2016年 08月 20日 ( 1 )

働くゾンビ

年をとって私に残っている欲は食欲だけになった。
知識欲なんてものはもともと少ない。好きなこと、興味のあることにしか湧かないし、そんなに長く続くものでもない。性欲は所詮、相手がいないと収拾つかないものなのでしぜん諦めもつく。食欲だけが誰に迷惑かけるじゃなし他人を要せず自分で解決できる問題なので健康ならば最後まで残る。ふだんは死んでるくせに生きてる人間がそばに寄っただけで食欲に突き動かされて襲うゾンビがどうにも今の自分に重なって感慨深いものがある。
私にとって、生きててうれしいなと実感できるのは美味しいもの、いや、自分の好きなものに無我夢中でむしゃぶりついているその時である。
我が家は夫と私と息子の三人家族だが、みな仕事を持っているので夕食は週末以外はそれぞれ自分勝手に食べることになっている。その日の腹具合、懐具合で好きなものを自分で買ってきたり、外食したりする。当初、このシステムを導入する際は主婦として家事は免れるにしても、家族じゃなくなるみたいでちょっと寂しい気持ちになったが、慣れた今ではウハウハである。だって、毎日、家族のことを気にせずに、誰にも気兼ねせずに、自分の好きなものを好きなだけ食べられるのだから。
仕事が終わって夕暮れの町に自転車をこぎ出す時、「ああ、今夜は何にしよう」としみじみうれしく思う。隣で自転車をこぐ同僚はたとえ同じセリフが浮かんでいても、きっとそれは憂鬱な問いである。ストレスである。主婦として家族の栄養・健康問題を一手に引き受ける責任から免れてマズいかなと思わないでもないが、自分ひとりで好きなものが好きなだけ食べられる自由にかなうわけがない。瞬時に忘れる。「みんな一人前の大人なんだから、自分の健康は自分で守れ、ばかものよ!」と茨木のり子になってしまう。そうやってますます食欲に支配される私ができあがっていく。
ちなみに今夜のメニューは、とうもろこし2本(結局1本しか食べられなかったが)、ステーキと迷ったが半額に惹かれてローストビーフ1パック、きゅうりの浅漬け3本、いんげん1パック、オランジーナ1本、8分の1に切った西瓜であった。ごはんは食べない。野菜中心だが結構な量だと自覚はしている。でも、ぜんぶひとりで食べた。そしてその食べ方も自分ひとりだと大雑把になる。かねてからやってみたかったのだが、浅漬けきゅうりをまな板でチマチマ切らずに1本丸ごとにしてかぶりつくのである。うれしくて台所でニタニタ笑ってしまった。河童になってもいいとさえ思った。大好きないんげんも茹でた山盛りを家族に気兼ねなくぜーんぶ平らげた。とうもろこしも茹でるたびに「2本食べたいな」と腹の中で思ってきたが、1本で我慢しているので今日は自分用に2本買ってみたのだが、いんげんときゅうりにやられて食べられなかった。皿の上に残ったツヤツヤのとうもろこしを見て、さすがの私も「欲かいたな」と思った。しかし、反省はない。
自分で稼いだ金で自分の好きなものを好きなだけ買って食べることをして、アホな私はようやく「食べるために働く」が心の底からわかった。「好きなものを好きなだけ食べるために、働こう」と頭の回路が切り替わってからはストレスや悩みがあってもなんだか長続きしなくなった。皆さん、そういうものよ。時々、うまいものを頬張っている時なんかは世の亭主族が「誰のおかげでメシが喰えてると思ってるんだ」と怒鳴る気持ちもわかる。自分の稼いだ金で自分の好きなものも買えずに家族を優先して辛抱する苦労は大変なものだろう。今日は肉の気分なのに刺身がいいと家族に言われた時の辛抱に重なる。でも同時に「誰のおかげで札びらがメシになって食卓に並ぶと思ってんのよ」と怒鳴りたい奥さんの気持ちもよーくわかるのである。難しいね。
話が逸れた。最後のシメの西瓜は食後のひと眠り(いつも食べたら牛のようにダウンしてしまう)の後に「あ、そういえば西瓜が買ってあった」とはね起きて、台所へいそいそと下りていって食べた。大胆な私は流しの上で8分の1の西瓜にそのままガブッとかぶりついた。食べづらい。「結局、これが食べやすいのか」と端から切って食べては流しに種を吐き飛ばす。自分の働いた金で買ったのに、夜の台所でひとりジュバジュバいわせて西瓜にかぶりついていると、なんだか後ろめたい気分になるなとか、昔、小学校の給食で出た西瓜を皮の際まで食べてた男子が貧乏たらしくて嫌だったな、などと思い出していた。すると2階に帰宅している息子の存在が頭を過ぎった。息子にやるか、それともこのままぜんぶ自分で食べるか。一瞬、迷ったが、真ん中のいいところを2切れ皿に置いて2階へ持っていった。これが夫だったら迷わず食べる。母親は息子に弱いのだ。コンコン。「西瓜、食う?」パソコンの画面を見ていた息子がチラッとこっちを見て「いいよ、食べて」。なんだよ、と思いながら、でも、ヤッター!うれしい。ドスドス階段を下りて、厚く切った真ん中のいいところにかぶりつく。何かに許された気分は西瓜をさらに甘くした。スーパーの袋に皮をいれて夫に見つからないようにサッサとゴミ箱に捨てる。自費といえども西瓜が1切れも残ってないのを夫が見たらいい気はしまい。
いやァ、それにしてもよく食べた。そして幸せだった。食欲にバンザイ!なのである。
年に1度の海外旅行に行く贅沢よりも私は日々の暮らしのささやかな喜びを選ぶ。とはいえ、実はそっちの方が金がかかることもうっすら気づいている。
働こう。私には欲がある。
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by zuzumiya | 2016-08-20 07:13 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)


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