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ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


by zuzumiya
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<   2012年 07月 ( 10 )   > この月の画像一覧

細野さんのホソノバ(HoSoNoVa)をようやく購入して今、聞いています。
図書館でうっかり予約を入れてたら、チーフに見つかり、怒られてしまいました。
私たちスタッフはお客さまからたくさんの予約が入っているものに対して、一個人として予約をかけることが許されていません。新刊本なんかもそうです。絶対、ダメです。
なので、もうずーっと待っていたのですが、一向に予約が減ることもないので、しびれを切らして本日給料日につき、新宿のタワレコで購入しました!

小粋に、でものほほんと、音と踊って戯れております~。
細野さんの鼻に抜ける声が渋くて甘くて、せつなく艶ってて、いいですねえ。特に1曲目。スウィティー!
アルバムジャケットの右肩に小さくシールが貼ってあって、去年の「日本レコード大賞優秀アルバム賞」なんてものを受賞されていたとのこと! すごい! 歌謡曲みたい(苦笑)!

7月も終わりに近づき、だいぶ仕事が片付いてきました。
こんなふうに「大人の」音楽を聞いたり、「大人の」小説(倉橋由美子や松浦寿輝)を読めている「大人の」自分に安心します。今年の夏はフランス文学しちゃおうかな!!こういう時間を待ってました!

いい気になって、ユリの花のフレグランスも買っちゃいました(笑)。
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by zuzumiya | 2012-07-25 22:01 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
昨日、ついにヘルターに行ってきました!
女優には「この役は私しかできない!」っていう「ここぞの役」があると思います。
「と思います」と書きましたが、ほんとはすべての女優さんにそういう役が用意されているわけではないんでしょう。そういう役が回ってくること、巡り会えること、それこそが幸運。
人は年をとって容貌が変わっていってしまうから、「いつか必ず巡り会えるはず!」って思いながら、自分を奮い立たせながら、待ってることはほんとに辛いだろうと思います。特に女優は…。
でも、若い時はぜんぜん売れなくても、年をとってから引っ張りだこになったなんていうおばあさん女優もいるので、物事は諦めないこと、ただよく生きていくことに尽きるんでしょうね。

沢尻エリカは、ほんとうにいい役をゲットできました。
今回、沢尻エリカしかできない、沢尻エリカのための映画っていうカンジに仕上がっています。
原作の漫画を読んだばかりの夫は「モデルの役なら、沢尻もっと痩せないと…」とかなんとか言ってましたが、私は濡れ場のためにはある程度の肉付きが必要だと主張しました。
太ももが太ももしてないといいシーンは撮れないと思います。モデルは痩せすぎ。
枯れ枝のような女を抱きたがる男はいないし、画にもなりません。色気や艶気はある程度の肉付き、丸み、ふくよかさがないと醸し出せないんじゃないでしょうか。なんて、男みたいですが(苦笑)。

りりこの気性の荒さや気位の高さ、沢尻エリカそのまんまの感じで出ていました。
赤を基調とした映像はもちろん、花、羽毛、バタフライ、カラフルな錠剤など、小物づかいも「さすが蜷川作品!」って感じで惚れ惚れしました。音楽も水族館で流れたサティもどきのピアノなんか、とても美しくせつなげでよかったです。あのシーンだけは白が基調で、過剰さと毒々しさが抜けて、特にピュアでしたね。運命の二人の出会いだもの。とてもよくわかります。

見終わって、すぐさまもう一度見たくなりました。
その見たくなる気持ちというのは、映像美として蜷川監督が趣向を凝らしたセットやライト芸など細かな確認をしたいな、ということと、やっぱり、一人の女の子の激しくて哀しい生の孤独を、もう一度追体験したいという気持ちです。沢尻エリカの武器のひとつは、いくつになっても、泣いたら鼻が赤くなるところではないでしょうか。

何度も映る夜の東京タワーがよかったです。「やっぱり、東京は東京タワーなんだよな」と納得しました。
東京タワーのあのオレンジの光は、まるで誘蛾灯。あの光には東京の欲望と孤独の両方が溶けている、そんな気がします。
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by zuzumiya | 2012-07-24 15:09 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

マスター馬鹿の心意気!

明日が休みなのでエレカシの2009年の野音のDVDを見てる。
2日目に私はAブロックという奇跡的にいい席にいて、ほんとに間近で宮本くんのパフォーマンスを見ることができた。あの『奴隷天国』で徹底的に「オメエだよ」攻撃されたあの年…。今見てもやっぱりちょっと怖い(苦笑)。
しかし、それでも懐かしい。『マスターピース』が出た今となっては、あの頃は…としみじみいろんな想いが過るが、でも、何度見たって、これから何百回見たって、ヨボヨボの婆さんになったとて、私は堂々と真顔で、確信を持って「ああそうだよ、好きだよ」と言えるだろう。
宮本浩次に出会えてヨカッタ。この時代に一緒に生きてるってことだけで幸せだ。

惚れるということは、こういうことじゃないかと思う時がある。
相手を好きな自分に誇りを持てて、そういう自分を最高に好きだ、天晴れだって思えること。
ここを揺るがず心に持てるかどうか、それだけが大事なことなんじゃないか。
何にしたって、バカがつくほどってのがいい。
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by zuzumiya | 2012-07-20 22:52 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
今日、仕事で会議に向かう途中だったんだけど、駅のホームで人身事故があった。
ベンチに腰掛けて書類に目を通してたら、電車が入ってきてたはずなんだけど、ドンって音がして、瞬間「故障したか?」と思ったら、ホームの途中で電車が止まって、乗客はキョロキョロしだして、駅員たちが血相変えて走ってきた。
「まさか…」って思って、止まってる車両の先頭までおそるおそる歩いて行ったら、駅長さんみたいな人が、線路に降りて、携帯電話で話しながらしきりに車体の下をのぞいてて…。
「あの音は、もしや」って思ったら、電光掲示板に「人身事故」の文字が出た。
とりあえず、地上へ出て、自館に電話して遅刻の連絡を入れてもらった。

歩いて歩いて会議には間に合ったけれど、歩いている間中、耳の奥に「ドン」って音が響いてた。
本を10冊近く持ってたし、バックの中も書類やファイルで重たくて、急いで歩くのがつらかったけど、ホームにいたあの時間、私と事故を起こしたその誰かは、人生の一瞬、こんなにもそばに近くにいたんだな、と思って、なんとも複雑な気持ちになった。私は会議のことなんか暢気にも考えてて、その誰かは死のことばかりをひとり思いつめていたんだと…。想像すると、当たり前のコンコンチキなことなんだけど、流れている時間がみんなこんなにもちがうんだなあってことに、説明しがたいせつなさが湧いてくる。どうしようもないんだ、ってことに、どうしようもなく思い知らされて…。


ふだん私はどこかでまだ希望を捨ててない。捨てきれてない、からこんなんして生きているんだろうが。
今思い出すと、今朝も通勤電車の中でぼんやり外見ながら考えてた。
この世の中に、生きていて、これからの人生だってあるはずなのに、どうなるかわかんないのに、「どうしようもない」なんてことが、あってたまるかと。そんなはずないと。
だから、バカみたいだけど、私は諦めていない。
いまどき、小学生だって言わないかもしれないが、願えば必ず叶うと、そう信じてる。
ねえ、神様。なんの根拠もないけれど、
どうしようもないなんてこと、そんなことがあるなんてこと、信じてなくていいですよね。
どうしようもないなんてこと、抱えて遥かに生きていくしかないなんてこと、
せつなすぎて、哀しすぎて、バカな私にはできそうもない。
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by zuzumiya | 2012-07-13 22:52 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(1)

先生からアイデア

先日の講演会の先生(すみません。まだお名前は正式には公表できないでいます。私がどの図書館で仕事をしているのか先生の名前をたどっていけばわかってしまいますので、辞めてから書かせていただきます)
からお電話があり、ひとつアイデアを提案された。
なかなか面白く、作家の先生がそこまで世のお母さん方を想って下さるのかとまた感激した。
ノーギャラである。ボランティアである。凄いお方だとは著作を読んでも、お話を聞いていてもわかってはいたが、やはり、ほんとうに誰かを助けたい、誰かのために動きたいという掛け値なしの想いと情熱のある人はちがう。自分の使命をはっきりと自覚している人というのは、ほんとに情け深く、熱い。片時も止まっていない。すべてをその場限りにせず、持続させていくのである。いやあ、天晴れだ。勉強になる。
実は、先生の新しくまとめられる著作に、私が少し協力させてもらうことになっている。
これだけそばにいて教えてくれる人生の先輩はいなかった。ご恩返しをしたい。また頑張らせてもらう。

忙しくて、このブログを書き終えたら、また仕事だ。
10月の講演会に誘われたので、行ってこようと思う。
野音と重ならなければいいが。

私にはまだ野心がある。夢じゃない、激烈なる野望だ。
だからこそ、誰にも言えない。実現するかどうかは別。
待ってろよ、と思うだけ。
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by zuzumiya | 2012-07-11 21:35 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
今日は、風鈴を吊るした。
そうしたら、一挙に夏になった。
スーパーに行ったら、鈴虫が売ってたよ。
朝顔も。日々草も。
いいなあ、夏。
やりたいこと、いっぱいある。
白いのれんを買った。
涼しそうなシーツも、家族に。
夕方はボサノバをかけたよ。
今日一日がものすごく、うれしい。
満足してる。
毎年、同じこと書いてるな。
毎年、変わらないでいる。
でも、それがしあわせ。
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by zuzumiya | 2012-07-10 23:08 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

ふと思った。

苦情というのは「認めてほしい」「さびしい」という気持ちの裏返し。
「ここにこんなに困っている可哀想な私がいるのよ」って、怒りながら叫んでいる。
怒っている顔の向こうに泣いている顔がうっすら見える。

いつから人は素直に「さびしいよ」って、言えなくなったんだろう。
誰かにやさしく抱きしめられ、「わかっているよ」と背をさすられ、
誰かのぬくもりで癒され、安らぐ時間を失くしてしまったのか…。
家族はどこへ行った? 恋人は? 友人は?
こんなにも街には人があふれているのに。
こんなにも集う場所があるのに。

先生はたしか書いていた。
その「誰か」がいなければ、「自分で自分を誉めなさい」。
そして、「誰か」とは、それこそもっと大きくてゆるがない「天の目」として、いつでも見守られていると信じなさい、と。
先生は特定の宗教を持っている方ではない。
ただ、時に空を仰ぐように信じ、祈り、自らを安らがせ、感謝して、しっかりと歩んできた人だ。

孤独とは、嘆くものじゃなく、静かにあたためるものなのかもしれない。
目を閉じて、そう思う。
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by zuzumiya | 2012-07-09 13:05 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
休みなのに、一日中、仕事してた。
調べもの、調べもの、調べもの…。
安い給料で、休日削って、サービス残業ばっかやって。
児童担当3人はもうヘトヘトなのに、どうして見て見ぬふりするんだ?
いくら児童に力を入れてるって言ったって、異常だろうが、この仕事量!
同じ給料で、他の担当なんか、ラクなもんじゃねぇか。こんなにも違いがあるなんて!!
クソまじめな自分に腹が立つ!
休日に仕事するのはさ、カウンターに立つ時間、自分の仕事が忙しいのに配本車に割かれる時間、予約担当の督促電話までしてやる時間、そんでもってマニュアル渡してあんのにいまだに「○○さん、ここはどうしたらいいんですか?」って質問されて、「はいはい、ここはね」って中断してにこやかに答えてやんなきゃならない時間、ひとつのパソコンを使われて、待ってなきゃならないムダな時間がないからなのさ!
私はやっぱり、フリー向きだ。
ああ、愚痴った。ああ、怒りモードだ。ああ、べらんめぇだ。
「てって」なんて歌われたって、ゆるぎはしない。
「逃げちまえよ」と歌っていたって、歌ってる本人がいちばんまじめで、こだわる男じゃないか。

孤独だ…。
はやく「ヘルタースケルター」&「バットマン」見たいなあ。
楽しいこと、したい。
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by zuzumiya | 2012-07-05 22:46 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

七夕の夜に。

風呂上がり。
扇風機のゆるい風あびて、薄明かりのなか、ぼんやり天井見てたら、
ふいに心がうごいた。

行ってみよう。
ひとりで。
地下鉄を乗り継いで。
あの場所へ。
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by zuzumiya | 2012-07-04 23:51 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

「過ぎていく」の詩情

エレカシの歌詞のなかにたびたび出てくる、「過ぎていく」という言葉。
この「過ぎていく」あるいは「過ぎゆく」という言葉を書いてしまう、そして万感をこめて歌う宮本浩次という男が私は好きだ。「約束」の歌詞は「しがない日々 でっかくてもちいさくても まちがってなんかない 自分との約束を叶えろ」など、素晴らしいフレーズが光っているが、後半部の「ベイビーベイビー 過ぎていく」「ベイビーベイビー 空は青い」の2行! この2行に込められた想い!さぞやと、溜息が出ないか。

そうだよね、過ぎていくんだ。みんな、みんな…。
そうして、空だけがなんでか、こんなにも青いんだ。慰めにもならない。
この「過ぎていく」という進行形のところが詩情なんだろう。
そこにただ佇むしかない自分。佇んでいながら流れていく時を見つめている。
指の隙間から砂がさらさらこぼれていくのに見入ってしまう、あの感じのように。
歌詞のなかで、「時計の針をリセットして」とか「時間が無いんだ俺には」とか「もどかしくて涙が出そうさ」というのもあって、1秒1秒「過ぎていく」時間の中でどうにもなれない、時間だけは克服できない自分というものを噛みしめての言葉なんだな、と思って聞いている。恋をしているんだろう。抗いの熱が伝わってくる。
中年になって、私も「過ぎていく」時間を「過ぎていくままに」手放すことを、このいかんともしがたさを、せつなく思うときがある。悲しいじゃない、せつない、だ。時に心が震えて涙することもあるし、冷静に涼やかな目で遠くを見つめている、そんなニュートラルな時もある。この感覚が年を経るごとにどう変わっていくのか、わからない。ただ今は、「過ぎていく」の進行形のなかに、私も居る。
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by zuzumiya | 2012-07-03 11:58 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)