暮らしのまなざし

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当たり前をいったん外してみる

霧雨が降っては止む肌寒い日にずっと外にいました。帰りに体を温めようと入ったブックカフェでとても素敵なサービスを受けました。そこには家の居間にあるような2人掛けのふかふかのソファが向かい合って置いてあり、フリースの膝掛けが置いてあります。携帯カイロに手をこすりつけながら腰掛けると「今日はやっぱり冷えますか?」とメニューを持ってきてくれたお店の若い女性が話しかけてきました。「そうですね。膝掛けをお借りしますね」と笑顔で話して、温かいカフェオレを注文しました。ようやく人心地ついていると、さっきの女性が今度は「お冷やをお持ちしましょうか」と言ってきたのです。その時、ああそうかと気づきました。寒さで震えているお客さんにすぐさまグラスの水を出すと、口をつけるはずもなく、見た目に余計に寒さを感じてしまいます。暖まり、人心地ついてから持ってきてくれたのだなと思ったら、うれしくなると同時にとても感心しました。

(今からできること)
※このお店の教育がいいのでしょうか、それともこの若い女性の機転なのでしょうか。
 見ていると新しくお客さんが入ってくるたびに何か話しかけていて、妊婦さんが入って 来たときには「膝掛け、足りますか?」と訊いていました。通り一遍のマニュアル接客 ではこうはいきません。お客さんを見て、話しかけてみて、より一層くつろいでもらう には何ができるか、考えて仕事をしているのでしょう。帰りも「ありがとうございまし た」だけでなく「またのお越しをお待ちしております」と添えてくれました。
※「最初にお客さんにお冷やを出すのは当たり前」と考えてしまうと、こういう臨機応変 な温かい接客はできないでしょう。当たり前を外して考えてみるのも必要です。
※ちなみにお店は千歳烏山の駅南口脇の「CAFE RASHIKU」です。
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by zuzumiya | 2010-05-31 17:12 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

叱るだけのお母さん

先日、小さな子供づれのお母さんに電車で席を譲りました。ところが子供たちはおとなしく座っていられず、お母さんは周囲の目を気にしてただ「座りなさい」を連発していました。時々、電車や病院の中でこういう「叱るばかりで何もしないお母さん」を見かけます。子供の気を引きつける工夫を持っていないのです。網棚に上げた鞄の中に、例えばこんなものを入れてはいかがでしょう。ミニ絵本。小さな無地のノートとペン(以前に紹介したしおり紐にボールペンを括り付けたようなものがあるとペンを落とさずに済みます)。それから数字合わせや絵合わせのような小さなパズル。クイズの本やなぞなぞの本。その他子供のお気に入りのもの。最後に飴や水分。私は経験上、絵本も取り出せないような時には、なぞなぞの本が役に立ちました。良くない行動を叱ることはするべきですが、それから先に「何も手がない」のはせっかくの楽しい外出に嫌な思い出が残ってしまいます。

(今からできること)
※保育士や幼稚園の先生とお母さんの違いは何でしょう。手遊びや歌遊び、おはなしな  ど、瞬時に、そして即興的に子供たちの気を引きつけるテクニックを持っているかだと 思います。たとえば、大きな本屋さんに行ったら、保育関係のコーナーにも立ち寄って みましょう。専門書でなくても子育てのヒントや助けになる本があるはずです。先生の 使う小さななぞなぞの本はここで見つけました。
※お家での落ち着いた時間に、電車に乗る前のシュミレーションかねて親子で会話をして おきましょう。「席があきました。さあ、そうどうする?」「妹がこういうことをしま した。さあ、どうする?」「オシッコにいきたくなってきちゃいました。どうする?」 など、クイズ形式で楽しく話をすすめていくのもいいでしょう。
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by zuzumiya | 2010-05-30 18:36 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

夕暮れにするしゃぼん玉

以前、買い物帰りの道で、目の前をすうっと光るものが過って何だろうと思ったら、しゃぼん玉でした。通り沿いの家の玄関先に幼稚園くらいの男の子が一人立っていて、しゃぼん玉をやっています。見ると左腕はギブスをはめて肩から吊るされていました。「ははん、暴れん坊が腕を折っちゃったのね」と苦笑しました。遊び相手だったお母さんが夕飯の支度で忙しいのでしょう。母親が機転を利かせてしゃぼん液を作ってあげたのかもしれません。目の前をふうわり飛んでいくしゃぼん玉を見ていると、男の子のやるせない気持ちが伝わってきて、なおさらきれいでした。落ち込んだ時、あの時の男の子のように夕方にしゃぼん玉を吹いてみようと思います。寂しい想いもしゃぼん玉にして空に放てば、もしかしたら何処かの誰かの心に小さな驚きと喜びをもたらせるかもしれません。

(今からできること)
※吹く=息を吐くということは、何だか体の中の淀んだ空気を出していく感じがして、続 けているとすっきりしてきます。しゃぼん玉は懐かしい気持ちになれるし、気持ちが  ゆったりするし、何より夕日に当たってきれいなので癒されます。人生はしゃぼん玉の ように、想いを吹いては飛ばし、なのかも。
※台所洗剤が薄いと小さいしゃぼん玉ですぐ割れてしまいます。長持ちするしゃぼん液  を作るには洗濯のり(合成のり)や砂糖を混ぜるといいそうです。試してみては?
 
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by zuzumiya | 2010-05-28 13:36 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(2)

「I'm proud of you」

映画を見ていると、よくアメリカの俳優さんが「I'm proud of you」と言います。「あなたを誇りに思う」という意味ですが、私はいつでもこの言葉に魅力を感じています。でも、日本人はほとんど使いませんよね。日本人なら「尊敬するよ」とでも言うのでしょうか。でも、「尊敬するよ」とはちょっとニュアンスが違うように思えます。私個人の感じ方でいえば、手をとって「尊敬するよ」と言われると恐れ多いと腰が引け「嘘でしょ」と思ったりもしますが、「誇りに思う」と言われたら、相手の胸の中に星のようにきらっと愛おしく私が一つ輝いているのが見えて、なんだか大切な存在になれた気がして、素直にとてもうれしくなります。それから、「誇りに思う」にはまずきちんと自分があります。自分があった上に皆がどうであれ、自分の価値観で相手を誇りに思えるのです。そこも素敵です。だから、私は「尊敬するよ」より「あなたを誇りに思う」を使います。

(今からできること)
※私個人の感じ方ですが、どうでしょう。「あなたを誇りに思う」と言ったり、書いた  りして使ってみませんか。
※これ以外にも外国の映画には日本人ではあまり使わないような言い回しがあると思いま す。インテリアやファッション、習慣の違い以外にも台詞にも注意してみると楽しいで す。
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by zuzumiya | 2010-05-27 12:08 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(2)

「静かだから気がつかないだけです」

以前、私が落ち込んでいて、いちばんの心の支えであり、大好きな「書く」を見失いそうになった時、遠い友人が手紙をくれました。今でも宝物で、落ち込んでいない時でも度々読み返して、しみじみと感謝しています。実はその中にとてもいい言葉があるのです。「つねづね自分を守ってくれる人は沈黙で、攻撃する人はわあわあうるさいものです。でも、守ってくれる人のほうが圧倒的に多いのです。静かだから気がつかないだけです」そうだなあと思います。思い出してみると、どんな時も、本当にどんな時もでした、夫は私に書くのをやめろと言ったことはありません。数少ない友人も編集者も仕事仲間もそうでした。理解者は私の性格や考え方や様々な事情や心情を理解してくれているからこそ、静かに見守っていてくれるのです。あなたの周りにも今日もそういう静かな人々がいて、そういうふうにしかできないあなたを見つめていてくれていること、忘れないでいましょう。

(今からできること)
※本当の想いはきっと届きます。大好きで大事なものは手放してはいけません。
 あなたを見つめてくれている静かな人々の見守りの眼を信じて、歩き出しましょう。
※家族や友人に感謝して、自分の信じることをたゆみなく、コツコツとやっていきましょ う。生きて行くことで見せていくしかないのです。
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by zuzumiya | 2010-05-26 13:08 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

「らしくないじゃん」とは言わないでおきましょう

先日、ドラマを見ていて気になった台詞に「どうしたの? らしくないじゃん」というのがあります。面白いことに、耳にするたびにどの場面でも「らしくないじゃん」が出た後は、言われた方は必ず押し黙ってしまいます。時には「いや、別にちょっと疲れただけ」と返したりますが、多くの場合はそれは虚勢を張った偽りの言葉です。「らしい」という相手のなかに既にある、自分の明るくて前向きなイメージから外れる戸惑いや怖れが瞬時に働いて心をガードしてしまうのでしょう。「らしくないじゃん」という言葉には、相手の新たな、あるいは飾らない、もっと素直な一面を見つめるチャンスや深く知り合うチャンスを遠ざけてしまうことを憶えておきましょう。「こういうのも私なの」と相手に言わせてしまうことで、そういう自分が「弱くて悪いもの」と決め込ませてしまわないように、できれば「らしくないじゃん」の言葉は使わないでいた方がいいと思います。

(今からできること)
※人間は多面体です。「らしい」と一括りにできるほど単純なものではありません。
 「らしい」は褒め言葉でも使いますが、どちらにせよ、イメージの枠をはめる強制力を 持った言葉として使い方に注意した方がいいです。
※「らしくないじゃん」と言われたら、一度興味を持って自分のイメージを訊いてみる  のもいいでしょう。よいイメージなのは、演じていたかいないかは別にして、自分が頑 張って周りを快くしてきた努力の成果です。自分を認めてあげましょう。
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by zuzumiya | 2010-05-25 13:04 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

真似ることは恥ずかしいことではありません

「真似ることは学ぶこと」はよく耳にします。自分が始めたことであり、最初から最後まで自分のオリジナルだと言えないことには、人は後ろめたさや恥ずかしさを感じるものです。でも、社会のなかに生きながら、この世の中で本当に誰からも何からもきっかけや影響を受けていない、純粋培養のオリジナルなどありえるとも思えません。自分はあらゆる他者の融合によって作られた未完成品と思うのが素直な考え方だと思います。新しいことは実は古いこと、懐かしいことに支えられている。ずっと昔から人が求め続けてきたシンプルなことがベースにある。そう思って見回してみると、納得することが多いです。真似ることを恥ずかしがらず、真似たい気持ちと直感を信じてどっぷり浸かってみましょう。自分がこんなにも引き寄せられた、そのいちばんのエッセンスが信じるに足る美しさを放っているからだと確信できたとき、恥ずかしさが安心感や使命感に変わってくるはずです。

(今からできること)
※ファッションでもそうですが、コーディネイトなど真似ていると必ずその人の生き方の ポリシーやこだわりような深いところに行き着いてきます。真似るといっても不思議に 上辺で済まないようになっています。「真似る」が「学ぶ」に変わるポイントです。
※ファンションでも本でも音楽でも、大好きなもののなかには「心の師」がいます。
 「これがあれば私はきっと迷わない」となぜだか強く思えてきます。自分を育んできて くれた大好きなものたちを手に取って、シンプルなメッセージをもう一度受け取りま  しょう。受け取ったら、誰かに渡す役目を担うのです。よいことは留めておいてはいけ ません。
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by zuzumiya | 2010-05-24 14:35 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

親子で楽しむ水栽培はいかが?

洗い物の際に手が滑って、グラスの縁が欠けてしまいました。縁だけなのでベランダの伸びすぎたポトスを切ってきて、そのグラスで水栽培を初めています。かれこれもう2週間以上は経っていると思いますが、茎から2カ所に白い根が生え、1本は3センチほども伸びています。流しの蛍光灯しか当たらない場所だったので生育が遅かったのかもしれませんが、根が出はじめるとぐんぐん伸びてくるのがうれしく、思わず「がんばれよ」と声をかけたくなります。あまりに暗いところでは可愛そうと今日から食卓の上に置くことにしました。このポトスは一日のほとんどが日陰だったにもかかわらず根を出してくれたのに対して、私の机の本棚にある一輪挿しのアイビーは明るいのに根が出てきません。ダメなのかなと思いながらも、ポトスの頑張りを思って待っています。暢気に、でも諦めず待ってみること、結果を急ぎすぎ、白黒つけたがりの私にはちょうどいいプチ修行なのかも。

(今からできること)
※ポトスもアイビーも水栽培が可能です。他にはミリオンバンブーもできるようです。
 グラスと水が清涼感を誘ってこの季節にぴったりです。大きな鉢植えじゃなくても300 円くらいのミニ鉢植えを買って来て、伸びたら切って水栽培にしてみましょう。
※子供部屋こそ水栽培のポトスを置いてあげましょう。
「喉が渇かないようにちゃんとお水をあげたいから、見守っていてね」「ここから白い  根っこが出てくるよ」と言っておきます。植物を育てるのに興味を持ったら、ジーン・ ジオンの絵本『はちうえはぼくにまかせて』を読んであげましょう。
※『100円グッズでとことん楽しむプチ・ガーデニング』(主婦と生活社)という本を図 書館で借りてみようと思っています。面白そうです。
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by zuzumiya | 2010-05-22 08:21 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

今日はベランダ日和

家の中とも外とも言い切れない空に浮かんだ空間、ベランダ。私はベランダが好きです。まだPCを持っていなかった頃、ベランダの敷居に座布団を敷いて、子供の画板を借りて文章を書いていたほど。時には一人用のピクニックシートを敷いたり、すのこを敷いたり。昔、大工だった祖父もベランダが好きで、広いベランダに椅子とテーブルを持ち出して、ちょっとした作業場にしていました。鉢植えの花や植物は元気に日に照らされているし、空はすぐそこにあるし、洗い立ての洗濯物からしゃぼんのいい香りはするし、ゆるい風に風鈴が鳴ったり、鳥の声やヘリコプターの音、郵便屋さんのバイクの音も長閑です。まったくの外でないこと、部屋にすぐ引っ込めることが安心させてくれます。落ち込んで人に会いたくないとき、あるいは逆に一人でのんびりしたいとき、考え事をしたいとき、ベランダはいつでもやさしく迎え入れてくれます。ベランダを心の庭にしましょう。

(今からできること)
※ベランダも部屋の続きです。いらないものは処分して、水を撒いてデッキブラシで掃除 しましょう。水がキラキラ光って気持ちがいいです。
※すっきりしたところで、あなたのベランダライフ、何から始めますか? 
 グリーンカーテン作りに挑戦する? 大鉢にメダカを育てる? すのこを敷いて素足で 歩けるようにする? 読書のための椅子を調達してくる? 夕暮れにボサノバ&ビール もおすすめです。ベランダを自分らしく活用しましょう。
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by zuzumiya | 2010-05-21 11:38 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

両親と義父母に会いに行っていますか?

最近、昔のことを思い出します。そして「あの時はああしてたっけ?」と誰かに尋ねてみたくても、気がつけば私の周りには私の幼い頃を知っている人が誰もいないのです。母はまだ生きていますが、私は母方の祖父母と三人で暮らしていたので、私の幼い頃の日常の暮らしの細かなことやエピソードなど何も知りません。祖父母が死んでしまっては確かめる術もなく、何より幼い頃の私の話を「そうそう」と相づちを打ちながら聞いて、笑い合える時がもう永遠にないのです。初めての本を書いたとき、この事実に気づいてとてもショックでした。あなたはどのくらいご両親に会いに行っていますか? 仕事が忙しいし、帰るとなるとお金もかかるからと盆暮れすら会いに行かずに、電話や手紙で済ませていませんか? 姑夫婦に会うのが面倒だからとご主人の帰省を渋っていませんか? 幼い頃の他愛もない思い出話を笑いながらできるのは幸せです。そして、やっぱり有限なのです。

(今からできること)
※今年の夏休みは帰省してみませんか。そして、アルバムを見ながら昔話をいっぱいして きましょう。きっとあなたの知らない(あるいは、忘れている)家族のエピソードはあ りますよ。ご両親が亡くなったら、もう聞けなくなることを忘れないで。
※ご主人の実家へ帰省する時も、同じ思いで行きましょう。ご主人の幼い頃の話を子供た ちにも聞かせてあげましょう。
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by zuzumiya | 2010-05-20 17:45 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?
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