2017年 02月 12日 ( 2 )

灯油屋のメロディ

先日ここで灯油の移動販売車との戦いのことを書いた。
現在、日曜の夕方、もうすぐ6時になろうとするところである。休日のこんな遅くの時間になっても、いつも律儀に路地のドンつきの我が家の前までバックで入ってくる灯油屋がある。この辺りの住宅街にはメロディからして移動販売の灯油屋が3社あるようで、そのうちの最も明るく、まるでパン屋のごとく軽快なメロディを鳴らして親しげにやって来るのがこの夕方の灯油屋である。
しかし、自転車や車で住宅街を走っていても、そのメロディを耳にしたことがないので、ふだんは一体どこら辺を回っているのか、私の中ではマイナーな灯油屋だ。他の2社は灯油屋にありがちな、冬らしい短調のもの悲しいメロディで回っている。昼間に一度、いちばんよく聞くメロディの最もメジャーな灯油屋がこの辺りを回ってしまうので、夕方6時にマイナーな灯油屋を呼び止める者はいないだろう。しかし、昔一度、うちが買ってあげたことを覚えているのか、念のために一応見回ってくれているようにも私には受け取れる。出窓のすぐ下まで来ていながら、うちも近所も誰もが戸を閉め切って買う気配がないことになんだか申し訳なさのようなものがこみ上げて、思わず窓を開けて「あんた、出遅れてるんだよ。もっと早くに来なきゃここはダメだよ」と声をかけてやりたくなる。この妙な親切心を掻き立てるのは何だろう。きっと、暗い夜道に軽快に響きわたる長調のメロディの、そのいたいけな善良さのせいじゃないかと思っている。
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by zuzumiya | 2017-02-12 21:59 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

中年の休日

昨日、職場の友人と新宿まで出かけてスタイリストの高橋靖子さんの仕事展「YACCO SHOW」を見てきた。展覧会(無料!)を見た後、会場がビームスジャパンの上だったので和雑貨をチラホラ見て気を良くした二人は、久しぶりにデパートでも覗こうかということになった。久しぶりの新宿で、昼頃にはだんだんと道行く人が増えてきて、50代の身には既に“人疲れ”的なものがこみ上げてきたので、帰る駅(西武新宿)に近いという理由でルミネイーストに入った。しかし、どこを見ても花の咲いたようなピンクやオフホワイトの服がいっぱいで、友人は「もうちょっと私らには茶系の色味がないと目が疲れる」とぼやいた。で、早々とエレベーターで下り、すごすご西武新宿の方面へ帰ることにした。地下のサブナードを歩きながら、またしても友人が「私らにはこれくらいの人数がホッとするね」などと言って笑う。「一万円を握りしめてきた」という友人のために「何かひとつは買って帰ろう」と田舎から出てきた中学生みたいな言葉をかけて、西武新宿の駅ビルに入った。上の階で日本、中南米、ハワイの雑貨などが置かれている不思議な空間があって、そこの和雑貨店の箸置きを覗き込んでようやく友人は安心したように「カワイイ」とつぶやいた。
私ら50代は微妙な年代である。デパートと言っても京王や小田急の百貨店に入るのはつまらない。それほどは老いていない、とでも言おうか。でも、ルミネなんぞにはもう行けないことが今回よくわかった。和雑貨の店で友人が「私、小銭入れが欲しいの」と口走った時、最近ハマっている神吉拓郎のエッセイを思い出した。

神吉拓郎は二つ折りの紙入れタイプの財布をモゾモゾと取り出して、背を丸めて札を出す一連の動作をユーモラスに描いて
<これは、中年以後の匂いを濃厚に感じさせる動作で、誰が悪いんじゃない、原因は紙入れである。紙入れがそうさせるので、誰が、どう工夫して、美しくやろうとしても、紙入れから札を出すという動作は、中年以降のものになってしまう。すくなくとも若い人のすることじゃない。
これは小銭入れにもいえることで、駅の自動券売機の前で、背を曲げて小銭入れのなかから十円玉を拾い出している格好は、お義理にもスマートとはいえない。自分のは見えないから、他人のを見ているとよくわかる。たとえば自動券売機の横に一分も立って観察していれば、人間が小銭を出すときの動作が、どんなにコッケイなものか、痛感させられる。
そんななかに、一人の男がやって来て、ポケットからざくっと小銭をつかみ出すと、てのひらの上で、そのうちの何枚かをつかみ取り、ポイポイと券売機の口に放りこむ。そういうのを見かけると、これは文句なくきわ立って見える。さわやかなのである。
あの小銭入れのなかをいじましく指先でかき廻している姿とは比較にならない。>
(神吉拓郎傑作選2食と暮らし編「カネのあつかい」より)

小銭入れを求む人というのは、たいへん几帳面な人なのだと思う。札と小銭を別にしていれば財布は無様に膨らまず、支払いもスムーズと思えるのだろう。実は我が夫も長年、小銭入れを愛用している。でも、私は夫と一緒に買い物をしていてずっとひそかに思ってきたのだが、小銭入れというものは逆に面倒で周りに迷惑に見える。
夫はポケットから札入れ(前出の紙入れ)を出して札を出し、今度は反対側のポケットから小銭入れを出して小銭をかき回す。レジで一緒に並んでいて、その二度手間の動作にヤキモキしてしまう。いちいちポケットから出すからではない。両方を片手に持っていたとて、どうしたって二つの財布から出すから二度手間になってしまうのである。レジのお姉ちゃんも私も私らの後ろに並んでいるオバチャンもじっと立って、夫のかき回す指先に「金があるのか、ないのか」とヤキモキさせられているのが分かって、私としては恥ずかしいことこの上ないのである。この一連の動作が二度手間だけにやけにのろったく思えて、神吉拓郎のいう中年っぽさが漂い知れて、夫にしてみれば小銭を出すのが親切心だとしてもなぜかひどく情けない姿に映ってしまうのだ。夫だって視線の圧を感じて、内心、早く早くと焦っているのではないかと思う。だったら、小銭入れなどやめるべきなのだ。
友人の彼女もどちらかというとおっとりとした性格で動作が機敏な方ではない。レジや券売機の前で本人も周りもハラハラ、ヤキモキさせられるに違いなく、周りに中年のオバチャンの情けなさをただ披露するだけなのである。本気で買うとなったら、彼女にこれらの話をとくと聞かせてやろうと思っていたが、気まぐれだったらしく、フラフラと小銭入れの売り場から離れて行った。
結局、買い物は私がチチカカ(中南米の雑貨店)で極楽鳥のような鮮やかな鳥のぶら下げるガラス細工をどうにか買っただけで、彼女は何も買わずに、喋りたおした喫茶店2軒分の飲み食い代だけ使って帰っていった。そういうところもほんと私ら50代の、中年のオバチャンの休日らしい気がした。
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by zuzumiya | 2017-02-12 13:35 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)


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