暮らしのまなざし

「誰も知らない」の子どもたち

a0158124_1343991.jpg季節はいつだろう。
そうだ、秋だ。私の誕生日だから、秋のはずだ。
秋の日のうす明るい午後。
ひとり道路に出て、駅の方を見ている。
まだ、来ない。
線路から飛び出ている猫じゃらしを一本引き抜いて、振りまわす。
小道の敷石をひとつ抜かしでぴょんぴょん飛んでみる。
家の中から、もやもやとテレビの音がする。
垣根の間からおばあちゃんをうかがうと、台所に立っている。
はたまた。
わたしは道路の端にしゃがみこみ、砂いじりをしている。
砂はさらさらとして温かい。
ときどき、砂をはらって立ち上がり、道路へ出てみる。
駅の方から車が現れる気配はない。
もしかしたら、来ないかもしれない。
しかたなく、またしゃがみ込んで、
温かくなめらかな砂のなかへ両手の指をひろげる。

映画『誰も知らない』を見た帰り、電車の中でふいに浮かんできたのは、誕生日に来てくれるはずの母をひとり外に出て待っていたときの情景だった。それは、現在の私が透明人間のようになって、あの頃の幼い私の後ろに立って、母を待ちながら手持ち無沙汰にやっているいろいろな遊びを穏やかな気持ちで静かに見つめている、といった感じの映像だ。目の前にそれが浮かぶと、なんだか無性に懐かしくなり、あの頃の家のまわりの風景も空気も光の感じも、いじっていた砂の温かみも、幼い私自身の後ろ姿の小さささえ、ちゃんと「覚えている」と思えて、すべてにたまらなくいとおしくなった。
不思議なことに、昔を思い出すたび、透明人間の私が幼い私をそばでじっと見つめているような感覚を覚える。それと同じ感覚を映画『誰も知らない』でも味わった。
あの映画に登場した子どもたちの見つめた世界を、胸のなかにしまってある心情を、私はたしかに「覚えている」と思えた。幼い頃の私がそのままスクリーンの中にいた。
だから穏やかな懐かしさとともに、ある部分では強烈にせつなくなった。私も母を求めて、受け入れられなかった子どもだったからだ。けれどそれがどんなにか悲しい事実でも、何度、母にうまくあしらわれてだまされても、どうにも諦めきれずに心のどこかでは、やはり希望としかいえないものを持っていたし、幼い私が毎日、母を想ってひたすら泣き暮らしていたかというとそうでもなかった。子どもどうし遊んだり、子どもの世界で笑ったり悩んだり、泣いたりしていた。
子どもというのは植物に似ている。暗い箱の中に入れられても少しでも光のある方へと身をよじって伸びて行く。来ないかもしれない母をひとり待っているせつない時間のなかにも、温かくてさらさらな砂と戯れる恍惚の時間を私は持っていた。猫じゃらしを振り回してささやかな自由を満喫し、敷石をうまく飛び越えては喜んでいた。それが子どもだったということを、思い出した。
もともとこの映画のモチーフは実際に起きた「西巣鴨子ども4人置き去り事件」だが、是枝監督がこの映画を幼児虐待事件が後をたたない今、ひとつの「事件」として、社会に問題提起するようなタッチで作らなかったところはさすがである。どんな境遇で育って来たかにかかわらず、かつて子どもだったすべての大人が、スクリーンでもう一度ひとりの子どもに戻って瞬間瞬間を生き、世界を見つめることができたのだから。
映画の中の子どもたちをいとおしく思うとき、自分の中に失われずに生き続けてきた「子どもの自分」の存在を確認でき、いとおしく思えるはずだ。大人がそう思えたとき、はじめて傍らにいる現実の子どもたちに救いの手を差し伸べられる気がする。

家に帰って、食卓から暮れていく空をぼんやり眺めた。
いまごろ、あの4人の子どもたちはどうしているだろう。
この広い空の下、今でもひっそり誰にも知られることなく、
生き続けているような気がした。
[PR]



by zuzumiya | 2010-02-14 13:39 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://zuzumiya.exblog.jp/tb/9955924
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。

ふだんの暮らしに息づいているたいせつなもの、見つめてみませんか?
by zuzumiya
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

※このブログの無断な転載はご遠慮願います。

最新の記事

最新のコメント

検索

ブログジャンル

画像一覧