カテゴリ:ちっちゃい器で生きていく( 39 )

幸福はコツコツ自分で作り出せ!

某有名アイスクリームのCMで、お風呂の湯船のなかでアイスクリームを食べているのがあってびっくり!落ち込んだ私が自分へのご褒美として湯船でアイスクリームを食べたと以前、記事に書いていたのだ。しかもコメントへの返事に「CMとかドラマのワンシーンに使えると思う」とまで書いた記憶もあって。現役でプランナーやれてたらなぁ、採用だったのにとちょっと悔しかった。

インフルの予後があんまりよくなくて、喘息からの咳の出しすぎによる声枯れになってしまった。医者は「あんまり声は出すな」と言うが、保育士にはとうてい無理な話。ハスキーボイスで叱っている。それでも叱りが足らないとクラスのリーダーに嫌味を言われている。なんなんだ!もう少しで終わりだ、ゴールが見えてきたと毎日、思いながら仕事をしている。街道脇の祠にいるお地蔵さまにも「無事故、無傷」しか願わなくなった。産休代替の保育士が来ないために現場はキツキツでギスギスしている。人を見つけてくることが仕事なのだから、園長にはきちんと皆に謝ってもらいたい。

毎日、何かしら自分へのご褒美をあげて一日を終えている。
甘いお菓子だったり、映画やドラマだったり、面白いミステリー小説だったり、素敵な音楽だったり、いい匂いのする浴用剤だったり…。
幸福は自然に向こうからやってくるものじゃなく、自分でコツコツ作り出すものと実感している。
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by zuzumiya | 2016-02-12 22:51 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(0)

人ってわからないよなぁ…

インフルで休んでいるさなかの職員会議で今年度で辞める職員たちの発表があった。
あとで聞いたところによると、辞めると騒いでいた人の名前がそこに入っていなかった。
園長やリーダーたちの度重なる引き止め作戦にあって、何度も面談したのち、どうにも辞めれなくなったようだ。しかし、私たち新人同僚数人と飲み会をした時には、その人は辞めると宣言した私に向かって「んなこと言ってて、実際は辞めないんじゃないのぉ?」とか軽口叩いてたのだ。私が「○○さんこそ、もう1年やればいいんじゃない? 1年で辞めるっていうのはよっぽどのことだよ」と言ったら、「いや、時間のムダ!」とはっきり言い捨てたくせに、今日、昼休みに会ったら、「もう園長も○○さんも土下座せんばかりなんだもん、とても辞められないよ。でもね、これから人が辞めてからはきっとこの園もよくなると思う」「あと1年いるなら、ずーっといるつもり」だって。呆れてものが言えなかった。どの口が言う?だ。それに辞める私がいる前で、「人が辞めてからは良くなる」って、辞める人間がガンみたいじゃん。あまりにひどくないか?
お金でも積まれたのか。それとも、みんなに辞めないでと引き止められて、自分の優秀さにのぼせあがっているのだろうか。そもそも最初の面談(10月頃)に辞める気持ちがあったくせにきっぱり言い出しもしないで、「来年そうそう、言い出すつもり」なんて悠長なこと言ってて、そんなの園にしたら寝耳に水だから、そっちの方がひどいし、慌てて引き止めにかかるに決まってるのに。彼女流の巧みな交渉術だったのかと今になっては思う。口を開けば「こういうところがこの園のよくないところなんだよ」ともっともなことを人前で堂々と言ってたくせに。人を信じやすい私はほんとにショックだ。人がわからなくなる。
そういう二枚舌の人が保育の現場で先生ぶって保護者に物申しているのだから、なんだかなあ。そういう人とペアになってうまくクラス運営やって行かなきゃならないなんて、ほんと、ごめんだよ。
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by zuzumiya | 2016-02-02 00:36 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(0)

なんでそこに立つ?

自転車に乗っていて、踏切で止まる。
すると、歩行者が後ろからトコトコ歩いてきて、私の自転車の前に立つ。
「なんでそこに立つんだよッ」と思う。
「あんたが先に行こうとしても、自転車の私が抜かすに決まっているのに、なんでわざわざ前に立ちふさがるか」こんなことで腹が立つのは、私だけだろうか。
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by zuzumiya | 2015-11-18 23:27 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(0)

溜息ぐらい自由に吐かせてくれ。

職場で溜息をしたのを聞かれて「幸せが逃げちゃうよ」と言われた。
思わず反射的に「それって、ホントなんですかね?ホントに幸せが逃げちゃうと思います?」と聞き返して、若干、引かれてしまった。
いつもこういう言い方をする人がいるが、溜息ぐらい自由に吐かせてくれよと思う。
人の溜息を聞いて何かが削がれる理屈はわからないでもないが、ゲップじゃないんだから、溜息も素直に吐けない方がよっぽど不幸だと思うんだが、違うか?












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by zuzumiya | 2015-11-15 10:50 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(0)

年をとってみると

もうすぐ50である。
年をとったら人生経験が豊かだから大抵のことは許せて、若い頃よりずっと気長になって、いろいろあっても右から左へ流せて、心底怒るなんてことはなくなっていくんじゃないかと漠然と思っていた。
ところが、実際はそうではない。
むしろ、年を取ると怒りが抑えられなくなって、ずーんと深くなっていく気がする。あ、これが更年期なのかもしれないが、今までいろいろと心に蓋をして抑え込んで生きてきたので、よほど溜っているんだろうと思う。
ニュースで年寄りが事件を起こしたりするのを見て、「年甲斐もない」と思っていたが、今はなんとなくわかる気がするから自分でもコワイ。すべての老人が年を重ねて好々爺になるわけじゃなく、頑固ジジイ、偏屈ジジイといういう言葉もあるわけだから、そういう悪い方向へ転ぶことだってあるんだろう。なんなんだろうな、その違いは。
想像するに、その人が孤独かいなかということじゃないか。
うちの母も、私の娘によればもの凄く怒りやすくなったそうだ(娘は以前のマンションに一人で住んでいて、私の母と上下で暮らしている)。先日も私のメールが要件だけで、母の身体や仕事を気遣う言葉がなかったことに何故か腹を立て、「親子の縁を切る!」「顔も見たくない!」ところまで至ってしまった。凄いことだ。
で、よくよく考えて「ああ、寂しかったんだな」と思うわけである。

今日、私は旦那の前でブチ切れた。
持ってた書類でバンッと食卓を叩き、「ああもうイヤだ!」と大声で叫んだ。
旦那とケンカしたわけじゃない。仕事で理不尽な目にあい、腹が立って腹が立って、帰宅して関係ない夫に話をしているうちにどんどん怒りがこみ上げてきて抑えられなくなって、爆発してしまったのだ。
そして、落ち込んだ。
この怒りは夫にぶちまけるものではなく、仕事の相手に向けなければならなかったのに、向けられなかった。
私は相手に上手に不満が言えない人なのである。辛抱に辛抱を重ねて最終的には泣くか、キレるかしかない。しかも、仕事は見栄っ張りでつい頑張ってしまう。周りに認められたい人でもあるからだ。
そういう歪な自分が情けない、馬鹿みたいで、大キライだ。そうやって自分から自分自身が離れた瞬間、人は孤独になる。孤独感が怒りを増長させる。
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by zuzumiya | 2015-10-05 23:33 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(2)

ああ、母親ってソン!

娘が週末からアニメのワンピース関連の友人たちと大阪に旅行に出かける。
日頃、部屋をだらしなくしているのでコスプレ衣装のパーツがひとつ見つからない。仕方なく、先日、駅前の洋裁屋に作ってもらうことになった。「3000円もかからないですよね」「そぉんなにかからないわよ」そうおばあさんは答えたくせに、出来上がった今日行ってみると「寸法を間違えて、もいちど布を買い直した」だの「意外と小さいものなのに丸一日かかった」だの言われて、挙げ句の果てに消費税が乗っかって3024円を請求された。悔しかったが、それでもどうしても必要なものだったので、言い値のまま買い取ってきた。
今日一日、美容院でめいっぱい立ち働いてきた娘は用意した夕飯も食べず「シャンプーで肩が痛いから、シャワーじゃなく風呂にしたい」と言い、「浴槽は自分で洗うから」と言うが、娘に任したところできちんと隅ずみまで洗えるとは思えないので、結局私が自分で洗うことにした。食後のひと段落ついた、いちばん落ち着いてるその時に。
ひと夏、シャワーで済ませていた浴槽は使っていないのにシャンプーだのボディーソープだのの石鹸滓がへばりついていて、洗うのに力がいった。洗いながら「娘はきっと後で思い出すときは楽しい旅行のことばかりで、私が仕事の合間に自転車で洋裁屋へ駆け込んだことや兄貴が何だかんだで2万も貸したことや、こうやって言われるがままにまだまだ入らなくてもいい風呂を洗って沸かしてやったことや、明日の5時起きに付き合わされることなんか、み~んな忘れちゃうんだろうな」と思った。
で、「自分で洗うと言った娘に素直に洗わせればよかったのに、なんでこうして自分でやっちゃうんだろう、だからストレス溜まって疲れるのに」と思った。
考えてみるに、ひとつは、休み時間もなく、持って行った小さなおむすびすら全部食べ切れずに帰ってきた娘が憐れで可哀想というのもある。もうひとつは、私がいつでも“やさしい理想のお母さん”になりたいがためだ、とわかっている。
私には母親がいない。私を産み落とした母はいるが、育てたのは高齢の祖母だった。愛情は祖母がくれたが、母がくれたものはお金だけだった。自分がなりたい母親は自分が欲しかった普通のお母さんだと思い、我が子を見るたび「ああ、この子には今、目の前に母親がいても、そういうお母さんがいないなんて可哀想だ」そう思い直して、どんなに面倒でも、疲れて嫌だなと思っても子供の要求を受けて立ち動いてきた。
でも、でもね、と今は思う。どんなに愛情をかけて育ててきても、娘が結婚して子供をもたない限り、私の大変さを、母親というものの逃げ場のない大変さを心の底から思い知って、私に感謝することはできないんだろうと思う。それから、娘はよく「年をとったら、お母さんの面倒を見るから」などと口では可愛いことを言ってはくれるが、老人ホームで働いてみると「私もこういう末路を迎えるんだろうな。いや、まだ施設にいられるだけマシかもしれない」なんて自分の老後を思う。正直言って、ホームの世話が(人手不足の介護業界だから自分の職場に限らないんだろうが)決して素晴らしい、理想的なものとは言えない。女性介護スタッフの感情にまかせた激しい怒号を耳にすることはしばしばある。いくら世話をかけている身といえど、お金は払っているのだし、家族でもない赤の他人に、人生の辛苦なんてまだこれっぽっちも分かりもしない小娘にあそこまでキツくなじられるのは、ほとほと嫌になるだろうな、と思う。度々続くなら、言葉の暴力として虐待として、人間としての尊厳が傷つけられ、生きていてもしょうがないと生きる意欲まで奪っていってしまうんだろうな、と想像できる。
どんなに面倒を見ると言ったとて、子供たちも働いて生きていかねばならず、手のかかる老人の私を、もしかしたら認知症になっているかもしれない私の日常の世話を働きながら十分にできるわけがないのだ。結局は施設の、他人の世話になる。そうして、人手不足の過剰労働で疲れているスタッフにああして怒鳴られるのだ…。ああ、そんなんだったら早く死にたいな。でも、実際はそう簡単には死ねないんだよな…。
浴槽をゴシゴシ洗いながらここまで考えて、げんなりした。今やっていること、今までやってきたことが何ら報われない未来だと思うと、結婚なんてしなけりゃよかった、面倒なだけの家族なんて持たなきゃよかった、という気になった。ああ、だから、最近の若い子たちは結婚しないのか、と納得してため息が出た。
シャワーで浴槽を洗い流して、湯はりを始める。洗面所の戸棚から娘のお気に入りの浴用剤をひと袋出して置いておく。
やれやれ、終わったとつぶやきながら、洗面所の鏡を見る。年相応にやつれた女が淋しい目をして写っていた。私はこれからどうなるんだろう…。
「悔しいから、お母さんも風呂入るからねっ」娘の部屋に向かって声を張る。
「もっちろん!ありがとー!」あっけらかんと娘の明るい声がした。
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by zuzumiya | 2014-08-30 21:52 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(0)

「流れ星のやうな人生」と彼は歌いました。

48歳にして、いまだハンカチを忘れる。
48歳にして、いまだ出会い頭に「すみません」と謝る。
48歳にして、いまだ首にあせもを作る。
48歳にして、いまだ金が貯まらず。
48歳にして、いまだ1年後の自分すら想像できない。
何にも変わっちゃいない。何にもわかっちゃいない。行き当たりばったり。蝉が鳴く。


※追記(9月20日)
『流れ星の「や」うな人生』でしたね。失礼いたしました。訂正させて頂きました。ホントに何もわかっちゃいません、ハイ。

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by zuzumiya | 2014-08-23 07:45 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(0)

悩ましいメニュー決め

飲み会のメニュー決めが苦手だ。
若い子はアボガドと海老の生春巻きとか、サーモンとタコのカルパッチョとか、明太子入りチーズ揚げとか、ごぼうチップスとか、クリームチーズのカプレーゼとか、こじゃれた横文字のメニューをばんばん頼む。私はといえば、昔からの酒の肴の定番、いかの一夜干し、ししゃも、焼き鳥、お新香、たこわさ、刺身、あさりバター、揚げ出し豆腐といった実にオジサンくさいものが好きなのである。「これを選んだら、みんなに引かれるかな」という葛藤でいつもメニュー決めは悩ましい。みんなでつまむものだからとつい臆してしまう。悩んだ末、「私は焼き鳥だけ食べられればいいや」これだけ言ってのける。
昨日見たドラマで居酒屋で選んだメニューが全く同じだったというきっかけで隣に座った男性に恋をしてしまう話があったが、私にはそれがとてもよくわかる。
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by zuzumiya | 2014-07-14 11:27 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(2)

せこい商売

定食屋のバケツにこんもり紫陽花が差してあって「一本150円」の張り紙。フラフラと引き寄せられたが、バケツの先に野生の紫陽花が群れ咲いている。「なんだよ、庭先の紫陽花を切り売りかよ。絶対買ってやるもんか」と思った。
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by zuzumiya | 2014-06-12 20:34 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(0)

のんびりのびてます

群ようこさんの『れんげ荘』いいですねえ。ほのぼのとした感じで読了しました。続編も読む予定。
次は『ぬるい生活』がすでに図書館にきております。それと平安寿子さんの『おじさんとおばさん』も借りてまいりました。扇風機のゆるい風をあびながら、ベッドにひっくり返って読むひととき。
ちっちゃい器からほんのり湯気がでております。
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by zuzumiya | 2014-06-02 14:59 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(0)


ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?


by zuzumiya

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