カテゴリ:降ってきたコトバたち( 22 )

保育士あるある〜

名無しの衣服はまず嗅いで、その柔軟剤の匂いで持ち主を当てる鋭い嗅覚を持ちながら、オムツに出ているウンチに気づかない。





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by zuzumiya | 2017-09-09 00:09 | 降ってきたコトバたち | Trackback | Comments(0)

贅沢って何だ?

これがないと、或いはこういうことをしてないと、生きてるのがつまらない、毎日がつまらない、人生に張り合いがない。どっちかっていうとしんどいことばかりの人生を仕方なくこれからも生きて行くために、自分で頑張って働いて稼いだ金で、他人に頼らず自分自身を喜ばそうとして、買ったり、やったりしていることに対して、そういう必要極まりない奥深い心情を知らない他人が「贅沢だ」のひと言で切り捨てるというのは失礼千万じゃないか。人の心の生き死に何がどれほどかかわっているかはわからないからこそ、価値観の違いとして言葉をわきまえるものだ。
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by zuzumiya | 2017-02-05 07:38 | 降ってきたコトバたち | Trackback | Comments(0)

本の精の声?

本を黙読している時に頭の中に読んでくれる声が響いてくるけど、いったい誰の声なんだろう。昔から不思議に思っていた。私の場合はなんとなく若い落ち着いた優しい女性の声なんだけど、本の精の声かしら。女性には女性の男性には男性の、つまりは同性の声が聞こえてくるものなのだろうか。録音された自分の声を聞いたことがあるけれど、絶対に違うのである。どこかで耳にした記憶の中のメジャーじゃない声優や俳優の声だったりするのだろうか。死ぬまでにテレビや映画を見ていて「あっ、この人だ!」という出会いがあるとうれしいのだけれど。


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by zuzumiya | 2017-01-05 22:07 | 降ってきたコトバたち | Trackback | Comments(0)

今度こそは、と。

中年夫婦の多くはひょっとしたら、これから離婚をして他の異性と出会って再婚することより、今の相手と結婚当初のようなまだ何も知らない起こらない仲睦まじい姿に戻って今度こそはとやり直せたら、と思っているのではないか。だがしかし、それは時が戻らないように絶対に無理な話なのだ。アーメン。
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by zuzumiya | 2016-10-25 22:35 | 降ってきたコトバたち | Trackback | Comments(0)

言葉を持つもの、持たないもの

随筆家、岡部伊都子さんの言葉に「花は、真剣に生きている」というのがある。「自分も花に劣らぬよう、いっしんに生きようと願う」と続くのだが、実に岡部さんらしい生真面目さと誠実さに溢れている言葉だ。
世の中に言葉を持たない生き物がいることは、言葉を持つ私たち人間が彼らと向き合う時に思わず口をついて出る言葉こそ、ほんとうのありのままの自分であると知らせるためなのだと思った。
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by zuzumiya | 2016-10-01 08:38 | 降ってきたコトバたち | Trackback | Comments(0)

頑張ってみること

頑張っていればいいことがある、と思うようにしている。
実際、その通りになることは多い。
というか、たぶん、言葉に引っ張られて、何気ないことも“いいこと”に感じられることが多くなるみたいだ。そういう心持ちになれることが、何よりいい。
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by zuzumiya | 2016-06-27 21:56 | 降ってきたコトバたち | Trackback | Comments(0)

宇宙のことを考えたら

宇宙の何処かに宇宙人がいるかもしれないというのは実に人間らしい考え方だと思う。
此処ではない何処かに何かがあってくれるという薄ぼんやりした希望とか、その何かは何となく怖いものじゃなくて友好的でとか、思ってるでしょ。人間っていうのはやっぱり性善説なのかな。それとも、やっぱり広い宇宙で見つけた友人ともいずれは些細なことで喧嘩して憎んじゃったりするのかな。日本だろうが世界だろうが、宇宙だろうが、結局は同じなのかな。心って大事だよな、と思うに至ったわけであります。
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by zuzumiya | 2016-03-21 12:04 | 降ってきたコトバたち | Trackback | Comments(0)

不思議なものね

若い娘が結婚に憧れるように、中年の女は仲睦まじい老夫婦の幸福を夢見てる。
中年まで人生を生きてきて、なお。






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by zuzumiya | 2015-12-06 23:52 | 降ってきたコトバたち | Trackback | Comments(0)

晩年の趣き

エッセイを選ぶ時、若い頃書いたものより年をとった今書いてる方を必ず選ぶ。
その人の晩年に何を思い、何を選び取って書き残しているのか。そこには自分の行先を淡く照らす、というか相まみえる何かがあるような気がして、自然に手に取るのだと思う。


※でも、その年齢の数字とは関係なく、いま現在の自分が、いままでの人生の中で、一番いいところにいると思えているのです。
それは生活条件がよいというような意味ではなく、さびしいことも、つらいことも、今日まで生きて知ることのよさが思われるのです。もう一度若い年代に戻りたい、と、口にしてみることはあるのですが、内心「やっぱりいまがいいわ」と思っているのです。この不思議な感情は、“自然のめぐみ”ということなのでしょうか?
高田敏子著『娘におくる言葉』より
















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by zuzumiya | 2015-11-08 13:16 | 降ってきたコトバたち | Trackback | Comments(0)

仕事

考えてみれば、どれもこれもみんな“人間相手の仕事”なんだよな。
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by zuzumiya | 2015-11-02 21:15 | 降ってきたコトバたち | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


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