素直に生きられたら…。

久しぶりに映画館へ行ってきた。一人で。
休日なのに客はまばら。中年夫婦の離婚をめぐるスッタモンダの話だからか、若いカップルは一組だけ。私より年配の夫婦やオバチャン、オジチャンの一人者が目立った。
劇場に一人ちんまり座っていると、よその人の話し声や笑い声が意外と大きく響いてきてびっくりする。私も夫と来ていた頃は、映画が始まるまであんなふうに愉快そうにこれ見よがしに喋っていたのだろうかと頭を過ぎる。「何をそんなに喋っているのやら」「まさか始まってからもその勢いでいちいち隣と喋るんじゃないだろうね」とちょっと意地悪な気持ちになってくる。
で、始まってすぐ目の前の一人者のオバチャンや斜め前の年配夫婦のオバチャンらが監督の演出にまんまと引っかかって、阿部寛のさほど可笑しくもない大袈裟な演技にハッハッハと爆笑しだした。「あーあ。そんなに笑っちゃって」と思うと同時に「素直に生きられていいよなぁ」とも思う。監督はもともと脚本で鍛えた人であるから、ここぞという「泣かせどころ」を心得ていて、私なんかは「来たなっ」と無意味な身構えをしているうちにそこいら中でスッ、スッと鼻をすする音が聞こえてきて、またしても「あーあ。今度は泣いちゃったか」となんだか鼻白む。そしてまた「素直に生きられて…」の心境になる。
オバチャンたちはいちいちよく笑い、よく泣いて、映画を見終わると心の洗濯をしたかのようにスッキリとしたんじゃないか。
私は映画が終わって館内に照明が点くあの瞬間が嫌いだ。コンサートも同じ。「物語の世界から現実に引き戻される」とかそんなきれい事じゃなく、なんだか、照明がついてみんながモソモソと動き出して上着や手荷物なんかを着たり持ったり確認している時の、あの変なのろったい間がどうにも居たたまれないのである。
夫婦で座った上品で恰幅のいい老紳士も、映画が終わって灯りがついた途端、なんてことないちっぽけで情けないただの爺さんに見える。神吉拓郎さんじゃないが「モソモソやってないで、スマートに上着をひっつかんで早く出てってくれ」と内心言いたくなる。これは観客みんなにあてはまる。
それからもう一つ。私は泣いてもいないのに、そんな時、人から顔を見られたくないのだ。映画を心から楽しんだ、酔いしれたという上気した顔、笑みがやんわり張りついた顔をなるべくしていたくはないが、もししていたとしたら見られたくもないし、人様のそういう顔も恥ずかしくて見たくない。私は誰とも視線を合わせず、上着の前ボタンも閉めずにそそくさと出る。
更にエレベーターの前の人だかりが嫌で、人だかりから「あそこのシーンが面白かった、笑っちゃったね」なんていう感想がちょこっとでも聞こえてくるともうダメで、6階だろうと7階だろうとさっさとひとり階段で下りて行く。同じものを見て楽しんだ、あの和気あいあいぶりのシアワセ熱にどうしても馴染めない。
ものごとの終わりは余韻があるぶん、へんなふうな空気になっていて、そういうのにまんまと取り込まれて尋常ならざる浮かれた姿を人様に平気で見せるのはなぜか私にっては“恥”なのだ。心の奥でひとりガッツポーズをしていても、いつものように柔らかに取り澄ましていたい。あーあ。素直に生きられたら…である。


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by zuzumiya | 2017-02-19 18:14 | ちっちゃい器で生きていく | Trackback | Comments(0)
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