カテゴリ:日々のことづけ( 281 )

待ち遠しい雨の日

関東もいよいよ入梅。雨の日は運動がてら職場まで歩くようにしています。散歩の気分でちょっと遠回りをして帰ってきた日のこと。ビニールハウスの並ぶ入口に小屋を見つけ、覗くと切り花がバケツに入って売られていました。ひと束200円。バケツには花の名前を書いた紙も貼られています。ピンクや青、紫や黄色の小花がたくさんついた花には「スターチス」、薄紫の釣り鐘のような形のついた花には「カンパニュラ」と書かれています。売られていたのが野菜ではなく花だったことに感激して、今日はいい日になったと喜びました。どちらにしようか迷った挙句、色とりどりの「スターチス」の方を選んで木箱にお金を入れて帰りました。早速、大小の花瓶を揃え、ひとつは玄関にひとつは食堂に飾りました。花を飾ると部屋は清々しく、心は幸福な気分になります。そろそろまた小屋を覗きにいきたいところですが、それは雨の日だけの歩く楽しみとしてとっておいた方がいいでしょう。今度はどんな花が出ているかしら。
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by zuzumiya | 2016-06-12 15:45 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

サービスって何だろう

最近のスーパーではセルフレジを置くところが増えてきました。近所のスーパーにも導入されていますが、よくわからない機械と一人で格闘するより、従来通り店員さんにやってもらった方が安心なのか、無人機は何台も空いているのに店員さんのいる方に長蛇の列ができています。先日、午前中のすいている時間帯にスーパーに行く用がありました。いつも通り、店員さんのいるレジに並びました。私よりやや年配の女性でしたが、ベテランさんなのか慣れた手つきで次々と商品をレジに通していきます。その素早い動きと全身から漂う真剣なオーラは、早く正確にお客さんをさばくことに日々挑戦しているんだなと思わせました。仕上げの一打を打ってぴしゃりと「3013円です」と言われました。財布の中で小銭を探すのにもたついた私は彼女の「早くして」と言いたげな視線に急かされ、私の他に並んでいる人などいないのに焦る気持ちになりました。そして、これはおかしな話だぞと思いました。作業がどんなに迅速で素晴らしくても、お客さんに同じ流れを要求する空気を体から醸し出してしまっては、よいサービスとは言えません。彼女はレジ打ちの技術は優秀でも、最後のところでサービスマスターではありませんでした。多くのお客さんが無人機の機械より人の手を好み、並んでまで待つというのを思うと、とても残念なことです。
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by zuzumiya | 2016-06-11 22:04 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

Tシャツにお洒落手ぬぐいで半衿あそび

先日、お相撲を見に行った知人からプレゼントされた力士の絵柄の入った黄色い豆絞りの手ぬぐい。仕事で汗をかくので、首に巻いています。以前、冬にこのブログで防寒とお洒落用に手ぬぐいを首にまくことを提案したことがありましたが、今年の夏は汗取りに実行しています。Tシャツにカラフルな色や絵柄の今風手ぬぐいを買って合わせています。ちょうど着物の半衿のように、首元からチラリと手ぬぐいの色と柄が見えて、可愛らしいアクセントになりますよ。手ぬぐい専門店の「かまわぬ」さんや和風雑貨の置いてあるお店を覗いては、Tシャツに合いそうな手ぬぐいを探しています。ほんの首元の、見えている部分が少ないので、大胆な色や絵柄を選ぶのがポイント。私は黄色いTシャツに「かまわぬ」さんで買った紫の「すみれ」を合わせています。今年の夏、Tシャツにタオルではなく、Tシャツには手ぬぐい、下はステテコかリラコで粋に涼しく過ごしたいものです。
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by zuzumiya | 2014-06-18 15:56 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

ゆるぎないポイント

先週末、夫とふたりで上野の国立西洋美術館に行ってきた。
作家の平野啓一郎さんが「非日常からの呼び声」というテーマで選んだ絵画の展覧会とジャック・カロという西洋美術史を代表する17世紀の版画家の作品展。そのジャック・カロのエッチングなんだが、「なんでここまでやる?」と呆れるほどの緻密さで、会場には虫眼鏡の貸出があったし、画面を指で触れると虫眼鏡で拡大したように大きくなる仕組みのモニターもあって、ほんとにカロの仕事の徹底ぶりには文字通り瞠目した。特に当時の大博覧会のような人々が集まる広場の絵が多く、私は何度眼鏡を外して(老眼なので)「こまけー!」とつぶやいてまじまじ見たことか。
夫は遠近法で描かれた遠くの風景まで手を抜かず細かく線を描き込んだ絵を前にして、「このへん、グチャグチャってしたくならないのかな」とつぶやいた。細密画を前にして、この「グチャグチャってしたくなる感じ」が実によくわかって、私は吹き出し、もうそれだけで夫とここへ来てよかったと思えた。
そのうち、絵本の『ウォーリーを探せ』にならって、私と夫はモニターの前であらゆるところを拡大して「変な人探し」に興じた。ジャック・カロという人は当時の不具者や乞食をカリカチュアして描いていたブラックユーモアの人でもあるので、絶対にこの絵のどこかに一人ぐらいは「変な人」がこそっと居てもおかしくないと思ったのである。どんなに計算されて細密な絵の中にもそういうユーモアを入れ込んでくる遊び心のある人じゃないかと感じていた。そうしたら、いたのだ。たしか、ジプシーの絵だったか、木の幹の枝分かれしたところで尻をこちらに突き出してウンコしている男が。しかもそのウンコの形が漫画のようにねりねりと渦を巻いている!古今東西、同じ形に夫も私も吹き出した。
私と夫にかかれば、上品な美術館デートもこのありさまである。でも、久しぶりに思った。
男性との付き合いで何をいちばん重要視するか。食べ物の好みとか、趣味の一致とかいろいろあるだろうけど、私は間違いなく「笑うポイントが同じ」をあげる。
笑うポイントが同じな二人は、どんな時もどんな所でも笑いが吹き出る困った(?)二人である(葬式で笑い転げてしまった時にはさすがに参った)。が、楽しいのも事実である。

※「非日常」の方は、なんといっても平野さんが絵を選んだ理由を述べた文章が良かった。彼の言うようにその絵が見えてくるから不思議だ。ハンマースホイの絵がいちばん良かったという夫にひとまず安心。
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by zuzumiya | 2014-05-20 16:14 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

仕事があること、仕事をするということ

職場の老人ホームでのことです。昼食が終わって、あるおばあちゃまが同じテーブルについているお仲間に「あの人はあれでお金を貰ってるんだから」と喋っているのを偶然、耳にしました。彼女の目線の先にはお膳を下げる係が立ち働いていましたが、歯磨きを担当している私のことを言っていないともかぎりません。いったいどういう意味でそんなことを言ったのか、話の流れがわからないので真意はつかめませんが、認知症のさほど進んでいないしっかりした方だったので、痛烈な皮肉に聞こえて、心にちょっと引っかかりました。
食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、下の世話をしてもらったり…。よほど認知症が進んでいないかぎり、お年寄りというのは誰かの手を借り煩わせると、恥入って申し訳なくありがたく感じるようです。私もよくテーブルを拭いているだけで「ありがとうね」と感謝の言葉をかけられます。
反対に、介護士というのは毎度毎度の仕事の慣れから、どこかで世話を「してあげている」という気になりがちではないでしょうか。「世話をしてもらう」「してあげる」の関係は、立場の強弱を際立たせ、時々、される側の気持ちや尊厳というものを忘れさせてしまいます。孫ほど年の離れている若者にお年寄りが、悪気はなく親しみだとしても、あからさまな命令口調で指図されているのを耳にすると「なんとまぁ、横柄な」という気もします。
私自身もおばあちゃまに「おめめを開けて」と幼児語で話しかけてしまって、はたと気づくこともあります。
あのおばあちゃまの痛烈なひと言は、たとえば私なら食事の介助と歯磨きで、介護スタッフなら下のお世話や入浴などで(もちろん、その他いろんな仕事がありますが)、給料を貰っているんだ、だからごはんが食べられているんだとあらためて気づかせてくれる力がありました。仕事に慣れてきて、甘く見がちだったこの頃。反省を込めてそう思います。
仕事があること、そこで力を発揮できるチャンスがあること、そのことに感謝する気持ちを再び思い出させてくれました。
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by zuzumiya | 2013-08-08 00:11 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

“使命”とは自分で思いつくいちばんの長所を世の中に生かして生きること

息子が携帯サイトで“誕生日占い”というのをしてくれた。読み上げてくれた内容には占いにありがちな「当たっている!」と「そうかもしれないなぁ」の両方を感じたが、シメの言葉の「あなたのやさしい心を人に与えることがあなたの使命です」だけは心に深く残った。
“使命”という言葉。そこには命に刻まれた動かしがたい定めのような、持って生まれた才能のような、抗えない強さがある。ふだん普通に暮らしていて、妻だったり母だったり、仕事の上でも“役割”はあるけれど、“使命”というほどのものをどれだけの人が自覚して生きているだろう。でも、ひとたび、“使命”という言葉が自分に向けられると「そういうものがあるのかも」「あってくれたらいいな」と思っている自分がいる。
何もない人生よりも、「自分には生涯を通じてなさねばならないことがある」と信じられる方が、前向きでハリのある人生を送れる気がする。“使命”という言葉の響きに照れず、臆さず、若い頃のように「もし自分に課された“使命”があるなら、それって何だろう」と考えてみてはどうだろう。
私の考える“使命”というもの。それはタイトルにある通り。家庭生活でも仕事でも、いつでもそうありたいと願っている。
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by zuzumiya | 2013-07-06 00:21 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

梅雨時のお試しあれ

梅雨時の蒸し暑さで、なんだか部屋の匂い(生活臭)まで気になりだしたら、芳香剤を変えてみます。蒸し暑いときは花やフルーツの甘ったるい香りは余計に空気を重くしがち。ミントのようなハーブ系のグリーンな香りなら、風がなくてもすっきりとした清涼感を与えてくれます。さらにミントには防虫効果もあるというので一石二鳥です。お試しあれ。
梅雨の晴れ間の太陽は夏本番を思わせる勢い。吹き出す汗で頬にはすぐに小さなブツブツができて痛くなります。これぞ日焼けで、のちのちのシミに。そんな夜には、アロエのジェルで肌をマッサージします。アロエには消炎や保湿の効果があります。この時期、冷蔵庫には必ずアロエジェルのチューブを冷やしておきます。お風呂上がり、扇風機の前に陣取ってひんやりしたジェルを頬にすーっと伸ばしていく快感。極楽です。お試しあれ。
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by zuzumiya | 2013-06-29 12:15 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

無難な贈り物

ホワイトデーの義理チョコへのお返しほど面倒なものはない。夫と息子に頼まれて品物を買いに走るのは私だが、彼らの面子を立てつつ、家の者の常識やセンスを問われている気もして、結局、ある程度有名どころの無難なクッキーの詰め合わせを選ぶ。楽しくないし、いつでも不毛なやりとりをしているなぁ、やめればいいのにと思う。
かつて私が贈った贈り物で喜ばれた思い出があるのは鉢植えの花。近所のお茶会に誘われたとき、玄関のドアをあけたホスト役の奥さんに「はい!」と隠していた鉢花を差し出した時の彼女の顔の輝きを今でも憶えている。無難なスウィーツにしなくて正解だった。
それと保育士としてお世話になった保育所を去るとき、菓子折りでなく、事務所の正面に飾れるようにとシクラメンの鉢花を贈ったことがある。所長先生がとても喜んでくれて、その後も賀状で「今年も咲きましたよ」と書いてきてくれて、大切に育ててくれていることがうれしかった。切花でなく鉢花なら長く育てる楽しみも贈ることができるし、花種によっては翌年も咲かせることができる。思い出もまた続いていく。
贈られる方だって、例えばお中元やお歳暮で中を開けてみたら食用油や洗剤だったというのは、たしかにありがたいけどつまらない。トキメキの少ない無難なものはやっぱり贈り物には欠けるよなって、本心ではそう思う。
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by zuzumiya | 2013-03-17 16:55 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

とりどりの春

春は暮らしに変化を起こしたくなる季節。例えば朝食。大のコーヒー党の私ですが、どういうわけか春になると光に誘われて紅茶の赤が恋しくなります。最初はストレートで、2杯目はレモンの絞り汁を垂らして、鮮やかに色が変わる瞬間、気持ちも華やぎます。
それからジャム。紅茶ならパンにはオレンジやレモンのマーマレードや杏や林檎のジャムを添えたくなります。籐籠の中に小瓶に分けたジャムを入れて食卓に出せば、その日の気分で選べて楽しめます。百円ショップでシンプルな小ぶりの瓶を探して、移し替えてみたらどうでしょう。
子供の頃、母の家に行って浴室に入ったら、しつらえた棚に輸入物のさまざまな香りと形のシャンプーやコンディショナー、ボディソープのボトルが立っていました。「どれを使ってもいいわよ」と言われ、嬉々とした覚えがあります。母ほどの贅沢はできないにしても、今ならボトルはやはり百円ショップで揃えて、詰め替え用のパックで買えば香りを試せます。ジャムは途中で飽きて冷蔵庫の奥へ追いやられたり、いつの間にかソープの香りに慣れてバスタイムがリラックスタイムにならなくなることを思えば、上手に“とりどりを楽しむ”ことは贅沢でなく大事なことだと思います。
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by zuzumiya | 2013-03-14 13:14 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)

グラジオラスの水栽培で

猫を飼い始めてから室内に植物を置くことができなくなりました。窓辺の小さな机に観葉植物の鉢や花鉢などいくつか置いて楽しみたいのですが、そこは猫の特等席。仕方がないので私のデスクの端で、こっそりグラジオラスの水栽培を始めました。ワインのデキャンタにたっぷりと水を入れてその口に球根を置いたのが一週間ほど前でしょうか。今ではまっ白い綺麗な根が15センチほど伸びてきています。球根の先からはツヤツヤのみどりの葉が幼子の合掌のように少し膨らみかげんに合わさっています。これも5センチほどに伸びています。『置かれた場所で咲きなさい』の著者であるシスターの渡辺和子さんがテレビで話されているのを見たことがあります。その中で彼女は「どうしても咲けないようなら、その場でただ根を伸ばしなさい」と仰っていました。でも、水栽培のデキャンタを見ていると、根が下へと伸びれば、膨らんだ葉もその中の茎も上へ上へと伸びていきます。つまり、上下でそれぞれに伸びて成長しているのです。「根を伸ばして」は「人知れず頑張って辛抱して、努力して」というイメージですが、実は人目に触れる明るい土の上でも着実に成長して伸びているのです!
根を伸ばせば、葉も茎も伸びている。あなたの努力は誰かがきっと見つめていてくれる。
これは根の見える水栽培をやって初めて気づいたこと。なんだかうれしい気がしました。
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by zuzumiya | 2013-03-05 16:15 | 日々のことづけ | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


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