暮らしのまなざし

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鼻笛

時々、何かのかげんで息をするたび、ピーピーと小さく可愛らしく鼻が鳴る。
「あ、鼻笛だ」と可笑しくなる。しばし、自分で息を調節して笛の音と遊ぶ。ピーィと伸ばしたり、ピッピッとスタッカートをかけて鼻笛を演奏してみる。どうやら鼻笛は息を吸う時だけ鳴って、吐く時は鳴らないようだ。今までいつも吸う時だけだったのかどうか覚えはないけれど。
私は自分の鼻笛だけじゃなく、誰かの鼻笛を聞くのも好き。眠っている幼い子ども、小さな犬猫、恋人や夫。愛おしい者たちの温まった顔にそっと頬を寄せると寝息とともにかすかに聞こえてくる小さな鼻笛。その規則正しい音の可笑しみと生きているんだなぁという深々とした平穏とでこちらもしあわせに満ちてくる。鼻笛にはそんなかすかな音まで逃さないほど誰かに寄り添っていた頃の、甘くしあわせな思い出がついてまわる。
と、書いているうちに一瞬、息を吸い込んだら鼻の中の栓が取れた感じがして私の鼻笛は聞こえなくなってしまった。ああ、残念。

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by zuzumiya | 2017-01-09 11:53 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

遅まきながら、ウェス・アンダーソン!

映画監督のジム・ジャームッシュが新作「パターソン」のインタビューで、同じアメリカの監督のウェス・アンダーソンの作品が好きというのをネットで知って、それならば、と遅まきながら見ることにした。私は厄介な性分で、皆がいいと絶賛している時はプイと横を向いちゃう天邪鬼なのだが、情報だけは頭の隅に残しておいて、時間はだいぶズレるが最終的にはこうやって見ることになる。
『ムーンライズ・キングダム』、話も映像も実に可愛らしかった。とぼけたユーモアもあって、インテリアやセットがいちいちお洒落であった。なんとなくジャームッシュというよりティム・バートンが好みそうな気がした。今日は『グランド・ブダペスト・ホテル』である。知ってはいたが、「今までそういう気分じゃなかったのよねぇ」とだけ言っておく。
一方、読書ではもう何度目かの波だが、詩人の天野忠にハマっている。古書で『夫婦の肖像』を購入した。今は詩集『掌の上の灰~日に一度のほっこり~』を読んでいる。随筆『春の帽子』は図書館で借りた。天野忠がらみで山田稔の随筆も読む予定。心が緩む。まさに日に一度のほっこり、だ。
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by zuzumiya | 2017-01-08 09:23 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

あけまして、初買いでございます。

a0158124_1323150.jpga0158124_13273855.jpg京都の本屋さんに恵文社というのがあって、スタッフの感性で新旧のセンスのいい本や雑貨が取り揃えてあるのだが、オンラインショップをよく覗く。そこで今日は素敵な手帳を見つけたので即買いした(「って、また物欲かい?」の声が聞こえてきそう)。ちょうど年末のテレビ番組で暮しの手帖の大橋鎭子さんが企画のネタ帳として、昔、私の祖母が銀行から貰っていたような小さな黒い手帳を使っていたことを知ったので、私も鎭子さんに習って今年はパソコンに頼らず、思いついたことをすぐさま手書きでメモしようと決めたのだ。で、なにかいい手帳はないものかと思っていたら、ぽーんと向こうから来た。その名も「わたしの手帖2017」マーマーマガジン発行。税込1512円。服部みれいさんという方のミニエッセイ付き、らしい。帯の宣伝文句が傑作で、「あたらしい気づきと良質な知恵をいつもポケットに。本来の“わたし”がうつくしく目覚める手帖です。」ときた。花森さん、ごめんなさい(笑)。マジなのか冗談なのかわからないが、とにかく名前と宣伝文句が面白いので買ってしまった。
それと、オンラインショップのトップページにあった『ふゆのいえ』というイラスト集。女の子の部屋をテーマにイラストを描いている井田千秋さんというイラストレーターの作品集なのだが、どこかの街の高台の平屋住まいの女の子の冬の暮らしが白黒の線画で細かく描かれているという。最後にはその架空の家の間取りまで紹介されているらしくてインテリア熱の高い今はもう即買しようと思ったが、残念ながら品切れ中だった。Amazon他のネットショップも見て回ったが恵文社にしかないようで、井田さんの本では『わたしの塗り絵BOOK憧れのお部屋』があったので、とりあえずそっちを買うことにした。私としては珍しく恵文社に再入荷のメールを希望した。しかし、仕事の保育が浮かんで「今さら、塗り絵というのも」と思ったが、まぁ、気が向いたらやるだろう。『ふゆのいえ』、ネットの画像で調べてみるとものすごくいい感じ。欲しかったなぁ。本もCDも「冬に読みたい」「冬に聞きたい」などと何かとほざいているので、もしかしたら、私は私が思っている以上に冬という季節が好きなのではないかと思いはじめている。夜が長いっていうところもいいし、外に遊びに出るより家が好きで籠るタイプなのでそうなのかもしれない。
a0158124_13235692.jpg←欲しかった『ふゆのいえ』
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by zuzumiya | 2017-01-04 13:27 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

宮本さんからのクリスマスプレゼント!

エレカシの宮本さんがテレビドラマに出るという。それも主役だ。しかもクリスマスの深夜。このニュースにほんとうにびっくりした。だって、音楽活動に専念することを理由にテレビの活動を控えていた時期があったから。でも、ファンとしては実は素直にうれしい。昔出演していたドラマ「フレンズ」をこっそりYouTubeで見ては、にんまりする女性ファンも多かったのではないか。ステージで歌う宮本さんは神がかっていてほんとうに手の届かないロックスター、雲の上の人だけど、演じている姿はそういう役どころなんだろうが、ごく普通の、生活感漂う人という感じがして、セリフを喋る宮本さんはまるで目の前にいる友人のようで不思議な親近感に包まれる。それはMVでもインタビューでさえも漂ってこないある種の“素のような空気”を孕んでいて、バカみたいだけど「こんなふうに喋って、こんなふうに歩いて、こんなふうに台所に立って、街の片隅でこんなふうに暮らしてるのかな」なんて、細かな仕草に乙女心が大いに刺激され錯覚してしまう。もちろん「扉の向こう」のような映像作品も見ているんだけど、あれはあくまでロックスターの音楽を作る上でのドキュメンタリーだから、纏ってる空気がまたちょっと違う。なんにせよ、50になっても怖じずにいろんなことに挑戦する姿をファンに見せつけてくれてありがたいし、励まされる。私の中の石のような諦念にも少しはヒビが入ってくれるかな。


※「俺のセンセイ」12月25日 25時~ フジテレビ


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by zuzumiya | 2016-12-17 11:39 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

懐かしい「家族の時間」

昔はiBookでブログの文章を書いていた。あいにく故障してしまい、仕事のからみでWindowsに切り替えた。以前のブログのコーナーに「家族の時間」というのがあって、文字通り、家族の何気ない日常の話を書き留めていたが、文章の出来とは関係なく、自分が好きな話がいくつかあって、最近になってどうしてもまた読んでみたくなった。内容はだいたい覚えているが、同じ文章は二度とは書けない。幸いバックアップしたディスクから何とか読み返すことができた。当時のことが思い出されてひどく懐かしいのと同時に、変わってしまった自分自身に、夫婦や家族の有様に、ちょっぴり心を痛めてもいる。このブログでもいくつか紹介させてほしい。

金色の塵

いつもの習慣で休日だというのに、7時には目が覚める。

黄色いカーテンが明るいから今日もきっと冬晴れのいい天気なんだろう。音をたてないようにそうっとカーテンを開ける。ここで音をたてると、猫も子どもも起きてしまう。本棚に手を伸ばして読みかけの1冊をとる。ページを開けば、白がまぶしい。頭のてっぺんに9階の強烈な朝日をうけながら、そろりそろりと読み出す。1行、2行、ああ、至福の時。

「あっ」

どうしてだか、ほんとにどうしてだかわからないけれど、うまくやったつもりなのに隣の部屋からごそっと音がする。寝返りであってほしいなと願いつつ、それでも本を伏せ息をひそめてじっと足元を見つめる。

やがて願いむなしく戸が開いて、やまんばのような娘がニッと笑って顔を出す。ここで、いつものようにすかさず本を閉じ、「来たのか~」とハイハイしてくる赤ん坊を喜んで迎え入れてやるような甘ったるい言葉をかけてやらないと娘はたちまちふて腐れる。朝からそれでは困る。

「来まちたよ~、ママ~」

もうすぐ5年生になるというのに、この朝の儀式の時の娘は赤ちゃん言葉だ。布団の端を持ち上げて早速入ってくる。娘の冷たい足が一瞬すねに当たってヒヤリとする。実はここからが面倒くさい。

「待って、待ってよ、栞ぐらいはさませて」

せっかく読んでいた本をため息まじりにベッドから落とす。それすら待てないのか、布団のなかで今か今かと子犬のように娘がはねている。

「よちよちよち、めるちゃん、おはよう、よちよちね~」

抱きしめると、娘の体ぜんぶから嬉々とした興奮がくうーっと立ち上がる。そういう気のようなものが確かに毎回見えるのだ。

「どーどーどーどー、ああ、よしよし」

もしゃもしゃの髪が鼻先に、熱い吐息が小さく首筋にあたってくすぐったい。

「ママ~、来たよ、めるが来たんだお~」

「わかってるよ、わかってるから、足をばたつかせないで、布団が落ちちゃうよ」

間近で見る娘の額は素直に広く、眉毛は丁寧に1本ずつちゃんと生えていて、瞳は、瞳といったらもう朝の光を吸ってこんなにきれいにきらめいている。だからつい、

「めるちゃんって、かわいいね」

とつぶやいてしまう。しかし、それは娘を余計に興奮させ、ばたつかせる言葉なのだ。

「かあ~いい? めるってそんなにかあ~いい?」

「うん、かわいいよ」と笑って頷くと、

「ああ~ん、ママ、しゅき、しゅき~」

またもや体を弾ませ、ぎゅぎゅっとしがみついてくる。寝起きだっていうのにこれじゃ体がいくつあっても足りない。

「でもね、ママもかあ~いいんだお、すご~く」

「えー。じゃ、ママはどこがかあ~いいのかな?」

「……歯肉!」

「歯肉? こんにゃろめ、歯肉ってなんだよ、こいつ~、このこのこのーっ」

調子づいてギャグをとばした娘の、いつまでたっても細っこい脇腹をお約束のとおりにめいっぱいくすぐってやる。

こんなわかりきっている遊びのどこがいいのだか知らないが、足をばたつかせ、身をよじって、娘はきゃあきゃあ喜ぶ。

布団はずり落ち、毛布はもかもかと波打って、娘のやわらかい髪の向こうに、朝日を浴びて金色の塵が無数に舞っている。

もし私が死んで、天国の門番に「覚えているしあわせの光景をひとつ言ってごらん。そしたら入れてあげる」と言われたら、迷わずこれを答えるだろう。

ふと、そんなことを思いながらくすぐりの手をたこのように動かしている。



今思えば、私はひどい母親だった。子供と一緒に寝ると夜中に子供の寝相のことが気になって何度も起きるので睡眠不足になって仕事に支障がでるからと私は隣の部屋に一人で寝ていたのだ。子供は夫と寝ていた。母が恋しかった娘は目覚めるとすぐさま私の部屋にやってきたのだった。そして、私の布団の中でめいっぱいじゃれついた。その時、朝日の中に舞い上がって金色に光る塵がすごくきれいに見えた。そう、スノーボールの雪のきらめきのように、幸せが光って二人に降ってきたのがわかった。



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by zuzumiya | 2016-11-28 22:32 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

情緒たっぷり昭和レトロなジオラマ~山本高樹「昭和幻風景」展

a0158124_831927.jpg芸術の秋。文化の日に息子のマスタングで千葉の市川の方まで家族で展覧会に行った。
私よりひとつ年上の山本高樹(やまもとたかき)さんというジオラマ造形作家の「昭和幻風景」という作品展である。彼のジオラマ作品はNHKの朝の連続テレビ小説「梅ちゃん先生」のオープニングに使用されたり、雑誌『荷風!』の表紙にも使われていたので目にしたことのある人も多いかと思う。私の場合は夫と行った青梅の小旅行でたまたま「昭和幻燈館」という久世光彦さんが喜びそうな名前の薄暗い館に足を踏み入れて出会った。後にそこは山本さんが開設したギャラリーだとわかった。今回はその青梅から作品を持ってきているのか、25点ほどが集められ、その他にも旅をしながらのスケッチ(漫画家の滝田ゆう、つげ義春の影響を強く感じた)なども紹介されていた。
彼のジオラマは昭和の街とそこに住む人々のレトロな暮らしをリアルに再現というより、彼自身の想像や願望を加えたひとつの物語のような、心象風景のような情緒豊かな作品である。そこには失われてしまった過去への懐かしさだけでなく、クスッと笑いたくなるユーモアやのほほんとした人間味への愛おしさがよく表れている。そして、街中を案内してくれるのは、あの散歩の達人、永井荷風である。絵本『ウォーリーを探せ』のウォーリーのように必ず目印のように荷風は街のどこかにいて、探し出すのはいつも楽しい。
彼のジオラマ作品の特徴というか、最高の良さは情感と郷愁を掻き立てる「灯りの風情」だと私は思っているが、今回の市川の展示室では部屋全体の照明がやや明るすぎた感がある。一体一体違う顔の表情や壁に貼られたポスターなど細密な作りをきちんと見せようと配慮したのだろうがもったいなかった。「昭和幻燈館」の方は暗幕をかき分けて入って行った記憶があるので、ほんとうに中は暗くて、そこにジオラマの建物の小さな窓や路地の外灯や連なる提灯の灯りがぼうっと浮かんで見えて、まさに幻のような別世界に迷いこんだ心地がした。
「昭和幻燈館」を見てジオラマそのもののファンになった。小さな、愛おしい世界をそっと覗き込むあの感じ。かがんで人形と同じ目線になって見つめる先の風景。「ここに入って暮らしてみたい」という酔狂な思いがジワジワくる。私は巨人でも優しい巨人なのだ。世界は壊したくない。そしてジオラマといえば、私にとってはもう山本高樹の、昭和ジオラマなのである。題材の選び方、風景の切り取り方、灯りの使い方、妄想の勝手な育み方…もうどこをとっても私のツボ。大好きなのだ。でもって山本さんは「やりすぎだよ」と言うかもしれないが、できれば灯りのついた窓の幾つかに内側から薄黒く人影があってもいいかなと勝手に思っているんだが、保育士らしくやっぱり影絵か人形劇みたいか?
ぐるりと見て回って、最後に家族それぞれがマイベストを教え合うということになった。
夫は夫らしく緻密な軽井沢の旧駅舎の風景を推した。息子は意外にも、ひなびた長野飯山の大根干しの冬支度がいいと言う。私に言わせれば、緻密さやリアルさより、もっとこう、胸をぐっと突き上げてくるような情緒が欲しい。私は夢町楽天地のヌード劇場の舞台裏や墨東の色町向島のような、遊び心ある伸びやかなエロチックなものが実に昭和っぽくて好きだし、つげ義春も好みそうな隠れ里の温泉の男女も好きだし、不忍池や見世物小屋の縁日の連なる屋台の灯りや提灯に子供のようにワクワクしてしまうが、やはり山本高樹は抒情の人だと思う。
両側から庇が突き出る狭い階段をトントントンと下りていけば、玄関先にぽつんと井戸があり、石畳には浴衣姿の匂い立つような湯上りの女性。路地奥の井戸広場、本郷。いるのは荷風とその女性だけ。あとは二人を包む温かな家々の窓の灯り。最低限にして最高な完璧さとそれゆえ醸し出される情緒と詩情たっぷりな世界。私は彼のいちばんには本郷の路地奥の井戸広場を推す。
三人三様で見事に好みが分かれたが、息子も加えた家族三人で芸術鑑賞ができたことは我が家にとっては初めてであり、これもまたいい思い出になった。次は覗きつながりで是非ともスコープ作家の桑原弘明さんの展覧会に二人を連れていきたいと思う。

※市川市文学ミュージアム企画展「山本高樹 昭和幻風景 ジオラマ展」11月27日まで。市川は山本さんの出身地で永井荷風が最後に住んだ地です。
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by zuzumiya | 2016-11-06 08:42 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

ドラマ「ハンニバル」のクラシック音楽を探すには

a0158124_11591917.png人生は暇つぶしの連なりと思っていたが、ほんとに人って次から次へと暇つぶしのネタを探しだすものなのだ。今、私がハマっているものはアメリカのドラマ「ハンニバル」である。我が家はhuluに入っていてドラマも映画も月980円だかで(夫が支払っているから詳しくは知らない)見放題なんだが、どっかのテレビ番組でそのhuluのドラマでいちばん人気なのが「ハンニバル」というのを知ったのだ。アメリカのドラマの質が映画並みに高いのは知っていたが、飽きっぽいのでシーズンが続くとじきに付いていけなくなる。「プリズンブレイク」なんかはシーズン1は寝食を忘れて夢中になって見て、シナリオの巧さに夫と熱く舌戦を繰り広げたものだったが、シーズン2の途中かなんかで、たぶん3には達していないと思うが、どういうわけか急に見飽きてしまった。シリーズ化していくうちにドラマのどこか、制作側の心理かどうかわからないけど、上手に保っていた緊迫さがたるんでいくような、おそらくは「この辺でやめておけば」という頂点を視聴率への慢心や続ける使命が見失わさせ、迷いながら新たに始めた展開で前作にはない微かな違和感と冗長さがあり、ついていけなくなっていくんだと思う。そういうのが「ハンニバル」にあるのかないのかわからないが、飽きないうちは日々の娯楽、人生の暇つぶしとして存分に楽しんでいようと思う。
アンソニー・ホプキンスの「羊たちの沈黙」から既に私はどういうわけかハンニバル・レクター博士に惹かれていて、映画の方も3部作は全て見ている。私は世の女性の好みには大雑把に分けて、マッチョで野性的な狼男派と知的でハンサムな吸血鬼派とがあって、私は断然、吸血鬼派なんだが、レクター博士は吸血鬼派に属するだろう。孤高な外科医であり精神科医であり、すこぶるインテリで芸術に造詣が深く、美食家で貴族的な品のあるお方なのである。ただ食するその肉が人を殺めた人肉であり、人肉を自ら料り食することに最も生の愉悦を感じてしまうサイコパスなのだ。で、今回のドラマのレクター博士はマッツ・ミケルセンという金髪のデンマークの役者なんだが、この人の毎回のスーツ姿も惚れ惚れする(すべてオーダーメイドらしい)が、料する時のワイシャツ姿の腕まくりなんかはすこぶるセクシーで、その肉が人肉であることを忘れるほど見とれてしまう。博士は人知れず殺人を犯し、その人肉を使った料理で食事会を開き、時にFBIの捜査陣をも招くが、その際にかかるクラシック音楽が毎回素敵で、美しくて物憂い感じのピアノが低く流れる。レクター博士といえば映画でもバッハの「ゴルドベルグ変奏曲のアリア」が有名だが、ドラマではネットで調べてみるとバッハだけでなくモーツァルトやショパンもかかっているようだ。「この曲いいな」と思ってもクラシックに詳しくない私はタイトルに行き着けない。それで毎回とても悔しい思いをしてきた。特にシーズン2の第3話「八寸」の中の始まって37分だったか35分だったか、食事のシーンではないのだが、レクター博士やFBIの捜査官のジャックや囚われ身のウィルがそれぞれの場所で物思いに耽るシーンで流れるアンニュイなピアノ曲がとても好きでタイトルが知りたいが、いくらネットで調べてもそこまでオタッキーなものは出てこない。夫に相談するとスマホのアプリで「はなうた」というのがあって、鼻歌で歌えばその曲のタイトルを見つけて教えてくれる便利なものなのだそうだ。試しにそのシーンのテレビ画面にスマホを向けて音楽を流してみると、しばらく経って、曲のタイトルと収録されているアルバムの画像が出た! ショパンの「24の前奏曲(プレリュード)」の中の第4番ホ短調だということがわかった。わかったときはもう嬉しくて嬉しくて。早速、アマゾンでCDを検索し、試聴すると短調はどの曲もいい。購入を決めた。その際、ショパンのこの「24の前奏曲」がバッハの「平均律クラヴィーア曲集」に影響されていることを知り、YouTubeでバッハの方を聞いてみると、なんとバッハの方がより私好みだとわかり、そちらも買おうと思っている。こうやって、好みのドラマから好みの音楽へと行き着くのはとてつもない達成感がある。運命のようなものを信じたくなる。人生がたとえ壮大な暇つぶしであると分かっていてもこの深みにどっぷりハマることこそまやかしだろうと快楽なんだと、これぞまっとうな金の使い方なんだと思ってしまう。
レクター博士の部屋のしつらえも素晴らしい。特に白地に赤の太いラインのカーテンなど見る者に静かな恐怖を与える。ああ、こんなこと書いていられない、続きを見なくては。
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by zuzumiya | 2016-10-23 12:08 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

季節で遊ぶ

先日、はたちを過ぎた娘とひさびさに買い物に行って褒められた。
「お母さんは、絵本とか“おはなしのろうそく”とか読んでくれたり、菖蒲湯とかゆず湯とか季節の行事や習わしとか教えてくれて、お母さんらしいお母さんだったよね。友だちに聞いてみても、そういうことみんながしてもらってるわけじゃないんだってこの年になってわかった」のだそうである。
ま、当時から私が保育士だったということもあるが、もとより「蝉の声より虫の声が立ってきたなぁ」と季節の移り変わりの方に心が揺れるおセンチで、純和風の暮らしをしているわけではないけれど、昔ながらの行事や習わしを生活のいろどり、演出として楽しく暮らしの中に取り入れてきた。
我が家では玄関の下駄箱の上を“季節のスペース”として、季節感あふれる花や植物、オブジェを飾り付けている。教育的な目的で始めたのではなく、私のささやかな楽しみなのだ。
今日は十五夜。この日のために娘と一緒に吉祥寺に出かけて、“菊屋”ですすきと吾亦紅の造花や鈍色の花瓶を選び、東急の鳩居堂で月をバックにうさぎが跳ねているミニ色紙を買ってきたのだった。たてるお香は竜胆で決まり。実は客人も少ない玄関だが、外出から帰ってくるたび目に入ってちょっといい気分になる。それだけでも“豊かな暮らし”をしている気になってくる。十五夜飾りの前は金魚鉢を模した丸いガラス(手頃なサイズの金魚鉢がなかった)に“菊屋”で買ったガラス細工の赤い金魚と蛙を入れて、イミテーショングリーンの先っぽをちょん切って水草に見立てて置いておいた。
こうやってテーマを決めて「何をどう飾ろうか」と考えるのはまるでディスプレイアーティストになったみたいで実に楽しいものである。巷のスーパーではもうハロウィーン飾りのようだが、それでは少し先取りすぎている。そこまでの間にもうちょっと自分流にいろんな“秋”を飾ってみたい。季節で遊ぶこんな姿が娘に“子どもに季節感を抱かせるよいお母さん”として効果的に映っていたようだ。
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by zuzumiya | 2016-09-15 14:27 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

お香づいている私

a0158124_21135590.jpg観葉植物を買いに入ったホームセンターでスティックタイプのインドお香を発見した。
その中に「虫除け効果」の文字を見つけ買ってみることにした。最近、猫のしわざなのか何なのかわからないけど(猫は室内飼いでノミ・ダニ取りのフロントラインは済んでいる)、家族で私ばかりが身体を虫に刺されていて、ダニだったら嫌だなぁと思って対策を考えていたところなのだ。値段はなんと88円。嗅いでみるとスーッとしたメントール系のすっきりした中にまさしくインドっぽい、白檀のような独特のえぐみが混じっている。虫除けと言われれば納得がいく香りだ。私はこのお香を焚くわけではない。洋服タンスに入れて防虫剤の代わりにしょうと思っている。ちょうど衣服の柔軟剤も切れてしまったから、服にやんわりアジアンテイストの匂いがつくのもいい。
3本ずつ流しのネットのゴミ袋に入れてホチキスで止めたものを2セット作って、タンスの引き出しにいれていく。ふと表記の「CAMPHOR」の意味が気になってネットで調べたら、なんと「樟脳」のことであった。それなら防虫効果は望めるだろう。こんなふうにお香を使うのは初めてだけど、なんかいい気分だ。
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by zuzumiya | 2016-09-13 21:15 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

なんだか、お掃除したてのいい香り

a0158124_166250.jpgできれば、いい匂いのする部屋にいたい。猫が2匹いるので余計にそう思う。
空気が乾燥する冬はデフューザーにオイルを垂らしたアロマをその日の気分で楽しむ。
夏の今は蚊取り線香の流れを汲んで、お香なのである。
引越しでミニ仏壇を押入れにしまいこんでしまった。ぴったりの置き場がなかったというのもあるが「そもそも仏壇などなくてもいいのではないか」という気になった。本物のお位牌は母の家のでーんとした仏壇にあり、母によると私の家のミニ版はどうもニセモノらしい。ならば「いらぬ」と決めたが、仏壇を捨てるに捨てられず、ハンマー振り上げてやたら解体もできず、とりあえず、ということで押入れの奥にいて頂いている。
仏壇などなくとも洒落た小ぶりの写真立てに祖父母の写真や父の写真(ほんとうは父の生死はわからないのだが)を入れて本棚に置き、一輪ざしで楚々と花を飾り、先日買った和紙でできた可愛いお地蔵さんも置いて(保育士なので)毎朝、手を合わせている。ただ本棚なので、丈のあるお線香があげられない。で、お線香のかわりにお香というわけである。
今日は主任の手違いでたまたま有給休暇がとれた。マジよ。それならばと眼科の後に、かねてから欲しかったお香を買いに行った。
株)大香というところから出ている“りらく”のシリーズ。皆さん、ご存知か?コルクの蓋の細い瓶に6センチ程度のお香が15本入っている。値段は540円とお手頃なのである。香りはすずらん、すみれ、りんどう、らべんだー、ばら、ひのき、沈香、白檀、みんと、緑茶、ざくろ、じゃすみん、あじさい、すいれん、きんもくせい、さくら、しらうめ、ゆずの18種類もある(そうだ)。お香はアロマと違って、いぶすと結構きつく香りが出るので慎重に選ぶ必要がある。人によっては頭痛になるほどである。迷ったのがすずらん、りんどう、じゃすみん、みんとだったが、一番のお気に入りの上品で優しいがしっかり存在感のある香り、すずらんは売り切れだった。猫の匂いが強いのでイチかバチか“みんと”なんぞを購入して帰る。
早速、家でたくと、台風後の大風に乗って爽やかに匂い立った。
掃除もしていないのに部屋中の拭き掃除を今しがた終えたような清々しさが満ちた。これはいい。すごくいい。しかし、香りだしてから猫が2匹とも姿をくらましたが大丈夫か?
みんと、大いに気に入ったゾ。店主によると週末にはすずらんが入荷するという。楽しみが増えた。
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by zuzumiya | 2016-08-23 16:09 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)

ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?
by zuzumiya
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