暮らしのまなざし

別居婚というじたばた

別居婚をしてみて半年足らずだが、いちばん思うのは関係性や意味を明らかにしないまま生きていた方がラクだったということである。離れてみると離れた意味を考え、またくっつこうとするとくっつく意味をひどく考えてしまう。意味なくしては行動が何も始められない。「なぜ、○○するのか?」が行く手をすぐに阻んで、慎重にも自問自答を促してくる。同じ屋根の下で生きていたらそれほどまで意味を考えることはなかったろう。たとえ考えたにしても日常に押し流され、そう考えてもいられずに、うやむやになっていったように思う。これが別居婚となると、互いが一人だから、えんえんと考えることもできるのだ。
やはり一緒に住んでいること、というのは大きなことみたいだ。一緒に住んでいるからこそ、些細なことで衝突は避けられないものだが、「ここにしか居場所がないから、いたしかたない」と諦めることが互いの短所にちょっと目をつぶり、相手を許容することへと繋がる。それぞれが別に居場所を持ててたら「けんかしてまで一緒にいる意味がない」と、そこで“意味”なんてものが立ち現れて、とっとと互いの安らかな居場所へ逃げ帰ってしまうだけだ。「折り合い」「許し合い」なんていうのは居を同じくしててこそ育つもので、そうしなきゃ生きていけないという生きる知恵のようなもので、今思えばそれが自然に、いつものこととしてできているのが“家庭生活”だったんだなと懐かしんでいる。
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by zuzumiya | 2014-03-16 15:59 | 日々のいろいろ | Trackback | Comments(0)
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