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本日の告白

実は“きゃりーぱみゅぱみゅ”のファンなのであります。
「かわいい」はあの子のためにある言葉。
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by zuzumiya | 2012-09-30 20:58 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

またもや、問題が!

今月の7日に我が家にやってきたももちゃん。
猫と里親との相性をみるための1週間のお試し期間(笑)がありましたが、初日からオシッコなどの粗相はなく、「借りてきた猫」の言葉はどこへやら、家族全員に自ら近づいていってプレゼンテーションしまくり、怖じることなくそこらを探索し、1日ですべての部屋をテリトリー化した非常に頭のいい子です。野良時代に風邪をこじらせた影響で、左目はうすく膜がはったように濁っていますが、生活には支障はなさそうです。どこかでアビシニアンの血が混じっているらしく、縞々の長いしっぽがチャーミングなスレンダー美人です。
敏捷で、おとぼけで、好奇心いっぱいで、努力家で…。ハンディはありますが、家族全員にすぐに懐いてくれた心根の良さがうれしくて、良い猫に巡りあったと感謝しています。

という可愛いももちゃんですが、またしてもてんてこ舞いの事件が…。
家に来て3週間すぎたあたりから、どうも少しずつ便が柔らかくなってきたなぁと思っていましたが、食欲もあるし、元気に跳ねくり回っているので様子を見ていました。時おり、お尻をソファカバーに擦り付けて前進する“尻歩き”(笑)が見られましたが、カバーの布の感じがそうさせるのか、お尻がたまたまちょっと痒いのか程度にしか思っていませんでした。ところが昨日になって7回もの便をし、最終的には水様便になってしまい、さらには例の“尻歩き”の後に、白い短い糸のようなものが2本見つかり、割り箸でつまむと微かに動いた気がして、思わず悲鳴をあげてしまいました。もしやと思って、息子にネットで調べさせたら、すぐに“回虫”だとわかりました。家族全員で「ぞぞぞー」となりました。モノホンを見たのが初めてで、うねる感じが強烈で、それがうじゃうじゃとお腹の中にいるのを想像すると、それからは申し訳ないけれど、ももちゃんを見る目が引きつりました。

でも! 野良猫を引き取ることにしたのですから、そこは致し方ないんです!
恐怖に引き気味の息子に「いい時も悪いときも、ちゃんと世話してあげなきゃ」「この子が悪いわけじゃない。野良猫で一生懸命生きてきたんだから」「ペットは“暖かくて可愛く動くおもちゃ”じゃないんだよ」などと話しながら、保育士時代を思いだし、便や虫の処理、消毒、お尻や手足の清拭をしました。

そして、今日は病院へ行き、駆虫薬を飲ませ、下痢止めをもらってきました。
帰宅してからも下痢をして、“尻歩き”の後、見事に回虫を廊下にのたうち回らせたももちゃん。
一瞬、躊躇したものの、すぐに手袋でつかんで処理しました。母猫は強くなりましたよ!

今、昼寝から起きて私の肩に乗って、この文章を見ています。ももちゃん、頑張ってはやく治そうね。
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by zuzumiya | 2012-09-26 14:34 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

本日はこんなことを考えていました。

冷蔵庫から冷しゃぶ用と書かれた豚肉パックを取り出し、移りゆく季節の素早さに唖然としております。主婦はこんな事にも風情を感じるものであります。
温暖化であっても昔の言葉通り「暑さ寒さも彼岸まで」のようで、最近はぐっと涼しくなりました。いや、涼しいを通り越して、ちょっと寒いくらいです。
冷しゃぶ用の肉を持って「さて、どうするか?」と思案しましたが、すぐに“蒸ししゃぶ”を思いつきました。冷蔵庫の残り野菜をみんな入れて、簡単にフライパンで作ろうと思います。こんな季節はいくら寒いと言っても、グツグツアツアツの鍋料理にはまだ早いし、炊き込みご飯や汁物、蒸し料理なんかがちょうどいい気がします。冷たい雨の中を肩をすくませて帰ってきた家族も、部屋に満ちている野菜の甘い匂いにホッとすることでしょう。こんなふうに「今日はこれだ!」ってメニューがパッと決まると主婦業も楽しいものです。
                    *
先日、後輩からメールが来て、私と同期の子がまたひとり仕事を辞めることを知りました。
私を含めて、これで4人。一緒に本社研修をやり、一緒に笑って「お互い、頑張ろうね!」と言い合って、それぞれの館に分かれていった仲間が、みな3年もたずに辞めていく。
自分も含めてなんですが、なんというか、やはり物哀しい感じがします。会社側はこのことをどう思っているんだろうとぼんやり思います。メールには後輩の提案で、一緒に3人でご飯を食べましょうと書いてありましたが、私は2日ほど悩んだすえに、行くのを断りました。

後輩とその同期の子は前の担当が一緒で仲良くなり、私も一緒に3人で食事をしたことがあります。その時からもう同期の彼女は「辞めたい」と言っていました。彼女は非常にデキる人で、話からも館長から特別に目をかけてもらっていることが伝わってきましたが、それゆえ仕事を振られすぎて、その仕事の偏り加減と見合わない給料に「頭にくる!」と不満を漏らしていました。その後、彼女は館長にきちんと不満をぶつけ、「給料が少ないからバイトをするのでリーダーを外してください」と願い出て、大学図書館の夜間に職を見つけましたが、結婚もしているため、三重生活が大変だったということなのでしょうか。

一方で後輩は、私が児童担当を辞めたために突然リーダーを引き継いだ子です。実は私の後にもう一人同期の子が私と1ヶ月遅れで児童担当を辞めます。先輩2人がほぼ同時期に辞めてしまい、たった一人残されて、まだ若いのに、あてがわれた新人2人と共にこれからの児童を引っ張っていかねばならない、そういう子なのです。
そんな後輩のことを思うと、これから辞める彼女ともう辞めた私まで出てきて、2人に囲まれて、どうしたって出てくる会社や職場への不満を彼女に聞かせることはあまり良いことではないと思えました。残って続けて行かねばならない彼女のモチベーションを下げてしまいかねないと思うのです。

たまに仲間たちとの飲み会で、会社や職場の不満や愚痴を言い合うのはガス抜きとしていいことでしょう。でも、そうは言ってもまだ仕事を辞めるつもりはない、一緒に仕事を続けていくのだったら、最後の最後は、やりたいことや夢を少しでも語り合って、自分で自分のモチベーションを守ってやらないとダメなんじゃないかな、と思ったりします。
年長者で先輩で、いや、勝手なことをした先輩で、だからこそ、“館に残っている判断をしている自分”を信じられるようにしてあげなきゃならないと、私は思います。辞めていく人間は残っている人間から見れば、いつだってそっちの方が正しい選択に見えて、いつだってどこか羨ましく、取り残された感があるものです。上に書いたことと「自分のやりたいことをやって下さい。夢を少しでも叶えてね」とメールに書いて送ったので、後輩は私がどうして誘いを断ったのか、私の想いを理解してくれると信じています。
                    *
ももちゃんの最近の興味は、垂直跳びです。
ドアにガムテープでくっつけたねずみの玩具を床から跳び上がって猫パンチで落とす遊びに夢中になっています。なんと、床から1m30cmぐらいは余裕で落とせちゃうんです。
日々、記録を更新していきますが、跳び疲れて、明らかに体が重くなっていく様は痛々しくて見ていられないので「ももちゃん、今日はもうそれぐらいにしようよ」と頼み込んでやめてもらっています。
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by zuzumiya | 2012-09-25 18:11 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

温泉は好き、ですか?

息子が初任給でプレゼントしてくれた宿泊券で、夫婦で箱根に行ってきた。
宿泊先は塔ノ沢だが、芦ノ湖の方まで足を伸ばす気はなく、単に温泉に浸かってのんびりするだけの、温泉が目的の温泉旅行にした。
時々、女子というものは遠い目をして「ああ、温泉に行きたい」などとつぶやいたりする。
私も仕事場では「うん、そうだよねえ」と頷いてきたけれど、今回ほんとうに温泉目的の旅行に行ってみて、「ああ、自分は温泉には向かない人間だ」とつくづく思い知った。
私は非常に目が悪い。両眼とも裸眼で0.1以下のマイナスである。メガネをかけなればぼやけて何も見えない。なので、大浴場にも必然的にメガネをかけて入ることになる。
スッポンポンに黒メガネ(ほんとうは濃紺の縁だが)、これが細い銀縁ぐらいならかけていても違和感がないのだろうが、こんな姿で現れたらたしかにみんな引く。何となく湯船からの視線を感じて妙に戸口でオドオドしてしまうが、たぶんみんな「なんでメガネをかけて入ってくんの?」という疑問の表れなのだろう。
「別に人の裸を見たいがためにメガネをかけて入ってるわけじゃないんです、ここがどういう空間かを見ておきたいだけなんです」と声を大にして言いたいが、そんなこと言えるわけがない。
何ていうか、そう、無防備な裸を衆目に晒して(ま、みんな裸なんだが)、さらにこの場においては“新参者”であるという、大浴場戸口での所在無さみたいなものが、私の苦手意識のひとつにある。それに、入っていく際の“タオルでどこまで隠すのが自然か”とか、脱衣場での脱ぎの順序、“いつ頃パンツを脱ぐのがスマートか”の立ち居振る舞いの諸問題や“湯船での目のやり場”など、自分のなかではやたらに意識してしまう問題が多すぎるのもよくない。
あと、苦手だなあと思うのは、幼い子供の容赦ない視線。
母親は人の裸をジロジロと見るものじゃないとわかっていても、幼い子供はそんなことお構いなしでまじまじと見る。そりゃそうだ。日頃見慣れているお母さんの裸が“裸”だと思っていたら、全然そうじゃないんだから。
私自身も小さい頃、自宅の風呂工事で近くの銭湯に祖母と通った経験があるが、湯船からあらゆる年代のあらゆる人の裸を観察した。「おばあさんになると、あんなにオッパイがしなびて伸びちゃうんだ」とか「あの女の人のオッパイの輪(後に“乳輪”と知る)は異常に大きいな」とか「あのお姉さんは痩せてても毛だけはボーボーだな」とか。それこそ、容赦ない視線を送っていたと思う。
考えてみると、銭湯で実にさまざまな裸を目にすることではじめて「人ってみんな違うんだなぁ」と実感できたように思う。そして、そのまま銭湯通いを続けていたら、もしかして思春期には今度は逆に「人間なんて裸になりゃ、みんな肉の塊じゃん」とシニカルに思っていたかもしれない。大浴場の湯船こそ「人間とは」を哲学する格好の場なのである。とかなんとか言っちゃって…。
いや、ここで話したかったのはそんな高尚なことではない、もっと下ネタだ。
浴場の扉を開けて入ったその瞬間からくっついて離れない執拗な子供の視線について、あなたは困ったことがないか?
朝風呂に行った時のこと。先客は3歳ぐらいの子供を連れた若い母親だけだった。戸口に立ってすぐに子供と目が合った。私は子供の視線を背中に感じながら、そろりそろりと桶と椅子を取りに行き、湯を落としてそれらを洗い、「さぁ下半身を洗うか」という時、ふといまだ離れていない子供の視線を感じて、妙に戸惑った。
子供であれ、大人であれ、かがんで下半身を洗う情けない姿を人にじいっと見られているというのはなんとも居たたまれない気分である。オドオドしている自分にそれでも「礼儀なんだから」と言い聞かせつつ、頭の半分で母親の存在も意識しながら「はて、どのくらい洗うのが礼儀正しいのか」などと真面目に考えて下半身をこすっていた。こういう人の目を気にするがために起こる“しなくてもいい躊躇”、“心の迷い”が実に多すぎるから、自分は温泉向きではないなと思うのだ。
それに加えて「温泉に来たんだから、何回も入らなきゃ」という貧乏性な性格が強迫観念となる。
どうも人と一緒に風呂に入るのが苦手なくせに「何回も」をクリアしようとして、本末転倒の馬鹿をやりかねない。「朝5時ぴったりだったら、人はいないはず」と考えて、旅行に来ているのに仕事へ行くよりも早い5時に起きようとして、はたと気づく。頭の中で常に「温泉に入らなければ損だ」と「いつなら人がいないか?」ばかり考えていて、終いには疲れてくる。温泉に入ったら入ったで“カラスの行水”ではもったいないと思い、もう少しもう少しと浸かっていたら、服が着られないくらい汗が吹き出し、“必要以上”に脱衣所に長居した。
この“風呂から上がった後の脱衣所でのスマートな過ごし方”というのも、実は悩ましい。
“大型扇風機の前にどのくらい居座っても許されるのか”とか“置いてある炭の化粧水はやっぱり使っておくべきか”とか“足つぼマシーンを試してみたいが、誰かの水虫が伝染るんではないか”とか、考えることはいくらでもある。
最後の最後には「ご不要になったタオルはこちらへお入れください」の籠に、“果たしてタオルを入れてしまうべきかどうか”、すなわち、“もうほんとうに風呂に来ることが無いのかどうか”の判断を迫られるし、入口の乱雑に重なったスリッパを前にして“このなかに水虫の人がいるんじゃないか”とまた考えてしまう。1回温泉に入るのにこんなにもごちゃごちゃ考えることが多いのだから、リラックスなんてほんとはできていないのだと思う。親孝行の息子の手前、こんなことは絶対に口が裂けても言えないが…。
実はもう1回分の宿泊券ももらっている。フロントに「この券は一般室なんですが、お金を足せば、お風呂付きの部屋に変更できますか?」と訊いてみたが、「一般室としてサービス価格でご提供させて頂いてますので」と断られた。“グルメプラン”で食事は良かったし、息子の気持ちがありがたいので、もちろん次だって行くつもりである。
ただ次は今回のことを反省して、できるだけ考えずに、もう少し“のうのうと”温泉気分を味わいたいなと思ってはいる。
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by zuzumiya | 2012-09-23 18:29 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

本日も、ももちゃんにしてやられたり

ももちゃんは、チャレンジャーだ。
執拗に挑み、納得するまで繰り返す根性の据わった努力家だ。
人に何て言われようと、首ねっこをつかまれてぶら下げられ、はるか彼方に何度連れ去られても、目標物に向かって果敢に突進してくる。馬鹿か?と思う。
でも、何が彼女をそこまで駆り立てるのか。どこからその熱情は湧いて出る?
登ってみたい。
てっぺんに行き着きたい。
ただそれだけ。仔猫の好奇心たるや、ほんとにもの凄い。
そこには学びがある。人間の50近いオバハンがとっくに忘れ去ってしまったもの。
とはいえ…。
本日より“網戸のぼり”を禁じた。我が家のルール、その2である。
両手両足の爪をフルに使ってしがみつき、垂直にちょんちょんと網戸を登っていくももちゃん。そのぺったり感は空を飛ぶモモンガのようだ。
気持ちはわからないでもない。
でも、これを許すと網戸の網目が広がって虫が入ってくるようになる。
午前中のうちに“くるりんガムテープ(ガムテープの端を丸めて両面テープのようにしたもの)”をサッシの敷居に貼り付けた。ももちゃんは、前足の先でテープにほんのちょっと触り、ひっつく感じに「ヤバイ!」とすぐさま足を引っこめてくれた。この“くるりんガムテープ”、非常に効果的なのだが、見栄えは悪いし、何より気を抜くと人間が引っかかる。洗濯物やゴミの出し入れに何度となく足裏にテープが貼りついて、その度にイラっとした。
午後になって、100均へ行き“ねこバリア”というのを購入した。
野良猫を花壇に寄せ付けないために置くプラスティックのトゲトゲがいっぱい飛び出ているネットのようなもの。何が悔しくて、猫のいる家が猫よけのネットを買わなきゃいけないんだと内心思ったが、しかたがない。
夫のパソコン用とサッシの敷居用にとりあえず2枚にしてみた。早速、サッシの下に置いて、ももちゃんを呼び、前足をトゲに持って行って教育した。
「ほら、イタイイタイだよ~。落ちたら危ないよねえ」
どうするか網戸の前にももちゃんを置き見ていると、ももちゃんはなんと、器用にトゲの合間に前足を置くやいなや、ササッと飛び上がって網戸にくっついた!
「ももっ!」
慌てて、網戸から体をひっぺがす。べりっと嫌な音がする。
怒られて、ももちゃんは「くぅ」とひと声泣いて息子の部屋へ逃げ去った。
恐るべきもも…。
その後、“ねこバリア”をまじまじと見たが、詰まったトゲトゲのどこにどう足を置いたのか、まるきしわからなかった。
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by zuzumiya | 2012-09-20 17:49 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(2)

てんやわんやで育猫ノイローゼ

毎日、一匹のやんちゃな仔猫に朝から晩まで翻弄されている。
疲れた。もうノイローゼになりそうだ。

家事が一段落ついて、ソファにひっくり返って本を読む。
猫のももちゃんは、食卓の足元の狭いところで実に器用にねずみの玩具でひとり遊びをしている。しめしめと思って気を抜いていると、何を思ったのか、いきなりソファへ突進してくる。ハッと顔を上げると同時に、ものすごいスピードで私の体を足先から駆け抜けていく。最後のジャンプの足がみぞおちにくい込んで「うげっ!」となる。アイタタタ…。
すると、頭の脇にぽろんと緑色のねずみが転がってくる。

ゴム紐の先にねずみの人形がついてる玩具。最初は面白いので喜んで遊んでやったが、最近は面倒くさくなって、タンスの引き出しの間に挟んでいる。ももちゃんが脇を通りかかった時に、思い出したように猫パンチをしてひとり遊びをするが、長くは続かなくなった。「ももちゃん、ほら」とゴム紐をびよーんと伸ばしても、申し訳程度にじゃれて、すぐに止めてしまう。こんなものではもう騙されないぞ、と言わんばかり。
「なんだ、いいのか、それならこっちも」とソファに本を持って寝っ転がると、「くぅ~」と拗ねたような、いかにもイラついたような声を出して、次の瞬間、いきなり狂ったように猛スピードで走って息子の部屋に消える。仔猫のくせにその後ろ姿は野生のヒョウに見える。「もう、なんなんだよ」と思って見に行くと、部屋の戸口で私の足の間を黒い影がすり抜ける。部屋を見ると、私が買ってやったハウス(家の形をした可愛いねぐら)の屋根が見事につぶれている。「ももちゃん!」と振り返ると、ソファの背で、ももちゃんは身をかがめ尻を振り、目はらんらんと輝き、既に攻撃体勢にある。これで私が次の瞬間、身を翻したらその途端ものすごいスピードで走ってきて、彼女は私の足に一発猫パンチをかませ、一挙に窓枠まで走り上がるのだ。

ももちゃんは、執念深い。
海鮮味のカップヌードルを食べるのに、テーブルに乗ってきて下りてくれない。我が家のルールでは人間が食事しているときはテーブルに乗らせないことにしている。
何度言っても、怒っても、またテーブルに乗ってくる。好物の“カマカマ”(たらの削り節のようなもの)をやって、あわててかき込むが、向こうが先に食べ終わってしまう。そして、すぐにテーブルに乗ってくる。えんえん繰り返されて、はたと気づいた。
「そうだ、猫の真似をしてみよう」
麺をほおばりながら、「う~」と唸った。ももちゃんはあんまし、ひるまない。やっぱり近づいてこようとする。もう一回、もっと大きな声で「う~」とやる。口からは麺がすだれに垂れている。そして、今度はすかさず「シャア~」と怒りの顔をやると、ももちゃんは「え?」という顔をした(ように見えた)。
もう一度猫になりきって「シャア~」とやって、顔の横に両手を広げて見せた。そしたら、効果てきめん! ももちゃんは、すごすごとテーブルを下りて、そばの白椅子に丸くなった。
最後にこちらを振り返った目がちょっと悲しそうで、信頼を得たのにもしや裏切ってしまったか、と不安になった。が、夕飯時、また懲りずにテーブルに飛び乗る姿に、ほんとにもう、げんなりした。

どうして、ももちゃんは人間の集中を邪魔するんだろう。
iPadを開けば、わざわざ乗ってきて、いつでも画面が大きくなってしまう。先日はiPadに両腕と顎を置かれて、さらに寝られて、画面がまったく動かせなくなった。
今もパソコンに乗られて、数字の2が22222…とえんえん続いてしまった。もうこれで気がつかれてしまったので、ブログはおしまいにしなければならない。今は夜中の”荒くれタイム”。
明日も子育てならぬ仔猫育てで疲れるんだろうな。ももよ、早く落ち着いてくれ。マジ、猫のことばっか。
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by zuzumiya | 2012-09-20 00:08 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

猫にかまけて

というタイトルのエッセイがたしか町田康であったと思うが、今になって気持ちがよくわかる。
7日の日に仔猫が来た。3ヶ月の捨て猫で左目にハンディがある。でも、ネズミの玩具で活発に遊べているので十分見えているようだ。捨て猫を保護する協会の人によれば、医者は見てくれさえ気にしなければ手術は必要ないと言ってるそうだ。痛い思いはさせたくないので手術はやめにした。
モモちゃんという名前を娘がつけた。
これまでずーっと家族中でデレデレと“猫にかまけて”いた。呼べば来るという犬のような猫で(捨て猫なのに)感動している。
モモちゃんが来てからというもの、母性が目覚めたのか野音やらエレカシのこと忘れていた(笑)。
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by zuzumiya | 2012-09-11 19:01 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

沢庵の恋

向田邦子が端っこ好きなのを覚えている。
座る席も端っこ、海苔巻きも端っこの部分が好き。何かのエッセイで読んだ。
海苔巻きの端っこ…。あの甘辛く醤油で煮しめた干瓢やきゅうりの先がひょろりと飛び出した海苔巻きの端。皿には並べられない、切り落とされる不揃いの両端。
そこがたまらなく好きだなんて、小物使いの上手な脚本家らしいシズルのある文章だが、ふと、いつからだろうと思った。
子供の頃? 台所で酢めしを扇いだり、母親の手伝いをしたかわりに、切り落とされた端っこをもらって食べたのがきっかけだったっけ? それとも、料理好きで、振る舞い好きだった彼女がお客に出す前に味見のつもりでひょいと口に入れる、そんな習慣からだっけ? エッセイにはきちんと書いてあったように思うが、どっちだったか忘れてしまったな。などど、考えながら台所で沢庵を切っている。
沢庵は夫の好きな漬物のひとつ。ざくり、ざくり、ざくり。ぷーんと甘じょっぱい匂いが立ち上り、歯の間から唾液が滲み出る。祖母の漬けた沢庵で育った私も、いつの間にか売り物の沢庵の黄色を毒々しいとも思わなくなった。尻のすぼまった小さな端っこを切り落とす。ととんと駆けて、PCに向かっている夫のもとへ行く。一つは既に私の口に入っている。「あいよ」と言うなり、いつものように夫の口が開く。
ごり、ごり。「うん」「うん」互いに目を合わせて頷いて終わりである。合格というお墨付きをもらって、私は鼻歌を歌いながら、食器棚に器を出しに行く。
向田邦子が生きていたら、こんな夫婦の日常を可愛いと思ってくれたかな、と笑いながら。
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by zuzumiya | 2012-09-04 16:57 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

女心・男心

最近になってようやく主婦感覚が戻ってきた。
部屋の片付けばかりをしている。
書類の整理から始まって、机と本棚、冷蔵庫、洗面所など、毎日場所を決めて片付ける。
すると、「あそこをこうしたい、ここをこうしたい」と始まって、「あれが欲しい、これが欲しい」と思い立ち、結局、出かけるはめになる。机の前に飾るポストカードを2、3枚探すためだけにロフトへ行かなくっちゃ、となる。
夫は私が仕事をやめると「今度は家の中のもの(インテリア小物やファブリックなど)にこだわり出すからなぁ」と困り顔で言う。でも、家の中にいる主婦が「より気持ちよく楽しく暮らせるように」ちまちま工夫することはそんなに迷惑なことか? たとえば、クッションカバーを秋色に替える、ただそれだけでしあわせな気分になれる、ちゃんと暮らしてる気分になれる女心なんて、なんと安上がりで可愛いもんじゃないかと思う。世の夫族にとっては「クッションが何色でも枕になりさえすりゃいいんだ」「つまらんものに金を使うな」ってところなんだろうな。
仕事でも家のなかでも自分らしさをいかに表現するかと頑張るのが私なんだけど、そういう性分を知ってて、それを許さないって家政婦じゃありません!って怒りたくなる。
自転車を走らせると、午前中の道路は奥さんだらけ。行き交う自転車に、「みんな家族のためにせっせせっせと”仕事”してるじゃん!」と思って、なんだか微笑ましくなる。
立場がかわるとまたいろんなものが見えてくる。
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by zuzumiya | 2012-09-03 23:29 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


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