のんびりというささやかな贅沢

先日、読み終わった川本三郎さんの随筆『あのエッセイこの随筆』のあとがきで川本さんはこんなことを書いている。

<随筆はのんびりしていればいるほどいい。
政治や経済、社会的な大事件といったなまの現実からは少し遠去かる。天下国家を論じることはないし、流行を追うこともしない。大仰に自分を主張することもないし、たけだけしく他者を難じたりもしない。
「不易流行」という。コラムというものが「流行」を題材にするとすれば、随筆は「不易」を語る。変化する時代にあって相も変わらぬ日常の小さな出来事、事実を大事にする。
随筆は、いわば日なたぼっこや、散歩のようなものである。無為の時間のなかに心を遊ばせる。日々の暮しのなかに、日だまりのような時間を見つける。(中略)
「夏炉冬扇」という。「夏の炉と冬の扇」つまりは、あまり役に立たないもののこと。随筆のいいものは、たいていは「夏炉冬扇」の精神を持っている。現実社会のなかではあまり役に立たないものをひそかに大事にする。
あれはどこの古書展のポスターだったか、いつも古本と猫を組み合わせた写真が使われているものがある。のんびりとしていていい。あのポスターの良さは、随筆の良さと通じ合うものがある。>

なるほど、本文の中にも鶯亭金升(おうていきんしょう)という明治から昭和にかけて活躍したジャーナリストのことを“「ひまダネ」をよく書いた文人、粋人”とし、その随筆『明治のおもかげ』は「時間の流れがゆったりとして一気に読み終えてしまうのが本に対してもったいない」と書いて絶賛している。川本さんといえば散歩好きの永井荷風ファンだから、もともと随筆についてはそういう心根(「のんびりというささやかな贅沢がある」と書かれている)を持ち合わせていたんだろう。
実はこの川本さんと真逆のことを以前、松浦弥太郎さんから言われたことがある。あの頃の松浦さんは暮しの手帖の編集長になったばかりだったせいか「随筆は実用である」と言い切っていた。「ああ、そうか。私の文章は何の役にも立たないという意味か」とひどく落ち込んだ。『くちぶえサンドイッチ』が好きだったのに、その後、彼はどんどん書くものが啓蒙チックで実用書っぽく傾いていった。彼にそう言われても、自分では好きな随筆・エッセイというものが日々の暮らしの中で見つけられる些事で、今昔問わず、どちらかというとおっとり、ゆったりしているテイストのものばかりなのでどうにも仕方がなかった。でもそういう松浦さんだって、ライフワークバランスを大事に考え「日々の暮らしを丁寧に」と主張していたのに、著書『正直』のなかでは堂々と「日々とは仕事である」と真逆のことを言い出したりするので、ま、そうそう落ち込むこともなかったかと今では思える。今回、川本さんのこのあとがきを読んで、心強い味方を得たとうれしくなった。
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by zuzumiya | 2017-01-28 22:18 | わたしのお気に入り | Trackback | Comments(0)
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