2016年 10月 30日 ( 2 )

夜のドライブ

先日、久しぶりに夜のドライブに連れて行ってもらった。夫の運転で息子も一緒に。
向かった先は彼らの仕事場がある新富町や豊洲方面。東京タワーもスカイツリーも見られるきれいな夜景が広がっていた。
都心はコンビニにトイレを借りに入るにも大変なのだった。郊外のように店の前に駐車場がないので路上駐車しかできない。息子のいつも行っているコンビニの前にちょっとだけ停められる場所があるというので(もちろん運転席に運転できる人を置いて)交代でトイレに行くことにした。息子の案内で来たこともない、そしてこれからも来ることはまずないであろう道を車は進む。「そこの角を曲がって」と指示をしている道の先に、ふっと、昼間の、私の知らない見たこともないまるで他人のような息子の歩いていく後ろ姿が見えた。「あぁ、お前は昼間はここでこんなふうに私の知らない日常を一人で頑張って過ごしているのか」と思うと、なんとなく切なくなって胸が締めつけられた。
夫の職場のビルを見上げて「休日なのにまだ明かりがついてる」と感心しながら、よく一人で昼食をとりに来るという傍のビルの中に入って、「ここから噴水が出るんだ」とか「昼はこの辺いったい人で埋め尽くされるんだ」などと説明を聞くと、喧騒の中でやっぱり私の知らない見たこともない他人のような昼間の夫が一人、背を丸めて弁当を食べているのが見えてきて、その姿にふっと切なくなる。なんだか私は彼らを残してもう死んでしまって、霊魂だけになって、彼らの日常をやさしいまなざしで眺めているといった感じがした。息子も夫も、私はなんだか全てを知っているような気になっているが、実は昼間の、他人の中にいる彼らだけの日常を私は知らない。見ることができない。それはふだん考えたりしない当たり前のことだけど、どこか不思議な寂しさがあって胸に沁みる。こんなにもそれぞれが離ればなれで、一人だけで頑張っているのかと思うと。
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by zuzumiya | 2016-10-30 23:26 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

猫の流儀

あぁ、また悩ましい季節が来てしまった。
ほらね、やっぱり去年のボーナス貰っていた金のある頃に「エイヤッ」とやっておけばよかったのだ。でもなぁ、ドイド(近所のホームセンター)の工事に頼んで5万はちょっと高すぎるよなぁ。迷って当たり前だよなぁ。あぁ、でもでも金のなくなった今となってはもう致し方ない。耐えるしかないのか、この絶え間ない腹筋背筋運動に…。
何の話かというと、猫ドアの話なのである。部屋のドアをくり抜いて猫が頭で押して入ったり出たりできる猫用のペコペコドアをつけるというアレである。我が家は私の部屋が猫部屋で、餌を食べたり、その辺に寝転がったり、猫タワーをガガガとよじ登ったりできるのだが、強烈なウンコ臭と砂が飛び散るのがどうにも嫌でトイレだけは窓があって換気ができる廊下に2箱置いてあるのである。
夏場はいいのだ。冷房するとき(うちの猫は冷房があまり好きでない)以外は私の部屋のドアは朝も夜も常に空いているから、猫どもも外との行き来が普通にできる。問題は寒くなってくる秋から冬である。工事費込み5万にびっくりして猫ドアを付けなかったために、私は机でパソコンに向かっていても、こたつで本を読んでいても、ベッドに寝転がってiPadをいじっていても、いちいち立ち上がって猫の「開けてくれ、トイレ行かせろ」催促にドアを開けてやらねばならないのである。これが結構、しんどい。特に冬の朝はつらい。ただでさえ寒くて起きたくないのに、まずは餌の催促。それに続く排尿、排便。猫ども2匹がそれぞれのタイミングで催促してくるので、その度にもぐり込んだ温かいベッドからガバッと起き上がり、腕をウグーッと伸ばして腰まで浮かせてドアの取っ手を掴んで開けてやらねばならないのである。これがちょっとした腹筋背筋運動みたくなるのである。それにドアを開けたら廊下の冷気がスーッと入ってくるから、猫が出たらすぐに閉めて温かい布団にもぐり込む。で縮まっていると、今度は用を足し終わった猫が「開けてくれ、入れてくれ」と催促してくる。チッと舌打ちしながら、またガバッと起きてウグーッとやってドアを開ける。すると、猫がシャラシャラとフローリングに爪を鳴らしてゆっくり歩いて入ってくるので「わざとか、このアマっ!」と睨みつけながらしばらく待ってやるのである。この繰り返しに疲労困憊して、夜に猫が排便を済ませたのを確認してからトイレをひとつ、部屋に入れることにした。これで朝のトイレ出入り問題は解決になった。
はずだった、去年までは。
今年はどういうことか、猫トイレをひとつ部屋に入れてあるのに、朝方、夢うつつに砂の上にジョロジョロと猫の排尿の音まで聞いているにもかかわらず、毎朝「開けろ」と鳴いてせがむのである。さっき意を決して起きてあげた餌も冷たい廊下にヨロヨロと出て持ってきた新鮮な水もある。トイレもある。はて、何のためか? もちろん、2匹それぞれのペースでせがまれるから、「ガバッ」「ウグーッ」「ギイ~」(ドアの開閉音)の腹筋背筋運動が連続して行われる。そして続く、不毛な待ち時間。休日の朝のお楽しみである寝床で読書なんてぜんぜん進まない。つい頭に来て、文庫本をドアに投げつけ、朝っぱらから「何なんだよ、おめえら!」「いったい何しに行くんだよ」と怒鳴ってしまうこともしばしば。飼い主の突然の変貌に驚いてガガガと猫タワーに駆け上がり丸くなる猫たち。揺れるタワーをぼんやり眺めながら、私は冷静になる。ほんとうに猫どもは何しに出て行くのか。
ある朝、聞き耳を立てていると、ももの方は階段を下りていく音がするので、おそらくは朝の見回りと廊下にある爪とぎで一度は爪を引っかかないと落ち着かないのではないかという結論に達した。問題はももの妹分のチビの方である。あやつは部屋にトイレがあるにもかかわらず、廊下のトイレでも用を足しているようなのだ。なぜに? もしかして、猫って2つあるトイレを使い分けている? どっちにもウンコがしてあるが、あれはひょっとしたらどちらかはもものでどちらかはチビのであったのか。とすると、ふだん、部屋に入れているのはもも専用のトイレなのだろうか。部屋のドアが閉まっちゃっているから仕方なく、ももの了解を得てもも専用のトイレにオシッコしてきただけだったのか。うーむ。真実はわからんがどうなんだろう。
ま、朝の見回りやら爪とぎやらトイレの使い分けやら、それぞれ人間にはわからない猫の本能、猫の流儀ってものがあるのかもしれない。ならば、やっぱり猫が猫らしくすごせるよう猫ドアは必要だったのではないか。工事費込みで5万は高いと思っていつも躊躇してきたが、冬の朝のあのつらい腹筋背筋運動が痩せるためとか猫への無償の愛とかどうにもポジティブには考えられないのなら、決断するしかなさそうである。ふぅ~、でもあのペコペコに5万は高い、よね、皆さん。
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by zuzumiya | 2016-10-30 09:32 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)


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