暮らしのまなざし

2016年 09月 04日 ( 2 )




男は黙ってビニール袋

今朝、近所のスーパーに夫とふたりで買い物に出た。
そこで久々に夫の長所を発見した。
よくいるじゃないか。レジが終わって袋を詰める台の向こうにヌボーッと突っ立って待っている夫たち。「俺は運転手と荷物持ちなんで」と言わんばかりの夫たち。私は大嫌いなのである。見かけるたびに「突っ立ってねぇで手伝えよ、バカ」と腹の中で悪態をつく。
じゃあ、手伝ったら喜ばれるのかと言うと残念ながらそうでもないのが夫婦というものである。
「だからさぁ、なんで冷凍食品と豚肉を一緒に詰めないのよ。冷えるでしょうが、こうすれば。少しはアタマ、使ってよ!」とキリキリ声で夫の詰め方が悪いと袋に入れ直している妻もいる。夫婦ゲンカが始まる火種はそこいら中にあるものである。
手伝わずにいるのも悪いが手伝ったら手伝ったで上手に相手の意に添うようにやらないと妻の怒りを買うものなのである。ではどうするか。
そこに我が夫の素晴らしさを発見して、私の心はどよめいた。
要はでしゃばらず“自分のできること”をやればいいのである。夫はレジを終えた私の横にしずしずと歩み寄り、置かれたかごの中からまずは豚肉のパックを手に取り、巻きビニールをぐるりとひっぺがし入れ始めた。次に鶏肉、次に卵のパック、次に牛乳、次にお新香のパック。汁が出てしまうと困るもの、落として割れたり破れたりしたら困るものを次々と選んでビニール袋に入れていく。エライのは“それだけに徹する”ことである。勝手に自分の考えでスーパーの袋に入れるようなことはしない。何でも入れりゃいいというのは、前出の夫のように浅はかな自殺行為である。主婦は袋に入れるにしてもきちんと組み合わせを考えて入れているものである。袋の大きさと商品の質と数とを見極めながら入れ、“うまく入った感”を味わって終わりたいものなのだ。夫はそこをよく心得ている。黒子に徹して私をフォローし、私の舞台ででしゃばらず、私に花を持たせているのだ。そうしておいて、自分では花ならぬ重い袋をスッと持つ。よくできた夫だと感心した。で、すかさず褒めたのだが、理由を聞いて「なんだ、そんなことか」としか言わなかった。
スーパーにおける夫の役割を極めていると思うんだけどな。
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by zuzumiya | 2016-09-04 17:21 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

絵本代に換算すると…

ちょっと古い話題になるが、上がると言っていた保育士の給料は月額2%しか上がらず、介護士は1万上がるというニュースを見た。2%と1万。これから保育士になるのと介護士になるのとどっちが得か。
例えば保育士なら、わかりやすい数字で10万もらってた人の2%なら2000円のアップ。片や介護士はいくらもらってようと1万円のアップ。手取り10万ってことはないにしても、たかだか数千円の値上げで保育士やれよ、ってことである。数千円給料上げるから「全国に70万人いる潜在保育士さん、大変だけど帰って来て」なのだ。馬鹿じゃなかろうか。
ネットで調べてみると、政府は保育士の平均給与を26.8万円として計算しているという。で、平均6000円のアップらしい。この給与額も信じられない(もっと低い気がする)が、たかだか6000円のアップじゃ、「保育士をやろう」や「保育士に戻ろう」なんて絶対思えない。「保育士を続けよう」すら危なくなる。
ま、それにしても、これで政府の腹が見えたということだ。パンパない少子化なのに将来ある子どもよりジジババにより長く生きててもらいたいのだ。考えてる人がジジババだから、結局は自分たちのいいようにしか考えられないということか。情けない。
なんで、こんな話題からしたかというと、保育士は残業代ももらえない(まず当たり前)のに、その少ない給料の中から子どもたちのために保育の材料を自分で買っているという事実を知らせたいからである。
“はじめに先生ありき”の設定保育では先生が仕切って子どもたちの興味や集中を引っ張っていくから特にそうで、手弁当が当たり前になっている。自由遊びから片付けをさせ、お決まりの「はじまるよ、はじまるよ」の手遊び歌の後、先生の膝の上にはこんもりふくらんだ“マイバック”が乗っている。
その“マイバック”の中には絵本はもちろん、お手製のペープサートやら指人形やら、エプロンシアターやらがうんとこさ入ってる。それらはぜんぶ、その先生の私物で、その先生が給料から金を出して日々の保育のために自分で買い集めたり作ったりしたものなのである。私物であるし、その先生のアイデア(保育雑誌のどっかから盗んできたものにせよ)や選択眼やセンスが反映されている金も手間もかけたものであるから、他の先生は滅多なことでは使えないという暗黙のルールがある。
設定保育の先生たちは、いうなれば“個人の保育力”がここで試されてしまう。「はじまるよ」の歌ではじめた保育が面白くなければ、子どもの気が引けなければダメなのである。つまらない絵本を選んできて、つまらない手遊びをしてみせて、子どもが集中せずワサワサしだしたら保育力がないことに直結する。だから、設定保育の先生たちは“マイバック”のなかに“ここぞの見せ場”をいつでも用意しているのである。自分の評価につながるからこそ、金もかけているのだろう。
なのに数千円しか上がらないって、どういうことだ。絵本は1冊いくらだと思っているのか。手取り15万の先生の2%は3000円である。絵本にしたら2~3冊分であろう。「そんなの、上がる前からフツーに買ってるわい!」と憤慨する声が聞こえてきそうだ。
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by zuzumiya | 2016-09-04 08:19 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)

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