話せば少しは救われると信じてやまない人がいますが、話すたびに怒りやダメージが心の中で再現され、へたをすると増幅され、何度も怒りや失望を味わうことになります。話された方も相手に深く共感し、さらに傷つけないように上手く慰められなければ、怒りのとばっちりを受けていつの間にか二人の関係さえ悪くしてしまいます。愚痴を言ったり、聞いたりするのが友情や愛情の証というのは、間違いだと思います。“愚痴を言わない”ということのやさしさと強さを夫と生活して気づかせてもらったように思います。自分でコントロールできない心を人に「何とかしてくれ」と押し付けるのは本来おかしいことです。
大人になるとは、孤独を知ること。どんなに愛した人でもその人の心のすべてを知ることはできない、相手にとっても自分はそうで、お互いが侵し難い孤独を抱えて生きているということをきちんとわきまえる必要があります。誰をも巻き込むことなく、負の感情に包まれた時は一人になって、自分一人で何とか処理しなくてはなりません。それがリリースです。
私は何か嫌なことがあって落ち込むたびにまず自分で「キャッチ&リリース」と心の中で念じます。そしてイメージします。川の流れか両手を広げて風船を宙に放つ感じです。何度も繰り返していると、それだけでも少し気分が違ってきます。あとはそういう時こそ、きちんと生活してみようと思います。時間と体力があれば、何かおいしいものを作ろうとします。料理は刻んだり、手を動かすことで気持ちが一点に集中できる気がします。煮込む料理は鍋の中をかき回したり、見つめることで気持ちが自然と“無”になるような気がします。
お気に入りの入浴剤を入れたお風呂にゆっくり浸かることも大事です。お風呂の中では考え事をせずに、外の街道を行く車の音を聞きながら「どこまで走っていくんだろう」と想像してみたり、夢の中で見た知らない町並みを思い出してみたりします。じっくりたっぷりお風呂に浸かって出たら、バスタオルを干しにベランダへ出ます。火照って汗ばみそうな体が冷たい夜気に触れて、すうっと目が覚めた感じがして、頭の芯までシャキッとします。たちまち、気分がさっぱりします。バスタオルを干しながら見上げた空にいつものようにオリオン座を見つけると、何だか安心して、「ああ、今日もいい一日だったじゃないか」とじんわり思えてくるのです。
それからいい匂いのするボディクリームやハンドクリームでていねいに手足をマッサージします。自分流のリンパマッサージです。さっぱりとして少しハツラツとした心が今度はしっとりと静かに落ち着いてきます。この頃になると、自然と頭のなかに“健やか”という言葉が浮かんできます。どこへも行かず、誰かに逃げ込まず、いつもの暮らしの中からでもこうやって何とか立ち直ることができる自分に「大人になったなぁ」と少しだけ喜ばしい気持ちが湧き上がってきます。
他にもくよくよ考えずに寝ると決めて寝てしまったり、コンビニで小さなお菓子を買って、帰り道、夕日を見ながら食べ歩きしたり…。あの手この手を使います。人にはそれぞれのリリース方があるでしょう。大事なのは、自分の孤独を手懐けて生きていくことは諦めでもなく、情けないことでもなく、恥ずかしいことでもない、と知ることです。大切な人との関係をわがままに汚さないことができるようになった、と思うことです。
あなたのリリース方は何ですか?
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by zuzumiya | 2012-11-26 18:18 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

猫に教わる

猫を飼って、いろいろなことに気づかされます。仔猫でまだ遊びたいさかりのももちゃんは、部屋中を走り回っています。身体が丸々と肥えてきて、しっかりと足の筋肉もついたので、ものからものへジャンプするのが楽しいようです。ジャンプするたび、昨日できなかったことが今日挑戦してできた、そのことにうれしくてしょうがない様子が見てとれます。
講演会が縁で親しくさせて頂いている先生の本に「子どもをあれこれ分析せずに愛でなさい」という文章があります。猫を飼った今になって「ああ、こういうことだったか」とわかった気がします。愛でる。そして「すごいなあ」と感動する。実際には猫育てでなく子育てですし、その最中にはなかなか難しいこととは思います。先生が詩人だからこそ出た言葉という気もします。でも、頭の片隅にこの言葉があるとないとでは子どもに向かう心持ちが全然違うだろうとは今思います。
それから、猫がいろんな所を探検したり、どこでもごろんと横になったりするので、以前よりずっと隅々まで掃除する癖がつきました。猫が隙間に手を突っ込んで遊んだ後に綿ぼこりが出てたりすると、そんなところで遊んでいた猫が悪いのではなく、自分の掃除の仕方が生ぬるかったと思うようになりました。猫が物を倒したり、落としたりすれば、そこに置くのが悪い、本当にそこに置いておく必要があったのか、ちゃんとしかるべきところに仕舞うべきではなかったかと、ふと考えます。猫バカ、猫至上主義というわけではありませんが、「猫が教えてくれているのかも」と捉えれば、へんにカリカリせずに済みます。
落ち込んでいるとももちゃんにもわかるらしく、にゃおにゃお鳴きながら頭を擦り寄せてきます。今日も「考え事をしてるの。ほっといて」と軽くあしらった先で、ももが何やらいたずらをしている物音が。見ると、夫のベッドの枕元に置いてある雑誌の表紙に猫パンチをしていました。ももがドライヤー以外に猫パンチをしているところを見たことがなかったので不思議に思って行ってみると、雑誌の表紙はなんと、矢沢永吉の顔のドアップでした。爆笑してしまい、そのまま気分が晴れたのでこれを書いています。もものおかげで笑顔は確実に増えました。
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by zuzumiya | 2012-11-20 12:57 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

年を重ねたら、丸襟もまた素敵!

子供の頃からボーイッシュな方でしたので、シャツやブラウスの襟はすべてとんがった三角形の“シャツカラー”のものばかりを選んできました。先日セールがあったので、試しに小さな丸襟のオフホワイトのブラウスを買ってみました。女性らしいやさしいラインの襟のスタイルは私にしては冒険です。ところが着てみると、ベリーショートの髪型に似合って、なかなかいいのです。丸襟のおかげで表情がやわらかく見えます。だから、鏡を見るたび動くたび、うれしくなってなんとなく自然に口角も上がるといういい循環です。プレスされた白のYシャツのマニッシュな三角襟はピンと張って、「シャツを着たんだぞ」と心身ともにシャキッとさせてくれますが、丸襟は肩肘張らずにでしゃばらず、ふんわり福々とした上品なオーラで包んでくれます。年を重ねたら、“三角襟でスッキリ若々しく”という効果もありますが、“精神的に練れた大人ならではの柔和な丸襟”というのもまたいいものです。

※髪を切ったので、襟の種類が気になって調べてみました。
小さなスカーフを巻いたような“ショールカラー”も素敵です。今度、挑戦してみます。
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by zuzumiya | 2012-11-19 18:51 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

贈り物

絵はがきで近況報告をしあう“絵はがきごっこ”を提案して、先生からも返事のはがきを頂きました。その中で、先生がマイコプラズマに罹ってヨレヨレになって、ものすごく疲れていらっしゃるというのが分かり、早速お見舞いの品を買いに行きました。
先日、私が買って毎日すごく癒されている無印良品の“LEDキャンドルライト”のピンクを2つ、それからキャンドルライトを灯しながら、ゆったりと聞いてほしいジャズピアノのアルバム“The Melody At Night, With You”(Keith Jarrett)をセットにしてみました。中に入れるカードは、昔ヨーロッパ旅行でごまんと仕入れたポストカードコレクションのうち、白黒のオキーフが頬杖をついて正面を向いているポートレート(スティーグリッツの撮ったものではなかったような気がします)を選びました。先生がオキーフの絵をお好きなら喜ばしいですし、ご存知ないようならこのはがきが知るきっかけになると思い(娘さんは版画家なのでご存知かもしれません)、オキーフの名のところにマーカーを引いておきました。編集者も心配するほど仕事熱心で気丈な方なので、「病気の時くらいはゆっくり休んで下さい」と言葉を添えて送らせて頂きました。
贈り物を選ぶたびに、高校時代の友人を思い出します。彼女はよく言う“プレゼント好き”でした。何か事あるごとに私にちょっとした素敵なものを見つけてきてくれました。私の誕生日やクリスマスはもちろん、それ以外にも両親と旅行に出かけたとか、買い物に行ってきたとかでも「こういうの見つけたから」とサラリと渡してくれるのです。その物選びのセンスきたら、「素敵!」のひと言につきました。でも、いちばん素敵だったのは、大学時代にできた彼への誕生日プレゼント。大きな瓶いっぱいにアメリカのゼリービーンズを入れて、その中にかっこいい腕時計を埋めて渡しました。なんて洒落た贈り方!と今でも思い出すたび、ひとりでに笑顔になります。思えば、このKeithのアルバムも彼女からの贈り物でした。私もそんな彼女と同類で、贈り物をするのが好き。特に相手のことを考えながら売り場をあれこれ探し歩いている時間が楽しくて大好きです。そしていつでも、贈り物を考えるとき、頭の隅っこで彼女のことを思い出します。あの時の彼女のように、素敵に洒落た贈り方はできないものか、と知恵を絞るのです。
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by zuzumiya | 2012-11-17 13:38 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

ひとりおやつは小袋・個装の組み合わせでちょうどよく

最近、だいじにしているのが、ひとりおやつタイムです。過剰包装という点ではエコではないですが、小袋や個装のお菓子をいくつか買って来て、お茶やコーヒーなどその日の気分で飲み物と組み合わせて「今日は和風で梅こんぶ茶」「和洋とりまぜ&コーヒー」などと楽しんでいます。小袋なので食べる量が決まっているため、映画や本を見ながらダラダラ食いをせずに済みます。
よく行くのが“無印良品”の食品コーナー。おやつにひとりでつまむのにちょうどいい量の小袋のお菓子がたくさん売られていて、ウキウキしちゃいます。合わせるお茶も中国茶やフルーツティー、ハーブティーなどお手軽な10袋入りで、お試し感覚で買えます。大袋のお菓子も個装なので、いろいろ他のお菓子と組み合わせることができます。
最近、私が買ってきたものは、お茶はジャスミン茶とアップル&ローズヒップのオーガニックフルーツティー、大袋(個装です)で、いちごのジャムパイ、ぶどうのクッキー、小袋のお菓子はミルクチョコがけバナナチップ、ミックスかりんとう、梅ミンツ(昔ながらの駄菓子です)、マシュマロ、他に個装の商品でかぼちゃしぐれ、フランスパンラスクのシナモンシュガー。小袋の商品のおおよそが100円台から200円台ぐらい、お茶も300円台とお手軽なので、買い物かごにポイポイ入れてしまいます。
さて、本日のおやつは。コーヒーにミルクチョコがけバナナチップ&シナモンシュガーのラスクにしました。おいしゅうございました。ごちそうさま。
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by zuzumiya | 2012-11-13 16:13 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

アイロンがけから教わる

家事の中でいちばん苦手なのはアイロンです。せっかちな性分なので、早く済ませようと慌てるから、アイロンが済んだところに再び布が縒って、また折り目をつけてしまうこともたびたびあります。そういう時のアイロンの律儀さには腹が立ちます。女性の真の性分を知るにはアイロンがけをさせるのがいちばんかも知れませんね。
夫は昔、自由業でしたからYシャツなど着たためしがありませんでした。転職してからは背広姿なので、Yシャツのアイロンがけがあります。でも、妻の私が大のアイロンがけ嫌いですから、夫の買うシャツはアイロンをあてなくても洗濯ジワになりにくい“形状記憶”のものばかり。私も仕事をしていた頃はそれに甘えてきましたが、仕事をしていない今はアイロンがけから逃げるわけにも行かず、先日たまったYシャツのアイロンがけをしました。自分のや家族のものも含めて、10数枚を昼から夕方までかかってやりました。頭が痛くなりました。
それで、アイロンをあてながらしみじみと思ったのは「私がなぜ、こんなにもアイロンがけが嫌いか」という理由です。せっかちで失敗するのも嫌なんですが、もっと嫌なことはアイロンがけをしたYシャツが明日にはもう汚れ物になって洗濯される運命であること、それがたまらないんです。あんなに頑張ってアイロンがけしたのに、1日でパーになる、そのはかない徒労感が嫌なんですね。
考えてみると、サラリーマンの奥さま方は旦那さまのために、当たり前にずっとそれをやってきてるんですよね。それで、思い出しました。
真の愛情というものは、こういうはかない徒労感の繰り返しなんて物ともしないんだってことを。与えて無くなればまたすぐに補充して与える。ほら、お母さんのおっぱいと赤ちゃんの関係みたいに。そういう循環の素になってるエネルギーが愛情であり、またその循環からもあらたに愛情が生まれてくるってことだったなぁ、と。そう考えたら、サラリーマンの奥さま方を俄然、尊敬しました。愛情深い人たちなんだなぁ、って。
はかない徒労感にもめげずに私もアイロンをかけよう、かけ続けようって、心に決めました。
ええ、頑張りますとも、奥さま方。
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by zuzumiya | 2012-11-10 11:59 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

ひとりの午後は魔法瓶で

休日には夫が朝食のコーヒーの支度をしてくれます。彼は朝、自分と私とが飲む分と、昼近くに起きてくる子供たちの分とを作って、水筒の中に入れておいてくれるのです。水筒は500ミリのペットボトル1本分弱ぐらいのもの。すごく楽なので、平日は私がそれを真似しています。お昼を食べた後、午後のためにコーヒーを作ります。読書をしたり、文章を書いたり、映画を見たりするときに、お気に入りの膝掛けと一緒に少しのチョコや小袋のお菓子とデスクやソファへ持っていきます。水筒だから、万が一いたずらな猫に倒されてもこぼれてしまうこともありません。お昼に入れたものは夕飯の支度を始める6時頃までなら、十分に温かく飲めます。昔は何時間も保温ができるポットのことを“魔法瓶”と呼んでいました。技術がもの凄いスピードで進歩する現代は“魔法瓶”が登場した明治の頃から見れば、さしずめ“おとぎの国”でしょう。でも、“おとぎの国”で長く当たり前に過ごしていると、どんな製品を見ても“便利”とは思えても、もはや“魔法”と騒ぐほどの感激はなくなってしまいました。これからの私たちの心を“魔法”とゆすぶるものはどんなものなのかなと思いながら、コーヒータイムを楽しんでいます。
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by zuzumiya | 2012-11-09 17:02 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

楽しいお買い物

a0158124_18402553.jpg今日は久しぶりに一人で買い物に出かけました。
無印良品で欲しかった“LEDのキャンドルライト“のピンクを3つ購入しました。
これ、LEDのライトなんですが、キャンドルのように自然な感じで炎がチラチラと揺らぐように出来てます。単4の電池を2本使うんですが、パッケージの中にちゃんと一組付いて売られています。ただ今50%offで350円という安さ!しかも、本体はキャンドルと同じ“パラフィン”を使って仕上げてるので、手に持ったときも本物と変わらない蝋の質感なんです(但し、熱には溶けちゃいますから要注意!)。
夕方、食卓のテーブルに並べてみたら、ほんとに素敵! 癒されます! 
炎はなくても、じーっと見つめてしまいました。私の場合は炎を見つめるときと土をいじっているときがいちばん無心になってます。原始人の頃からの本能なんでしょうか。
昔から、外国映画のようにぶっといキャンドルを花瓶ぐらいのこれまた大きなガラスのコップに入れて、部屋中にぽんぽん置くのに憧れていました。ホームセンターなんかに、だいぶそれらしきキャンドルが売り出されてきたんですが、今まで試してこなかったのは、あのキャンドルを消した後の煙と臭いですね、あれがどうにも苦手で買わなかった。
映画を見てても、「あれだけの数のキャンドル消したあと、もの凄い煙だろうなあ」なんて頭の片隅で心配してるんです。なので、今回の“LEDキャンドルライト”は炎の灯りだけを楽しみたい私にピッタリ! そうそう、いたずらペットがいるお家にも安心です。これからのクリスマスシーズンには特におすすめです。
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by zuzumiya | 2012-11-07 18:53 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


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