暮らしのまなざし

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永遠の少年

家の近くの公園には毎朝たくさんのお年寄りたちが来ていて、仲間でウォーキングをしたり、ゲートボールをしたり、みんなで一緒に太極拳をしていたりします。午後に通りかかると公園の東屋や広場のベンチは腕を組んだおじいさんたちが陣取って、将棋盤とにらめっこしています。休日になると、お手製の紙飛行機をゴムで飛ばすグループが原っぱで空を見上げています。喜ばしいことにお年寄りたちはみな年をとっても楽しそうに元気に見えます。
先日、夜の8時頃でしょうか、仕事帰りに公園を通ってびっくりしました。「そこの地面に何かいる!」と思ったら、おじいさん二人組が薄暗い外灯の下で地べたに座り込んで将棋をさしていました。少し離れた東屋はもう真っ暗です。灯りが欲しくて芝生の上に移動してきたのでしょう。駒が乱れないように二人でそうっと将棋盤を手に持って、そろそろと移動している姿を想像したら、可愛らしくて思わず笑ってしまいました。
そういえば、真冬の頃もベンチで対戦している様子を何人ものおじいさんが取り囲んでずっと見下ろしていました。屋内でやればいいものをと思いましたが、夢中になって寒さを忘れている姿がどこか微笑ましく、その時も笑って帰ったのを憶えています。
可愛らしいといえば、紙飛行機のグループです。樫の木のどこかに乗っかってしまった紙飛行機を長い竹竿を持って「あれぇ? どこ、いっちゃったかなあ」と呟きながら心配そうな顔をしてうろうろと探し回っている姿は、もう少年そのもの。「男の人はロマンチスト」「永遠に少年のまま」と言われますが、おじいさんたちのああいう姿を見るにつけ、ほんとにその通りだなあと思えて、なんだか温かい気持ちになります。
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by zuzumiya | 2011-05-31 21:00 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

町のお地蔵さん

駅の横断歩道の脇にお地蔵さんの可愛らしい祠があります。いつ見ても見事な百合や菊など新鮮な生花が飾られ、子供が喜びそうなお菓子や缶ジュースが二つ三つ供えられ、祠の奥には折り紙の千羽鶴や風船が飾られています。お地蔵さんにはもちろん赤い帽子とよだれかけ。冬には顔が見えなくなるほどグルグル巻きで赤いマフラーが巻かれていました。どなたかが毎朝来て、祠のまわりを掃除して花を生けかえたり、お菓子を供えたりしているのでしょう。お地蔵さんは子供の守り神。いつでもきれいな祠の様子に、もしかしたらそのお方は早くにお子さんを亡くされたのではないか、などと想像したりもします。私も毎朝、信号を待ちながらお地蔵さんに「今日も子供たちをお守りください」と心のなかでお願いして出て行きます。
降りた駅、図書館へ向かう道の角にもお地蔵さんの祠があって、そこには三体のお地蔵さんが祀られています。そこのお地蔵さんのつけている赤いよだれかけは何と全て手編み。お願いだけして去っていく私と比べて、祠やお地蔵さんを熱心にケアする人には頭が下がります。先日、小雨のぱらつくなか、横目でお地蔵さんを見ながら「今日もよろしくお願いします」と心のなかでつぶやいていると、傘の先が何かにぶつかりました。狭い道なのでてっきり通勤の人の傘とぶつかったと一瞬不快に思ったら、祠の脇から伸びてきた紫陽花でした。まだ青く小さな若い塊に、ハッとしました。まるでお地蔵さんに「花に怒ってどうする」と嗜められているようで恥ずかしくなりました。お地蔵さんのおかげでそこに紫陽花があることに気がつきました。関東は梅雨入り。紫陽花がこれから色づいていくのが朝の楽しみになります。
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by zuzumiya | 2011-05-30 10:00 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

『庭の小径で』

a0158124_15574990.jpg先日、児童本の情報収集に出かけた本屋さんで、素敵な絵本を見つけました。といっても、児童向きではなく完全に大人向きの絵本。
『庭の小径で』(絵・ロウラ・ストダート/文・きたむらさとし)という単行本サイズの小さな絵本。内容は物語ではなく、詩画集か、はたまた、美しい挿絵の詩集といった気品ある佇まいの本なのです。たとえば、最初のページにはこんなふうに書かれてあります。


        


        だれでも、こころのなかに
        一冊の本をもっている。
        人生それぞれの
        物語が書かれた本を。

        だれでも
        ひとつの庭をもっている。
        記憶のおくの片隅に。
        楽園のひとかけらのような
        ちいさな庭をもっている。


まずこの数行の詩にいっぺんに心が奪われました。
これだけの詩とぱらぱらと捲って見たロウラの清楚なイラストで、この本を買う事を即決しました。私はもともと詩人の長田弘さんのファンなのですが、きたむらさとしさんが描く静謐さやユーモアは彼と少し似ている気がします。
たとえば、

        樹をみあげるヒトの姿は
        それ自体が、一本の樹のようだ。

        空と大地をしっかりつなぐ
        樹々はいかにもたのもしい。

        ヒトはたちどまり、敬して仰ぐ。
        そんなとき、ヒトも少しだけ
        樹になる。

あるいは、

        人は、疲れた心をいやすために
        庭仕事に専念する。

        心はなごむが、腰が痛む。

といった具合に…。

おそらく誰でもがこの絵本のなかにいくつかの好みの詩を見つけることでしょう。
そしてその詩の世界の好もしさはロウラの控えめで美しい細密な絵が支えているのです。
私の最近のヒットです。静かな雨の日の読書におすすめです。
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by zuzumiya | 2011-05-29 16:04 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

わかる人にはわかるんだろう。

最近、思うんだれど、悪いことばかり考えてひがんでばかりいる人っていうのは、結局生きる道もそっちにしか行かないように思う。人に感謝したり、やさしくしたり、許したり、良い方に捉えたり、信じてみたり、そういう気持ちを持つように自分を変えていかなければ、どんどん物事は悪い方向に進んで、ますます不幸の深みにはまっていくんじゃないか。
そういう人との付き合いはやはり距離を置いていかざるをえないだろう。
温かな善いオーラを持つ人に人も運も引き寄せられて集まっていく。
誰だってそっちを選ぶ。
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by zuzumiya | 2011-05-29 14:36 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

大人になってよかったなあ

最近は家族の帰りが遅くて夕食を作らなくて済んでいるので、ひさびさに独身気分を楽しんでいます。独身気分といっても、仕事帰りに一人で外食をしたり、スーパーやコンビニに寄って自分の好きなものだけ買ってきて、録画しておいたドラマを見ながらだらだらと食べる、そんなささやかな自由です。ごはんを作ったり、洗い物をしなくて済むことがこんなにも暢気でゆったりした気持ちにさせるなんて、やっぱり仕事と家事の両立というのは結構疲れるものなのだなあ、としみじみ思います。
今日もスーパーの帰り道、あまりにお腹がすいたので、レジ袋から小さなスナック菓子を取り出して、歩きながらぽりぽり食べていました。この年でそんなことするのははしたないとはわかっていますが、実は私は仕事帰りの「歩き食べ」が大好き。それだけで今日一日の疲れもすっ飛んで、なんでも「ま、いっか」と許せてしまいます。
横断歩道の前に買い物帰りのお母さんと子供が3人、信号がかわるのを待っていました。そこにぽりぽりスナックを食べながら私が近づいていくのは、あまりにもお行儀が悪すぎて、ちょっと憚られました。きっとお母さんは子供たちがお菓子をせがんでも「おうちに帰って、手を洗ってからね」と言ってしつけているはず。私自身も子供たちにそう言って辛抱させていました。親子連れから離れて食べていると「ああ、大人になってよかったなあ」と実感しました。大人になれば自分で働いて自由に使えるお金があって、誰に怒られることもなく、少々はしたなくてもこうして「歩き食べ」ができちゃうんですから。
子供たちを遠目に見ながら「大人っていいだろ〜」とほくそ笑んでいました。
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by zuzumiya | 2011-05-29 10:50 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

近況です

ここところ、がぜん仕事が忙しくなってきた。
8月の夏休み中に行う「工作会」の企画を児童担当としてあさってまでに上司に現物を作ってプレゼンしなくてはならない。選書会も控えているし、週末はいつものように私が仕切るお話会もある。頼まれているダンボールアートの展示物の製作もあるし、児童室の室内装飾も考えなくてはならない。6月の最初までに基本図書の評価もやっておかねばならない。地元では絵本の読み聞かせの講座も始まる。ああ、忙しい…。
今日は休みだったが、いつもと同じ朝5時半に起きて、午前中はラジオでFENを流しながら、ずっと食卓で工作していた。
工作をしていると保育士時代を思い出す。実際の保育の仕事より壁面飾りやペープサートなどの保育グッズのアイデアを考えては製作している方がだんぜん好きだった。
そういった意味では図書館の方が保育らしい保育がないぶん、気軽にやれて自分に合っているのかもしれない。
しかし、お話会の手遊びなど保育士の経験が生かせていいのだが、私の思いつくことは「子供にウケを狙って、楽しいことがいちばん!」というもので、いつでも「学び」というより「遊び」に近いので、そこはあくまで図書館なので、十分留意して企画を練り上げねばと思っている。
それでも、仕事を任されるというのは張り合いがあって、しかも自分が好きな分野で任されるというのは何ともうれしいこと。食事そっちのけで集中していた。
昔、向田邦子が一人暮らしでしかも忙しいとなると、はしたなくもインスタントラーメンを鍋からつついて食べてしまうと書いてあったが、私も今日、同じ事をしてしまった。どんぶりに移す手間も洗う手間も惜しいのだ。
最近はばんばん、アイデアが出る。「こんなことをしたら、いいんじゃないですか?」「こんなふうにしたいんですが、どう思います?」と館長やチーフに言って回っている。そして、GO!がでればすぐさま動く。休日返上で画材屋や100円ショップに行ったり、ショッピングでも「これは何かに使えないか…」と仕事のことばかり考えている。自分の家でもないのに、児童室の装飾のことばかりが浮かぶ。玩具屋とみれば、アンパンマンのグッズを探しに入り、洋服や時計までもが絵本の柄のような可愛い動物プリントのものを手に取るようになってしまった。45歳の私が、信じられない! 
私は集中するとまわりが見えなくなるタチだから、家族に迷惑がかからないように「ほどほど」に仕事しなくてはならないのに…。夫は保育士時代のように手弁当でサービス残業をがんがんしてしまう私に(だって、楽しいんだもん)「また始まったか」と呆れているだろう。
ずっと忙しくて行けなかった眼科にようやく行けた。緑内障、左目の眼圧がいい感じに下がってきてひと安心。次の給料で眼鏡を買い替えたいが、茶色の縁も気に入っているんだけどな(シミが隠れて)。
ホットプレートを貸したら、景気のいい母が私に1万円のお小遣いをくれた。
種違いの姉もそのあと「好きな本でも買いなさい」とやっぱり1万円くれた。
ウキウキしてデパートに出かけたが、倹約の癖がついに染み付いたか、そんなに飛びついてほしいものがなかった。仕事で着るポロシャツを買ったぐらい。
本屋にもCDショップにも行かなかった。仕事が充実して忙しいということは、物欲をいちばん減らすのではないか。
もうすぐ6月。ずっとセットリストは確認し続けているが、象さんバンドは果たしてどんな曲をやってくれるのだろう。ライブで初めて聞くような、あっと驚くような懐かしい曲もうれしいけれど、とりあえず今回のアルバムからは『九月の雨』が好きなので、あの情感込めたせつない歌いっぷりが楽しみだ。
毎日、心がぽっとあたたまるようないいことを探して生きている。
忙しいと余裕がなくなりかけるけど、ほんとに小さなささやかなものなら、一日ひとつぐらいは見つけられている。それをブログに書くかどうかは別な判断が必要なのだけれど、こういう心の癖をつけるのは、そういう目で世界を見られるのは、ほんとうに良かったと思うし、そうなれた自分にときどきは感謝する。
明日もいいことも起これば、悪いことも起きてしまうだろう。
でも、どこかで「だいじょうぶ。何とかやれるさ」と思える私がいる。
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by zuzumiya | 2011-05-23 22:41 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

季節の移り変わりを夜の散歩で

暑くなってきました。図書館のカウンターに置かれる本がほんのり熱を帯びていて、返しに来てくれるお客様に「暑いなか、ありがとうございます」と声をかけています。
夜、帰宅途中に公園の木々の下を歩いていると、朝の新鮮さとは違った蒸されたような濃い空気があたりに満ちているのがわかります。一日陽の光に照らされてしなびた青葉が葉脈の隅々まで水を吸ってようやく休息でき、静かな眠りのなかで深く呼吸をしているような気配があります。視覚が邪魔しないぶん、嗅覚が鋭敏に立ってくれるのでしょうか。今が盛りのエゴノキの白い花にもほんのわずかな香りがあることを夜の闇のなかで知りました。それから木々や草むらの中から聞こえてくるジーという虫の音。キリギリスの一種ですが、この虫が鳴く虫のトップバッターで夏を連れてきます。時折、ほっとするような涼やかな風も吹いて、これからは夜の散歩が心地よい季節。秋にも感じたことですが、きっと季節は夜にひっそり移り変わっていくのでしょう。
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by zuzumiya | 2011-05-21 09:52 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

6月のお楽しみ会

象さんバンドのホールツアー、順調そうで喜ばしいかぎり。
楽しみだなあ、6月。そして、6月といえば宮本くんの誕生日。45歳になる。
その誕生日を象友たちと勝手にドーンと祝おう、っていうか、それにかこつけて飲み会をやることになっている。今度は私が幹事なのだ。たまには仕事以外のメンバーとリアルな仕事の話じゃなくて「こうだったらいいのにな」的な楽しい妄想話&女子トークで盛り上がりながら飲むというのもいい(女子と言える年じゃないが)。6月は楽しみがいっぱい。それを励みに頑張ろう。
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by zuzumiya | 2011-05-17 23:09 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

花のとりもつ縁

朝、雨上がりの緑美しい公園を通っていくと、前方にウォーキング途中らしきスポーツウエアの女性が花壇に向かって携帯を構えています。花壇には何種類もの花が植わっているので、どの花の写真を撮っているのか覗いてびっくり。私が毎朝通るたびにそのぷっくり膨らんだ大きな蕾に今日か明日かと気にかけていた芍薬がついに純白の花を咲かせていたのです。幾重にも重なった花びらに雨の雫が滴って、生まれたての清新な命のオーラにあふれていました。たった一輪なのですが、そこは芍薬、どの花も凌ぐ存在感です。彼女が足を止めて思わずカメラを向けたくなるのもわかりました。そして、微笑みながら横を通り過ぎて、ふと思いました。もしかしたら、彼女も毎朝のウォーキングの途中で私のように芍薬の蕾に気づいていて、花が咲くのを待ちわびていたのかもしれません。そう想像してみると、彼女と私は毎朝同じ花を同じ気持ちで見つめ、一日の励みにしていたことになります。よくテレビで、美しい花野を歩く人々が笑顔で行き交うのを見たりします。花を見つめていた笑顔がそのまま互いに向けられ、幸福な気持ちを分かち合っているのでしょう。見ず知らずの人にこんな親近感まで抱かせるなんて、花というものはつくづくやさしいのです。
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by zuzumiya | 2011-05-17 20:41 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

毎日の物語のなかに生きる

仕事が忙しくなると、気がつけば職場と家の往復の日々。夕飯を食べて気が緩んだところに今度は堪え難い眠魔が襲ってきます。朝がくればまた追い立てられるように家を出て、一日はあっという間に過ぎていきます。仕事をして責任も果たし、食べていくためのお金を稼いではいるけれど、それしかしていないような毎日に、電車のなかで「なんだかなあ」と溜め息がもれます。そんな時、気まぐれに開いた本が思いのほか面白かったり、流れてきた切ない恋の歌にやさしい気持ちや慰めをもらったりすると、やっぱり人には物語が必要なんだな、と実感します。この平凡な毎日がほんとうは恙無いありがたい毎日なのだと頭ではわかっていても、物語のような起伏や彩りやスパイスを求めてしまうのが人なのでしょう。この毎日を旅にたとえる人もいれば、物語にたとえることもできます。この今はまさに自分が作りだしている物語の一瞬。主人公も自分なら、筋書きだって演出だって自分なのです。「どう生きたって構わないのに、誰に遠慮しているというの。どうしてこんなに心が縮こまっているんだろう。もっと自由に、伸びやかに生きたっていいじゃない!」人生に主体的な気持ちを思い出させてくれるのが、私の場合、何よりも本や音楽なのです。
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by zuzumiya | 2011-05-16 21:13 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

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