<   2010年 12月 ( 11 )   > この月の画像一覧

今年1年ありがとうございました。

今日は2010年最後の日。
今年は皆さんにとってどんな1年でしたか?
私はこの大晦日という日が好きです。
ふだんも1日分の時間はあるのだけれど、大晦日がいちばん「1日」という時間を実感します。今日から明日へ時が刻々と流れていくのを追って行く感覚がいいのです。
朝が終わり、昼が終わり、夕方が来て、夜になる。
夜中の0時を過ぎたらもう新年で、何もかも新しく始まってリセットされる。
終わりに向かっていく今年を何となく寂しいような懐かしいような心持ちで惜しみつつ、でも、未知の新しい年にワクワクしたり、頑張らなきゃと意気込んでみたり。
人の気持ちが1日の時間と共にはっきり移り変わっていく、それも希望を持った明るい良い方へと変わっていくのも大晦日ならではです。
しめ飾りやお正月のお花など、飾り物は昨日のうちにぜんぶ済ませたけれど、大晦日には家中のカレンダーを掛け替える仕事を残してあります。
毎年、新しいピカピカのカレンダーを壁に掛けるときは背筋がしゃんと伸びます。
新しいカレンダーを前にすると、不安や心配がいったん沈んで、また新しく頑張ろうと思えてくるから、不思議です。
絵柄のあるカレンダーはぱらぱらと捲っていって、最後の12月を見ます。
つい先日終えたばかりのクリスマスの赤い絵柄。
「来年の今頃って、どんなになってるんだろうなあ」
「どうか、大変なことになっていませんように」
毎年、同じことを12月のカレンダーにひっそり願います。
紅白を見て、ゆく年くる年を見て、夜中の0時。
家の近くの遊園地から盛んに花火があがると、家族に「おめでとう」を言いながら、家中のカレンダーの表紙をびりりと破って、真っ白な1月を出して歩きます。


************

2010年1月から始めて、「暮らしのまなざし」をなんとか1年続けることができました。
みなさんの励ましのおかげです。ありがとうございます。
来年も無理せず、こつこつと書いていければいいなと思っています。

またここで出逢えることを楽しみに。
よいお年を。
[PR]
by zuzumiya | 2010-12-31 10:31 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(2)

ご無沙汰しております。

最近は体調を崩し、静かに読書をしたり、床に臥せっていることが多くありました。
私の経験から得た信条として、愚痴や恨み言や弱気なマイナスな言葉はネットに公表すべきではないと考えているので、ずっと更新を怠ってきました。覗きに来てくれている方には大変申し訳なく、そしていつでも「どうしているかな」と忘れずにいてくれたことに大変感謝しています。いつもどうもありがとう。

ずっと夫がそばにいてくれて、「寒くないか?」「そこ、本読むのに暗くないか?」「頭冷やすの持ってくか?」といろいろ世話を焼いてくれています。
さきほども気分転換に二人で近くのスーパーへ買い物に出た際に、ふと夫が
「ねえ、この地球上に人類が生まれてなかったらどうなってたんだろうね」
と話しかけてきました。その話の寸前、私はこれからの先行きのことを考えていて、不安がじわじわと胸の内に広がっていました。さっきまでにこやかにふたり話しながら歩いていたのに、おそらく横顔も曇ってしまっていたのだと思います。そのせいか夫がそんな素っ頓狂な話題をふってきたのでしょう。そうだとわかっても、私の気持ちはすんなり変われず、ただ俯いていました。
「そしたらさ、世界中、動物園なんだろなあ」
動物園!? 
ここまで聞いて、猛烈ないきおいで笑いが吹き出しました。
私がたまらず爆笑すると、夫もつられて、二人して道端で腰をかがめて笑い合いました。

こんなちょっとしたことで、お腹がよじれるほど笑い合えるのです。
これもありがたいことだと思っています。
そんなユニークな夫とクロマニヨンズの陽気な音楽が今の私を支えてくれています。
早く芯から元気になって、またここでみなさんへたくさんのささやかな発見を届けられるようになりたいです。

クリスマスイブの晩に、テレビのニュースでジョンとヨーコの名曲に乗せて、上空のヘリから光溢れる東京の街が映し出されました。どんなイルミネーションより密集した街の灯りは美しかったけれど、ふいに涙が込み上げてきました。感じたことはただひとつ。
「みんながみんなしあわせになれればいいのになあ」
小さな灯り一つに小さな暮らしがある。
その暮らしはかけがえのない、愛おしいもの。
その気持ちを強くしました。
ぶれずに、生きていこう。そう思っています。
[PR]
by zuzumiya | 2010-12-26 17:40 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

『清冽 詩人茨木のり子の肖像』

a0158124_13114856.jpg詩人、谷川俊太郎氏は生前の茨木のり子さんの詩について、こんな意見を述べていた。

「茨木さんは一貫して自分と向き合い、きちんと書いてきた詩人ですよね。社会とも向き合ってきた。それは彼女の美質だけれども、表現されるものもまた行儀がよくて、パブリックすぎるというか、へたをすると教訓的になってしまう。僕の言い方でいえば、言葉を生み出す源の無意識下がきれいすぎる。そこが物足りない」

その谷川氏が、茨木さんの死後出された詩集『歳月』については、

「一編一編がいいというより、トータルとしていい。一個の人間、一個の女性であることがにじみ出ている。へえ、茨木さんもこんな言葉を使うんだ、という驚きですね。これまで閉ざしていた無意識下の一部をパーソナルとして言語化したという感じがした。でも茨木さんらしくまだまだ控え目で可愛い出し方ではありますけれどもね」
「茨木さん、今度の詩集はとてもいいじゃん、といいたくなりました。でも、それはもうかなわない。そう思うとひどく辛くなりましたね」
                   (『清冽 詩人茨木のり子の肖像』より)

と語って、茨木さんの詩集のなかでは『歳月』を高く評価していたという。

a0158124_1316489.jpg以前、このブログでも茨木のり子さんの詩集『歳月』を紹介した(2010/1/17の記事「茨木のり子さんの『歳月』」)。
茨木さんの詩集のなかでは私は谷川俊太郎氏と同じく、この『歳月』がいちばん好きである。『歳月』は亡くなった夫、Yこと、三浦安信氏との日々を書いた詩集で、茨木さんが「照れるから」という理由で自身の死後の出版ということが約束されていた(一周忌に出版されている)。
茨木さんの生前最後の詩集は、詩集として異例の大ベストセラー、そして茨木のり子の名を世に知らしめることとなった『倚りかからず』だが、まさしく表題作の「倚りかからず」のように、生前の茨木さんは清らかで、凛々しくて、自己に厳しい、男性的な人という堅物なイメージがあった。
『歳月』ではそれがかなりゆるんでいるから、読んでいて実に意外で、
「ああ、茨木さんも普通の平凡な一人の女だったんだなあ、なんと可愛らしい」と思えて、それがまた静かに深く悲しみを連れてきて、しみじみといい詩集だった。
今回、茨木さんの初めての本格評伝ということで、後藤正治著『清冽 詩人茨木のり子の肖像』を読んだ。もちろん、茨木のり子という「清冽な詩人」の生い立ちから生き様のすべてを知りたかったが、いちばん興味のあったことは『歳月』のもとになった茨木さんと夫安信氏との夫婦の姿だった。
「第七章 Y」に茨木さんの日記がいくつか引用されてある。それがほんとうに素直でいい。もともととぎれとぎれだったらしいが、夫を亡くして一人暮らしとなってからはまったく書かなくなってしまったという。そんなところもまた切ない。
安信氏は勤務医だった。クラシックを聞いたり、映画を見たり、妻の肖像画も油彩で描くほどの芸術を愛した医師で、文芸にも関心があり、茨木さんに本をすすめたり、「櫂」のメンバー(谷川俊太郎、川崎洋、岸田衿子ら)を家に連れてきても大変感じよく、朗らかに応対できる性格の人だったという。だが、結婚12年目の時、くも膜下出血で倒れてなんとか回復してからは、その後は病弱で、やや鬱的にもなっていたという。茨木さんの日記にはこうある。

「朝、0下4度(居間)。水道も凍りついておひるまで出ない。寒波襲来で全国的な寒さの由、私は頭痛烈しく、Yがひやしてくれる。昨日の後かたづけもしてくれる。夕方、吉祥寺に出てコーヒーのみ。ユーストップストアでYのネクタイ(250円)の掘り出しもの、みつけたりする。(後略)」(1959年1月18日)

「Yと吉祥寺へ出る。(中略)溝口健二特集で「雨月物語」と「赤線地帯」。赤線地帯がつまらなかったのと、暖房がなく寒かったので、Y次第にふきげんとなる。雨月物語みずに出てしまう。そうそうに帰ったがYのふきげんつのり、私までみじめになってくる。さんざんの日曜日。早くこういう状態を切り抜けて、Yに昔通りに朗らかになってもらいたいと思う」(1962年2月18日)

「Y、疲れたと病院休み。雨やんだので洗濯もの干す。なかなか乾かないのでへんな異臭あり。今日は私の誕生日。吉祥寺へ出、ミシン屋の下調べ。大阪寿司、きなだんご等買って夕食にする。Y、お祝いの言葉をいってくれる。昨年のことを思うと感無量なり。Yの命びろいしたことを思えば、何も言うことなし。夕方、また雨。Yと二人、傘をさして駅まで散歩」(1962年6月12日)

「ときどき小雨。台風23号の影響か。貰ってきたいちじく、小さな芽を出したので、根づいたのかとうれし。Y、一日、ゆううつそうにして、かわいそうになる。私がよほど明るくしなければならないと思う。夕方、散歩に出る。むさし野の情趣残り、秋めいて、すてきな道を発見した」(1962年10月1日)(以上『清冽』より)

あの「自分の感受性くらい/自分で守れ/ばかものよ」と言い放った厳しい茨木さんが、日記では夫の不機嫌や憂鬱そうな姿に右往左往している。ふたりで映画を見たり、コーヒーを飲んだり、散歩したり、やさしくしてくれたお礼にネクタイを見つけてみたり、誕生日には夫のいるささやかな夕餉にただ幸せを噛みしめている。
ここにいるのは清冽の詩人茨木のり子ではなくて、夫の健康を気遣う普通の家庭の主婦、平凡なしあわせを願うひとりの女、三浦のり子だ。それが何とも微笑ましい。この日記が読めたことがいちばんの収穫だったように思う。この日記のなかにあの『歳月』の夫婦の姿がちゃんとあるではないかと思うと、なんだか無性にうれしくなって、胸が温かくなるのである。
生前、安信氏との日々を書いた詩の原稿があることを身内の者は既に知っていたという。それについて茨木さん本人に問うと、
「私が死んだあとで出る予定になっているので…。出版されたら私のイメージは随分と変わるだろうけれども、それは別にいいの。どう読んでもらってもいい。ただ、これについてはどなたの批判も受けたくないのでね」
と答えていた。この「どなたの批判も受けたくない」という強い気持ちがとてもよくわかる。愛するものと過ごした時間を、大切な言葉たちを(長年にわたってかなり推敲の跡もあったようである)「詩人の仕事」として評価されたり、批判されたくない、つまりは汚されたくなかったのだろう。たとえ、その態度が詩人として甘いと言われても、書き逃げになることになっても、生前にはどうしても耳にしたくはなかったんだろうと思う。
愛する唯一無二の夫への言葉だからこそ、三浦のり子がそうさせたのかもしれない。

「人間だから、もちろん表現はしたいわけですが、それを男を通してするっていうことはしたくないなって思っていました。やれ出世せいだの給料足りないだの、女の人って結婚すると、夫のお尻をひっぱたくリモコンみたいになるじゃありませんか。ああいうのはいやだったんです。反面教師はいっぱいいましたからね。結婚しても、自分は自分の世界を持って、それで調和していきたいなっていう気持ちがあったんです。それをまた夫が理解してくれまして、嫌みをいったり抑圧したりするのではなく、育てようとしてくれたんです。エドガー・スノーの『中国の赤い星』っていう本なんか読んだらいいって勧めてくれたりして。だから結婚生活はうまくいきましたね。上等の男性でした(笑)。もう亡くなってしまったから、言ってもいいでしょう」(『清冽』より)

夫を48歳で亡くして、以後30余年を東伏見の自宅で一人で暮らした。
子供がいなかった茨木さんは甥夫婦が三鷹に二世帯住宅を建てて同居を申し出ようとしたが、結局、東伏見の家を出なかった。夫が好きだったクラシックのLPやステレオ装置、ベッドまでもを一切始末せずにそのままに暮らしていたという。
茨木さんが亡くなったのは2006年2月17日。もうじき80歳というところ。夫婦で暮らした東伏見の部屋で、不思議なことに夫のかつて罹ったくも膜下出血と脳動脈瘤の破裂によって亡くなった。
人に迷惑をかけたくない我慢強い人だったから、痛みを堪えてとりあえずは横になろうとしたらしい。発見されたときは、隣に夫安信氏のベッドがある寝室で、一人で掛け布団をかけて寝ていたという。
茨木さんの望んだ、実に茨木さんらしい、静かできれいな終わり方だった。
[PR]
by zuzumiya | 2010-12-19 13:16 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

いつでも誰かが 〜遠い友人たちへ〜

先日、テレビでアメリカの俳優学校にハリウッドの名だたる俳優を呼んで、生い立ちや仕事のきっかけや姿勢やらをインタビューするという番組を見た。
ちょうどその回は『ショーシャンクの空に』や『ミリオンダラー・ベイビー』などで有名な黒人俳優、モーガン・フリーマンの回だった。
俳優の卵である学生に「下積みの不遇時代をどう乗り越えたか」と質問されて、彼はこう答えた。
「家賃もない、もう食べてもいけない。あきらめようと思ったときに、いつも誰かが現れて、おごってくれたり、やめちゃだめなんだと言ってくれた。」
「タクシー運転手や会社勤め、俳優はどうしても無理に思えた。才能はあるさ。でも、同程度の者が大勢いる。何回もやめようと思った。そのたびに誰かが『頑張れ、きっとうまくいく』と励ましてくれた。」
そして、彼は自分の子供たちにもこう語るという。
「お前が倒れたら、人はお前を踏み越えて行く。でも、続けていれば、誰かが必ず手を貸してくれる。必ずだ」
モーガンはこの最後の「必ずだ」を会場を見ながら、念を押すように何度か繰り返していた。

とても落ち込んでいて、自己嫌悪で否定的で、このまま生きていてももうどうしょうもないんじゃないかなあ、なんて絶望的に思える時がある。
そんな時、ひょっこり、明るくて元気のいい人に出会えたり、人にとてもよくしてもらえたり、心温まる励ましのメールが届いていたりする。
世の中はほんとうに捨てる神あれば拾う神ありなんだなあと、その都度、単純にそう思ってきたけれど、モーガンの言葉をきいて、守られてるってこういうことなんじゃないかとふと思った。
そして、そういう奇蹟みたいなことが続いていくのには、たぶん、人から言葉ややさしさをもらったその度に、ほんとに自然に心のなかで感謝できる、そういうことがだいじなのかもしれないと思った。

メールを読んで「ああ、こんなに絶妙なタイミングで、欲しかったやさしい言葉をかけてくれて、ほんとうにありがとう」って、心のなかでひとりじんわり感謝する。
そういう時って、気力もお金もないから、メールをくれた友人にすぐに何か具体的にお返しめいたことをしてあげたくてもできないものだ。ただ心の中でこのことに感動して「ありがとう」を馬鹿の一つ覚えのようにくりかえし唱えていることしかできない。
でも「ありがとう」と思って、そっと目を閉じていると、自分の心の中がものすごくピュアというか、素直でやわらかくふかふかになっていることに気づく。
元気や勇気や、それから前向きになるための小さな芽のようなものが暖かい日差しを受けて、そのふかふかから気持ちよさそうに、にょきと出ていて「今ここにあるよ、なくなっちゃいないよ」と神々しくも光を放っているような姿がイメージとして見えてくる。
なんというか、そういう本来持ってる人間の素直なやさしい心を清々しく思い出させてくれるというか、そういう自分のなかのいちばんいい自分、いちばん好きな自分にすうっとリセットしてくれる、それが感謝するということのほんとうの凄さで、素敵な作用なんだと思う。
誰かから思いやりのあるやさしい言葉をもらって、そうして「ありがとう」と感謝する。「ありがとう」のその想いの中からまた、素直でやわらかないい自分が生まれてくる。そして、また別の誰かにひょっこり会って、言葉や手を貸すことができる。
なんて凄いサイクルかと思う。人に言葉をかけたり、何かをすることがこんな凄いサイクルのまず最初のところになっているとは誰もが思わないだろう。
だから、今回ちょっと書いてみたくなった。

ちゃんと感謝をして、その都度、素直でいい自分を「ああそうだった、そうだった」と思い出しているかぎりは、きっとまたどんなに「捨てられた」「見放された」と思うような事態に陥っても、拾う神のような人が現れてくれる。いつでも誰かが何処かからひょいと現れて「だいじょうぶだよ、きっとうまくいくさ」と言って、また肩をぽんぽんと叩いてくれそうな気がする。どんなに絶望してもうだめだと思っても、この地球上に人という人がまったくいなくなるまでは、その「誰か」の存在と出会いをあきらめちゃいけないと思う。
私はクリスチャンでも仏教徒でも何でもないのだけど、人のそういう善性、他者への思いやりや優しさ、慈しみのような心の作用こそ、神様仏様と言っていいような気がしてる。宗教を信じるかわりに、人のなかのそういう心の力なら信じてみたいと思ってる。
そして、自分もまた誰かのための、ひょっこり現れた「誰か」になるなら、自分の日々を生きて、生き残っていなきゃと思うんだ。
[PR]
by zuzumiya | 2010-12-12 15:21 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

ごあいさつ

考えてることはいろいろ日々、あるのですが、しばらく日常の仕事と俳句のお仕事とたまってしまった本の読書に時間をとりたいと思います。更新をしばらくお休みします。
[PR]
by zuzumiya | 2010-12-10 14:08 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(2)

マイナスな言葉はマイナスにしか働かない

実はそうとはわかっていても言ってはいけないことってあると思います。例えば「世の中は不平等だ」とか「頑張って努力しても報われるとは限らない」とか。生きてきて、うすうすそうだろうとは感じていても、やっぱりおおっぴらに言葉には出さない方がいい。言葉には言霊が宿っているから、言ってしまったら力が働いてしまうような気がするんです。だから、マイナスな言葉はなるべく口にしない方がいいと思います。なんだか世の中に元気がなかったり、若者たちに諦めムードが流れていたりするのは、そういう「頑張って努力しても報われるとは限らない」のような「それを言っちゃあ、おしまいよ」的なマイナスな言葉がだだ漏れしているから、やる気や活気がどうもお腹の底から生まれてこないのではないでしょうか。試しに夫にこの話をしたら「努力をしても報われないんじゃなくて、いつの間にか努力ができなくなっているにすぎないんだよ」と言われました。私もそうだと思います。理想主義者だ、ポジティブ馬鹿だと言われようが、私は言葉には言霊があるからこそ「頑張れば、努力すれば、絶対できる」と言い続けたいし、自分でもそう強く信じています。聖路加国際病院の小児科医の細谷亮太さんが著書で、柳田邦男さんの言葉として「今を一生懸命に生きれば不幸は必ず幸福に姿を変える」と紹介していました。この言葉など「そんな簡単にうまく行くわけないよ」のひと言で片付けられそうですが、こういうことを大人がきちんと言葉にして言い続けることが絶対だいじなんだと思います。言葉には祈りも込められている。その祈りの力が言霊になると思うからです。
[PR]
by zuzumiya | 2010-12-09 00:12 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

ブログらしく近況8

夫と昼にラーメンをすすりながら、テレビのリモコンをカチカチしてたら、たまたまNHKの囲碁番組にぶつかった。
画面いっぱいに囲碁盤が出て、黒と白の碁石が、真ん中より右あたりをまあるく開けてぐるりと密集していた。
画面の右上と左下とには対戦中のふたりの棋士の姿が映し出されている。
私たち夫婦は囲碁をまったく知らない。
囲碁に詳しい人が見たらすぐに今どちらが優勢なのか、もしかしたら、もうそろそろ終わりが近いな、とまでわかるものかもしれない。
でも、私たちはまるきしそれがわからない。
普通ならここでつまらないからチャンネルをすぐに変えてしまうところだが、なぜか、このふたりの表情や仕草からどちらが今勝っているのかを当ててみよう、ということになった。他に面白そうな番組がなかったせいでもある。

しばらく見ていると、右上の人がやたらに落ち着きがないのがわかった。
体をひっきりなしに前後にゆすぶって、ぴちぴちとけいれんのようにものすごい速さでまばたきしている。
「あれはものすごいストレスなんだろね」
「そうだね。ありゃ、チックじゃないかね」
かたや、左下の人はじいっとうつむいて微動だにしない。
わけのわからない、ほんとに重箱の隅とでも言いたくなるような隅っこに碁石が一つ置かれた。(どちらがどの色の碁石かは忘れてしまったが、あんまり関係ない)
すると、左上の人がいちだんと大きく体を動かし、目を激しくしばたかせ、今度は気合いを入れたのか、頭を一回ぶるっと振った。
その間、しごく冷静な、冷酷とも言えるような機械的な声で、秒数のカウントがなされていく。
「あれは、たまらないね」
「数学のテストしてるその横であんなカウントされたら、死にたくなるね」
「死にたくなるね」
ようやく碁石を置き、ほっとしたのか、右上の人はくるりと後ろを振り返ってお茶を一口飲んだ。一瞬、笑った。
今度は左下の危機だろうに、左下の人は表情も変えず微動だにしないままだから、なんとも面白くない。
容赦ないカウントに気を揉むが、右上の人が自分の番でもないのに、せわしなく体を前後に揺らすたび、画面の碁盤の上からちらちらと禿げ頭が見え隠れするので可笑しい。
どうやら制限時間が近づいてくると、容れ物のなかの碁石をじゃらじゃらやりたくなるようで、左下の寡黙な人がじゃらじゃらしてからひと粒握り、またわけのわからない、効果のうかがいしれないところに、ぽつんと置いた。
すると、どうしたことか、右上の人があわあわと尋常じゃない慌てっぷりをみせた。
右手を口元に持って行き、口を開くと、爪を噛みたそうに白い歯をイーッとみせた。
いい大人なんだから、爪を噛むのはなあと思っていると、本人もそれに気づいたのか、手を引っ込めた。
「今さ、爪噛もうとしてたよ。爪、噛むなんて、尋常じゃないよね」
「そうだな。かなり苦戦してるのかもな」
「あの人、爪噛む人だったんだね…」
(私はいい年をして爪を噛む)

そのうち、ラーメンを食べ終えてしまった。
スープもほとんど飲んでしまい、満腹になると、急にどうでもよくなってきた。

「もういいか?」
「もういいよ」

ぷつんと、テレビは切られた。
結局、どちらが勝っているのかわからずじまいだったが、別にいい。
久しぶりに「ヒマつぶし」というものをした気がした。
[PR]
by zuzumiya | 2010-12-08 17:18 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

なんという豊かな刑務所ライフ

a0158124_23251961.jpg花輪和一の『刑務所の中』の漫画を読んだ。
職場のおやつの時間にアルフォートが出て、「アルフォートといえばさ」と話がなったのだ。夫が家でアルフォートを食べるたびに「刑務所でね、映画を見ながらアルフォートを食べるっていうのがあって。それが旨そうなんだよなあ」と言うので(言っておくが、夫は受刑経験はない)、私もいつの間にかアルフォート=刑務所になっていて、そういう回路の人が職場にもいたことに驚いた。話は盛り上がって、原作も映画も知らない私に職場の人がわざわざ花輪さんの漫画を貸してくれることになった。
読んでみて、びっくりした。
刑務所が舞台の漫画なのに、なんでこんなに平和で穏やかなんだ。
なんでこんなに安らいでいて、守られ感があるんだろう。
三度の食事がよくて、生活に適度なメリハリを生む規律があって、きしっと部屋が整理整頓されて清潔に心がけてあって、季節感がシャバよりずっと濃くって、修学旅行に来ているか寮生活のように受刑者の仲もよくて。
日向のベンチでする世間話の話題が淡々と殺人の話だったりして、ようやく、
「ああそうか、ここにいる人たちはみんな極悪人だったんだ」と気づく。
人間の凄さとはやっぱり適応能力にある。
刑務所のなかにいて、分刻みでこなしていく生活があって、ルールがあって、生まれるリズムのなかにいて、さしあたっての今現在を「決められたとおりに、そういうものとしてそのように」やり過ごす、その適応能力たるや凄い。
刑務所というのはシャバの人々のような金銭や競争の憂いもなく、完全に世間から隔離されたある種安全に守られた宙ぶらりんの場所なのかもしれない。
三度の食事をとっても、毎日の労働や運動をとっても、たまの風呂にしても、生活のひとつひとつが生き生きとして、メリハリがあるから充実も満足も感謝もいちだんとあるように見える。
なんでだろう、どこか羨ましいくらいの、人間本来のあるべき生活があるように感じる。
刑務所なのに。なんでそんなに豊かなの。

a0158124_23263051.jpgあんまりにも漫画が良かったんで、山崎努が花輪さんを演じている映画の方も見た。
刑務所の映像に、明るく軽やかなクラシックのピアノがBGMでぽろんぽろんと流される。
房の窓から差し込む光がきれいで、山並みも清々しい。
窓の外に舞う小雪も、湯船から立つ湯煙もみな繊細で美しい。
お正月にふるまわれる食事の美味しそうなこと。そのふんだんなこと。
淡々と、でも正直で人間味のある山崎さんのナレーションが、ゆるやかに流れる時間をさらに豊かな滋味深いものにしてしまう。
刑務所なのに。なんでそんなに豊かなの。

「いいんだろうか」を何度呟いたことか。
[PR]
by zuzumiya | 2010-12-07 00:21 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

走ってみたらわかったこと

夫婦で夏から始めた夜のウォーキングにいつしかジョギングが加わって、ついに冬を迎えることができました。連れがあるせいか、よく続いているなあと自分でも驚きます。
毎晩、繰り返し走りながら思うことがあります。それはやっぱり、休まず続けることの凄さです。「継続は力なり」ほんとにそれに尽きると思います。
スピードを上げなくてもいい、小さくちょこちょこ走っていればいい、誰かに追い越されても自分のペースでいい、ただ足を止めないこと、前へ走り続けること。そうすれば必ずゴールは来てくれる、それがとてもとてもよくわかりました。

この「小さくちょこちょこ」というのがいちばん大切なことに思われます。
ついつい調子のいい時は、頑張ってスピードを出したりして、自分のいつものペースを乱してしまいがちです。今日一日はそれでよくても、疲れてしまって、翌日休むことになっては本末転倒です。継続こそ力なのだから、地道に続けることのみを目標にしていればいいのです。小さくちょこちょこでも、ただやめずに走っていくこと。それだけでいいのだと思います。

それともうひとつ。
何周もしていても、いつでもスタートラインを過ぎていくときには「さあ、また1周だ。頑張ろう」という新鮮な気持ちが湧いてくることです。
不思議なもので、スタートラインからはいつでも新たな1周の始まりとなって、どこかで気持ちがしゃんとリセットされる、新たな希望が持てるんです。人間とはそういういい習性を持ってる律儀な生き物なんだなあとつくづく思います。

それから最後に。
時間が好意的に思えたこと。時間が味方のように思えることです。
足を止めずにやめずに走っていれば必ずゴールに辿り着くように、終了の時間もくる。「やまない雨はない」のように「始まったものが終わらないことはない」と自分に言い聞かせて、ひたすら地道に走れば、いつだってちゃあんと、そのとおりに、終了の時間が来てくれるのです。ソローの言葉に「時間を味方につけたいなら、時間のことを忘れるほど何かに没頭することだ」がありますが、ほんとにそうなのです。
これらのことは、走っているうちに自然と実感として湧いてきたものです。
そして、走っているときだけじゃなく、日常のいろんな場面にも通用していくものだと今は思っています。

少しずつコツコツとやめずに繰り返していくこと。
結果をすぐ出そうとばかりにせっかちにならないこと。
ひとつひとつのことは小さなことでいいし、他人と比較せず、自分のペースでいいということ。
いつだって、始まりの緊張と高揚を取り戻せること。
どんなにつらく落ち込んでもずうっとは続かずに、時間が何とかしてくれること。

そして、走っていて何よりうれしく思うのは、少しでも身体を動かすと、身体の方からも動きたがっているようなサインを返してくれることです。
さっきまでつらかったはずなのに、なぜだかふいに身体が軽くなって「楽しいな、気持ちいいな」と夜空を仰ぐ余裕が出てくる瞬間がきます。
それはまるで、いのちの方でぐんぐんと猛烈に生きたがっているような、断固とした身体の自己主張とでもいうような強い張り合いを感じます。
頭でっかちに生きてきた私はとてもびっくりして、ついそんな身体にニヤついてしまいますが、でもありがたいことと感謝しています。

ああ、走りに行こう。今夜も行こ行こ。
[PR]
by zuzumiya | 2010-12-06 20:09 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

壁鑑賞のススメ

a0158124_102521100.jpg不思議な写真集を見つけた。
『壁の本』という。カメラマンは杉浦貴美子さん。
国内と台湾や中国まで行って壁という壁をひたすら撮りまくっている壁写真家。
そう。この本は壁ばかりを写した写真集なのだ。
でも、このどこにでもありそうな、フツーにひび割れたペンキの剥げかかったような壁がカメラのフレームに収まって切り取られると、とたんに絵画やアートに化けてしまうのだから面白い。そういうことに一人気づいて、壁鑑賞を提案してしまう杉浦さんという人はやっぱり凄いし、貴重だなあと思う。
出来上がった本を見て、ふーんって言うのは簡単だけど、「じゃあ、お前は壁がこんなふうに見えること、知ってたか?」とか「こんなふうに日常から何か新しい面白いもの探してみたことあんのか?」と言いたくなる。
私なんかは毎日生きてて、もうどうやったって何にも変わらなそうに思えるこの平凡な日常から「こんなことするとこんなふうに見えるんだよ」って、新鮮なものの見方、楽しいものの見方を教えてくれる人って、もの凄くありがたいと思う。「生きてることって面白いよ、面白いもの取りこぼして生きてるだけだよ」って肩を叩かれてる気分。詩人のまど・みちおさんもそうだけど、私はそういう人に無条件に憧れるんだよなあ。

ところで杉浦さんの壁の写真集。本の巻末にはそれぞれ撮った写真の壁について、撮影場所や彼女なりの感想がちょっと載っているんだけど、たとえば、

「壁の黒い塗料はコールタールだろうか。艶と質感を兼ね備えた美しいタレ。」
「金具に積もる埃も合わせてじわっと美しい。」
「公共施設によく見られるベージュ色のアクリル吹き付け塗装の外壁には、雨のタレが細 かくて美しいところが多い。」
「ちょうどしゃがみこんだ高さにあった、豊かな擦り跡+布テープ。」

この絵画鑑賞ばりのうっとりした没入感が読んでいて面白い。
それから「壁コラム」というのもあって、ここには彼女の壁の見方、具体的な鑑賞法が書かれている。
面白いのは換気口の油汚れのタレ方で、揚げ物が好きな中学生のいる家庭とあっさりめの食事の多い老夫婦の家庭とでは長年暮らすうちに汚れのタレ方が違ってくるんだって。
壁に張り付いている生物はみな苔の類いだろうと思っていたけど、違うんだとか。
実は地衣類という植物でない菌類もあって、杉浦さん曰く「ふっくらと丸みを帯びた地衣類は、壁に刺繍が施されているかのようなかわいらしさ」だって。へえー、刺繍か。なるほど。
壁の素材のひび割れ、亀裂はそこだけ切り取ると地図やミクロの街に見えてくるという。まったくそのとおりで、江戸時代の古地図が現れるし。
数字や落書き、ペンキの飛び散り、運搬用重機との擦り跡など、いろんな偶発的な要素が相まって作り上げられた壁は時に抽象絵画に匹敵するって。
杉浦さんはそれらの壁を「オマージュ壁」なんて名付けてる。
例えばクレー壁(パウル・クレー:色彩表現の豊かな抽象絵画で有名)、ポロック壁(ジャクソン・ポロック:キャンバスを床に置き絵の具を飛び散らせたアクション・ペインティングで有名)、キーファー壁(アンゼルム・キーファー:藁、鉛、砂、灰、時に自身の血液などを塗り込み、素材の物質性を強調した絵画で有名)など、ここに実際の壁の写真を載せていなくてもだいたいどんな壁かは想像できるんじゃないかなあ。
彼女の壁鑑賞のおかげで抽象絵画の画家たちにも詳しくなれる。

杉浦さんはもともとはテキスタイルの作家だったらしい。
そういう出自もあって、彼女の切り取る壁写真はどれもコラージュ的に色彩やデザインが洒落れていてきれい。でも、そうはいっても、ひびでも塗装の剥げでもタレでも、こんなきれいな配色の色彩が、こんな洒落たセンスの配置で、区画整理されていない街の路地裏の壁に、解体工事中の建物の壁に、ひっそりと存在していたことに驚く。
街の歴史や見方、歩き方がブームになってたりするけど、街を歩いて壁のひびや塗装のタレを絵画的に鑑賞して作品集にしてしまうなんていうのは、まだ杉浦さんしかやっていないんじゃないかなあ。路上観察学会の赤瀬川原平さんもびっくりだろう。塗料が「膜のようにめくれる様が面白い」なんて書いてると、そのうちタモリかなんかに「古壁の目利き」と言われるようになるかもしれない。
杉浦さんのおかげで、最近は壁の塗装の剥げばかりに目がいくようになってしまった。
こういうことがいいんだよなあ。そうやって人の日常に影響を及ぼして、日常のなかに発見の愉しみを作り出してくれてる。杉浦貴美子さんの貢献に私は拍手を贈りたい。
[PR]
by zuzumiya | 2010-12-05 10:33 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


by zuzumiya

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

※このブログの無断な転載はご遠慮願います。

最新の記事

今を歌え!
at 2017-11-18 15:32
ペットショップの恐るべきおば..
at 2017-11-05 13:55
不眠症かも…
at 2017-10-28 21:53
謝り癖
at 2017-10-25 22:09
母の孤独、私の孤独
at 2017-10-22 15:11

最新のコメント

検索

ブログジャンル

画像一覧