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元気な人のそばで、良い気を浴びましょう

知人にいつでも明るく元気な女性がいます。多趣味で、これを楽しむなら誰それと、あれを楽しむならまた別の誰それとと、趣味や楽しみに応じた友人を何人も持っています。彼女の話を聞いていると自分は本当に好奇心旺盛だろうかと疑問に思ってしまいます。「興味がないからと引いてちゃだめ。行ってみると必ず発見があるものよ。」こういう場合「この人はお金があるからできるんだろうなあ」と僻みがちですが、彼女は美術館の招待券に応募し、手作りのお握りや水筒を持って、できるだけ交通機関も使わずに歩くようにして節約しながら、街の探検も楽しんでいるといいます。そんな話を聞いているだけで、彼女のバイタリティーに影響されて、こちらも「人生をモリモリ楽しもう」という気になってきます。これこそが彼女に人が集まってくる理由なのでしょう。明るい元気な人のそばには良い気のパワーが漲っています。もし、そういう輝いている人がひょっこり自分のもとに現れたら、縁を信じて、一歩近づいてお付き合いしてみるといいと思います。誘われたら、断らない。あるいは、自分からも誘ってみる。何かが変わるチャンスを持ってきてくれたのかもしれません。
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by zuzumiya | 2010-11-30 18:01 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

ブログらしく近況7

先日、NHKのテレビを見ていて、素敵な言葉に巡り会った。
「想像してごらん。今このままが幸せだって」
これはNHKアーカイブス『ジョン・レノンの世界』から、ひとりの少女が発した言葉。
「現実のなかで夢をみること」
『心の糸』というドラマのなかで、聾唖者の女性が手話で発した台詞。
どちらも心に残った。いい言葉だ。

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夜の公園での夫婦のジョギングは今も続いている。
地面はもう落ち葉でこんもりとして、ガサガサ蹴散らし走っていく。
走っているときは前方1、2mの地面しか見ていないので、外灯の薄暗いのなかで見る地面はまるで森のなかの道のようで、ドイツの深い森を彷徨っている気分になる。
グレーテルや赤ずきんの心細さがちょっとわかる気がするな、と思う。
落葉樹の植わっていないところへ出ると、落ち葉のないレンガ模様のいつもの道が続く。
ガラスの粉でも混じっているのか、外灯から外灯までの暗い道はちらちら光の粒が光って、まるで足元にも星空が広がっているような気分になる。
落ち葉の道も星空の道も大好きだ。
こうやって、夜にジョギングにわざわざ出てこなけば味わうことができなかった。

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夕方、窓の外がいちだんと明るくなったような気がして近づいてみると、前の高校の木々の紅葉、黄葉に夕日がいちめんに差している。
紅い葉っぱは燃えるようにさらに紅く、黄色い葉っぱは鮮やかに光輝いている。
なんとよくできた世界だろうか、と感嘆する。
ものの10分もないほんのひとときだったが、最高だった。
紅葉は夕日のなかの方がいいのかもしれない。

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久しぶりに俳句の仕事。
17文字に凝縮された想い。あらためていいなあと思う。

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読書は、細谷亮太さんのエッセイをいくつか。
写真集「光の音」中村ハルコさん、がいい感じ。
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by zuzumiya | 2010-11-29 17:06 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

美術番組の音楽の効果

日曜日の朝は新日曜美術館をよく見ている。
いつだったかオルセー美術館の傑作選のときに、アンリ・ルソーの絵を見た。ルソーはさほど好きではないので、ふうんという感じで流し見をしていたが、「蛇つかいの女」というタイトルの絵を見たときはちょっと心が動いた。
いつでも感じてきたことだったが、NHKの美術番組、教養番組などでは実に音楽の選択がうまい。私の好きなブライアン・イーノの環境音楽などはよくかかったりもするのだが、このルソーの「蛇つかいの女」の時に何気なくかかった曲(クラシックだろう)があまりにその絵と合致していて、絵の良さを最大限引き出したために、ふつうならスルーしてしまう絵にぐっと引き寄せられたのだ。これは凄いことだと思う。
もちろん、絵の見方を示してくれる具体的なナレーションにも助けられてはいるが、なにより音楽のマッチングの絶妙さには毎回必ず感心してしまう。「この絵にはこの曲がいい」とひらめくディレクターの才の凄さ。絵につけて、絵をより深く味わうことのできる音楽を多くの楽曲の中から探しだすというのはかなりの知識とセンスと判断がいる。CMの世界にいたからわかるのだが、つける音楽によって映像はまるで変わって見えてしまうからだ。
絵の背後に流れている音楽にも一度注意しながら、この新日曜美術館を見てみてほしい。
とても感心するはずだ。
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by zuzumiya | 2010-11-29 09:44 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

人の良いところを誉めていると「ありがとう」に行き着く

友人や家族でもなく、時には仕事の仲間の良いところを見つけてみます。Aさんはフットワークがよくて、率先して何でも引き受ける。Bさんは手先が器用で仕事が丁寧。Cさんはソフトな人当たりで、おしゃべりで人を和ます。Dさんは研究熱心で情熱家、知識があるけれど決して偉ぶらない。などというように、しばらく一緒にいれば、ちょっと思い巡らすだけでみな一つや二つの良いところが見つかるものです。そして、時にはそれを口に出して相手を誉めてあげるといいと思います。「○○さんは、とってもよくやってるよ、頑張ってくれてる」と言って、具体的にそう感じたシーンを出して「あの時はほんとに助かった」と教えてあげるのです。人を真剣に誉めるということは「おべっかを言う」のと違って、きちんと話していくと、自ずと感謝の気持ちに辿り着きます。最終的には「ありがとね」と言っている自分がいます。誉められた人も誉めた人もどちらも笑顔になれるとてもいいサイクルだと思います。
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by zuzumiya | 2010-11-29 09:07 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

散策に楽しい冬芽の顔さがし

a0158124_2057657.jpga0158124_2058199.jpg知り合いが紅葉狩りの散策に出かけたときに、あるおばあさんが虫眼鏡でもって熱心に樹を見ていました。声をかけたところ「冬芽を見ているんです」と返ってきたそうです。冬芽って知っていますか? 家の図鑑で調べてみるとこれがなかなか面白いのです。葉が落ちた落葉樹の枝の先には、冬芽と言って小さく芽がついていて、来年の春にはここから伸び始めるのです。モカモカとした毛で覆われ、寒風や雪にも耐える工夫もしてあり、冬芽はたいてい葉の落ちた付け根のあと「葉痕(ようこん)」のそばについています。その葉痕の形と相まって、まるで動物の顔や仏様の顔のように愛らしく見えるのです。おばあさんはそれを微笑みながら観察していたのです。なんと豊かなひとときでしょう。長新太さんの文で写真絵本が出ているのでちょっと紹介します。小さな枝にそれぞれ剽軽な顔がついていて、見ているととても心和みます。紅葉の美しさにうっとりする季節ですが、虫眼鏡を持って、冬芽と葉痕の顔さがしもなかなか面白いと思います。自然は飽きさせませんね。冬の散策に新たな楽しみが加わりました。
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by zuzumiya | 2010-11-28 08:30 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

オバサンや子育てママのパワーハラスメントってあるんじゃない?

若い人と年配の人がいる職場のなかで、みなが同じ時給で働いているのならば、私は本来は平等だと思います。若いから年配者よりもっと動きなさい、気をまわして先に手伝いなさい。あるいは、目がよく見えないから若い者に仕事を替わって、などというのはどこかで年配者の甘えが出てしまっていると思います。目が見えなければそれなりの眼鏡を用意してこなくてはいけないし、若い人に気を遣わせてしまうような泣き言も控えるべきです。同じ時給なのだから動かなければならないときには年齢など関係なしに動くべきでしょう。これと同じようなことは既婚者と独身が入り交じる職場のなかにもあります。子供が熱が出たから早退したいとなれば、その方の仕事は独身の誰かに覆い被さることになります。「明日は我が身」の言葉のとおり、いつでも仕事を引き受けても、回数が多いとそのうち「自分がほんとに将来結婚して子供を持てるかどうかは先のことで、替わってもらえる日がくるかはわからないことなのに」という不満へ繋がっていきかねません。弱みと思いやり。職場の仲間としてスムーズに仕事をやっていくために、みな一瞬のカチンをぐっと殺して笑顔にして仕事を最優先して回していることと思います。思いやりというのはあくまで個人的な感情。年齢や難しい状況があっても、相手から半分強要するような形で引き出すものではありません。自分の弱みがいつしか図々しい甘えに、相手を断りきれなくさせていないか、立ち止まって確認する必要があると思います。
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by zuzumiya | 2010-11-27 12:40 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

ブログらしく近況7

ちょっと悩み事があって、友人に会いに出かけていたとき、
帰り際に娘からメールが入った。
「今、外にいるからたまには一緒に帰らない?」
突然のことで、娘をずいぶんと駅のホームで待たせることになったが、
無事、会う事ができた。
「それで、どうだった?」
「うん、思い切って会ってよかった」
「そうか…。ママ、よかったね」
この「よかったね」の言葉を聞いたとき、ものすごくうれしくなった。思わず、
「お前ってやっぱり、いいやつだよなあ」
と口走っていた。
人の幸福に対して、開口一番、「よかったね」と笑って喜べること。
娘のことを、がんとして信じられるのはこういうところなんだ。
突拍子もない恰好をして、まぁ自由奔放にやっていて、父親に心配させまくっているけれど、どこかで私は娘をものすごく信用している。評価している。
この子はいいやつだよ、と胸を張って言える。
損をすることはあっても、自分を多少犠牲にすることはあっても、
人の気持ちのわかる、優しい子に育った。
娘にはそういうエピソードがたくさんある。
体の芯からむくむくと押し上げてくるようなこの確信。
これこそが絆なんだなあ、と思える。
これを感じられたら、たとえ周りがどう見ようと、
子育ては成功なんだと思える。

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世の中の暗いものをぜんぶ引き寄せてしまっているのでは、と思えるような日、ひょっこり友人からメールが来る。捨てる神あれば拾う神あり。これはほんとうだと思う。
きっと一日のなかでも、悪い事があればいい事だって起きてるんだと思うよ。
悪い事の方がショックだからより憶えているだけなんだよ。
よくよく思い出して探してみてごらんよ。誰かにやさしくされてるもんだ。
見つかったら、しっかり感謝すればいいんだよ。
私は今夜お風呂で、目を瞑ってアリガトウとつぶやいた。

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夏でもないのに、「くらげ」の写真集に癒された。七色に光る宇宙船みたいなくらげがいるんだよ。すごいよね。
それから最近は「鉱物」に興味を持ち出してる。ブラックライトで光るんだって、ブルーやピンクや黄色に。なんだか、石のなかに宇宙が見えるみたい。
図書館で何冊か本を借りてみた。面白かったらここでも紹介する。
それから人形にも興味が。鴨居羊子やハンス・ベルメール、四谷シモンの人形。
それからシュルレアリストの画家にも。リヒャルト・エルツェとかよさげ。
イラストはニコラ・ド・クレシーの『天空のビバンドム』とか。うーむ、金ない。
最後はジオラマ。『昭和ヂオラマ館ー山本高樹作品集』を図書館で借りよう。小さな人形の永井荷風が東京の街を歩いているのだ。たしか青梅に行ったときだったかな、ヂオラマ館に入って見たかも…。
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by zuzumiya | 2010-11-26 23:59 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

アイロンの絆

たいていは、日曜の夜10時すぎになってはっと気づくのである。
子ども達にせがまれて『世界の民話』の中から短いお話を二つ読み、背中をとんとんしてこちらもウトウトしかけたその時「あっ」と思い出す。アイロンがけを忘れていたのだ。明日学校へ持っていく給食の白衣のアイロンをまだかけていない。私はあわてて立ち上がる。

息子が小学校へ上がって、初めて給食当番の白衣をランドセルの横にぶら下げて持ち帰ってきた時は、嬉しいような、懐かしいような温かい気持ちになった。洗濯をするため、袋から白衣の上っ張りと中国の人民帽のような白帽子を取り出すと、かすかにカレーとあげパンの混ざったような懐かしい匂いがした。その白い小さな上っ張りに初めてアイロンをかけたとき、あの甘えん坊で、家では牛乳だって自分で注がない子が、お玉を握りしめてみんなのお椀に均等になるように、こぼさないように真剣になって注いでいる姿が見えて、鼻の先がつーんとした。きちんとやれたのだろうか。アイロンをかけながら、ちょっぴり心配したことを覚えている。

小学校の給食当番といえば、いつだったか私にも失敗があった。
給食当番は白衣を着てマスクをするので、それだけでみんなとは違った特別な気分で、ちょっぴりわくわくしてしまう。衛生のためとはいえ、女の子は前髪を帽子の中に全部入れておでこを見せるのが恥ずかしく、向き合ってお互いの前髪を数本垂らして、上手くごまかせたか調べっこをした。何を担当するか仲間うちで相談し準備が整うと、待ってましたとばかりに食欲旺盛な男子からだだだっと並んで、アルマイトのお盆に先の割れたスプーンを握りしめ、サラダの小皿を受け取り、おかずの椀を受け取り、コッペパンを受け取り、デザートのバナナを受け取っていく。

白衣を着てマスクをし、おでこを晒しているせいか、相対すると照れくさい。照れくさいところへもってきて男子が「サービスしろよな」と調子よく声をかけてくるので、ついその手に乗ってしまって最初からたっぷりと豚汁をお椀に注いでしまう。あとで足らなくなり、友達とふたり青い顔をしてぺこぺこ頭を下げてはみんなのお椀から少しずつ掬って返してもらったりした。両隣のクラスにも私のような間抜けがいて「すいません。豚汁余ってませんか」とからっぽの寸胴鍋をぶら下げて、か細い声をかけてくることもあった。

給食準備の廊下はせわしい。担任の先生が手を貸してくれることもあったが、大きな汁物の寸胴鍋は子ども二人で持っても重く、うまく息が合わないと汁がこぼれて廊下を汚したりした。調子づきの男子チームが浮かれておかずを廊下に全部ひっこぼしたことがあり、こっぴどく担任に怒られたこともあった。その後、我がクラスのおかずはどうなったか。給食室や職員室や学年中の教室を担任の先生と頭を下げて、巡り歩いて寄せ集めたのだろう、食べられなかった記憶はない。

もう一つの失敗もやはり小学生の頃だった。友達と学校帰り、ふざけて給食袋を手にぶらぶらと振って歩いていたら、何かの弾みで手からすっぽ抜けて、近くのラーメン屋のトタン屋根にひょいと乗っかってしまった。これにはびっくりして「どうしよう」と顔を見合わせた。ところが、友達の困った顔とトタン屋根にくったりと乗っている給食袋を交互に見ていたら「よくもまあ、あんなところに乗ったもんだ」と可笑しくなってきて、思わずふたりで吹き出してしまった。

しばらく笑った後「これはまずいことになった」と事の重大さに気づき、真面目に相談して、今度は今にも死んでしまいそうな心細い顔をしてみせ、店主に屋根の上の給食袋を取ってくれるよう頼んだ。ラーメン屋の店主はすぐさま何処からかはしごを持ってきて、給食袋を取ってくれた。可笑しなことに、今でも真っ白な給食袋が青空をバックにスローモーションで宙を飛んでいく映像が目に浮かぶ。トタン屋根は赤かった。

アイロンをかけながら、いつも不思議に思うことがある。
どんなに洗濯をしても前の人がつけたアイロンの折り目の筋が消えていないのはどうしてだろう。それぞれの子どもの母親が前の母親のつけた折り目に、忠実にアイロンを当てているからだろう。何度も何度も繰り返されたアイロンがけ。どなたか知らないが、最初にきちんと折り目を作ってくれたから、サラリーマンでない、ワイシャツを着ない夫を持つ妻の私でも簡単に仕上げることができるのだ。

申し訳ないが、PTAなど人前に出る活動には臆してしまって、子どものためにと言われても役員になるのを避けてきた。
それでも夜なか、子どもらの寝息を聞きながら、クラスの母親たちが繰り返し繰り返しつけてきた折り目に沿って、ゆっくりアイロンを当てていると、子を愛おしむ母親どうしの無言の絆のようなものが感じられて、なんだか心温かくなるのである。
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by zuzumiya | 2010-11-25 20:48 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

「○○かもしれないけど」の前置きはたいていが○○に伝わります

本を読んでいて、作者のハンカチ1枚5000円、椅子一脚10万円の生活に驚いて「いくら『上質なものを長く大切に』とか言っても、庶民性の欠片もないよなあ。ま、貧乏人の僻みなのかもしれないけど」と呟いたら、そばで聞いていた夫が「僻みでしょ」と入ってきました。「他人の話を聞いてる分には『それって完全に僻みだよ』とわかるのに、自分が喋っている時は『これ以上もっともな正論はない』って人は思ってるもんだよ」なるほど。そこで思い出してみました。会話の中で「かっこつけてるかもしれないけど」とか「エラソーな物言いかもしれないけど」とか「○○かもしれないけれど」と前置きして話すことはだいたいがそのまんまかっこつけた、エラソーな、○○そのものとして伝わっていくようです。角の立たない婉曲な表現を好むのが日本人だけれど、前置きしてもその通りに伝わるからくりなら、私はなるべく「私個人では○○と思う」を使おうと思っています。
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by zuzumiya | 2010-11-24 20:54 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

きっかけ

今朝、なんとなく思ったんだけれど、以前にここで書いた「バトンを渡す」とか、コメント欄の「与える、受けとるの妙」の時にもうすうす感じていたけれど、もしかしたら表現するっていうのは、メッセージの持っている世界の8割方ぐらいまでのもので、残りの2割でもって受け手は自分で考えて自分で何か答えを見つけるために歩き出せるものなのかもしれない。うまくは言えないが、どこか言葉の宿命のようなものも感じるし、やれることはどれだけきっかけになるものを与えられるか、そこをスタートとして始まらせることができるか、それこそが大事なのかもしれないな。謙虚に心しておかなければならないことなんだろうな。
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by zuzumiya | 2010-11-23 09:26 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(5)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


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