憧れのふゆごもり

a0158124_2261861.jpg『ぽとんぽとんはなんのおと』(神沢利子・作、平山英三・絵)には、もわっとするほどの温かみを感じてしまう。かあさんぐまの大きな横腹の体温、そこに寄り添うこぐまたちのやわらかい毛、呼吸するたびにそれぞれの山が静かに上下する。こぐまが伸びをして見せるまだ肌色の足裏にはやわらかく皺になったところにうっすら土がついている。少し冷たく黒々と湿っている鼻、その鼻先で呼吸と共にかすかに震える落ち葉。狭い穴ぐらには三匹の匂いとしっとりとした土の匂いが満ちている。
自分たちの体温と息だけで温かく湿っている穴蔵はなんと落ち着くことだろう。そんな穴蔵で「おっぱいをのんではくうくうねむって」大きくなったふたごのこぐまが、ふと目覚めたときに耳にした外の音、春への足音をかあさんぐまになんども尋ねるお話だ。
この外の音の聞こえてくる感じの距離感が妙に親しいのは、たとえば、温かなふとんの中にいて半睡半醒のまどろみの中で耳にしているあの音の感じと同じだからだろう。「聞こえる」というのは、周りがではなく自分の内部が静かになっていてはじめて「聞こえる」ことなのだと思う。私がこうして今、静かになっていられるのは、まさにこの本の醸し出す平和な空気のおかげだ。
本の中のこぐまたちも周りではなく自分たちが穏やかにゆったりと静かであるからこそ、雪降る夜のしみ入るような静けさに気がつくのである。そして、こぐまたちを安らかに静かにさせているのはかあさんぐまの体温と匂いと「ふたりともかあさんにだっこであさまでおやすみよ」という語りかけである。本を読んでいると、母親である大人の私でもすんなりこぐまになっていってしまう。
大きくて温かく湿ったかあさんぐまにぴたっと寄り添って、かあさんぐまの肌の下の血の流れでなんだかむず痒くなってしまうほど、鼻の穴にかあさんぐまの毛まで吸い込んでうつらうつらしていたい。いとしいものにはこれぐらいくっついていたいのだ。そして「なんのおと?」とたまに尋ねては、かあさんぐまの教えてくれる外の世界を想像する。
今はまだかあさんぐまの体温や匂いから片時も離れたくはないけれど、春になったらちょっとだけ外を歩いてみようかな、などと思いをめぐらす。そして微笑みながらまたいつのまにか寝入ってしまう。ああ、いいなあ、ふゆごもり。いとしい人とする休日の朝寝のよう。

a0158124_2264788.jpg『たのしいふゆごもり』(片山令子・作、片山健・絵)には、おっとりした暮らしの温かみがある。ふゆごもりの準備のために費やされる晩秋の森での豊かな時間が美しく愛らしい絵で描かれている。本を見ている私もいつしか一緒に森の落ち葉を踏みしめて秋の匂いを吸いながら歩いていくことができる。
ベッドにひとりで眠れないこぐまのために、ぬいぐるみを作ってあげる約束をしたかあさんぐま。翌朝こぐまが目覚めてみると、オーバーを羽織ったかあさんぐまは「雪が降ってくる前にふゆごもりの仕度をしなくては」と、こぐまを急かして森へ連れ出す。揃いの青いオーバーを着たくまの親子が、白い息を弾ませながら山の斜面を下りていく見開きの風景はいつ見ても清々しく、心が浮き立ってくる。

木の実とりではリスの親子に、蜂蜜とりではおじいちゃんぐまに出会う。川ではかえるの親子と魚をとり、綿畑ではやまねの親子と綿つみをして、最後はきのこをとりながら家路につく。夕ご飯には大きな魚や木の実やきのこで作った料理がたくさん。そして、かあさんぐまはこぐまの小さくなったオーバーでぬいぐるみと新しい枕を作る。今日出会ったかえるやリスやおじいちゃんぐまややまねの形をしたぬいぐるみが出来上がり、親子は満足して蜂蜜入りのお茶を飲む。
窓の外には冬を知らせる初雪。ページを捲ると、見開きでしんしんと降る雪の夜の静かな風景。玄関の扉を開けて黄色い灯りの中に棒立ちになって雪を見つめるくまの親子がいる。この見開きは、ほんとうに美しい。私の心も暗闇のこちら側でうっとり佇んでいる。雪にただこの世界を包まれていく、この静寂、この充実、この安らぎ。
暖炉の前で居眠りをしてしまったこぐまは、ふと気がついて「さっきはねむっちゃった。でもこんどはずーっとおきてようね」とぬいぐるみに話しかける。でもそんなこぐまも、この何もかも満たされた静かな雪夜には、どんなに頑張ってもじきにとろとろと寝入ってしまうんだろうな、と思わせる。ちょうど、クリスマスや大晦日の晩のこどもたちの可愛い挑戦のように。

『たのしいふゆごもり』の中には自然の恵みが充ち満ちている。それは木の実や蜂蜜などの収穫物だけをいうのではない。そもそも「ふゆごもり」をするいのちの体内時計のありかたそのものが、もうまったくの自然の恵みだと嬉しくなる。深まりゆく秋の森の中で、昨日まではいつものように暮らしていたはずが、今朝からは「ふゆごもり」に向けて準備を始めなくてはならないとわかるその境目とはいったい何なのだろう。
陽のやわらかさ? 踏みしめた落ち葉の湿り気? 朝の空気の冷たさ? 空の色? 雲のかたち? 木肌のざらつき? 自然の中で生きているあまりにも動物的な、細やかでいてしかも大らかな感性としか言いようがないもの。私たち人間が持っていたのに忘れていく、薄れていかざるをえない感性。
私がこんなにも「ふゆごもり」に憧れるのは、それが、いとしいものの温もりと匂いに満ちた平和な閉ざされた世界であること、そしてその中でこんこんと眠ることがただの自然の営みで、生きていくための本能でしかないことの、そのこのうえない幸福にあるのだろう。
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by zuzumiya | 2010-02-03 22:08 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)
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