カテゴリ:日々のことづけ( 281 )

一生をかけて親を知る

「最近はほんとうに動けなくなっちゃって。お掃除だって三日に一度ぐらい。掃除機も重いでしょ。埃で死んだ人はいないから。でも、思えば母はほんとうによく動いていましたね。私がお正月に着る晴れ着の直しに夜遅くまで針を持ってましてね。今になって、ほんとうによくしてくれたと思いますよ。感謝してます」リハビリの時に耳にしたおばあさんの言葉です。年をとると、なぜだか母親のことが子供の頃以上に一段と愛おしく慕わしく感じるようです。我が子を持って親の大変さを知り、年老いて人生を振り返ったときに、もう一度、親の想いを噛み締める時がくるのでしょう。なんとなく自分の魂が先に逝った親のもとへ帰って行きたくなるのかもしれませんし、もしかしたら新たに生まれ変わる準備として母というものをまた一段と乞うようにできているのかもしれません。
それにしても、人は一生をかけて親子なんだと、一生をかけて親を知っていくんだと気づかされたいい言葉でした。
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by zuzumiya | 2012-12-30 20:25 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

すべては順番

最近、気がつくとよくお年寄りを見つめている自分がいる。
スーパーのレジでおじいさんの少ないかごの中身を見ながら「今夜はカップ酒を飲んで海苔巻きで済ますのかな。一人暮らしなのかな」と想像したり、信号を待っている時にスーパーの袋を吊り下げたおばあさんの丸い背中をぼうっと見ていたりする。
47になって体のあちこちに故障がでてきて、お年寄りの隣でリハビリもやったりするようになって、まさにこれから自分の進んでいく先は若さでなく老いの方なのだとわかってきた。緑内障で「早い人は70ぐらいで視界が消えていきますから」と医者に言われたこともずしんと心に残っている。
公園を通れば、今日もお年寄りたちが歩いている。若い頃はあの姿を見ても「そんなにも長生きしたいのか」と思っていたが、今では「あんなふうに歩いているのはなるべく人様のご厄介にならないようにしたいだけなんだ」という見方になった。そして「私だって70でもし目が見えなくなったら、何をするにも人の助けが必要になるんだな。その時は、みんなやさしくしてくれるだろうか」とちょっと心細くなる。お年寄りを見るにつけ、明日は我が身と思うようになった。
すべては順番なんだ、と思う。人はひとっ飛びにはわからない。若い時には若いんだもの、「わかれよ」と言ったってこんな気持ちはわからなくて当たり前だと思う。若い頃を知っている私は純粋に弾ける若さを楽しめばいいとこれも素直に思う。でも47の今は、だんだん近づく老いがわかってきて、わかってきたなら今のこの不安な気持ち、このうまく動かない感覚や不自由さを大事に覚えておこうと思っている。今はそういう順番で自分に物事が来ている、見えているとそう思う。きっと今のこの不安定さをちゃんと味わってから次へ行けってことなんじゃないだろうか。少しでも若作りしようとか、流れていく時間に抵抗しようとは思わない。逆に、さらに先の老いがわかるわけでもない。じわじわと明日は我が身だからと思えるようになった47の今の瞳で見えてくるものを見ていけば、またわかってくることもあるんだろう。「生きてみなければわからない」これはほんとうなんだ。
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by zuzumiya | 2012-12-18 19:07 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

「寒いですね」の暖かさ

今朝、エレベーターで下りて行ったら、途中の階で年配の男性がひとり乗ってこられました。入ってすぐに「寒いですね」と私に微笑みかけてこられました。私ははっとして「寒いですね」とそのまま鸚鵡がえしに答えていました。1階について軽く会釈して先に下りましたが、何だか後からじわじわとうれしくなってきて、気持ちがほっこりしてきました。
エレベーターのような狭い空間に二人きりになると、多少気詰まりでも少しの間だからとお互いが人間ではなく石のようになって相手を無視し続けます。それが暗黙の了解で普通なのですが、でも、「寒いですね」のひと言でここにいるのはやっぱり人間なんだと、寒い日に人から「寒いですね」と言われることってなんて暖かいんだろうと思い出しました。
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by zuzumiya | 2012-12-17 10:03 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

手書きのポスター

図書館へ向かう道を通ると、並んだ民家の塀に点々と白く紙が貼られてあるのが見えました。「おはようのひと言が町を明るく」「タバコのポイすて禁止」「故郷をいつもきれいに」「いつも笑顔でご挨拶」どれも今どき珍しい手書きのポスターです。白地に縦に大きく筆文字、脇に簡単な線画のイラストが添えられています。その絵はまるで昭和の“サザエさん”の漫画のようで、筆文字と相まってポスター全体にどこか懐かしい親しみを与えています。いちばん端には自治会の名前がありました。標語の文言から想像するに、自治会のお年寄りたちが発案して作ったもののような気がします。最近のお年寄りの中にはパソコンに強い方もいます。でも、「手書きの方が味があるよ」「みんなで分担して、楽しみながら書きましょうよ」という声が挙がったのかもしれません。そんな想像ができるほど、ポスターの一枚一枚には手作りの温もりがありました。本当はそういうポスターを作らなければならない問題を抱えている町なのでしょうが、少しでも良くしようと手間をかけてポスターを作る住民もいてくれる町なのだというところに希望を感じます。通りすがりの私ですら心が和んだのだから、きっとポスターに込めた想いは通じると思います。
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by zuzumiya | 2012-12-06 15:34 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

雨の日の落ち葉

それは病院からの帰り道のことでした。レントゲンを撮ったら頚椎の変形が見つかりました。緑内障で眼科へ通い、脳外科にはMRIの検査に行かねばならず、今度はあらたに整形外科通いが始まるのか、年はとりたくないなぁと落ち込みながら歩いていました。いつの間にかぽつぽつと雨が降ってきて、お昼時というのに辺りは夕方のような薄暗さでした。俯きながら歩いていると、いきなり視界がパッと明るくなりました。遊歩道の脇にある大きな銀杏の木から黄色い葉っぱがたくさん落ちて、路面を黄色く埋めていました。水に濡れて鮮やかさを増した黄色が路面の黒に映えて、ハッとするほどきれいです。行きも通ったはずなのに、さほど印象に残らなかったのは、やはりこの雨のおかげだと思いました。要らないと落とされた葉が、雨のおかげでこんなにも美しく色を蘇らせている。雨の日だからこその美。いつの間にか落ち葉に自分を重ねていました。人生の雨の日にあっても、もしかしたら、だからこそ輝いている何かがあるのかもと考えてみたりして、少し励まされたような気がしました。
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by zuzumiya | 2012-12-05 15:17 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

私のキャッチ&リリース

年をとってよかったなと思うことのひとつに、嫌なことに対するキャッチ&リリースが上手くなったことが挙げられます。キャッチの部分はこれはもう性格ですから、仕方がありません。大事なのはリリースの部分。若い頃はなかなかできなくて、暗い気持ちや辛い想いを大事に抱え込んだまま何日もネチネチ反芻しながら生きていました。反芻というのは、ただ思い浮かべるだけじゃなく、愚痴として人に話すことです。人に話せば少しは救われると信じてやまない人がいますが、話すたびに怒りやダメージが心の中で再現され、へたをすると増幅され、何度も怒りや失望を味わうことになります。話された方も相手に深く共感し、さらに傷つけないように上手く慰められなければ、怒りのとばっちりを受けていつの間にか二人の関係さえ悪くしてしまいます。愚痴を言ったり、聞いたりするのが友情や愛情の証というのは、間違いだと思います。“愚痴を言わない”ということのやさしさと強さを夫と生活して気づかせてもらったように思います。自分でコントロールできない心を人に「何とかしてくれ」と押し付けるのは本来おかしいことです。
大人になるとは、孤独を知ること。どんなに愛した人でもその人の心のすべてを知ることはできない、相手にとっても自分はそうで、お互いが侵し難い孤独を抱えて生きているということをきちんとわきまえる必要があります。誰をも巻き込むことなく、負の感情に包まれた時は一人になって、自分一人で何とか処理しなくてはなりません。それがリリースです。
私は何か嫌なことがあって落ち込むたびにまず自分で「キャッチ&リリース」と心の中で念じます。そしてイメージします。川の流れか両手を広げて風船を宙に放つ感じです。何度も繰り返していると、それだけでも少し気分が違ってきます。あとはそういう時こそ、きちんと生活してみようと思います。時間と体力があれば、何かおいしいものを作ろうとします。料理は刻んだり、手を動かすことで気持ちが一点に集中できる気がします。煮込む料理は鍋の中をかき回したり、見つめることで気持ちが自然と“無”になるような気がします。
お気に入りの入浴剤を入れたお風呂にゆっくり浸かることも大事です。お風呂の中では考え事をせずに、外の街道を行く車の音を聞きながら「どこまで走っていくんだろう」と想像してみたり、夢の中で見た知らない町並みを思い出してみたりします。じっくりたっぷりお風呂に浸かって出たら、バスタオルを干しにベランダへ出ます。火照って汗ばみそうな体が冷たい夜気に触れて、すうっと目が覚めた感じがして、頭の芯までシャキッとします。たちまち、気分がさっぱりします。バスタオルを干しながら見上げた空にいつものようにオリオン座を見つけると、何だか安心して、「ああ、今日もいい一日だったじゃないか」とじんわり思えてくるのです。
それからいい匂いのするボディクリームやハンドクリームでていねいに手足をマッサージします。自分流のリンパマッサージです。さっぱりとして少しハツラツとした心が今度はしっとりと静かに落ち着いてきます。この頃になると、自然と頭のなかに“健やか”という言葉が浮かんできます。どこへも行かず、誰かに逃げ込まず、いつもの暮らしの中からでもこうやって何とか立ち直ることができる自分に「大人になったなぁ」と少しだけ喜ばしい気持ちが湧き上がってきます。
他にもくよくよ考えずに寝ると決めて寝てしまったり、コンビニで小さなお菓子を買って、帰り道、夕日を見ながら食べ歩きしたり…。あの手この手を使います。人にはそれぞれのリリース方があるでしょう。大事なのは、自分の孤独を手懐けて生きていくことは諦めでもなく、情けないことでもなく、恥ずかしいことでもない、と知ることです。大切な人との関係をわがままに汚さないことができるようになった、と思うことです。
あなたのリリース方は何ですか?
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by zuzumiya | 2012-11-26 18:18 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

年を重ねたら、丸襟もまた素敵!

子供の頃からボーイッシュな方でしたので、シャツやブラウスの襟はすべてとんがった三角形の“シャツカラー”のものばかりを選んできました。先日セールがあったので、試しに小さな丸襟のオフホワイトのブラウスを買ってみました。女性らしいやさしいラインの襟のスタイルは私にしては冒険です。ところが着てみると、ベリーショートの髪型に似合って、なかなかいいのです。丸襟のおかげで表情がやわらかく見えます。だから、鏡を見るたび動くたび、うれしくなってなんとなく自然に口角も上がるといういい循環です。プレスされた白のYシャツのマニッシュな三角襟はピンと張って、「シャツを着たんだぞ」と心身ともにシャキッとさせてくれますが、丸襟は肩肘張らずにでしゃばらず、ふんわり福々とした上品なオーラで包んでくれます。年を重ねたら、“三角襟でスッキリ若々しく”という効果もありますが、“精神的に練れた大人ならではの柔和な丸襟”というのもまたいいものです。

※髪を切ったので、襟の種類が気になって調べてみました。
小さなスカーフを巻いたような“ショールカラー”も素敵です。今度、挑戦してみます。
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by zuzumiya | 2012-11-19 18:51 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

ひとりおやつは小袋・個装の組み合わせでちょうどよく

最近、だいじにしているのが、ひとりおやつタイムです。過剰包装という点ではエコではないですが、小袋や個装のお菓子をいくつか買って来て、お茶やコーヒーなどその日の気分で飲み物と組み合わせて「今日は和風で梅こんぶ茶」「和洋とりまぜ&コーヒー」などと楽しんでいます。小袋なので食べる量が決まっているため、映画や本を見ながらダラダラ食いをせずに済みます。
よく行くのが“無印良品”の食品コーナー。おやつにひとりでつまむのにちょうどいい量の小袋のお菓子がたくさん売られていて、ウキウキしちゃいます。合わせるお茶も中国茶やフルーツティー、ハーブティーなどお手軽な10袋入りで、お試し感覚で買えます。大袋のお菓子も個装なので、いろいろ他のお菓子と組み合わせることができます。
最近、私が買ってきたものは、お茶はジャスミン茶とアップル&ローズヒップのオーガニックフルーツティー、大袋(個装です)で、いちごのジャムパイ、ぶどうのクッキー、小袋のお菓子はミルクチョコがけバナナチップ、ミックスかりんとう、梅ミンツ(昔ながらの駄菓子です)、マシュマロ、他に個装の商品でかぼちゃしぐれ、フランスパンラスクのシナモンシュガー。小袋の商品のおおよそが100円台から200円台ぐらい、お茶も300円台とお手軽なので、買い物かごにポイポイ入れてしまいます。
さて、本日のおやつは。コーヒーにミルクチョコがけバナナチップ&シナモンシュガーのラスクにしました。おいしゅうございました。ごちそうさま。
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by zuzumiya | 2012-11-13 16:13 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

ひとりの午後は魔法瓶で

休日には夫が朝食のコーヒーの支度をしてくれます。彼は朝、自分と私とが飲む分と、昼近くに起きてくる子供たちの分とを作って、水筒の中に入れておいてくれるのです。水筒は500ミリのペットボトル1本分弱ぐらいのもの。すごく楽なので、平日は私がそれを真似しています。お昼を食べた後、午後のためにコーヒーを作ります。読書をしたり、文章を書いたり、映画を見たりするときに、お気に入りの膝掛けと一緒に少しのチョコや小袋のお菓子とデスクやソファへ持っていきます。水筒だから、万が一いたずらな猫に倒されてもこぼれてしまうこともありません。お昼に入れたものは夕飯の支度を始める6時頃までなら、十分に温かく飲めます。昔は何時間も保温ができるポットのことを“魔法瓶”と呼んでいました。技術がもの凄いスピードで進歩する現代は“魔法瓶”が登場した明治の頃から見れば、さしずめ“おとぎの国”でしょう。でも、“おとぎの国”で長く当たり前に過ごしていると、どんな製品を見ても“便利”とは思えても、もはや“魔法”と騒ぐほどの感激はなくなってしまいました。これからの私たちの心を“魔法”とゆすぶるものはどんなものなのかなと思いながら、コーヒータイムを楽しんでいます。
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by zuzumiya | 2012-11-09 17:02 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

冬が好きな人

あなたは夏が好きですか? それとも冬が好きですか?
以前、ある人との間に誤解が生じて、そのまま誤解が解けることなく、結局仲違いの状態になってしまったことがあります。その人は冬が好きで夏は大嫌い。私は逆に夏が好きで冬が嫌いでした。ただの好き嫌いが仲違いの後には「ああ、やっぱり根本から相容れなかったんだ」と深く心に突き刺さっていました。でも、先日、秋がぐっと深まった晴れた日に自転車で買い物に出かけた時のこと。運動しているので身体は十分温かく、でも鼻先にやんわりと冷たい風を受けて心地よく青空を見上げた時、ふいに「このまま冬になるのもいいなあ」と思いました。そして、冬が好きな人というのは、外から帰ってきた時の家の中の暖かさや薄い日差しの暖かさ、触れた時の人肌の温もり、温かい飲み物を飲んだ後のお腹の底から湧き上がる安心感というような、人の心身を温めてくれるもののありがたみを何よりよく知っている人なのだということに気づきました。もしも、あの時、こんなふうに相手のことを想像できる自分がいたら、二人の関係は違っていたかもしれません。今年は何だか冬のいいところがたくさん探せそうな気がします。
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by zuzumiya | 2012-11-06 11:12 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


by zuzumiya

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