暮らしのまなざし

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鏡のような存在

たまにブログ巡りの旅に出ます。リンク欄に優れたブログだけを「私のおすすめ厳選ブログ」として並べておきたい、そんな少々見栄っ張りな気持ちもあります。でも、よくよく考えてみると自分のブログだけで表現しきれていない部分、埋めきれていない表現欲求の部分をそれらのブログにすべて信頼して託しているようなところもあります。私は写真が好きですが自分では根気よく上手く撮れないのでこちらをどうぞ、映画好きですがネタばらしせず感想が簡潔に書けないのでこちらをどうぞ、という具合に。並んでいるリンク先のブログをあらためて眺めれば、鏡のようになって幾つもの私が見えてきます。先日もあるファンサイトを熱心に巡っているうちにふと、人はいつでも無意識に自分の心にいちばん近い代弁者を探しているものだと感じました。自分を知るためのよすがのような、鏡のような存在への欲求。人はやはり1人では生きられないし、完全でもないのだと思います。

※好きなもの、心惹かれるもののなかに自分がいるのと同様に、嫌いなもの、反感を感じ るもののなかにも自分がいます。
※昔、何かの本で「人は精神的に同じ種族を求めている」というような言葉を読んだ気が します。現実の生身の人でなくとも、本でも映画でも音楽でも、飽きずに探し求めてい るのは同じ種族の存在、代弁者なのでしょう。
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by zuzumiya | 2010-07-31 06:53 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

贈られた約束

長田弘さんの最新の詩集『詩ふたつ』。そのなかの「人生は森のなかの一日」という詩に印象的なフレーズがありました。<わたしたちが死んで、わたしたちの森の木が天を突くほど、大きくなったら、大きくなった木の下で会おう。わたしは新鮮な苺をもってゆく。きみは悲しみをもたずにきてくれ。>こんなふうに親しみ深く呼びかけてくる言葉に出会うとき、不思議と優しい気持ちになります。「Yes」という気持ちでいっぱいになります。それはきっと言葉のなかに「約束」が贈られているのを感じるからでしょう。思うに「約束」という言葉は希望に満ちあふれています。叶えられるかどうかなど実は問題ではなく、その言葉が発せられたその瞬間から両者の間で「約束」は何よりも明日へ生きて行くための希望や支えや勇気となるのです。先のことは誰にもわかりません。その矛盾もあるけれど、だからこそ人は強き「約束」を求めて、希望の言葉を贈られたいのでしょう。

※長田弘さんの詩に負けない「約束の詩」があります。
<素晴らしい思い感じたなら 
 素敵な明日を垣間見たなら 
 光射す丘の上で その時は落ち合おう>
エレファントカシマシの『FLYER』。心を打つ歌詞です。「贈られた約束」を胸に希望を持って一歩を踏み出していく、そんな人の姿が見えてきます。
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by zuzumiya | 2010-07-29 11:02 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

ここだけは絶対にきれいにしておく場所

仕事と家事の両立で心がけていることがあります。夜、どんなに疲れて眠たくても、食卓の上と台所の流し、自分のデスクだけはきれいに片付けておく。朝、仕事に出かける時も、その3カ所だけは片付けていく。これだけは守ろうと思います。朝起きてきて、最初に見る食卓の上と流しの中が昨日のままだと昨日の気分を引きずって、げんなりしてしまいます。帰宅した時もそうで、疲れて帰ってきて目にした食卓や流しが汚いのはたまりません。デスクも同じ。座ったら「さあ、何を書こうかな」と考えに集中できるようにしておきたいです。何かを始めようとするのに、まず片付けなくてはならないというのは確実にやる気をそぎます。「ソファの乱れだけは直していく」「ベッドメイキングは必ずする」というように人によって「これだけは絶対守る」というポイントを決めて、あとは多少ルーズでもOKと家事にメリハリをつければ、かえって気持ちに余裕ができてきます。

(今からできること)
※あなたの「ここだけは絶対にきれいにしておく場所」は何処ですか?
※「明日の朝の新しい私のために」「疲れて帰宅した頑張った私のために」そういう想像 力を働かせて家事をちょこっとだけ先回りにしておきます。
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by zuzumiya | 2010-07-27 23:27 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

水の扱い、気が緩んでいませんか?

暑い日が続いています。気象庁では最高気温が30度以上を真夏日といい、35度以上を猛暑日といいますが、体感的には「酷暑」「炎暑」の毎日です。先日、テレビのニュースでアスファルトの道路に打ち水をしたら温度が10度下がったのを見ました。公園では子供たちがせっせと水遊びに夢中です。外から帰ればシャワー、寝起きも汗流しのシャワー。気がつくと水をもとめて、水に頼って暮らしています。でもそのぶん、水に対して気が緩んできているのかもと思います。台所仕事でも、水に触れていたり、水音が気持ちいいのか、気がつくと出しっぱなしが多くなっています。水仕事が苦ではないので、つい水を豊富に使って洗い物や掃除をしています。節約や工夫はちょっと忘れ気味。冬場だったらこうはしないはずと反省しました。もう一つ、気が緩んでいるなあと思うのは、トイレのドアノブに残された水滴。こういう事をする人は年中いますが、夏にはぐっと多い気がします。

(今からできること)
※水不足の声が聞こえてこなくても、夏場は水に気が緩みがちなので、節約と工夫を心が けましょう。水をいっぱい出さない、洗い桶を使う、米のとぎ汁を植木にやる。風呂水 を掃除に使う、など小さなことから違ってきます。
※夏場になると公共の場所(公園、駅やスーパーのトイレなど)の水道の蛇口がきちんと 締められていないのをよく見かけます。使う機会が多いぶん、気が緩んでいるのでしょ うか。注意が必要です。気づいたら、締めてあげましょう。
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by zuzumiya | 2010-07-26 11:24 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

髪をショートに!

熱中症の多発している夏の盛りに、冷房のない小・中学校の図書室で本の整理の仕事をしています。あまりに汗をかくので、ついに髪をショートにしました。首筋と頬の横に髪がないのは十年ぶりでしょうか。よくショートにすると若返ると言いますが、やはり家族から「若返ったんじゃない?」と指摘されました。でもこの若返りのショート、気をつけていないとすぐにオバサンに逆戻りします。髪をショートにすると顔がばんと前面に出てくるので、表情を意識して明るく生き生きとさせていなければなりません。隠してくれる髪はないので、いつものとおりの普通はダメ。「目をぱっちり開ける」「口角をあげる」「表情を大きく豊かにする」をショートという髪型が求めてきます。それから顎のライン。俯くと二重顎は生きのいいショートを老けさせます。顎は特に引き締めを意識して、少し上げ気味に角度を変えてみます。ショートにすれば若返るはたしかに真実なのです。

(今からできること)
※暑い夏は思い切ってショートにしてみませんか。髪型は確実に気分や性格を変えていき ます。活動的になって、前向きになって、すぱっと若返りましょう。
※ショートはどの世代にもキュート&スマートを求めてきます。心身ともにダイエットの チャンスです。
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by zuzumiya | 2010-07-25 07:18 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

「ばか正直」の「ばか」の愛情

久しぶりに山之口獏、通称「獏さん」の詩集を手に取りました。本には<底抜けに貧乏だが、底抜けに明るく、誰にも書けないふしぎな魅力の詩を書いた>とあります。私は獏さんの詩を読むと連鎖的に「このようになまけていても人生にもっとも近く詩を書いている」と詠った貧乏歌人の山崎方代、通称「方代さん」の短歌も読みたくなります。この獏さん、方代さんの二人の素朴な言葉は、読むたびにどこか懐かしく、人恋しい気分にさせられます。ふと、人が「ばか正直なんだよ、あいつは」と笑う時の「ばか」に込められたひねた愛情のことが浮かびました。相手の不器用さに怒りを覚えつつも、同時にそれがその人のよさであって、損な役回りに同情もし、でもどこかで「それでいい」と人間性に安堵している、そんな愛情を感じるのです。人間のあわれとおかしみが「ばか正直」の「ばか」にはこもっている気がします。獏さん、方代さんの世界に通じているのでしょう。

(今からできること)
※小学館から出ている『永遠の詩03 山之口獏』は詩人の井川博年さんが選と鑑賞解説 をしてくれています。文藝春秋から出ている山崎方代歌集『こんなもんじゃ』は「私  の一首」として、東海林さだおさんや谷川俊太郎さんらが方代の歌を選んで鑑賞してい ます。どちらもおすすめ。
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by zuzumiya | 2010-07-24 20:31 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

「われとともに老いよ」

これは庄野潤三さんの『野菜讃歌』の中に出てくる言葉で、ロバート・ブラウニングの詩の一行だそうです。庄野さんはこの言葉に惹かれていて、<では、誰に向かって「われとともに老いよ」というか?『ピアノの音』に作者とともに登場する私の妻以外にはあるまい。>と微笑ましくも書いています。年をとって醜くなっていく私は世の男性にとってはただのつまらない「オバサン」。でも「おたがいさま」と笑って許し、寄り添ってくれるのは、共に何十年も過ごしてきた夫という男しかいません。世の中に夫だけが若い娘から母親へ、そして老婆になる私という女の一生のほとんどを見つめ続けてくれるのです。そのことが時にとても頼もしく、有り難く、うれしいことに感じたりします。「われとともに生きよ」でなく「われとともに老いよ」。「老いよ」に込められた夫婦の絆の強さや歴史、互いをいたわりあう穏やかなまなざしまで浮かんで、こんなにも心惹かれるのです。

(今からできること)
※ミスチルの歌「しるし」には「いろんな角度から君を見てきた」「いろんな顔を持つ君 を知っているよ」という歌詞があって、いつでも心揺さぶられます。長い間、互いを見 ながら、少しずつわかりながら暮らしていくもの、それが夫婦なのだなあと思います。
※あなたが「われとともに老いよ」と言えるのは誰ですか? 
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by zuzumiya | 2010-07-22 22:39 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

愛あるゆえの反対意見

反対意見を言うのは勇気がいることです。特に熱烈なる支持者の多数いるなかで「違うんじゃない?」と切り出すのはほとんど自殺行為。総攻撃を受けるのを覚悟しなければなりません。でも、キツイ言葉で反論されて嫌な思いをするだろうが、嫌われ者になってでも「発言しなければこれはまずい」と感じたその想い、事なかれ主義でやり過ごさなかった正直な疑問と勇気に、私は人として敬意を払います。両者の言い分を知ってせつなく感じるのは、根底にそれぞれ思い入れという愛があるのがわかるから。困ったことに、熱烈なる支持者の方は熱烈なゆえに反対意見のなかにもちゃんと息づいている愛を見落としてしまいがちです。反対意見の言葉尻を捕まえて、すぐさま貶しや批判と捉えて目を吊り上げないように、愛をもって冷静なる対応を心がけたいものです。物事には賛否両論あるのがいちばん自然な姿。意見はつぶし合わずに届くべき人に届けばいい、ただそれだけです。

(今からできること)
※いろんな人間が生きているのですから、いろんな意見があって当たり前です。そう思え ばやたらに熱くならずに済みます。
※反対意見に対して「嫌なら○○しなればいい」とばっさり切り捨ててしまう人がいま  す。それでは話になりません。違う感じ方、違う考え方にも耳を貸しましょう。気づく ことがあるかもしれません。
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by zuzumiya | 2010-07-21 23:20 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

大人がはまる採集の夏

さあ、夏休みが始まりました。自然の生き物に親しむチャンスです。我が家は息子が小学生の頃はベランダに飼育ケースをずらりと並べていました。リビングのガラス越しに中の様子が見えて子供たちは大喜び。甲虫、クワガタ、かみきり、鈴虫。珍しいところでナナフシやタマムシ。蛙、イモリ、亀、ザリガニ、沢ガニ。トカゲに何とヤマガカシまで。ぜんぶ息子が友達や母親の私と一緒に捕まえたものです。私は小さい頃、祖父に連れられ田圃や用水路でドジョウやザリガニを取って遊んでいた男勝りの野生児だったので、夏休みともなれば、深夜、息子とその友達をつれて真っ暗な雑木林を懐中電灯1本で平気でうろついていました。いつだったかデザインの道へ進んだ息子に、自然の中で思いっきり遊ばせてくれたことが今とても役に立っている、貴重な体験だったと感謝されたことがあります。夏休みこそ大人は童心にかえって、子供を自然の中へ連れ出してほしいと思います。

(今からできること)
※お母さんが悲鳴をあげたばっかりに一瞬にして虫を怖くなってしまった男の子がいま  す。残念ですが、その後の対応が大事なのでしょう。嫌いなものを好きになれというの は無理な話ですが、せめても「蝶々だったら大丈夫」「金魚も好きよ」などと大丈夫な 生き物の話で子供と会話してみたり、図鑑が大丈夫なら一緒に見て会話するなどしてみ ましょう。
※虫ならお父さんの出番。一緒に虫取りに出かけましょう。飼育もお父さんと子供でやっ てみましょう。
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by zuzumiya | 2010-07-20 23:46 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

「友達がいるのさ」

野外のコンサートに行ってきました。チケットの連番がとれず、友人と会場の外で聞きました。外には大勢のファンがいて、後のレポートによれば「3〜400人はいた」とか。金網のところで中の様子を窺っている男の子がいて、思わず「どちらからいらしたんですか」と声をかけたら「愛知から来た」と言います。外から聞くためだけに来た熱意に、同じファンとして頭が下がる思いでした。外聞きのファンはそれだけ一途で、それぞれがリズムをとって歌を口ずさんだり、場内のファンに負けじと声援や拍手を送ったり、一音も聞き逃すまいとじっと聞き入っていたりと、中にいたら目にすることもなかったファン1人1人の熱い想いと生の姿に出会えたことが新鮮でした。信じたものを投げ打たず懸命に抱きしめる強さこそ、アーティストが歌に込めて来た想いです。友情と呼んでいいのかわかりませんが、確かに両者に熱い想いは通っていて、育まれていることに感動しました。

(今からできること)…今回は感想です…
※チケットがなく場外で聞いているからといって、しみったれたファンではありません。 アーティストの魂をきちんと受け継いでいる潔い人々でした。中で演奏しているアー  ティストに見せたらどれほど喜ぶだろうとうれしくなりました。
※ファンによってファンが励まされることもあるのだなあ、と思います。  
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by zuzumiya | 2010-07-18 16:28 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(2)

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