カテゴリ:日々のいろいろ( 644 )

しがない夫婦

雨の朝、自転車でなくバスにするという夫が「バスは混むんだけどなぁ」とボヤく。
「この間買った宝くじ、当たったら、駅前のマンションにでも引っ越せるのにね」
と言ってからすぐ気がついた。
「そもそも当たったら、行く必要もないってか」爆笑。
そんな会話を玄関先で幾度となく繰り返して来たしがない夫婦である。

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by zuzumiya | 2017-09-28 14:03 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

保育士あるある3

「せんせー、見て〜、ゴキブリが…」と泣きそうな声の担任。
「ちょ、ちょっと待ってください」すばやくティッシュを丸めて駆けつける私。
「こんなところで…」とゆっくりカーテンの裾を捲る担任。
「し、死んでるの」
「なぁんだ、もう死んでんじゃないですか」
(忙しいのに、死んでるゴキブリぐらい自分で何とかしろよ)内心毒づく私。
「はいはい、取りましたよ」
「わ〜、すごい!ありがとうございます」と喜ぶ担任。
「先生、私ね、この間、外の洗濯機の洗濯槽にゴキブリがいたんだけど、もちろん、生きててチョロチョロ走り回ってたんだけど、中で潰すわけにもいかず、どうしようかと迷った挙句、エイヤッて、丸めたティッシュでこう上に跳ね上げて落ちたところをガンッてふんずけましたよ、考えられます?スゴイでしょ?」
「うそ〜、し、信じられなぁ〜い!せんせって、すごいですね」と感心される私。
後日。園庭にて。
「せんせ〜、見てぇ」と満面笑みの担任が握りこぶしを開くと
「うわっ、うそっ!」
そこにはうどんの太麺ほどもあるミミズがのたうち回っていた。
保育士とは不思議である。死んだゴキブリが怖くて生きてるミミズは平気で掴める。なんなんだよ、この差は。

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by zuzumiya | 2017-09-24 12:22 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

CMに物申す

若い頃、CM作りを仕事にしていたこともあり、今でもCMを見るのが好きだ。もうずーっと前から言われていることだが、小林製薬のネーミングセンスは凄い。商品名だけで体のどの部位に効くのか、おおよそ効能を推測できる。それは消費者にとって商品情報が分かりやすくありがたいものであるが、薬局の窓口でその名を口にすれば、そばにいる人にすぐにどこが悪くて薬を欲するほど困っているのかあからさまにしてしまうというマイナス面も併せ持つ。「ガスピタン、下さい」と言えば、どんなに美人であっても「あの人はオナラが溜まって溜まって仕事が手に付かないほど困っているんだな」とバレてしまう。上品に「ガス」などと言い換えているが、結局は「オナラ」のことなのである。そういうデメリットもあることを商品開発チームは肝に銘じておいてほしいと思わざるをえない商品がまたもや登場した。「ぶり返す肛門のかゆみ、痛みに」のふれ込みで新商品「オシリア」が出た。「オシリア、下さい」と薬局の窓口で言えるか。この響き、どうしたって小林製薬の薬で、しかもお尻に関わるやつだと周囲にバレてしまう。あんまりである。「ポラギノール」なんかより単刀直入で始末が悪い。そもそも困っている人というのはアンテナが敏感だから、商品名は難しい横文字系でも覚えようとするものである。小林製薬はネーミングセンスが面白いと話題になったりしたから、いい気になって暴走しすぎていないか。薬局で若い女性が口に出せる最低ラインの品格を失いかけている。まぁ「コウモノン」とか「コウモケア」よりはマシかと思うが、もしかしたらそっちのネーミング案もちゃんと出ていて真剣に検討されたのかも、と想像するとそら恐ろしくなる。
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by zuzumiya | 2017-09-23 17:30 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

一緒にいる理由

バレーボール好きの夫は先日の「グラチャンバレー」を毎回欠かさず見ていた。ブラジル戦の際、どうにもこうにもブラジルのブロックが高すぎて点が入らなかったのにしびれを切らして、「俺は監督にひとつ提案したいことがある」と真面目に言う。「何?」と訊くと、「仲間がこうやって(膝を広げて両手のひらを重ねるしぐさをする)、ここに(重ねた手のひらに)アタッカーが飛び乗って、こうやって人間トランポリンのようにして飛ばしてやったら、おそろしく高いところから打てるんじゃないか」
爆笑した。こういう発想、こういう笑いのツボが同じうちは喧嘩しつつも一緒にいられる。
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by zuzumiya | 2017-09-23 14:14 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

ただでさえ怖いんだから

うちの近くの竹やぶのぽっかり空いた塀の穴から人形が半身覗いている。もうずいぶん前からそこを通るたび、ある。誰かが故意に捨てたものか、保育園が近くにあるから車か自転車に乗っている時に子どもが不意に落としてしまったものか。心ある人が「落ちていましたよ。取りに来てもわかるように」と近くの塀の穴に差し込んだに違いない。その人形がピカチューやらアンパンマンならよかった。よりにもよって、宇宙人の子どものような「テレタビーズ」の、しかも「紫色」のやつなのだ。そいつが穴の中からずうっと通りを見つめている。前を通るのがマジに怖い。誰も触れない。そのままにしておくしかない。
ちょっと説明すると、テレタビーズはイギリスの子供向け番組のキャラクターで、赤と黄色と緑と紫色のがいる。外国のキャラクターらしく性別はもちろん、肌の色や背の高さもそれぞれ違う。体型は洋梨型にぼてっとしていて、どういうわけかお腹にテレビがついていて、ここから子供向けのいろんな映像が流れる。
うちの子供たちが幼かった頃、日本で放映されたのを見たことがあるが、あのずんぐりむっくりの宇宙人みたいな姿と黒すぎる目はとてもかわいいとは思えなかった。外国のベビー人形が妙にリアルで日本人にはかわいいとは思えないように、子供向けキャラクターなのになんとなく私は怖かった。調べてみるとイギリス本国だけじゃなくヨーロッパやアメリカでも放送されていて、世界的に人気を博した番組だったらしい。日本では1999年から2000年にかけて何度も再放送されていて、放送当時はトイザらスとかにはキャラクターグッズがよく置いてあった記憶もある。それにしてももうずいぶん前の流行りだから、あの人形はきっと落とされたんじゃなくて故意に捨てられたもののような気がする。
で、テレタビーズを調べていたら、妙な噂を発見した。あの紫色のキャラクターは「ティンキーウィンキー」という名前なのだが、背の高い男の子の設定らしい。でも赤いバックがお気に入りで持っている。それがどうもゲイを意識しているとされて、ポーランドのお偉いさんに「子供たちが同性愛になる可能性がある」と指摘されたという。アメリカでもキリスト教運動家に同様に非難されたが、そんなこんなで逆にアメリカのゲイの支持を浴びて、ティンキーウィンキーのグッズだけ売上が伸びたらしい。ムムム。「だとしたら、あの人形の持ち主は子供とは限らんなぁ」とか「あの塀の向かいに古ぼけたアパートがあるから、そこにゲイのカップルが住んでいて、どちらかが浮気をしたとかで喧嘩別れで捨てて行ったのかも」とか、いろいろ妄想してしまう。ただでさえ気持ち悪い風貌なのに、ゲイの圧倒的な支持率があった人形となれば、もはやどうにもならん。毎回、通るたび「誰か心無い、情報に疎い人が早く捨ててくれますように」と願っている。
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by zuzumiya | 2017-09-23 13:45 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

私の母はカッコイイ!

先日、久しぶりに夫と映画を見に行った。ダンケルク。最後の方で夫が泣いていた。それを知って私もウルウルした。映画館で観るべき迫力のあるいい映画だった。
浮かれてショッピングモールで服の衝動買いをした。おまけにその服を精算後、すぐにトイレで着替え、着て帰ったのだった。このやり方は私が幼少の頃、母の買い物で覚えたものだ。母はコーディネートが気に入ると子どものマネキンが着ている帽子から靴まで、それから手に持っている赤いバスケットまで「まとめてぜーんぶ、ちょうだい」と丸買いした。そして呆気にとられている店員を尻目に、私に向かってサラリと「今、着て帰る?」と訊くのだった。もちろん、私の答えは元気に「うんっ!」。あの時のうれしさったらなかった。お気に入りの服を買ったらその場で着替えて即、ハッピー、即、ルンルン。ああいうシアワセをガバッと鷲づかみしちゃうような大胆さ、私の母は子ども心にカッコイイと思った。小学生の娘にも「着て帰る?」と訊ねたことがあったが、すこぶる喜んだっけ。やっぱり、女子は服を買う=変身願望なのである。そんな母との思い出を懐かしく思い出しながら、ショーウィンドウに映る自分にニンマリした。

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by zuzumiya | 2017-09-19 20:34 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

私、見てたから

朝の通勤の途中で時々会うジョギングおばさんがいる。毎朝ではなく、一週間に一度でもなく、まるで不定期で、会う時は立て続けに3日も会うがその後はピタリと会わなくなって、やる気があるのかないのかよくわからない人なのだが、時間のかげんで私は必ず彼女の後ろを自転車で追う感じで出会う。初めてその後ろ姿を見かけた時は、中年らしくTシャツから丸見えのお尻が四角く垂れていた。スロージョギングで走る内股のスパッツからはみ出たふくらはぎは真っ白で、ソックスの跡が付きそうなくらい柔らかそうにぶよぶよしていた。そんな姿を晒してまで頑張って路上に走り出てきたおばさんに「やれやれ、続くのかい?」とため息が出た。案の定、翌々日からピタリと会わなくなった。その後はたまに姿を見かけたが、私の中では「お遊びさん」と軽んじられ、あんまり気には止めなかった。次第に会わない日々が多くなり、おばさんの存在も忘れていった。ところが今朝、なんと私の自転車の先に例のおばさんが走っているではないか。その後ろ姿に「おおっ」と私はどよめいた。あの白くてぶよぶよのふくらはぎは日焼けをして浅黒く、筋肉がついてししゃものようにテカっている。尻は、というと、まぁいくぶんか締まったみたいで0.5まわりほどは小さく見えた。いったい何処で走っていたのだろう。コースを変えていただけでおばさんはちゃんとジョギングを続けていたのだった。思わず「効果出てますよ!私、見てたからわかるんです!」と声をかけたくなったが、見ず知らずの人に突然そんなこと言われたら、うれしいより引くよなと思い、何食わぬ顔で自転車で追い抜いて行ったのだった。



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by zuzumiya | 2017-09-19 15:23 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

私の流儀

ついこの間入ってきたばかりの新人が、といっても私より5年も経験があって、子育てのブランクを挟んで保育士に戻ってきたような人なんだが、積極的な笑顔と気さくな話しかけで緊張をほぐしてあげていたら、もう人を舐めて(経験年数が多いとわかってから態度が違ってきた)、堂々とクラスの掃除を端折っていたことがわかり愕然とした。どうも仕事が速いと思っていたら、知っていてまるまるやらないでいた、というのである。確信犯なのだった。ひでえ〜。新人のくせに、漏れ聞こえてきた噂話に首を突っ込んでくるし、元からいましたよ的な、馴染みきった態度のデカさがちょっと鼻についてきた頃だった。やるべき仕事をやらないで笑ってそう白状するなんて、なんて図々しい、なんっつうやつだと内心軽蔑し、怒ったけれど、彼女の立ち回りのうまさというか、力の入れどころ、抜きどころの絶妙さというかを思って、これなら世間を上手に渡っていけるだろうなと羨ましいような、そしてその正反対な位置にいる私のバカ正直さと不器用さを痛ましく思った。そして気づく。ああ、私は正真正銘エレカシのファンなんだ。誰かに見られていなくとも正直に汗水流して掃除機かけているこの私は「今日持っているチカラは惜しみなくぜんぶ出し切ろう」と心に決めている。それは「体の全て使い尽くして死にたい」と歌う宮本浩次をアッパレだと思うから。余力は残さない。これが私の流儀だぜ。


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by zuzumiya | 2017-09-15 23:48 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

保育士あるある2

休憩時間は寄ってたかってほぼ親の悪口、批判ばかり。「親としてどうなの?」と声高に言う人ほど我が子はおばあちゃんが面倒みていて、家に帰るとご飯が出てくる恵まれた人。
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by zuzumiya | 2017-09-13 21:05 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

耳カキストと鼻ホリスト

読書の時、時々耳かきで耳をホジホジするのが好きである。そういう人はたいてい綿棒なんかじゃ物足りなくて、竹製で綿毛のぼんぼりの付いた正統派耳かきをご使用と思う。私もアレで耳道の側面をぐるっと掻くのが趣味的に好きだ。私の耳は両方とも粉耳。毎日耳を掻いているとわかるのだが、両耳の耳道の幅の広さやカーブが違う気がする。右耳はわりとストレートに耳かきしやすいように伸びてくれているが、左耳は狭い。なんだか骨なのか耳くその塊なのか障害物があって、カーブが急である。耳かきというのはお医者さんに言わせるとあまりやらない方がいいらしい。耳道を傷つけてしまうそうだ。耳くそは本来、寝ている間に自然にホロリと落ちてくるものらしい。だから、放っておいても耳道は自動的に!キレイになるはずである。あんまり信じられないが。
私がこんなに耳かきをするようになったのは夫と付き合い始めてからだ。彼は風呂上りには必ず綿棒で耳を掃除する。風呂でふやけて耳くそが取りやすくなるのか、耳にそんなに水が入るものなのかと考えていたが、そのうち私もその習慣を真似するようになった。人が静かに座って耳を掻いている姿というのは実に気持ちがよさそうで、ついこちらもやってみたくなるものだ。それに風呂上りに耳の穴を掃除しないのは全身キレイになっていないで忘れ物をしているような、フケツなような気もしたのだった。
それから妙な癖がついた。耳の中が別段、痒いわけでも不快感があるわけでもないのだが、なんとなく、手持ちぶさたな時、読書の時、耳を掻いてしまうようになった。机やベッドサイドテーブルの上には必ず耳かきの棒が乗っている。で、掻いていると、左耳の障害物が気になってしょうがない。骨と言われれば骨なのかもしれないが、私にはどうにも長年たまった耳くその塊のような気がしてしまう。何故なら少し強く引っ掻くと大きめの粉の欠片が取れたりするからだ。子供の頃、私はおばあちゃん子だったために耳かきをしてもらった記憶がない。時々いとこの家に泊まりに行くと目のいい叔母さんが膝枕で耳かきをしてくれた。だからきっと耳くそが長い間たまって固い塊を作っているに違いないと思える、いや、耳かきが趣味なもはや“耳カキスト”にとっては、もうそれは骨ではなく耳くその塊であってほしいのだ。そこに何かわからぬ、ぶち当たる壁か塊があるかぎり私はこれは「耳くそなんだから」と信じてひたすらごりごりとやり続けるのである。いつの日かぜんぶ取ってスッキリしてやるぞと思いながら。と同時に、私は耳を掻きながら妄想する。掻くのもいいけど、超極細の注射針のような筒を持つマイクロミニの耳専用掃除機が出て、それで耳の穴のなかをスススーッと吸い取ったらどれほど気持ちいいだろうかと。もちろん、メーカーはダイソンである。
余談だが、夫は鼻の穴の掃除も頻繁だ。こう書くと清潔感が漂いキレイ好きのようだが、実はただの鼻くそ掘りの“鼻ホリスト”である。掘りすぎて鼻の穴は広がり、親指だって入るし、私と相対して電車に乗っている時、自宅と勘違いしていきなり鼻を掘り出して人差し指がぐるりと真上を向くまで車内であることに気づかなかった。時々鼻くそを深追いして鼻道を傷つけ鼻血を出す。そういう時「決壊したっ!」と騒いで慌ててティッシュを丸めているが、そういう時はただのアホだ。

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by zuzumiya | 2017-09-09 10:59 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


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