暮らしのまなざし

未来の余命宣告

先日、テレビで池上彰さんの番組を見ていたら、「これから30年以内に確実に、絶対に、巨大地震がくる」と彼が断言した。知ってはいたが、40年だとばかり思っていたのがいつの間にか30年に減ってしまっていた。こう聞いてなんとなく地震が起こるのは30年後のような気がするが、30年以内であって、明日かもしれないし、あさってかもしれないし、1年後かもしれないのである。
でも、それでも、この30年以内には確実に大地震が起こるともう決まっているのだから、まるでガン患者への余命宣告のように「未来はもってあと30年です」と言われたようなものなのである。あの番組を見た人々はきっと「自分の命ももってあと30年か…」とうなだれたに違いない。
以前、何かで地震が起こるのは40年以内と知った時、私は子ども達を食卓に集めて「好きなことだけ、しなさい」と命じた。私の小さい頃は未来なんて根拠なくいつまでも続くような気がしていた。ノストラダムスの大予言なんかも信じてなかったし、若さとはとにかく今を楽しく生きることに精一杯で、「今日がダメでも明日がある」「目が覚めて朝が来ているのが当たり前」というおめでたさで生きていた。なのに、この子らの未来がそんなふうな形でパッとなくなると偉い学者たちが調べあげて、もうあらかじめ決まっているということが、ただただ可哀想で不憫でならなかった。
来るのは未曾有の大地震なのである。運良く命が助かっても大怪我をしているかもしれないし、家族とはちりちりばらばら、その家族の生き死だってわからない。家屋は崩壊、病院も崩壊、職場だって崩壊。原発だってどうなっていることやら。まるで戦争中の大空襲にあったかのように何もかもが見事に崩れ、もうもうと火の手は上がり、道路はいたるところで寸断され、ちょっとやそっとじゃ助けも来ない。全身を襲う激しい痛みと深い悲しみと絶望で「助かった方が苦しい。死にたい」なんて思うかもしれないのである。復興といっても見事に壊滅させられた都市の機能はどれだけの時間がかかるのか。そう想像するとほんとうに暗い気持ちになる。
でもね、人間って変わらないのである。
母親である私が「さあ、どうぞ。先はないんだから好き勝手に生きなさいよ」と宣言してやったのに、うちの息子も娘も律儀にせこせこと毎日働きに行くのである。決して世をはかなんで、刹那的で享楽的な方向にババっと走らないのである。
夫曰く「母親が急にそんな突拍子もないこと言い出してみろ、堅実になるしかないよ」だって。
息子よ、せめても代休や有休はとっておくれね。
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by zuzumiya | 2016-09-24 10:19 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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