暮らしのまなざし

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娘のこと、夫のこと

この日曜から今日まで、私の休みに合わせて、娘が家にいた。
娘は一応高校2年だが、不登校だ。いろいろな事情があって、祖母の援助を受けつつ、3ヶ月くらい前から家族とは離れて、近所で一人暮らしをしている。
新聞配達をしている兄の就職内定がきっかけで、自分もきちんと高校へ行くことを決めて、3月にはアパートを引き払い、兄とともに我が家へ戻ってくることになっている。
娘が言うには、家を出てみて、お金のやりくりや家事など何でも一人でやらなきゃいけない現実を味わって、ようやく両親のありがたみがわかったらしい。
ずいぶんと遠回りをしたけれど、それでも、自分の人生というものを逃げずにちゃんと考え、大切に丁寧に生きてみようという気持ちになってくれたのがうれしい。
よくやく気がついてくれたかと、胸をちょっとだけ撫で下ろしている。

以前は手伝いなどまるきししない子だったが、日曜に私が仕事から帰ってきてみると、台所にひとり立ってなにやら作っている。手元を覗くと、じゃがいもやにんじんがボールにあふれてる。「なんだ、カレーか」と言ったら、こっそり耳元で「お父さんの好きなビーフシチューだよ!」と囁かれた。
1月の夫の誕生日にはまだわだかまりがあって、一緒には祝えなかった娘。
心の底ではそれを申し訳ないと思っていたのだろう。料理もする夫は、このタマネギの匂いに気づかぬはずはないのだが、照れなのか、素知らぬ振りでパソコンに向かっている。

何の気なしに冷蔵庫の扉を開くと、チルドルームには安売りのステーキのパックがあった。休みの夫が買い物に行って、私のためにステーキの肉を買ってきてくれたのだとピンと来た。なぜなら昨日、私は仕事上の人間関係でかなり落ち込んで帰ってきて、夫にえんえんと愚痴をこぼしていたからだ。
夫は厳しい人なので、私を口先だけで安易に慰めはしない。慰めて「よくやっている」とただ肯定してもらいたいだけなのに(「それが女心というものだ」とまで私は主張するのだけれど)、いつでも「どうしてそうなるのか」「どうしてそれができない?」と説教がはじまり、それによって私を余計に惨めにさせてしまう。
挙げ句の果てに口論になり、想いのズレの大きさに、ほとほと嫌になり、離婚の文字がよぎる頃、互いにむっつり口をきかなくなる。昨日はそんな夜だったから、夫は食べ物で釣って許してもらおうと(ごまかそうと?)したのだろう。

「あれ、お父さん、ステーキ買って、今夜はお母さんと二人で食べる予定だったかな」
すかさず娘が気がついて、言外にちょっと申し訳なさを漂わせたが、私はただただ可笑しかった。

何が可笑しいといえば、この家族の想いのかち合い方に、である。
夫は私への謝意のつもりで、私の好物を想い、娘も同じように夫の好物を想って、行動しているのだ。スーパーで貧乏な二人が豪勢にも牛肉のパックを手にして、にやにやしながらカゴに入れてる姿を想像すると可笑しくてしょうがない。そんな想像をしながら「ああ、家族だなあ」と心がやんわりしてくる。
何というか、昔から以心伝心というものが家族にちゃんと起こってる、それがうれしい。
私が落ち込んでいると、ふっと娘のメールが届いて、わざわざ一緒に待ち合わせて帰ったりする。とぼとぼ夜道を帰ってくると(私はたいてい一人でいると落ち込んでいる)、娘も自転車で帰ってきてバッタリ会うということもあった。家で仕事をしてて「なんかシュワッとしたいな」と思っていると、夫が重たい想いをしてコーラを吊して帰ってきたりする。小さな些細なことだが、つながってる気がして、家族ならではという気がして、こういうことこそうれしい。

3・11のことがあってから、この日常が、些細な毎日の繰り返しが実はいちばん幸せなのだとメディアで大々的に言われるようになった。でも、そんなことはもうずっと前から、ほんとはみんな気づいている。わざわざ言葉にしなくとも文章にしなくとも、その都度ちゃんと感じて、しっかり満たされている。
幸せって、小さくて些細なものだって、そういうのが人それぞれ日々ちょこっとずつあるのが人生なんだってわかってる。もっというと、小さな些細な思い出がいっぱいある人、そういうのをちゃんと忘れないように努めている人、そういう人が幸せな人なんだと思う。1億円当たるのも、そりゃもの凄い羨ましいけれど、ほんとには望んではいない。
湯船のなかで「ああ、なんか今日もまあよかったかなあ」で、終われる一日。
それだけで、また頑張って生きていける気がする。
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by zuzumiya | 2012-01-31 19:37 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

努力ってたのしい!

今日はとてもうれしいことがあった。
私が児童担当として携わっている「おはなし会」がかつてないほどの盛況ぶりだった。
そして、その参加親子の半数以上が、私が営業して図書館を宣伝してまわって得てきた人々だった。ブックファーストの一環として、赤ちゃんの健診時に保健所などで読み聞かせを行う自治体は多いが、うちの区も図書館側の人間として、私が月に2回保健センターに出向いている。そこで、最も近場の図書館ということでうちの館を宣伝しているわけだが、チラシ作戦の効果もあってか、ここのところ凄さまじい勢いでおはなし会の参加人数が増えている。とてもうれしいのと同時に、リピーターを定着させねばというプレッシャーもある。
でも、何よりうれしいのは、お母さん方が最後に「ああ、楽しかった」と口々に言って笑って帰っていくこと。その姿を見ると、「やっぱりこれでいいんだな」と自分の考え、やり方に深く納得もし、さらには「これからも頑張らなくっちゃ」という元気も湧いてくる。
初めての子供を持つお母さん方というのは、ほんとに生真面目で、精一杯で、純粋で、素直だ。そこにはなんて言うか、必死な人が放つ一種の哀れみのような、ちょっと懐かしい切なさがある。
もしも私が性悪で、お母さん方にデタラメな適当なことを言って、間違った本をすすめても、彼女らは真剣に私の目を見て話を聞き、「図書館の人が言うのなら」とそれを鵜呑みにして、借りていってしまうような気がする。それだけ一対一で子育てをしていると、毎日が不安で、母親であるという自信もなく、誰かに誉めてもらったり、アドバイスがほしくて、とにかく一生懸命なのだ。彼女ら若い母親たちのその真剣さは二人の子供の手がはなれた私から見れば、可愛らしく愛おしくもあって、「何とかしてあげたいな」という気にさせる。打てば響くような、子供以上にスポンジの、純粋な若いお母さん方をできるだけ正しい方へ、子育てが楽しい、幸福だと思える方へ、心優しく導いてあげたい。
児童担当として、しっかりとそう思う。

アンケートで、「おはなし会を毎回、一生懸命やってくれているのがうれしいです」とお客さんが書いてくれていたり、お客さんのブログにおはなし会のことが書いてあって、「若くてきれいなおねえさんに読んでもらえます」という記述がしてあって、「いったい誰のことだ?」と事務室が騒然となったが、誰のことであれ(?)、うれしかった。

携帯のCMに「努力ってたのしい」とキャッチがあるが、ほんとにそうだと実感する。
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by zuzumiya | 2012-01-27 20:14 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(3)

晩酌夫婦

最近、雪が降ったりしてとにかく寒いので、体の芯からあたたまろうと晩酌にお燗をつけることにした。
それがものすごく気分がいいのである。夫と小さなお猪口を顔の前に差し上げて「お疲れさま」とやる。ぐびっとやると、すきっ腹に効いて胃の中がかーっとほてる。それから、簡単なつまみで差しつ差されつ、ちびちびやる。ほんの少しを何度も繰り返す、あの小さなお猪口のありがたさ。ビールともワインとも違うんだよなあ、あのちびちびの親密さは。夕飯でもない、間食でもない。おかずではなく用意された酒の肴を箸の先でちょいとつまんで飲む晩酌には、大人にしか許されない特別な贅沢、粋を感じる。うちの祖父は下戸だったので晩酌はなかったが、私は昔からテレビのドラマや幸田文、向田邦子なんかのエッセイで、晩酌をする父親の姿に憧れていた。それに、酒の肴を冷蔵庫のあまりもので二品ばかりささっと作って、しかもそれが美味いなんて、主婦としても憧れる。お腹がすいているからと、がつがつと夕飯をかきこんでしまう前に、ちょっと晩酌タイムを入れて、互いの一日の労をねぎらうと、夫も私もようやっと「家庭人」「生活人」に戻れた気がして、やんわりにこやかになる。忙しいからこそ、「晩酌夫婦」少し続けてみようかと思う。
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by zuzumiya | 2012-01-26 00:27 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

あきらめなければ、夢はいつか叶うよ。

ブログのスキンを雪の結晶に変更したら、ほんとに雪が降ってしまった。
私は22、23、24と連休なので、通勤の苦労はないんだが、買い物に行かねばならず、ましてや灯油もなくなりつつあって、主婦として途方に暮れている。
まずは、報告。館長は無事、講演の先生に電話をかけてくれて、話が最高に盛り上がったから安心せいとメールで報告を受けた。ヨカッタ。お金の件も大丈夫なんだろうな。
それから、先日の館内整理日に、正式にうちの館が来年度は「児童に力を注ぐ」という見解を館長が皆に示してくれた。そして来年度のスケジュールを見ると、めいっぱい行事が入っていて、びっくり。私の出した企画が2本組み込まれている。辞めるのを必死で引き留められたのはこのせいだったか。あらためて、児童のリーダーに任命され、すでに来年度のチームの顔合わせや担当を決め、リーダーなので今度は全員の動きを把握しなければならず、早速家で全体のスケジュール表を作ったり、4月からの企画展示のポスターを早めに作ったりして過ごした。そうしたら、雪が降ってきたのにも気づかなかったのだ。
ああ。仕事もいいけど、生活もね。

22日の日曜日は久しぶりに家族4人で食事をし、カラオケに行った。
いつでもそうだが、聞くのと歌うのとは勝手がちがって、あれだけ聞いていたエレカシの歌もいざ歌うとなると、ところどころわからなくなってしまう。するとおかしな話だが、子供たちが歌い出す。マイクを通して「なんで、知ってんのよ」と言うと、「あれだけ聞かされてたらね…」だって。笑ってしまった。
息子が就職の内定をもらえた。彼は中学時代からの夢を叶えた。
夜中の2時に起きて、雨が降っても風が吹いても雪が降っても、彼は時間に追われる新聞配達をして、そのまま寝ずに専門学校に行き、細かいCGの課題をこなし、慢性の睡眠不足による頭痛に悩まされ、それでも見事に就職を勝ち取ったのだ。CGの作品集やデッサンを見せてもらって息をのんだ。「時間がない」はほんとに言い訳でしかない。
親はのほほんと大学を遊び出ただけだが、息子は親が貧しいがためにほんとうに血のにじむような努力をした。それでも夢をあきらめずに生きた。そんな息子を誇らしく思う。人間としてとても尊敬している。彼は素晴らしい男だ。
3月に息子は水道橋の新聞販売所から我が家へ帰ってくる。
私も有給をもらって部屋を片づけ、美味しい料理を作り、仕事が始まるまで息子をゆっくり休ませてやろうと思う。私の知らないところで、息子の悩みに耳を貸し、励まし、可能性を信じ、温かい言葉で支え続けてくださった学校の先生方に、心から感謝します。ありがとうございました。

あきらめなければいつか夢は叶うと教えてくれたのは、息子。
続けることが何よりもたいせつと教えてくれたのは、エレカシ。
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by zuzumiya | 2012-01-24 01:11 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(3)

「彼女は買い物の帰り道」

今朝、仕事に行く道で、ふわっと頭のなかに曲が流れはじめた。
「彼女は買い物の帰り道」
いままで、この歌については、なぜだか書かないできたけれど、
ああ、ほんとにいい歌だったんだ、と懐かしいせつなさで包まれた。
なにがいいって、「でも、私は誰かを愛してる」って歌ってくれてるところだろう。
この「でも」がいい。
「でも」が希望だし、「でも」が肯定だし、「でも」が決意なんだ。
いろんなことがあっても、どんなふうに生きてきても、
「それでもいま、私は、誰かを愛してるんだ、愛せてるんだ」ってことが、今ある自分を支えている。そこに生きる喜びも希望も誇りも、あるいは許しも、決意もみんなある。それでいいんだよって、素敵なことじゃないかって、この歌はやさしく応えてくれている。
愛することに傷ついて、悩んで涙しても、それでもなお愛することをやめない女性というもの。今、ちょうど講演会の先生の著作で、母子の愛に関しての本を読んでいるせいか、余計に身にしみた。女性って、やっぱり、育む性なんだよなあって。
子供がいる、いないじゃなくて、いくつになっても、何かを包み込み、やさしく育もうとするそういう慈愛の性が本来の性なんだよなあって…。
そう思って聞くと、この歌はほんとにいじらしい、可愛らしい歌になる。
「でも、私は誰かを愛してる」って思い直して、彼女はひとり遠い空を見上げて、また生きていこうとするのだから。
ヨーコという一人の女性を歌で称えて感謝して、すべての女性に捧げたジョンの「woman」のように、宮本くんにはこの歌がある。
多くの女性ファンがこの歌に自分を重ねて、生きている今を誰かを思いやる幸せを、そんな自分自身の有り様を、やさしい気持ちで受けとめているんだろうな。
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by zuzumiya | 2012-01-18 21:05 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

ビジネスと情のあいだで

朝夕に自転車で公園を抜けて行くと、風向きのかげんでほんのわずかだが、ろう梅の香りがする。季節は確実に春に向かっているのだと感じて、心が少し軽くなる。
例の講演会の企画の件は現在、ストップ状態である。

私がFAXで長い手紙を書いたその日のうちに、先生からじきじきに私の携帯に電話が来た。冷たい風が吹き抜ける地元駅の構内で、足踏みしながら、ゆうに1時間半は先生と話をした。そのなかで、私が思い描いていた講演会の話の内容が、書店には置かれていない最新作にすべて書かれてあることを知り、自分の直感が正解だったこと、先生との不思議な縁を感じた。

物を書くことや想いを伝えるということについても、私にもわずかだが経験があってその辺りの話はよくわかるので、ほんとに晴れ晴れするほど先生と意気投合できた。電話口で「その気持ち、よく分かります!」「先生のそういうふうに書くところが、ものすごく好きなんですよねえ」と感激してばかりだった。

だが、最後の最後になって、講演料のことに話が及ぶと、ちょっと雲行きが怪しくなってきた。熱い気持ちはあっても、営業経験などないので、講演料の相場は知らぬままに始めたのだが、「うちの言ってる額はおそらく安いんだろうな」とはわかっていた。我々は区立の一公共図書館であって、予算がふんだんにあるわけじゃない。かといって、物を書いて講演をすることを生業としている先生にとっては、自負というか矜持というかがあって、あんまりにも安い値段じゃ「失礼な!」ってことになるのである。

どんなに意気投合しても、ビジネスはビジネス。
ここから先は館長へバトンを渡すことになった。
しかし、私が「目を通しておいて下さい」と渡した先生の本を、館長が読んでいる姿を見たことがない。一スタッフの情熱と館長の温度差を百戦錬磨の先生が感じとってしまわないか、不安である。
とにかく、私としては先生の最新刊を注文して、読み込むだけだ。今の私にできることはそれぐらいだ。最新刊のどの部分を講演会で話してもらいたいかをチェックし、それから、講演会のタイトルも私が決めなくてはならない。

私は私のできることをして、あとは信じて待つしかないようだ。
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by zuzumiya | 2012-01-17 23:47 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

伝えることの根源には。

久しぶりの更新。
自分にとって館での仕事はじめが9日で、しかも10日と12日も休みというへんなシフトなので、なんだか仕事の動きはぎくしゃくするし、やたらに気疲れしてしまう。
それはそうと、うれしい出会いがあった。例の講演の企画が一段階進んだのである。
出版社に、講師の先生との連絡窓口を訊くために熱いメールを送ったら、なんと担当編集者がすぐに先生に話を持って行ってくれたのだ。すごい!
でも、私の企画内容や依頼の文面によっては、先生は講演を受けて下さらないかもしれないので、ここ数日は企画について、そしてそれを説明、納得させる私自身の文章について悩むことになる。まさに「心に沁みて人を動かす文章」を書かなければならないわけで、そのプレッシャーで体中がかゆくなりそうだ!

初心忘るべからず。

ネットで本を検索していたら、先生の本にぶつかり、何気にプロフィールを見た瞬間、バチッときたときめきを、直感を、それから初めて先生の本を読んだ時の涙がとまらなかったあの胸のふるえを、正直に、まっすぐに書ければ、きっとわかってくださると信じている。私が差し出す掌を先生は無下にはねのけるような人ではない、必ず握ってくれるだろうと信じている。

なぜなら、私達は気がついてしまった者同士だから。気がついてしまった者は、もう知らなかった頃には戻れない。よいものは、正しいことは、ちゃんと伝えて広めていかねばならない。先生を中心に編集スタッフも私たち読者も、皆がその「使命感」と「信念」に貫かれて動いている、そんな気がする。
素晴らしい作品は人を駆り立てる。伝えたくて伝えたくてしょうがなくさせる。
その根っこの気持ちを思うと、人ってつくづく愛おしいなぁと思う。
おいしいものを誰かに「食べてごらんよ」と言いたくなるあの気持ち、幸福を分け合いたくなるあの気持ちと一緒だからだ。
伝えることの根源にあるものは、誰かとつながり、分かち合おうとする愛。
文章でも、絵画でも、音楽でも、素晴らしい作品に出会うたび、私たちのうちからはそうやって自然と愛があふれだす。その繰り返して生きているんだってことに感謝する。

それにしても、担当の方がとてもいい方で、実現したら見に来てくれるそうだ。
頑張らねば!!
そんなこんなで明日も一日、仕事である。
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by zuzumiya | 2012-01-12 00:40 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

喜・怒・哀・楽、そして「慈」へ。

最近はほんとに年を感じます。
あっという間に一年が過ぎてしまうこともそうですし、自分の頬にシミが色濃く増えていることも、目の下のクマも、すぐに髪が生え際から白くなってしまうことも、しゃがんで立ち上がるたびに右膝が痛むこと、コートを羽織るたびに左肩がちょっと痛むこと、みんなそうです。
それらのことは少しだけ私を俯かせるけれど、でも、ひとつだけ、年をとったことに大いに感謝して、心から喜ばしい、嬉しいと思えることがあります。
それは、ズバリ、涙腺がゆるくなっていること。
これはねえ、もう、ほんっとに最近は富みにゆるみっぱなしなんですが、そんな涙もろい自分が私は好きですねえ。自分で自分を抱きしめたくなるくらい、愛おしいと思う。

先日もテレビで大学の箱根駅伝を見てたら、この寒空にですよ、沿道でたくさんの人たちが声援を送ってる。そんな人々からちょっと離れたところでおじいさんがひとり、こう、両手を口元に持っていって、大声で「がんばれ!」って声援を送ってたんです。その姿をカメラが何気に捉えた瞬間、唐突に泣けてしまって。
なにがいいって、おじいさんの口が「がんばれ」って一言一句動くのに感激して、涙してるんですよ、可笑しいでしょ?

どういうわけか、こんなふうにほんとに何でもない、ほんとにささいな事柄で、たいていは家族に「え、そこでぇ?」って驚かれるところで、ひとり、ティッシュを鼻にあてぐすんぐすんやってる(笑)。そんな自分に吃驚もするんだけれど、でも、そこに泣けてる自分っていうものに、もう一人の自分が「そうだよ、それでいいんだよ。そうやって生きてきたんだもの」って、すごい肯定の気持ちで寄り添ってる。

大げさかもしれないけど、「生きてきた人生のいろいろが心にじんわり溶けて行って、心の感度がいい感じに『まろやかに深く、せつなくしみじみと』になってるんだなあ」って思えて、自分に「いいよ、いいよ。よく生きた」って思えるんです。

この感度というか、純度というか、ある種の繊細さみたいなものは思春期にも勝る力があって、あ、だから思秋期というのかもしれないけれど、まさに年齢を重ねないと、人生を生きてきた歴史や遥かな時間がないと得ることができない心の有り様なんです。
なんていうか、喜怒哀楽ですべて味わって、人生の最後には何かそのどの感情ともちょっと違う、どれともうまく括れない、言ってみれば大きくてたおやかに流れる「慈」の感情に辿り着くのかもしれないなあ、と思ったりします。
すべてを受け入れ、そして、許して流れてゆく。
涙を流しながら、「慈」が心に育ち行く自分が、この人生が、うれしいんです。たぶん。
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by zuzumiya | 2012-01-07 17:54 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

「胸を張って生きよう!」

こんにちは。今日も朝から自宅で仕事をしています。
つくづく自分は会社に属するよりもフリー向きなのだな、と思いながら。
今日は渋公でエレカシの新春ライブですね。でも残念ながら、私はチケットがとれず行けません。でも、大好きな「ワインディングロード」を聞きながら、ほんとにワインディングな仕事ぶりで、当初の計画が押せ押せなのですが、なんとか頑張っております。

「ワインディングロード」を聞いていると、「新しい季節へキミと」の時もそうだったのですが、生きてる世界と自分を肯定できる力が内から漲ってくる感じがします。使命感とか頑張らねばとか、そんな強い気持ちになって駆り立てられる気がします。だから、家での仕事の時はテンションを保持するため、必ず「リピート」でかけっぱなしにしているんです。音楽の持つ力のすばらしさ、それを作り出すミュージシャンたちにほんとうに感謝します。いつも助けてくれてありがとう。

そして、去年はライブのときに、「胸を張って生きよう!」という強い言葉に戸惑い、でも「そうだ、それでいいんだ」と思い至ったことをこのブログ上でも書きました。あれから1年経って、今の仕事でこれから私がやろうとすることには大きな意義があるし、少なくともそこに気づけたこと、迷わず突き進むことにした自分は、以前よりずっと胸を張れるんじゃないかと思います(笑)。

よいと思うことを直感を信じて貫き通す、そのように今私は生きていると伝えたい。
ここにこうしていても、どこにいても、いつでも、私はちゃんとエレカシのパワーをもらっている、そのことが今日はしみじみとうれしいです。
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by zuzumiya | 2012-01-06 14:50 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

お正月のテレビって、なんでこんなにつまらないんでしょうか?

そういうことで、私は正月も家で仕事しています。仕事といっても絵本探しなので、半分、趣味みたいなところもありますが。いやあ、探せば探すほど、もっといい絵本があるんじゃないかって止められないです。「もうそろそろいいかな」って時に「この本面白い!」っていうのが見つかったりするから、つくづく勉強になります。展示の担当が2月なので、自分で決めたテーマに沿って本を集めていくんですが、展示のアイデアがこれぞというのにまだぶち当たらなくて…。今日は一日、考えてました。お客さんを参加させるタイプで、でも無理なく、アートのワークショップみたいな、発見のある面白くて楽しい感じにしたいんですが、まだまだ…。また明日もウンウン悩みそうです。いいアイデア浮かばないかなあ…。

有給をとって私の出勤は9日からなんですが、その間、もうひとつやるべき仕事があります。ある方に講師を依頼して講演会を開きたいんですが、その作戦を練ることとその方の著書を読むこと。依頼すること、交渉すること、すべて一人でやろうと思っていますが、この講演会が今年最もやりたい企画のナンバー1でして、これを成功させたらすごくうれしいし、自信がつくだろうなあって思ってます。いつでも私はハードルの高い方を選んでしまうので(これはもう癖ですね)こうやってここに書いてさらに自分を追い込んでしまおうと思います。

今年もガンガン仕掛けていきます。楽しいことをしたいです!

※DVDで「地球に落ちてきた男」を買って見ました。やっぱりボウイが素敵!
でも、DVDのせいか、ボウイの下半身が一瞬見えてしまう部分もあって、こんなにエッチなシーンがあったのかと、高校生の時、(テレビで放送されたのかな)これを家で見ていたのかと、ちょっと吃驚でした。イザベル・コイシェ監督が好きなので、菊地凛子ちゃんが主演の「ナイト・トーキョー・デイ」を見ました。外国人の監督が撮る東京の夜って、なんだか好きですね。やはり音楽がよかったです。
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by zuzumiya | 2012-01-05 00:13 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

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