カテゴリ:日々のいろいろ( 648 )

恐るべきシーリングライト

先日、天井に新たにシーリングライトを取り付けた。LEDというのはあの昔ながらの丸い三重の蛍光管も無いってことで驚いた。さらにうちのあれほど几帳面な夫がトリセツを見ようとしないのにもびっくり。年をとって読むのが面倒になったとのこと。変われば変わるものだ。食事に困らない程度に光量を落としていつものように80型の巨大画面で息子と三人、夕食を食べながら映画を見ていた。東京に台風の凄いのが来るというパニック映画だった。ところが映画の途中でいきなり何が起こったか、パッと電気が明るくなって部屋中が白々と照らされた。「なんだ、なんだ」とびっくりしてリモコンをいじって確かめてもよく分からず、「接続の問題かなぁ」「買ったばっかなのに?」「コジマに電話すっか」なんて文句を言いながら、また光量を落として映画の続きを見た。ほどなくしてまたパッと点いた。さすがにワッと声を上げ、夫と顔を見合わせた私はぞぞぞと鳥肌が立って「お盆の時期だし、電気系統だけにコワイよ」と訴えるとようやく夫が立ち上がり、トリセツを読み出した。すると、うちのシーリングライトには“感震センサー”なるものが付いていて、震度4以上の揺れが来ると警告音と共に自動的に最大光量の電気に変わるらしい。なんだ、そりゃと思ったが息子は「暗闇でパニックを防ぐためなんじゃない?」と笑っている。でも、さっきは警告音は無かったし、そもそも震度4に値する揺れなど無かった。夫がリモコンをテーブルに置いて、光量を落としてからガンっと揺すっても電気は変わらない。「えーっ、なんで?」とまた夫と顔を見合わせたが、夫が再度真剣にトリセツを見直し「『取り付けた部屋や周辺での大声、テレビ等の大音量による振動で感知することがあります』だって」と読み上げた。またしても「えーっ」と声を上げたが、つまりは我が家のミニシアターなみの80型の巨大画面から出てくる音量が凄すぎて感知してしまったらしい。たまたま見ていた映画が人々が大声で逃げ惑うパニック映画だったというのも運が悪いというか、可笑しい。「ホラー映画じゃなくてマジよかったよ」とつぶやくと、夫も息子も真顔でうなづいた。しかし、この面倒でありがた迷惑な感震センサー、本当に必要なのだろうか。夫曰く「強い地震が来たら、電気って止まっちゃうんじゃなかったっけ?」思わず吹き出したが、ほんと、どうなんだろう。


※後から思えば、リモコンを置いていくら揺すったってセンサーはリモコンに内蔵されてるわけじゃないのに、愚かな私たちであった(笑)。






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by zuzumiya | 2017-08-20 09:25 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

私という有限

最近、ちょっと胃が痛い。長年飲み続けている薬の副作用かもしれない。昨日トイレで便座に座ってぼんやり考えていると、自分はもう50代で、いつ何時病気になってもおかしくない年なんだと思った。病気が発覚したらもう入院して、場合によっては手術なんかもして、体も心も弱っちゃって、なかなか出てこれないんだろうなと想像した。そうか、そうだったか。時間は、人生は、このような今の私は、有限だったか、とこの時すごく気がついてしみじみと思った。そういえば、私の両目は緑内障である。60代だか、70代だかいつになるかはわからないけれど、確実に見えなくなっていく。網膜は再生できないので未来は変えようがない。私の今のこの見えている視力は有限である。そう思ったら、読みたいものは読もう、見たいものは見ようと思った。そして、読みたいものが眠くて読めなくなるような、見たいものが疲れて最後まで見られなくなるような、そんな無理して働くのはやめようと思った。自分のご飯が食べられて、少しずつの貯金が出来て、毎月見たい本や映画が見られればもう幸せなのだ。
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by zuzumiya | 2017-08-16 20:44 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

こんな体たらく

夫は昨日、赤と黒の金魚を買った。私も乗じて鈴虫を買った。夜は網戸の向こうから蟋蟀と何処からか風に乗って祭り太皷と、部屋の中からは鈴虫と、ひどく懐かしい感じの夏の夜であった。
休みであっても朝は5時半に目が覚める。夫が出勤したのを聞いてから台所へ降りて一人、茹で卵とベーコンとヨーグルトで軽く朝食を済ませ、映画を見た。「胸騒ぎのシチリア」。声の出なくなった大物ロック歌手マリアン役のティルダ・スウィントンが見たいから。年下の恋人とヴァカンスにシチリア島に来ている設定だが、寄る年波には勝てず、後ろ姿の水着の尻の垂れ具合、乳の垂れ具合、下腹の出具合。中性的な魅力のはずがすさまじい崩れ方をしている。ただあの首の細さ、操り人形のような手足の長さ、骨ばった顔の凛々しい小ささ、陶器のような肌の滑らかさにはやはり恋焦がれる。そしてあの冷徹さを含んだ色気と退廃さが漂うまなざしと髪型…。やっぱり好きだ。鏡の前でしばし髪をいじって髪型を似せて笑ってしまう。私がやると東海林太郎になってしまう。白ブチの丸眼鏡のサングラス、いいな。たしかメグ・ライアンも丸いサングラスが似合ってたっけ。来年は買おう。
映画の後は漫画と本をベッドに横になって読む。読んでは寝てしまい、ふっと目覚めてはまた読むを繰り返す。時間の感覚がなくなっていく。ベッドから見える空はどんよりと灰色で、湿気と一緒に部屋の隅の観葉植物の緑を濃く沈めていく。ふいに思いついて、「青いパパイヤの香り」のDVDをネットで買うことにした。本棚から同じベトナムが舞台の岩井志麻子の「チャイ・コイ」を出してきて読み返す。
明日は娘とデートだが、仕事もしてないのに自堕落のため肩と背中が痛い。行けるか。

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by zuzumiya | 2017-08-14 19:30 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

生まれ変わっても会いに行く

どういう偶然か、輪廻転生ものの恋愛小説が2冊手元に揃った。
上田岳弘さんの「私の恋人」と佐藤正午さんの「月の満ち欠け」。読み比べてみよう。





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by zuzumiya | 2017-08-07 20:48 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

夏休みはクーラーの中でひたすら

お盆に子どもの数が減るので山の日から1週間夏休みを頂いた。
正職以上に懸命に働いて金はあっても時間がない。正確にいうと時間はあっても体が疲れて眠たくなってしまう。読みたい本などいくらもあるが平日は寝落ちしてしまうのだ。インテリアを整えた今はようやく、さあ、読書なのに。で、お盆休みに備えてネットで本と漫画を買いまくりの日々である。戸田誠二さん、豊田徹也さん、高浜寛さん、楽しみだ。詩人の高橋順子さんがあの強烈な私小説作家車谷長吉さんとの夫婦の日々を綴った小説も来る。クーラーをつけてのんびり読書がいちばんいいや。


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by zuzumiya | 2017-08-05 08:28 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

夢の中の男

時々、夢の中に顔の分からない(夢の中では見えてるけど夢から覚めるとどんな顔だったか忘れてしまう)男性が現れる。私の年齢がいくつなのか夢の中ではわからないが、どうやら彼は恋人らしい。その彼に向かって私は弱々しくベソをかきながら「疲れたよぅ」と訴えて、腕の中に体を預けていく。彼が優しく抱きしめてくれる。そういう瞬間が2度ほどあった。目覚めた時はなんだか満足して幸福の余韻が残っていた。馬鹿馬鹿しいと苦笑しながらも、自分がそれほどまでに疲れていること、そしてそれを心の底では誰かに優しく慰めてもらいたがっていることをしみじみとわかった。私ってぜんぜん平気じゃなかったんだ、という具合に。夢の中でまた彼に出逢えるだろうか。ありがとうは言えていただろうか。
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by zuzumiya | 2017-07-31 23:05 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

困った猫の問題行動

新しく観葉植物を買うたびに私は用心する。我が家の飼い猫のももが葉っぱを噛んでゲロを吐くかもしれないからだ。それはどういうわけか必ず朝方、4時半とか5時とかに起こる。浅い眠りの靄のなかから突然「グゲッグゲッ」と音が聞こえる。あわてて飛び起きて、ももの居場所を確認する。ももは床の上で背中を丸めて激しくえずいている。お気に入りの、洗濯が大変な3万近くしたフロアラグの上ではないことに一瞬は安堵するが、本来ならこの時えずいている最中にももの口元に洗面器ならぬ小さなお椀でもティッシュの山でも添えて待てればいいものをいつも体が寝ぼけていて動かない。最終的に「グゲェ〜」と吐いているのをただ見つめているだけだ。情けない。そしておもむろにアルコール消毒スプレーとティッシュ箱を持ってきて始末する。今回は「エバーフレッシュ」という夜になると葉を畳む繊細な鉢植えだった。ゲロが3日続いて寝不足も3日続いた朝、ついに決心して猫が行けない棚の上に置き場所をかえた。オシャレなイラストのポスターが飾ってあって、そこには何も置きたくなかったがどうしようもない。
猫は毛玉除去のために草を食むのは本能でやむをえないのだろうが、場所を選ばず吐かれるのは困る。トイレで吐いてくれれば猫草などいくらでも買ってやる。一度はパソコンの上に履かれた。延長コードのプラグの上に吐かれたことも羽根布団の上に吐かれて朝まで気づかずまあるくシミを作ってしまったたこともある。観葉植物が犠牲になるのも困る。毛玉除去用のカリカリを食べさせたりもしたが、チビはあまり吐かないのにももは吐きたがる猫らしい。観葉植物を食むことに慣れたももは新しく鉢植えを買うたびに食べられる種類か調べにくる。今日買った「モンステラ」はさすがに無事だ。園芸店で観葉植物を選ぶ際に一瞬、ももの顔が浮かぶのは本当にしゃくにさわる。

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by zuzumiya | 2017-07-30 19:16 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

前回の続きで連携の話

私は今、3歳児クラスに保育補助として入っているが、人手不足の影響で毎日1時間半も多く働いている。ただでさえ、3歳児は手がかかるというのに26名中、まず診断名がきちんとついている障がい児枠の子ども(自閉症スペクトラム、ADHD、知的障がい)が3名いる。しかもスペクトラムの子は言葉の通じない外国人である。発達相談、心理相談など公的な発達支援の定期的な見守り援助を受けて、さらに最近「アスペルガー傾向がある」や「ややポジティブなタイプのADHD」と言われた子が増えて(さらに今後も診断名がついていくことが予想される)、全体で配慮が必要な子がなんと7、8名はいるという問題の多いクラスなのだ。これだけのクラスを4月当初、園長は障がい児を持った経験のない担任2人でやるようにと命じた。「そんなのできっこない」と担任は大いに反発して、園も慌てて求人を出したが誰も来ない。私のような非常勤職員たちが時間数や日数を増やして(年間収入制限のある方もいる)、なんとか保育を回して日々凌いでいるのである。
本来、“加配”の役目でクラスに入るならば、対象児につきっきりなはずだが、人手がないから臨機応変に雑用もやるフリー的な動きもしなくてはならない。加配が純然たる加配として機能できていないのが現状だ。クラスリーダーは「保育の質を考えるなら、最低でも5人は保育士が欲しい」と園に訴えても何せ人が来ないという理由で対応できずに担任2名と非常勤2名しか入れてくれてはいない。
いちばん担任たちが困っているのはADHDの子どもがほとんど午睡をしてくれないことだ。本来なら午睡中にできる連絡帳や日誌など書類関係の仕事、行事などの係の仕事が全くできないで持ち帰るばかりだという。午睡の時間帯は私はいったん帰宅してしまうのでそこでもまた人手が足りなくなる。毎日、1時間半もかけて担任たちは交代で寝かせつけに奮闘するのだがうまく行かない。そのストレスたるやいかばかりだろう。
これだけの人数の障がい児がひとクラスに揃っていて、ひとりひとりに配慮の仕方、対応の仕方が違うのに、4月当初の担任たちは一斉保育の意識のままでスタートした。すなわち、マンツーマンの特別な配慮が必要にもかかわらず、いつもどおり「みんなと一緒に早く同じようにする」をクラスとして目指そうと躍起になった。座っていられないADHDの子どもに「今は絵本を見る時間でしょ」と教え諭して腕を引っ張った。クラス運営と同時進行で担任それぞれが障がい児保育の研修に行き、ADHDの障がいの特徴を学ぶにつれ、必要な遊具はすぐさま購入し、保育室の環境を整え、保護者とも話し合った。そしてそれでも保育士の人数が足りていないため、どうしようもないワサワサした雰囲気がなくなることはなく、「とりあえず怪我なく過ごせた」だけの毎日を「これでいいのだろうか」と不安とため息をつきながら送ってきたのだった。
初めに私が疑問を持ったのは、ADHDの子の食事対応についてだった。背後には障がいを認めたがらない保護者との思いの行き違いがあるのだが、「家ではたくさん食べています」と連絡帳にひと言書かれたことを皮肉に捉えた担任は、それならばと完食を目指した。泣いているのに「食べて」と強要して無理やり食べさせているのを横目に「私はあれはできないなぁ、したくないなぁ」と思ったが、立場上、口出しはできなかった。私は3食のうちの1食のことであんなに躍起になる必要はないと思うし、好き嫌いは成長するにつれだんだんと修復されていくものである。何より食事は頑張って食べるものではなく楽しんで食べるものだと思っている。4月である。健常児だって信頼関係も築けていないのに完食なんて無理なのに、集団のワサワサが嫌いなADHDの子が同じテーブルで落ち着いて食事なんぞできるわけがないのである。私が完食させられないのを甘やかしや力量不足ととったのか、食事見を交代した若い担任保育士がかなり厳しく食べさせたので、とりあえず完食はできるようにはなった。が、その頃からチックらしき瞬きが片目に出るようになった。それを保護者に指摘されてからは彼女の食事対応は少しずつゆるくはなっていった。
園庭での三輪車遊びもいきなり暴走しだして、他の保育士やよちよち歩きの乳児にまで突っ込むこともあるため、私が傍らについて園庭を小走りしながら、いざという時は三輪車を鷲掴みにして止めることが必要だった。時々は手が滑ったり、今一歩出遅れたりして三輪車を止められないことがあったが、「障がい児を園全体で見ていきましょう」と体裁のいい事を言ってはいるが、実際は「うちのクラスのかわいい子にぶつけて、あんた何すんの!」的な迷惑そうなまなざしを子ども共々浴びたりもした。「これが母親の気持ちか」と何度も思った。5月の強い日差しの中、汗をかいてここまで頑張っていても、遠くで見ていた若い担任から「先生がくっついて来るのを面白がっているフシがあるから、ちょっと待ってみましょう。私が引き継ぎます」なんて言われて、こちらは他児への事故防止に懸命に努めてきたのに感謝もされずに否定された気分だけが残った。結局、その担任が立って見守るだけでは衝突事故は防げず、園の会議では私が加配として見ていると発表されていたので、まるで私が子ども見を怠って衝突させたと他の職員に思われてやしないかと心配して「私はあの時、子ども見を交代していたんです!」と皆に言いたくてたまらない気持ちだった。以前にもブログで書いたが、そうやって頑張っているところを「交代します」「私がやってみてもいいですか」(一応、言葉遣いだけは丁寧)と来るので、何をやっても「あなたのやり方はダメです」と否定された気持ちになって、「どうせ私はダメですよ」と嫌な気分になってモチベーションが下がることが多かった。彼女は研修で学んだことも非常勤の私には何も教えようとしない、分かちあわない。クラスにこれだけ深く関わっているのにそういう差別的な態度をされると連携のれの字も浮かんでこなくなる。とにかく彼女の保育は支配的、威圧的、管理的で、「○○しないと××させないから」「赤ちゃんクラスに行かせるよ」と脅して、迷いなくチカラで子どもたちを押さえ込むことをずっとしてきたようで、そうやってできた統制を「見よ、この先生としての私の力量を!」と誇示してきた人だと思う。いつだったか、遅番時、床で寝転んで遊んでいた子どもに「○○くん、ここはおうちじゃないんだから起きて遊んで」と言葉がけしていたのを聞いたことがあるが、呆れた。「大人の都合で保育園に来ているのに、しかもこんなに長い時間過ごしているのに、ここは第2の家じゃないのか、保育所保育指針をもう一回読み直してこいよ」と言いたくなった。話は飛ぶが、以前の園では保育室のなかに必ず「リラックスコーナー」があり、クッションが置かれて子どもが自由に寝そべって休息できた。ほんとうに、園の考え方が違えばこんなにも子どもに負担が行くものなのかと驚きだった。
ようやくADHDという障がいの大変さが研修でもわかってきたのか、専門家に言われなければ私ごときいっかいの保育士が何を言ってもダメなのだが、体の内から湧き出てくる「動け!」という強い衝動は抑えることは薬以外難しく、言葉がけで教え諭して分かるものでもなく、衝動は運動という形で放出してやることしかできないとわかった。園庭が使えないならば、ホールをひたすらぐるぐると走り回らせることで、解消させる手を臨床心理士から教わった。集団のワサワサが嫌で机に上ってしまったり、他児の作ったブロックを踏んづけて壊して回ったり、他児を押したりし始めたら、「ああ、もう限界だ」となって、担任や非常勤が代わる代わる声かけしてホールに連れ出すようになった。そしてひたすら走らせる。さっき園庭であれほど三輪車を走らせてきた後でも、驚く程パワーが残っていて、足をもたつかすことなく走っている姿を見ると、ハンパない障がいの強さを思う。抱き上げると心臓は早鐘のごとく鳴っている。薬で抑えれば、知的な遅れも自閉もなく、母親の読み聞かせの努力の結果である絵本への興味やイメージ構築力もある。衝動さえ抑えられれば、「先生もお茶、飲みなさい」とコップを持ってきてくれる優しさだってもっと浮かび上がるだろう。私はそういう時、母親のやってきた孤独でひたすらな子育ての努力を垣間見た思いがする。お迎え時に会えば「お母さんのおかげですよ、ありがとうね」と言い添えている。
いつだったか、私がその子のホール番になったとき、たまたまその時は走ることよりそばにあった木製のジャングルジムに興味があって登っていたら、件の若い保育士が通りがかり「あれ?走るのとボールがお約束じゃなかったっけ?」と言ってきた。しかたなく「それもやっていたんですけど。でも、そうなんだ。じゃあ、下りようか」と促したところ、激しく泣いて嫌がった。事務所にクラスリーダーがいたので声をかけたら園長とともに来てくれた。リーダーは「臨床心理士に衝動を放出させるにはそれがいちばんいいと言われたんです」と私情をはさまず事実を述べた。「ジャングルジムがやりたいと言って泣いている子を引きずり下ろす必要があるか?」と内心思ったが、そこではまた非常勤の立場や私が直に臨床心理士に質問したわけでもなく、そのニュアンスを聞いていないということで反論を言い控えた。しかし、やりたい遊びも自由に選べない(そんなこと前園ではありえない!)目の前の子が可哀想で、そんなことだからこの子は一日何度も「あれはダメ、これはダメ」で規制され、泣いてばかりいるんだと腹が立った。
その夜だったか、やはりどうにも気持ちが収まらず、クラスリーダーに「ホールに出てしまっている段階でもはや3歳児の躾云々の保育から少し離れて、障がい児の保育として捉えるべきでないか」とメールした。すると、私の話を分かってくれて、あの場合はジャングルジムで遊ばせてあげればよかったと書いてきてくれた。クラスリーダーはこの園の支配、管理の保育に傾きがちで、非常勤を下に見る風土を異動してきた当初からおかしいと思っていたとのことで、園長に再三、人数の補充を訴え、保育の質というものにとても気を配る人で、園の中では私が唯一尊敬でき、何でも相談できる先輩なのだ。その先輩も相方の保育の強引さにはびっくりしていて、早く自分で気づいて直してくれることを願っていると書いてきた。連携の悪さは正職と非常勤だけでなく担任同士も感じているようである。もっと言えば、他クラス、他職員の目もある。園始まって以来の障がい児の多さで理解しがたいのかもしれないが、「ひとクラスに大人が5人はさすがに多いでしょ」「5人もいたことがない」「いらないでしょ、4人で何とかならないの?」との声も実際聞こえてくる。あまりに腹立たしいのでクラスリーダーに言いつけてやった。リーダー曰く、「そんなこと言うなら一週間やってみろ!!」と怒っていた。
3歳児という難しいクラスにしかも複数の障がいを持った子どもが重なって入ってきて、関わる保育士の人数が圧倒的に少ない。外国人の自閉症スペクトラム児はほとんど食事と排泄しか関わりを持てずに自閉をいいことに放って置かれている。知的障がい児は知能が1歳程度で言葉もまともに話せないのに、一斉保育の波に引き込まれて暑い園庭にいつでも駆り出されている。動きの大きいADHD児ばかりに気が行き、今では統合保育とは名ばかりで、保育室とホールの別々の保育となっている時間の方が圧倒的に多い。
ただ、考えようによってはいいこともあった。こんなにも支配的、規制的でしつけを重視する一斉保育の園がバラエティ豊かな障がい児の登場によって、ようやく「ひとりひとりを見つめる保育」に切り替わろうとしている。軍隊じゃないんだから「みんなと一緒に早く同じようにする」保育に私はあまり意味を見いだせない。今はてんやわんやしているが、これからは園長が非常勤の私も含めて保育についての話し合いの時間を儲けようとしているらしい。みんなが一緒の同じ関わりをもつことが子どもを混乱させなくて大事だという。実は非常勤だってすべての人が保育に並々ならぬ熱意を持って働いている、というわけではない。障がい児に直接かかわらない人は同じ園の中にいても口では「大変ねえ」と言ってはくれるが、実は本音は「担当じゃなくて助かった」なのだろう。園全体で温かく見守るを実現するためには、立場を越えて何度も何度も話し合いが必要で、そのためには少しぐらい自分の時間は割いてもいいと思える同じ園の職員としての同僚意識、愛社精神のようなものがないとだめだ。障がい児が我が園に持ってきてくれた課題はほんとうに見過ごしてきた大事なことばかりなのである。


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by zuzumiya | 2017-07-23 00:47 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

保育観のちがいは決定的だよな

ついに先日、園長から呼び止められ「やっぱり○○先生(私のこと)は園の保育観とは違いますかねぇ」と訊かれた。実はそれより前にあった法人の研修の分科会で「職員同士の連携の難しさ」について司会者から意見を求められ、非常勤の立場はいつも正職の顔色を伺い「これをしてもいいのか悪いのか」と迷うことが多く、中途半端な保育をしているというようなことを発言してしまったのだった。おそらくはその時のアドバイザーである同じ法人内の他園の園長から、あるいは司会者であったうちの園の先輩保育士から、園長に何か連携のまずさを指摘されたのではないかと思う。
以前、園でこんなことがあった。砂場で正職の保育士が子どもたちと山を作って遊んでいた。水道から水を何度も持ってきては流し入れて川や湖を作って遊ぶ姿に「へぇ、こんなことしていいんだ」と驚いた。同時に「正職だからできることよね」とも思った。
以前勤めていた、ベルギーの保育を目指している自由保育の園ではどろんこ遊びもパンパなく凄かった。砂場から水が溢れ出るんじゃないかというくらい子どもたちが何度も水を入れてきて、それを保育士は「もったいない」とか「もういいんじゃないの?」とかいっさい口出しはせずに子どもたちが満足するまでやらせることを見守るというスタンスの保育であった。研修で見ているこちらが「水道代、大丈夫なんだろうか」と心配するくらいだった。
そんな園だから「子どもの遊びの保障をする」は徹底していた。3歳児以降の幼児クラスは異年齢保育だが、“カプラ”と呼ばれる薄い木片の積み木を子どもたちが大量に使って道路が張り巡らされた一大都市を作る。その中には動物園やら遊園地までもがある。クリスマスの時期にはクラスの入口付近に巨大なクリスマスツリーが出来ていたりする。驚くのは午睡の時間になっても保育士はその巨大な作品を子どもたちに片付けさせないこと。街の上に各自が壊さないように工夫してコット(担架のようなネットでできた一人用の寝床)を引き詰めて寝る。子どもが午睡後に遊びの続きをやりたいという気持ちを大事に汲むのである。これもひとつの遊びの保障だろう。
乳児のクラスでは、特に0、1歳児なんかはわざわざ主任から「片付けより遊びを重視するように」と言われる。片付けをやんわり促す「おかたづけ~」なんていう歌はもってのほか。保育士が床に散らばった遊具の散らかり具合を見て、遊びが本当に終わったかどうか見極めて危険がないよう少しずつ片付けていく。このように以前の園では食事・排泄・睡眠以外は子どもは常に遊んでいるものと考え、保育士は子どもの自発的主体的な行為である遊びが単に楽しみだけでなく発達も促すことから、それを保障し、最重要視することを保育士に徹底的に教え込む。
ところが今の園は昔ながらの一斉保育でしかもしつけ優先の園である。ひとつの玩具で遊び終わったら新しい玩具をだす前にまず片付けさせようとする。ブロックがままごとの鍋に入って料理されているのも“見立て”とは解釈せずに「ブロックはブロックのコーナーで遊びなさい」となる。20年選手のパートの職員が「もう、こんなに散らかして」とブツブツ小言を言いながら遊具を拾い歩いている。ブロックならブロックだけしか出さない。しかも人数に対してかなり量が少ない。遊びの広がりようがない。無駄な喧嘩が増える。子どもの遊びがどう展開して、遊んでいないようでも実はまたもとの遊びに戻ってくる可能性もあることも知らないのか、古臭いしつけ感覚でしか子どもの遊びが見られない。しつけ意識が強いのでしつけの観点からでしか言葉がけができない。遊びを「散らかす」と捉えるなんて以前の園ではクビだ。20年も勤めていられないだろう。一斉保育でしつけ意識が強いとなったら、そこはもう保育士が怖い顔して怒鳴って押さえつけている「管理・支配の締め付け園」ということになる。今の園はとにかく清潔意識も遊びへの意識も私が保育士の免許を取った19年前から何にも変わっていない。よくもまあ、長きにわたって世の中の流れや保育界の変遷にも耳をかさず目を閉じて、自分たちだけを信じてやってきたものだ。
話がずいぶん逸れてしまったが、どろんこ遊びの話に戻る。その後、もうひとり、正職の保育士が砂場で派手にどろんこ遊びをやっていた。だからどろんこ遊びが2回続いていての話なのだ。私が砂場で子どもたちと山を作っていたら、先日の楽しかったどろんこ遊びを覚えていた子どもが「先生、お水入れていい?」と訊いてきた。「やばっ」と内心思った。
自分が非常勤という立場のことだけじゃなく、前日の朝の集会で「お水は大事に」「プールの神様に怒られてプールに入れなくなっちゃうよ」なんて話を聞いていたからだ。それでも先日2回も正職が砂場に水を入れていたので、やって悪いはずはないと判断して「お水持ってきていいよ」とOKを出したら、そこへ5歳児の担任が現れて「アレ?お水やっていいんだっけ?お水大事に使わないとって昨日お話してたでしょ」となった。私はしぶしぶ立って事情を説明し、先日の先生方がどろんこ遊びをやっていた件を話した。「毎日毎日、どろんこで汚れてたらお母さん方も大変でしょうから」とかなんとか言いつつ苦笑いして許可してくれた(許可せざるをえないだろう)。「大人側の事情を出してくるなんて、やり方ひとつでどうにでもなるのに」とは思ったが反論せずに、許可されたことで一度だけ水を流し入れてもいいことにした。でも、実に中途半端な保育、遊びになってしまった。なんとなくその先生も話の矛盾には気がついていて、どろんこ遊びひとつとっても正職同士でも意見のくい違いがあるようで、何年も同じ職場にいて仲良く見えても、意思疎通、連携というのは本当に難しいことなんだと思った。
もう、遊びと発達の関係については本当に今の園の先生方は分かっていなくて、0歳児が遊具の入ったダンボール箱に片足を入れて跨ごうとしていると「ダメでしょ、ここは入るところじゃありません、これはおもちゃのおうち」なんて言ってやめさせる。3度も引き戻されて子どもは泣いて怒っている。私は内心「入りたいんだよね。今は跨ぐことで自分で体のバランス感覚や体幹を鍛えているのにね」と思って見ている。かわいそうな話だ。遊びと発達の知識のある園ではダンボールに布地を貼った“押し箱”なる遊具がクラスのそこらにいくつもあって、子どもたちはいつでも好きな時にそれに跨り、中に入って独り占めした空間に満足げな顔して座っている。時には仲良しの友だちが箱を押してくれて、自らの足腰を鍛えているとも知らずに楽しく遊び、時には集団の中で貴重なひとりの休息時間が過ごせる居場所にもなっている。そういう効果のあるダンボール箱なのに、今の園の先生方は作ろうともしないし、非常勤に頼んで作らせもしない。「ここならいいよ」という代替物も与えない。その子にとっての自発的な遊びのやる気と発達をうながせる貴重な瞬間を「遊具箱に入ってはいけません」というしつけ感覚で取り逃がしてしまっている。そのことに気づかない。そういう遊びや発達の研修も勉強もしてないから無理もない。
こういう遊びに対する見方はやっぱり園の保育との違いをどうしたって際立たせてしまう。いちいち引っかかる。2歳児に「クラスの中を走ったらダメ」と言うならば、ホールをテラスをどこか安全な場所を走らせるしかないではないか。だって、彼らは今、発達的には走りたいさかりなのだ。たくさん走って走って自分の力を確かめたいのだ。ひとしきり走れば満足してまた座っておとなしく遊ぶことができる。それは保育の静と動のリズムといわれるもので基本中の基本のはずだ。「ダメ、ダメ」とさんざん言っておいて、それなら他の遊びにうまく誘うかといえば注意だけで終わってしまう。そんな保育を目の当たりにすると本当にげんなりする。そういう日々の保育の小さな不満がやっぱり園への不信に繋がっていっていることはよく分かっている。だからこそ、非常勤で7時間しか働かないで、なるべく「見ザル聞カザル」でのんびり長く勤めようと思っていたのだった。それが人手が足りず、8.5時間も働いている。日々の保育に深く関わりあうことになってしまった。
長くなってしまった。真夜中の更新でうまく頭が働かず、連携の話からずれて遊びの話になったが、次回はズバリ連携の話を書くつもりだ。つづく。




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by zuzumiya | 2017-07-22 01:34 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

どういう教育してるんだ?

以前に男性トイレの個室が空いてない話を書いた。大はもちろん、小の方も個室でする男性が増えているという予想だった。それに似た話で、保育園のトイレ事情を紹介する。男の子も三歳児となればパンツを下ろして立ってオシッコできる。オシッコしたら、下腹の辺りをポンポンと叩いて尿切りをする(園ではそう教えている)。立ってできない子は女の子と同様、個室へ入って便器に座ってする。ところが最近多いのが、オシッコが終わると男の子でもペーパーでちんちんの先のオシッコを丁寧に拭き取ろうとするのだ。保育園ではこの場合も二歳の頃から「お腹ポンポン」で尿切りを教えてきたから、これは母親が家ではそのように拭くことを教えているとしか考えられない。もしかしたら、このまま園が見過ごしていたら、将来この子たちは個室を選んで入り、几帳面にせっせとちんちんを拭いているのではないかと想像してしまう。そんでもって今、個室を好んで入っている若者はみんなそうしているのかもしれないとさえ思えてくる。
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by zuzumiya | 2017-07-20 00:40 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


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