暮らしのまなざし

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3度目の『魔性』!!そして、鶴橋さん!

行ってきました! 銀座シネパトス!
そして樋口尚文さんと鶴橋康夫監督のトークイベント!
私に教えてくださった方々、ありがとうございます!感謝してます!
「テレビジョンは遠くのものを見るというのが語源らしくて、じゃあ、そのいちばん遠くのものって何だろうと考えたときに自分の心、心の闇だった」という監督のお言葉。素敵だったなあ。
私もいいドラマは人間というものの深みを知るきっかけになると信じているので、ほんとに同感だった。生きていくことのせつなさ、哀れ(不格好な滑稽ささえも)を描いたドラマは、やはり心に残る名作になる。

ここで訂正しなければならないことがある。
私は以前のブログの記事で、「中学の頃に『魔性』を見た」と書いていたが、それは記憶ちがいだったことが判明した。サバを読んでいたわけではない。単なる記憶ちがいである。『魔性』は1984年の放映らしいので、65年生まれの私は19のはず。会場に脚本家の井上由美子さんがいらしたが、彼女もたしか19の頃と言っていたので、同い年になるのかな? いまや有名脚本家の彼女は「当時は単なるおかしな趣味の女の話だと思っていたが、今回見てみて、孤独な女の話だとわかった」と感想を述べていたが、私は当時から『魔性』の世界の虜であったのに、脚本家にも演出家にもなれずにエッセイ本を一冊書いたきりの今はただのオバサンである。感性では負けてなかったはずなのに二人はこんなにも遠く隔たってしまった(苦笑)。

3度目になる因縁の?『魔性』を見て、あらためて、その映像に素敵、カッコいいと惚れ直した。
浅丘ルリ子がとにかくいい。あのつばの広い帽子、派手なワンピース、徹底してふてぶてしいまでのお嬢様口調、揺るがない美意識。凛として、冷ややかで排他的な蔑みのなかに甘やかな媚がとろとろと溶けている。妖女であって、永遠のいたいけな少女。高校時代から倉橋由美子の描く女性やリリアナ・カヴァーニの『愛の嵐』のルチアに憧れていた私にとって、あの浅丘が演じた眉子という女性は最高に素敵だった。私の考える「女」そのものだ。まさに「魔性」。いい女には毒気と狂気がなきゃ。

津川雅彦の艶気もよかった。キャンバスをヒステリックに絵具でめちゃくちゃにされ、浅丘に「脱いで。下」と言われ、おもむろにズボンを脱ぐシーン。目の色がふうわり変わったのを私は見逃さなかった。

三国連太郎が神父だなんて(忘れていたの!)、キャスティングのセンスの良さにあらためて感服した。
生ぐささ、ハンパないでしょ?神の使いか悪魔の使いかわからないあやふやさ。人間をもてあそんでいるようなあのねっとりした口調、したたかな笑み。そしたら、最後にやっぱり眉子を犯していた北海道の義父との二役だったことが判明して、「そうするよなあ、うまいなあ」とニヤリと笑ってしまった。

トークショーの後に質問したいことなんて、いくつもあった。
でも、手を挙げられなかった。だって、業界人ばっかなんだもん。パンピーの私じゃあね。
できれば、鶴橋監督とお酒を飲みたかったなあ。そしたら、ベット・ミドラーの音楽のこととか、俳優の話とか、細かい演出の話とかうんと語りあえたのに。
あんな作品を撮ってた男なんだから、いくつになってもいい男に決まってる。監督自身、すごい艶気のある男だった。孫がいるとは思えないくらい。「この世に『魔性』を作ってくれてありがとう!」と抱きつきたくなっちゃうくらいだった。19で『魔性』を素敵と思えた自分をエライと思いなおした夜だった。

あ、映像を見ながら、トークショーを聞きながら、時折くぐもって聞こえる地下鉄の音?がまたよかったなあ。銀座シネパトスのね。
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by zuzumiya | 2012-06-30 23:38 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(5)

信じてる、好きだ、それだけを胸に。

昨日は講演会で講師をお願いした先生が、なんと私の頑張りに対して「慰労会」をしてくれるということで、仕事帰りに一緒に食事をしてきた。
仕事の話や家族の話、たくさんの話をして、笑って、ほんっとに意気投合!
先生曰く「私って、べらんめえなのよ」すぐさま、私が「先生、私もべらんめえです!」
先生の満面の笑みと柔らかな物腰が、毎朝通勤電車で本を読んでは涙した「あの尊敬している○○先生と二人だけで相対しているんだ」という緊張や気負いを吹き飛ばしてくれた。先生はユーモアのセンスも抜群で、つくづくユーモアというものは人の生き様であり、人へのやさしさ、思いやりの表れなんだとしみじみ思った。私は愚痴も言ったし、今考えてみるとずいぶんと馴れ馴れしく、図々しく、そして伸び伸びと身内の者と話をするように話をしたと思う。信じてる、好きだ、それだけを胸に、だいじょうぶだという安心感に突き動かされて。

先生から仕事を頂いた。9月からはフリーになるので、家計のことを心配してくれたのかもしれない。
作家とそういう「下心」で付き合っていると誤解されては心外なので、そこはきちんとお話させてもらった。
私はもうブログがあればいいんです、と。

朝からファックスが届いていた。
こちらが先に礼状を、というところをまた先まわりされてしまった。
先生には近々、私がおすすめの絵本を見つくろって送ろうと思っている。
出会いに感謝。人間対人間の、長く続く縁になりますように。


本日は待ちに待ったエレカシライブです。どんな選曲になるんだろう。アレはやってくれるかな?
明日は銀座で映画。うれしいこと続き。本日のめざましTVの占いの天秤座はいちばん!
仕事はなあ~んもせずに、朝からDVD見ようっと。
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by zuzumiya | 2012-06-28 08:40 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

人生は信じた者勝ち!

24日の昨日、ついに講演会が終わった。
去年の暮れぐらいに思いついて、正月早々、館長へのメールで「どうしても、やらせて下さい!」と嘆願し、一か八かの編集部へのメールから始まって、先生へ想いを込めた長い手紙を送りつけ、電話による幾度もの話し合い、本読み、チラシ、ポスター、ブックリストの製作、頭を下げての宣伝など、契約社員のぺーペーの私が一任されて、なんとか半年かけて開催にこぎつけた講演会だった。
会場の後ろから、集まった人たちの後ろ姿を見ていた。
親子連れ、夫婦連れ。おばあちゃんも一緒のところもある。
そうかと思うと、母親がいずに父親ひとりだけ(!)のところもあるし、父親が子どもを二人連れてきて、足元で遊ばせながら聞いている家もある。よちよち歩きの幼子を追いかけながら、座るとぐずる赤ちゃんを立って揺すぶりながら、先生の言葉をひと言も聞き洩らすまいと全身を耳にしているお母さんたち。
その先には御年67歳の先生が、立ってマイクを握り、人生でつかんだ伝えなきゃいけないことを一生懸命身振り手振りで力強く話している。
この会場のすべての光景をただ後ろから見つめているだけで、先生の知名度のすごさのおかげがあっても、それでも私の言葉を信じて足を運んでくれた人が少なからずいることに、感激屋の私はもううれしくって、ほんとうにありがたくって、涙が込み上げてきてしょうがなかった。何度も後ろを向いては涙をぬぐった。
先生が「17年間、講演を頼まれやってきましたが、こんなに丁寧に私の本を読みこんでブックリストを作ってくれたところはなかった。熱い人です」と言って、私の名を呼んで、皆の前に立たせてくれた。
「熱い人です」の言葉に、これ以上ない誉め言葉に、涙が出てしまってなんと挨拶したのだか忘れてしまった。
最後の締めの言葉の後も館長から呼び寄せられて、また前に立ったが、今思えば「穴があったら入りたい」ぐらいに恥ずかしい言葉なんだけど、「みんな幸せになればいい」なんて口走ってまた涙してしまい、私が泣くもんだから、会場までもらい泣き状態になってしまい、そのあと、図書館の児童担当の、子育てするお母さん、お父さんに対する「味方であること」の想い、いつでもいっしょにそばにいるよという気持ちを伝えてなんとか乗り切った。
感激屋の私は帰り際、挨拶にきてくれた顔も名前も知らない夫婦といきなりハグし、父親と笑ってかたく握手し、頑張ろうと両手に作った握りこぶしを振りかざし、赤ちゃんを抱きっぱなしで2時間以上も聞いていたお母さんの背中をたたき、「またね」やら「しあわせにね」やら言って手をふり、今考えると「何熱くなってんだ?」なんだけど、みんなと「親であること」のいかんともしがたいせつなさやら苦労やら諸々の気持ちが通じ合えた気がして、感謝の気持ちと「みんな頑張れよな」の気持ちをただ素直に伝えたくて、あんな変な行動に出たんだと思う。熱すぎるぜ。

終わりに先生が「ハグしましょ!」と私を呼んで、かたくかたくハグをした。
館に帰り、同僚がアンケートの感想の中に私へのエールの一文を見つけて驚いた。うれしかった。
9月には実は図書館を去るけれど、私らしい仕事ぶりだったと思う。人と人とをつなげられた、と思った。
そのためには熱意と誠意。それしか、ない。自分が信じたからこそ、そうなれたんだと思う。
便乗して先生にサインしてもらった本には「人生は信じた者勝ち!」と書かれていた。

みんな、ほんとにありがとう!
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by zuzumiya | 2012-06-25 11:54 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

気分が上がってまいりました!

仕事がだんだん片付いてきて、気持ちに余裕が持てるようになった。
7月のシフトを見たら、私だけ飛びぬけて行事と会議が多かった。
なんだ、一目瞭然じゃん、と思った。
誰が見たって私が忙しくないなんて、こりゃ言えないぞ。
ま、でも、仕事が面白いのは幸せなことだ。9月になったら、専業主婦に戻るからゆっくり休めばいい。
好きな本を読んで、音楽を聞いて、映画を見て、土いじりをしていれば十分幸せだからなあ、私は。

世の中は捨てたもんじゃない。親切な人がいてくれて、私にわざわざ鶴橋康夫監督の「魔性」が銀座で公開されることを知らせてくれた。ほんとうに感謝します。ありがとう。
28日はエレカシのライブで29日は銀座ということで、うれしいイベントが続いているので、もう少し頑張ろう。

鶴橋さんの「魔性」がテレビドラマで流れた時は中学生だったと思う。あの時はぶっ飛んだ!
こういうものが「ドラマ」としてお茶の間のテレビでふつうに流れていていいんだ、ってとにかく驚いた。
思春期の多感な頃だったからもう凄いショックで…。あれから自分はこういう作り手がいる「テレビドラマ」ってやつは馬鹿にできないなって思ったし、何より自分は「魔性」の世界にすごく魅かれる、そういう嗜好の人間なんだなって、自分で自分に気がついた。といっても、同性愛だの人肉を喰らうだのじゃないですよ(笑)。
なんていうか、美しくてエロティックで幻惑的だったり、退廃的な世界が好きな自分がいるってことかな。
優等生でおばあちゃん思いのいい子ちゃんの自分とは別に、心の中にもうひとりいるんだってこと。
それと、もしかしたらこの作品が映像に目覚めた最初かもしれないな。

私が大切に思ってる人、それから私のことをちゃんとわかってもらいたい人には必ず、音楽でも映画でも本でも、好みの作品の話はしてきたけれど、この「魔性」についても、確実に私という人間の一部を形成している大事な外せない作品。もう二度と見られないんだなと諦めていたけれど、今回ドラマの評論家さんと鶴橋さんがお話されるといううれしいトークイベントつきで公開されるんだそうだ。ほんとに教えて下さった方、ありがとうございます。必ず行きます。


人生に終わりがあることが俄然わかってきてしまった中年は好きなものは好きと言う!
ということで、宮本くんがライブで「飛べない俺」をキーボードで弾いて歌っているという情報を知った!
素晴らしい! 是非、その姿を見てみたい。
歌詞では「飛べない」なんて歌っているけれど、曲調はふうわりと飛んでいきそうな、透明感と空間的な広がりのあるピースフルな感じが好きで、繰り返し聞いている。美しいメロディーだ。
もちろん「世界伝統のマスター馬鹿」とか「穴があったら入いりたい」とかも、宮本くんらしいユーモアセンスでオトナの遊び心があって、大好きだ。「約束」のPVでは、ちょっと涙が?
今日は久しぶりに恋愛もののDVDを見てたんだけれど、誰かが誰かを愛しく想う姿はやっぱり見ていて健気だし、こちらも和むというか、平和な気分にさせる。ラブソングをどんどん作って歌ったら、と書いた覚えがあるけど、同じ効果なんだと思う。結果的にはどこかできっと人を和ませちゃうもんだ。憎しみなんてうまれない。
それから、強く想えば、願い続ければ、きっと想いは届くと私は思う。私もそうだったし…。
人はきっと出会うべき時にちゃんと出会って、つながる縁はつながっていくものじゃないかな。
あの涙のほんとの理由はわからないけれど…。
好きな人にはやっぱりせつなそうにしているより、笑顔でいてほしい。
いつだって「だいじょうぶ」「うまく行くよ」。それを言い続けてきたし、それは今でも変わらない。

さ、明日からもまた忙しい。自分との約束を果たして行こう。
おやすみなさい。
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by zuzumiya | 2012-06-21 23:59 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

『マスターピース』に慰められて

精神的な状態に左右されているのかもしれないけど、
エレカシの最新作『マスターピース』に今すごく慰められている。
いつだってパワフルなエレカシから「叱咤激励される」ことはあっても「慰められる」というのはあんまりないんじゃないかと思うが、とにかく今の私はそんな気分だ。
たとえば「七色の虹の橋」の歌詞の
「誰の人生だってマスターピースさ」とか
「思い出はセピア色なんかじゃない、明日へ向かう七色の虹の橋」とか。

なんていうか「年をとったっていうことなんだよなあ」って、しみじみ思う。
この歌詞の底に流れてるやさしさが手を取り合うようにわかりあえる、
そんな年になった。

思い出との距離の取り方というか、心の置き場というか。
ふと思い出して懐かしんで、もう戻れないあの頃をひとしきり愛おしむけれど、でもそこからはいつだって「生きてきたんだよなぁ、遙かに歩いてきたんだよなぁ」っていう感慨とともに、「これでいいんだよな」と空を仰ぐような、今を生きていくことへの確信とか肯定とかに気持ちがすり替わっていく。
それがきっと「虹の橋」。思い出がかけてくれる過去から今への虹の橋なんだ。
でもね、こういう感覚が実に中年的じゃないかと思ってね。
だから「ああ、今回はストレートに書いたな」って思う。

若さの持つ輝きもとんがりも憶えている。でも、だんだん身体は思うように動かなくなって、惰性とか諦めとか簡単に振り払えなくなって、目の前の老人のまごつきに怒れなくなって、時には微笑ましくもなって、「年をとる」ということのままならなさをひっそり胸のなかに落としていく。
そういう両方が見えている立ち位置にいると、心に余裕のある時なんかは「人生ってさ」とか「人間ってさ」とか、まるで中年まで生きてきた人生分のごほうびをもらったように慈しみの心が湧いて、すとんとわかってくる瞬間がある。宮本くんもきっとそう思えた瞬間があったから「誰の人生だってマスターピースさ」っていう素晴らしいフレーズが生み出せたんじゃないかと思う。
こんなにやさしい、言ってみれば「生きることへのいたわりの言葉」をサラリと歌えるようになったってこと、ほんとに「ちゃんと生きてきてよかったね」と同じ中年として、喜びあいたい気持ちだ。
私も「人生で学ぶべきものはちゃんとみんな自分の人生で学んでから死ねるんじゃないか」って思ってる。誰か偉い人の言葉を本で読んだからとかじゃなく、ふとそう思えた。
だから、ほんとはみんな平等なのかもしれないよ。
今まで子どもの頃から「生まれてくるんじゃなかった」「生きていたってつらいことばかり」と思ってきたこの私が、いつのまにやら自分の人生を「ああ、いいんだ、これで」って、おおらかに肯定してるんだから、やっぱり生きてみないとわからない。

「誰の人生だってマスターピースさ」っていう言葉と、『約束』の歌詞の
「しがない日々(毎日は)デカくても小さくても(悲しくても)間違ってなんかない」
っていう言葉が、今の私をやさしく包み込んでくれる。
いろんな聞き方、感じ方があるんだろうけど、今、私にとって『マスターピース』は慰めのアルバムだ。
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by zuzumiya | 2012-06-18 21:21 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

みんな、ありがとう!

休みだ。
洗濯物を干す。
空を見あげる。
太陽って、ありがたいなあと思う。
手をとめて、柵に寄りかかって世界を見る。
そんな瞬間に、ふっと生まれるこころの余裕。
こんなんでもあれば、今日はちょっとしあわせ。

8月いっぱいで仕事をいったんやめることにした。
たしかに仕事は楽しかった。企画すること、実現していくことは大変だけど面白い。
自分の色が出せて、やりがいがある。
でも、どうしても私は二足のわらじは履けないようだ。
仕事を家庭に持ち帰り、迷惑をかけてしまう。
甘えられるのが家族だけだからだ。

講演会、予定通りの人数で客はうまった。
梅雨時だから、当日のキャンセルがあるだろう。
全冊読んで、全冊について、私の感想を入れた著作リストも作ってある。
カウンターで孫の面倒を見ている常連さんのおばあさんが講演会の予約を入れてくれた。
「この先生のこの本はすばらしいんですよ」と私が言ったら、
「あなたがそこまで言うなら予約するわ」と言って下さり、涙が出そうになった。

講演会の予約をして下さるお客さんに、心のなかで「ありがとう」と何度もつぶやく。
そして、「上っ面じゃないよ、だいじょうぶ。その日はきっといい日になるから!」と思う。
それだけ私は先生を信じている。
信じているからこそ、ここまでこれた。
あとは先生にお任せする。

母と子のために、これからの親子のために、ちっぽけな私ができること、想い。
いちばんやりたかったことが、もうすぐ実現する。
思いきって行動した。
いっぱい頭を下げた。
説得した。
よく読み込んで、誠意をもって文章を考えた。


でも、今は、先生はもちろん、この私の言葉を信じて会場に足を運んでくれるすべてのお客さんに
感謝したい。「あなたが言うなら」と信じてくれたすべての人に、いつの間にかあったお客さんとの絆に、
心からありがとう。
協力してくれた人、すべてにありがとう。

やりたいことができる環境にいたんだな、と思う。
熱意からしか、実現には至れない。
そして、誠意からしか、人は動かない。
振り返ってみて、傍目には「なんでそこまで?」と映ったに違いないが、
実に私らしい仕事っぷりだったと思う。
講演会だけじゃなく、すべてが。

9月からは家庭のことをもうちょっと立て直し、休んで、また考えよう。
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by zuzumiya | 2012-06-18 10:10 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

山は登っているときはどこにいるのかわからないものだね

精神的にアップダウンを繰り返しつつも、何とか今日、家で7・8月の展示企画のポスターと掲示物を仕上げた。4門の昆虫や動物ネタを抱え込みすぎて捨てきれず、30枚にもなってしまった。A5で貼りだすにも多すぎないか…。取捨選択ができてない。
今回はブックリストは作らなかった。いまだに迷っている。
いつの頃からか、お客さんがブックリストを持って行かなくなった。貸出は普通にあるのに、なぜかリストは手にとられない。だが、今回のは夏休み期間中でもあるので、自由研究のテーマさがしにリストは役立つかもしれない。いつもとは意味あいが異なる。なのに、あと一歩の踏ん張りがきかない。いつもの私なら、もうひと頑張りするはずなのに。私はそれでも山を登っているんだろうか。うつむいて足元ばかりを見ているのか。だから、こんなに苦しいんだろうか。

エレカシのニューアルバムを聴きながら、仕事をしていた。
忙しくて本屋にも行けず、ラジオも聞けてないが、なんとなく多くの女性ファンがしゅんとしていると想像できる。また、ままならぬ恋でもしているのか。宮本くんに少し溜息が出る。
いいよなあ、46歳でいまだに誰かを想って「もどかしい」って泣けるんだから、うらやましいよ。
私なんて、まだまだ仕事と家庭の板挟みだ。
どんな内容でも、ベタベタのラブソングでも、必ずワンフレーズの勇気と肯定をもらう。
「そうだよな」って、ふっと笑える。
あ、それから、チクンと針も刺されるな。「奴隷天国」ほどじゃないけど。
こんな私はきっと都合よく男脳でエレカシを聞いてるんだろう。

いいじゃん、マスターピース! 
私の人生もマスターピースにしていかなきゃな。
明日もギシギシに予定が詰まってる…。

46歳の誕生日、おめでとう。
愛するってことは、とても具体的なことだよ。
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by zuzumiya | 2012-06-12 23:58 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

なぜにこんなに落ち込むのか。

連休4日のうち、3日をまるまるかけても仕事の本読みが終わらない。
さらに調べて目を通しておきたい本がわんさか増えてしまった。
ああ、私はバカなのか。なんで、こんな不器用な仕事ぶりなのか。
なんでもっと合理的に、すぱっと諦めるとこは諦めて、さっさとできないんだろう。
調べているうちに、もっともっとと欲が出る。
もっと驚く、もっと面白い話がどこかにあるんじゃないか。
そんなことばかり考えて、調べる手が止まらない。
明日は出勤だ。出勤すればしたで職場でやらねばならない仕事が待っている。
予定外の仕事もあるだろう。
企画展示の仕事に時間をかけすぎて、週末の「おはなし会」のプリントづくりや選書会議の下調べが終えられなかった。報告書作りもある。紀伊国屋に発注もしなくてはならない。
ああ、明日も自分の仕事をやる暇はないだろう。

落ち込む。
頑張って仕事をしているはずなのに、なんでこんなに落ち込むのか。
わからない。何かが間違っている。なのに、とにかく進んでいる感じがしてどうにも嫌だ。
机の前に座りすぎて、尻と肩がいたい。
楽しいことがしたい。
はやく何にも考えなくていい、ほんとうの休みがほしい。

夜のドライブに行きたい。
街のあかりをただぼんやり眺めていくような、夜のドライブがしたい。
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by zuzumiya | 2012-06-06 00:45 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

ワイルドな会社

詰め替え用の洗剤やシャンプーの注ぎ口に、うまく中身を誘導するような道筋やストローが付いている場合がある。すべての会社でそういうものを作っているわけではなく、限られた会社だけである。
朝急いでシャワーを浴びなきゃいけない場合など、大変便利で助かっている。
お客は注ぎ口を見て、ストローがついてるから、是非ともこの洗剤じゃなきゃと思って買ってはいまい。
単純に「安さ」で選ぶ。少なくとも私はそうだ。
会社も注ぎ口にストローをつけたからって、確実に売上に反映されるとは思ってはいないだろう。
あくまで、あれは会社のお客への誠意だろう。
小さなことだが、ここを思いついて、経費もかかるのに敢えて実行した、やはりそれは凄いことだと、テルマエ・ロマエのルシウスのように、風呂場で丸裸の私は感激している。
「ありがたいことよなぁ」と笑みが出る。

シャワーを済ませて、冷蔵庫からヨーグルトを出す。
上ぶたの銀紙の裏に、「大吉!」とある。さらに「今日、いいことがありますように」とうれしい言葉が添えてある。ちょっとしたことだが、「ありがたいことよなぁ」とこれもまた、笑みが出る。
なんだか、世の中はぜんぜんギスギスしていないじゃんか、やさしいじゃんか、とおおらかに思う。

こんなふうに人を一瞬でもしあわせにするために、喜んで大金をかける会社もある。ワイルドだぜ~。
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by zuzumiya | 2012-06-03 10:05 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

祈りと感謝

何か不安なことや心配になることがあれば、自然に空を仰いで「どうか神様…」と祈っている。
毎朝、通勤の途中にあるお地蔵様には「今日も穏やかに過ごせるように見守っていてください」なんて、心のなかで手を合わす。考えてみれば、神様も仏様も私には区別なく、ちっぽけな私という人間が人間を超えた大きな存在に向かって、頭を垂れておすがりし、お願いしているに過ぎない。
それでも、祈りがあれば、同時に感謝も生まれる。
帰宅の際にはお地蔵様に向かって心のなかで「今日もありがとうございました」と必ずお礼の言葉をかける。嫌なことがあって、電車の間中、忘れようと思っても忘れられず、本も読めないことになっていても、朝、願かけしたお地蔵様の祠がすっかり暗くなっていて、そんなところにぽつんと立って、相も変わらず微笑を湛えているお顔を覗けば、「それでもまあ今日も、大事なくといえば大事なく終わったかなぁ」という気になれて、すっと「ありがとうございました」という言葉が続く。
祈って、感謝する。
駅前の街道脇のここに、もしお地蔵様の祠がなかったら、何かに向かってそっと頭を垂れるような厳粛な瞬間も、平らかに心をなだめて手離し許す瞬間も、こんなにも繰り返されることはなかっただろう。
そして、願い、祈るという気持ち。
それほどまでに心をふるわす、乞う何かが心に湧いて出るということ。
不器用だからこそ、否定感のぬぐえない性質だからこそなのかもしれないが、ふと、そんなふうに真水のような純粋さがある自分に気づく。

宗教・宗派にこだわりはなく関心はないのだが、ただ、祈る・感謝するのワンセットを繰り返す心は、やはり、平安に導かれるという気がしてならない。すべては、自己暗示なのかもしれないが。
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by zuzumiya | 2012-06-03 09:22 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

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